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2012年2月27日 (月)

表紙(カバー)は、本を選ぶときのきっかけになりますか?

Q1】表紙(カバー)は、本を選ぶときのきっかけになりますか?
  ・はい…59.8%  ・いいえ…15.4%  ・どちらともいえない…24.7%
【Q2】表紙にひかれて本を買った(ジャケ買いした)ことはありますか?
 ・はい…53.7%  ・いいえ…31.9%  ・覚えていない…14.5%
(講談社『BOOK倶楽部メール』 2012年2月15日号より) 
【Q3】もっともお気に入りの表紙(装丁全体でも)の作品は?
★『狐笛のかなた』[単行本] (上橋菜穂子)あの幻想的な空気感がとても美しく表現されていて好きです。カバーを捲ると少し絵が違うのも。 (東京都 F様 10代)★『水の柩』 (道尾秀介)少し前に、書店で「水の柩」の装丁を見て、圧倒されましたw神秘的ですごくきれいで、すごく読みたくなりました^^あんなに題名にぴったりのいい装丁は、なかなか無いんじゃないかなぁーと思います! (神奈川県 O様 10代)★『少女不十分』 (西尾維新)読む前は目つきが悪い等という感想を持つかも知れませんが、読み終わってから表紙を見ると、とても可愛く愛らしい少女が描かれています。(東京都 K様 10代)★『The Book』[単行本] (乙一)装丁が豪華で持ち重りする感じが良いし,装丁自体にしかけがあるから。(東京都 M様 20代)★『ハーモニー』[文庫] (伊藤計劃)シンプルで真っ白な装丁、双子の小説『虐殺器官』の真っ黒な装丁と並べると厳かな雰囲気すら感じます。(東京都 S様 20代)★『セレモニー黒真珠』 (宮木あや子)ワカマツカオリさんのイラストが好きで、思わず買ってしまった1冊。正直期待はしてなかったけど、内容もよくて満足♪(奈良県 N様 30代)

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2012年2月25日 (土)

もう症状が出たのか? 放射能の影響

『週刊文春』(3月1日春の特大号)の〈衝撃スクープ〉は「郡山4歳児と7歳児に『甲状腺がん』の疑い!」。
 これがジャーナリズムというものであろう。
 なだれ事故のあった玉川温泉は放射線治療をしているようなものらしい。《参照:玉川温泉のがん患者と「ホルミシス効果」の関係》
 とにかく少ない放射線の影響は立証がむずかしい。どれが少ないかの線引きすら曖昧である。「ホルミシス効果」というのが適度な放射線は身体にいいという説である。その解説テキスト作成を依頼されているが、どこまでがそれなんだと、そこで止まってしまっている。きょうは自由報道協会で、関連記者会見があるが、ジャーナルの問題で終るのではないかと思う。
 自由報道協会は、社団法人になった。参加は自由で学生なども会見にくる。しかし、会員になるには推薦人がいるという。そんな知り合いはいないので、入会はいいかなと思っていたら、役員のひとがなってくれるというので、入会可能となった。

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2012年2月24日 (金)

埴谷雄高の「自同律の不快」を考える 

 埴谷雄高は、『国家と革命』理論に説得されて、革命思想にかかわった。思索の世界の論理的合理性から、現実の政治活動の現場に赴いたのである。しかし、マルクスやレーニンの国家死滅説(眠り込むともいう)というものは、いわゆる夢、ロマンとしてのユートピア説の域を出ていないのではないか、と思う。
 夢はいつか叶う可能性がある。しかし、それはいつのことかはわからない。社会の変革には時間のかかるものと、早いものとの二種類がある。変革が実現しない段階でのビジョンはロマンである。宗教でいえば仏陀やキリストの思想は、当初はともかく、男女平等と階級差別を否定した。しかし、インドのカースト制やその他の国々の男女差別、人種差別はまだ存在する。それでも、そのビジョン向けた変革は続くであろう。
 これと同じに、国家の死滅というビジョンは、空想社会主義的で、ロマンの段階である。そういう意味で、埴谷雄高はロマンチストであった。
 国家死滅ビジョンは、もともと、羊を連れて国境を越える遊牧民の伝統を背負った思想の詩的インスピレーション反映のような気がしないでもない。
 マルクス・エンゲルスの国家死滅論は、国境意識を持たない遊牧民の神ヤハウェを源流とする宗教思想と表裏一体の関係にあるのではないだろうか。厳しい自然環境の乾燥地帯特有の生きるための論理の反映である。農耕民族への侵略、略奪の正当化させるのが、父なる神による選ばれた民族という選民意識である。ニーチェのキリスト教へのルサンチマン意識を持ち出すまでもなく、プロレタリーアートという存在の正当化の根拠への論調は手薄い。
 いずれにしても、人間の社会的関係のもとは、人間の自己中心的本質を制度的にどう調整するかというところにある。埴谷雄高は社会制度論よりも存在論に傾斜した。それが哲学的文学を形成した。

