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2011年12月 1日 (木)

埴谷雄高の「自同律の不快」を考える 

 「死霊」の自序で、「私は『大審問官』の作者から、文学が一つの形而上学たちえることを学んだ。そして、その瞬間から彼に睨まれたと言いえる」としている。つまり、小説の形式にはそぐわない形而上学的思索の物語的展開の可能性追求の意欲を起こさせたのである」。
 その前にこうも記している。
「水面に落ちた一つの石が次第に拡がりゆく無数の輪の描きだす音楽的な美しさを私は知っている。にもかかわらず、私は出来得るべくんば一つの巨大な単音、一つの凝集隊体、ひとつの発想のみを求める。もしこの宇宙の一切がそれ以上にもそれ以下にも拡がり得ぬ一つの言葉に結晶して、しかもその一語をきっぱり叫び得たとしたら―――そのマラルメ的願望がたとえ一瞬たりとも私に充たされ得たとしたら、こんなだらだらとした長い作品など徒に書きつづらなくとも済むだろう。(中略)そして、ついにまとまった言葉となり得ぬ何かがそのとき棘のような感嘆詞となって私から奔しり出る。即ち、achとpfui ! 私にとって魂より奔しり出る感情はこの二つしかなく、ただそれのみを乱用する」
 マラルメは詩人である。詩人の西脇順三郎は「詩学」においてこう記す。
「マラルメは初め詩作をする時、悩んだ。白紙をみつめるだけであった。詩作をしようと思っても何ついて書くか、その対象がわからなかった。というのは彼にとっては一つの作品は一つの音楽の世界であったからである」。「詩は考えることで書くのではない。言葉で書くのだ」言葉の世界を音の世界としてみている。言葉は音楽と概念でできているからである」。
 詩の形式であれば一瞬にとらええる抽象的な概念を、物語化したが故に「死霊」は、とめどなく長い冗長な思索の痕跡となってしまった。

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