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2012年1月28日 (土)

ヒマでないと見ていられない自由すぎる報道座談会

自由すぎる報道座談会の動画記録一部
 検索してもわからないという人がいるというので、一部をリンクした。長いから暇を見つけては見るしかない。
 昔は、総会屋雑誌というのがあって、裏情報はそこに出ていた。しかし法的に取り締まりが厳しくなって、姿を消した。検察が事件にする前に、あるlことないことが出ていた。その読みわけ術がいる。たとえば、田中角栄氏のロッキード事件は、そういう雑誌に、米国の告発の前に書かれていた。情報を把握しておいて、保存しておき、都合によって表ざたにする時期を待つのが、権力側の手法だ。「自由すぎる報道…」のメンバーは、上杉、日隅、ウガヤ、畠山各氏どの面々が面白い。日本中で3・4千人しか見ていないので、極少情報である。

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コメント

私も新聞報道に30年第一線で関わり、今も関係しているが、新聞報道を一緒くたにしてもらっては困る問題がある。例えば、A社、B社ではニュースの取り上げ方が違うのは編集のあり方の違いだし、記者が取材してきた情報の裏づけ調査、または虚偽をどう判断するか、デスクの考え方が微妙に違うのであって、横並びの価値判断で仕分けしているわけではない。
例えば、この場でも選択、仕分けの判断をしているではないか。新聞も同様である。
まず、この場の管理者ご自身の編集権を考えてみるとお分かりであろうと思う。新聞各社もそんな程度であって、目くじら立てて面白がるほどのものではないのです。面白がるのは素人くらいでしょう。

投稿: 根保孝栄・石塚邦男 | 2012年2月 6日 (月) 09時19分

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