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2012年2月20日 (月)

詩の紹介 「あたしのために」  atasi(新原詩人)

あたしのために  atasi
雨が降る あたしに断りもなく/花屋にならぶ 紫陽花はキレイで/雨が降る降る きらわれ天気の雨が/おおぜいの人に疎まれても/ザーザーやめない/まるでヤーヤーあたしのよう/雨が降りつづく あたしのために
 (新原詩人 2011年12月)多摩市

紹介者・江素瑛
雨が降ると気持ちがロウーになってしまう、落ち込む人もいるが、あたしのために降ると思う人もいる。世の罪と汚れが洗われ、清爽な景観にかわる大地、清らかになるあたし。天の恵みをひとりこの身に受ける幸な人よ。童謡のように歌う「雨が降りつづく あたしのために」


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2012年2月19日 (日)

文芸同人誌の意義と行方と「ウルトラ・ライト」

 白川正芳氏の執筆する文芸同人誌評「週刊読書人」(12年02月03日)で「グループ桂」65号の北一郎の「文芸の友と生活」が、論評されている。それについて「グループ桂のひろば」で報告した。
 わたしが合評会で意外だったのは、川合氏の作品の引用部分を会員が知らなかったということだ。グループ桂には読者会員もいるので、追悼の意味でせいぜい40人そこそこの人々のために書いたつもりだった。作品引用記載によって、川合氏の精神があらためて理解されたのはよかったと思う。白川氏とは面識がありネットニュースに登場していたただいたこともあるのだが、北一郎が自分であることは告げた記憶がない。おそらく、作品中に同人誌への考え方を示しているので、興味を呼んだのかも。
 なお、この評のなかで、白川正芳氏は「古い雑誌や書きかけの原稿を捨てて大分身軽になった」とし、新しい歩みをはじめたという。
 私自身も家族に突然の要介護者が発生、外出に制限がかかり、とりあえず外部の依頼を受けない手続きに入った。それを「ウルトラ・ライト」というのをはじめて知っった。仕事の整理がついたらわたしも「ウルトラ・ライト」になりそう。東京都からシルバーパスの案内がきた。現在、交通費だけでも月3万円はかっかっていたが、皮肉にも外出が減った。
 伊藤桂一氏も「グループ桂」の合評会で、東京の拠点を整理し関西に移すというような話をされていた。夏前に東京でお会いできるかどうかというところらしい。
 なお、北一郎の「文芸の友と生活」にーー「サンデー毎日」大衆文芸賞という文学賞では、昭和15年上期、同17年上期と下期に受賞をしている。直木賞候補にノミネートされたこともあるそうだ。サンデー毎日の編集者などとも親しく、「流転」で世に出た芥川賞作家とともに東京作家協会に所属していた。NHKのラジオドラマ賞なども受賞。戦後は読物雑誌に娯楽小説を執筆しながら、新潮社の戯曲賞、吉川英治賞などにノミネートされる作品を書いていた。。ちなみに「サンデー毎日」大衆文芸賞では、昭和27年に伊藤恵一氏、杉本苑子氏が受賞者となっている。ーーーというくだりがある。これについて、読者から、伊藤恵一というのは、桂一の誤りでは、という指摘があったが、この賞は「恵一」名で書いたものが受賞している。

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2012年2月17日 (金)

