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2011年12月27日 (火)

詩の紹介 「わすれなくなる透視法」  関 中子(「ガ二メデ」No53) 

わすれなくなる透視法  関 中子
人による人のための人の罪がみえる/そんな未知や未来がある/では 人は彼と彼女がととのえた/ことばの美しさまではっていけるかな

人による人のための人のに わたしをいれる/この現実は生きる/人のこころがひらかれる

あまりおおきな悲しみは君をうわまわる/あまりおおきな決断は一時しかもたない/未来をすこしだけとおくにおく/幸せをほんのりうすくそこにあるいのちにぬる/わすれられなくなるとおさで君がいる
詩歌文芸誌「ガ二メデ」No53より 2011年12月、東京・銅林社

紹介者・江素瑛(詩人回廊
未来の時間か未知の空間による忘れられていくものがある。すこしずつ呼び起こさせるように、少しだけ現実の日常に留めとくことは、遠く行かせない方法である。意識を超えるほどの悲しみも「わすれられなくなるとおさで君がいる」そのような透視もたしかにあるように思える。

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