著者メッセージ:大山淳子さんTBS・講談社第3回ドラマ原作大賞受賞作『猫弁』

  はじめまして。『猫弁』を書いた大山と申します。去年、この小説で原作大賞をとり、このたび初出版となりました。授賞式で、TBSの役員さんから「猫の弁当の話?」と聞かれました。 ちがいます。猫がいっぱいいる弁護士事務所のお話です。主人公・百瀬太郎は、天才レベルの頭脳の持ち主です。しかし生き方は不器用で、常に損を引き受けるお人好し。そんな百瀬が前代未聞の霊柩車ジャックの謎にせまります。貧乏で冴えない独身男の百瀬と、彼をとりまく人々の悲喜こもごも。 思わず笑顔のホット・ラストな物語です。想定外の展開に、書いている
 自分が励まされました。読んでいただけば、きっと元気になれると思います。4月にはドラマが放映されます。脚本も担当しました。小説とドラマ。いろいろと変えてあります。読んでからドラマを見て、違いを楽しんでください。見たあと読むのも、一興です!(大山淳子)
(講談社『BOOK倶楽部メール』 2012年2月15日号より) 


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2012年2月16日 (木)

芥川賞号「文藝春秋」5万部増刷

「文藝春秋」の芥川賞号の発売3日目となる2月13日に5万3000部の増刷を決めた。第146回芥川賞受賞作「共喰い」(田中慎弥)と「道化師の蝶」(円城塔)を掲載した同誌3月号は、2月10日に初版72万7000部で刊行し、発売3日目でのスピード重版となった。同誌の増刷は過去に5度ある。なお、西村賢太、朝吹真理子のダブル受賞だった2011年3月号は、2刷の累計80万部がほぼ完売したという。



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2012年2月15日 (水)

文芸同人誌評「週刊読書人」(12年02月03日)白川正芳氏

「ガランス」19号より八谷武子「猫じゃらし 平成二十三年 私の近況」、北一郎「文芸の友と生活」(「グループ桂」65号)、「群系」28号「震災・戦争と文学」特集より永野悟「文芸誌にみる『3・11』と過去の大災害」、中村俊輔「真説真杉静枝 第二十一話」(「朝」31号)
滝戸晋「正月三句」(「文芸広場」1月号)、工藤まりも「水くぐり」(「若木分冊特別号、国学院大学文芸部)、西園春美「夜の目玉焼き」(「詩と真実」新年号)、山根悠謳「納豆」(「樹林」12月号)、「全作家」84号より掌編小説特集、尾本善治「雪の日」(「白鴉」26号)、石原恵子「えくぼのかわいいあなた」(「銀座線」17号)
(「文芸同人誌案内」掲示板・ひわきさんまとめ)

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2012年2月14日 (火)

埴谷雄高の「自同律の不快」を考える 

 「自同律の不快」について、埴谷雄高はこう語っている。
「『死霊』にも『不合理ゆえに吾信ず』にも出てきますが、自同律の不快ということがぼくの考えの底から離れないからです。これが、ぼくの根本問題ですね。思惟の前提がぼくにとって疑わしく、不快なので、どうしてもぼくの考え方は一種存在論的にならざるをえない。ぼくは『死霊』の解説みたいなことをせざるを得ないときは、必ず社会と存在に並べて、自身に向きあう自身、自分の中の自分といったようなことを持ち出すのですが、ぼくにとって一番問題になるのは、その自身に向きあう自身、自分の中の自分ですね。それを説明すれば、自身になろうとしてなかなかなれない、しかも、なろうとする、その間の凹所、ぼく流の言葉でいうと、跨ぎこし得ざる深淵、をどう埋めるか、飛翔するかの仕事が小説という作業になる」(現代作家入門叢書「埴谷雄高」冬樹社)。これが埴谷雄高の創作の源であった。
. 埴谷雄高の人生は、結核にかかって変化した。「結核の最大の収穫はニヒリズムです。結核が、どうしても死を考えさせるわけですね。その先は何か。少年時代は非常に簡単に結論を出してしまうんです、とにかく無ですね。何をしてもしょうがないじゃないかと思い、注射を打ちに行くといって映画を観に行ったりする。」(「埴谷雄高 生命・宇宙・人類」、角川春樹事務所)。
 『そしてスティルネルの「唯一者とその所有」に出会った。これが思想的な影響としては決定的ですね。スティネルの「エゴイスト」は普通のエゴイストと意味が全然違って、「創造的虚無」というのかな、虚無の中に浮いているエゴであって、この「唯一者」のエゴを、国家も宗教も人類も理想も、あらゆるものが支配できない。という考え方ですね。それが結核のぼくにぴったり入ってきて重なってしまった』(同書)。ニヒリズムから、スティルネル的アナーキズムへ移行したという。
 自らの学生時代をこう語る。
「そのころの学校は、60年安保時代と似ていて、非常の左翼的です。しかもぼくが入った日大は、方々の高等学校を追い出された左翼がたくさんいた。このような環境ですから、クラスの中でマルキシズムの研究会をやっているんです」(同書)
 そこで誘われてマルクス主義思想に関心をもった。
――スティルネルにとっての幽霊の最大なるものは国家で、ぼくの中にもその意識がたえずありました。ところが研究会でレーニンを読むと、アナーキストは国家そのものを即座に解体してしまうが、われわれは国家がなくなるまでの間に過渡期の国家を持つ、と言っている。で、本当に過渡期の国家というものはあり得るのかと思って、ぼくは珍しく勉強を始めた。その時に、レーニンの『国家と革命』のタイトルを引っ繰り返して『革命と国家』という論文を書きました。これはプルードンの『貧困の哲学』がマルクスの『哲学の貧困』になったのとちょっと似た関係ですけど。レーニンはうまいこと言ってるんですよ。『国家と革命』のいっとうしまいに、「あと党の大会を二回ほどやれば国家は死滅する。われわれの孫は死滅した国家をみるだろう」と言っている。その論証の仕方は非常に精密で、思索は飛躍的に奔放で、しかも説得的なんですね。――(同書)。

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2012年2月12日 (日)

関東同人誌雑誌交流会で掲示板が活発

 外狩雅巳さんの連絡によると、「関東同人誌雑誌交流会」に掲示板ができて、大変議論が活発化しているとのこと。多くのひとからいろいろの意見を述べ合うのは、書き手にとって喜ばしいことである。ソーシャルネットワーク化するのかもしれない。

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2012年2月11日 (土)

西日本文学展望「西日本新聞」(12年1月31日朝刊)長野秀樹氏

題「カタストロフ」
森川偉男さん「深夜のコロセウム」(「竜舌蘭」182号、宮崎市)、立石富生さん「割れた夜」(「火山地帯」168号、鹿児島県鹿屋市)
中原澄子さん編著『小倉陸軍造兵廠』
「独り居」(創刊号、福岡市)
井上百合子さんの戯曲「五百(いお)という女」(「火山地帯」)
「草茫々(くさぼうぼう)通信」第4号(佐賀市)は特集「よみがえる滝口康彦」
(「文芸同人誌案内」掲示板・ひわきさんまとめ)

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2012年2月 9日 (木)

詩の紹介 「川を遡って」 内藤健治

「川を遡って」   内藤健治
川が流れていた/―中略―/この川を遡っていくと 山間に入る/―中略―/巨大な老木があった/老木は数百年を越えているらしい/台風あり、落雷あり、洪水あり、山崩れあり/さらには人の傷つけるものあまたありだが/樹は老いていない/時を待てば若葉をつける
マヌ法典には人間には四つの住期があるという/中略
一に学習/―中略―/伊勢町と助戸を隔てる袋川/他校の小学生とのつの突き合い/―中略―/水面を石できれいに切ってみせる/川は暴れん坊の学習の場であった/―中略―/今では川は暗渠になり 封じ込められ/その上は桜並木になっている
二に家住/川の近く そこに父が居 母が居た/姉が居たので近所の秋の女が語っていた泣きごとを聞くはめになったり/兄が居たので日常の奪いあいをしたり/―中略―/学校がえりの女性徒の冷たい視線にも耐えねばならなかった/―中略―
三に林住/人は子に子息をみると 森に入り/樹下にて決然と修行することだという/樹は風もないのにカサカサとなっている/今だ修行に入れない/兼好法師はいう 死は前より来たらず「かねてうしろに迫れり」と
四に遊行/樹下に宿って四半世紀を森で過ごしたものは独り村々を遊行することをいう/東京の暗闇にいる/袋川を歩いていた身が いつの間にか板橋の新河岸川沿いを歩いている/林住期なれど歩みがおぼつかなくなってきている/遊行はほど遠い/「俺が死んでも二月にはあの樹の下にいるから」/といった白髪の老詩人の一言が耳から離れないでいる
詩誌・「騒」第88号より(2011年12月)騒の会・町田市本町田

紹介者・江素瑛(詩人回廊
悠々たる大河が人を育てる。川に沁みつく人々の霊気、老樹を育てる。樹は老いていない/時を待てば若葉をつける。生生不息の樹には人々の霊気があり。人は長い学習期と家住期を経て、生きとし生けるものの世界からそろそろ退けなくてはならない時期の林住期(臨終期)に、森に入る。死は「かねてうしろに迫れり」と賢者はいう。死は来るものではない、人の背中を押して行く。森のなか死者の世界に踏みいれ、遊行期に入る。「俺が死んでも二月にはあの樹の下にいるから」
 どこでも浮遊でる死の世界、或いは死ということない浮遊の世界なのかと想いを巡らさせられる。

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2012年2月 7日 (火)

第46回メフィスト賞!北夏輝さん「恋都の狐さん」

はじめまして。北夏輝と申します。 『恋都の狐さん』の単行本化が決まり、今は関係各位への感謝の気持ちでい
 っぱいです。 第46回メフィスト賞をいただいたこの作品の舞台は古都奈良、季節は早春で、その時期の奈良のイベントについても触れています。私はもともと神社仏閣・祭礼行事が好きで、学生生活を送るかたわら、いく
 つもの行事に足を運んでいました。本作を執筆しようと思い至ったのも、そのような経験と奈良への愛着からです。奈良はとても良いところです。観光名所がたくさんあるし、住んでいらっしゃる方々の気性は穏やかだし、奈良
 漬や柿の葉寿司や葛餅など特産品もたくさんあります。おまけに鹿の観察にも最適です。時期によっては可愛い子鹿を見ることもできますよ。
 本作の刊行にあたり、本当に多くの方々にお世話になりました。執筆とは直接関係のないところでも、いろんな方に支えていただいています。『恋都の狐さん』を読んでふんわりとした癒しを感じていただければ、作者として至
 上の喜びです。これからも、周囲の方々や読者の皆様がちょっとでも楽しい気持ちになるような作品を書きたいと思います。まほろばの地から、読者の皆様の幸福を祈っております。<北夏輝>【講談社ミステリーの館】2012年2月号より。


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2012年2月 6日 (月)

二階堂黎人さん『覇王の死 二階堂蘭子の帰還』について

 『覇王の死』は、名探偵・二階堂蘭子シリーズの最新長編です。〈ラビリンス・サーガ〉 の完結編でもあります。
 この四作を通じて、私は徹底的に、昔の探偵小説(江戸川乱歩や横溝正史が書いていたようなもの)の面白さを復活させることに心血を注ぎました。現代の観点からするとリアリティがないと批判を受けるかもしれませんが、それは覚悟の上です。状況設定や推理の論理性なども、あえて多少緩く提示してあります。しかし、その分、物語展開のダイナミックさや事件全体の神秘性を強調してあるわけです。
 その結果、『双面獣事件』やこの『覇王の死』などは、本格ミステリー史上 あまり類例のない、希有な作品に仕上がったのではないかと自負しています。
 〈ラビリンス・サーガ〉に通底する秘密は、第二次世界大戦の際に日本の軍部が画策した〈M計画〉です。戦争に勝つためのこの恐ろしい研究が、ラビリンスという悪魔のような犯罪者を生み出し、世の中に数々の恐怖を与えました。『覇王の死』では、その〈M計画〉の首謀者も登場して、事の真相がほぼ明らかになります。
 また、御存じのとおり、二階堂蘭子シリーズには、常に密室殺人を代表とする不可能犯罪が満載です。『覇王の死』にも密室殺人が二つ出て来ますし、舞台となる村では異様極まりない惨劇が次々と起き、前代未聞の不可思議が登場人物たちに襲いかかります。そういう意味では、読者の期待を裏切ることはないと思います。
 読者の皆さんもぜひ、蘭子さんと一緒に――いいえ、彼女に先駆けて――この大事件の真相を推理してみてください。 <二階堂黎人> 【講談社ミステリーの館】2012年2月号より。
 

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2012年2月 5日 (日)

「第十四回文学フリマ」(5月6日開催)の申込み受付開始

2012年5月6日「第十四回文学フリマ」の出店申込受付はじまる。はじめてのゴールデンウィーク開催で、会場は前回に続き東京流通センター(TRC)です!
前回13回「文学フリマ」記事客を呼ぶネットサイトの同人誌化》
前々回12回「文学フリマ」記事「文学フリマ」は、創設者の大塚イズムを離れて拡大へ》

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2012年2月 3日 (金)

著者メッセージ: 円城塔さん 『道化師の蝶』

  円城塔と申します。第146回芥川龍之介賞を頂きまして、身辺不意に騒がしくなったりしておりますが、現実感が追いつきません。(講談社『BOOK倶楽部メール』 2012年2月1日号より)
  すごいな。というのは当今の印刷技術で、既に受賞作が単行本になっています。当初、2月の21日に刊行という噂をamazonで見かけ、それが2月の1日となり、最終的には、1月26日には店頭に並びはじめるらしいということになり。
  そんなスケジュールを小説に書くと、リアリティがない、と言われそうです。いくらなんでも一週間と少しで数万部の製本は無理ではないか。こうして実際目にしてみても、「魔法か」という気分が抜けません。
  事実を書いてもおかしく見える。リアルに見えない。書き方が悪いのではと考えても、本ができ上がるというだけの話です。他の書き方はむしろない。
 してみると、言葉というのはどこかおかしなものなのではと思うわけです。現実に合わせて言葉自体も変わっていくし、読まれ方も変わっていく。
  こうして戸惑う自分の言葉は、まだまだ現実に追いつかないな、と思うわけです。主にそんな戸惑いを軸に書いてきました。もしも著作をお読みいただき、戸惑い、笑って頂けたなら、それ以上の幸せはありません。(円城 塔)

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2012年2月 2日 (木)

「あなたの赤い絲物語~絆~」作品募集2月29日

青森市と函館市の共同プロジェクト~「第3回 あなたの赤い絲物語~絆~」作品募集

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2012年2月 1日 (水)

詩の紹介  「野の草」      北一郎

「野の草」      北一郎
何故そこに 根をおろしたか/野の草は わけを知らず 群れている/たとえ人が踏んでも かえりみることなく/その名を思うこともない/音高く野原を風が吹きぬける声が/たとえ 雑草と聞こえても/それは草の名を 問う声ではない/何故そこに 根をおろしたか/野の草は 知らず 群れている/群れのなかの 野の草も/一本一本は 孤独なやつばかり/どんなに 風が鳴っても/それはお前の名を呼んでいるわけではない/人の世において 派遣労働者番号 失業者という声があっても/それが ひとりの人間としての名前ではないように/風のうなる声が たとえ 雑草と聞こえても/それはお前の名を呼んでいるわけではない/

文芸誌「砂」第118号 (2012年1月 東京都江戸川区)

紹介者・江素瑛 (詩人回廊)
根を下ろしたまま、飾りがない偽りのない一生を過ごし、野の草より強いもの、野の草より美しいものはない。そもそも人間に名を付けて貰えない、人の俗の目に価値があると思わない野の草の数が数えられない。名のある植物より遥かに多く存在しているだろう。どんな風に吹かれても、怒鳴られても、大地に下ろした根がますます深く、行くべきところに伸びて行く。それと比べて、価値に付けられた花草、名前の付いている植物が根こそ抜かれ、移植され、町の街樹や家の庭の装飾品になり、枯れ死に到る運命も逃れない。
「人の世において 派遣労働者番号 失業者という声があっても
それが ひとりの人間としての名前ではないように
風のうなる声が たとえ 雑草と聞こえても
それはお前の名を呼んでいるわけではない」
噂、偏見、差別--どんな状況においても、ひとりひとりがこの世には欠かせない「存在の価値」への確信を示している。

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