« 2011年11月 | トップページ | 2012年1月 »

2011年12月31日 (土)

西日本文学展望「西日本新聞」12月27日(月)朝刊長野秀樹氏

題「歴史上の出来事」
宇内帰一さん「共犯者」(「ガランス」19号、福岡市)、神崎たけしさん「帰郷」(第七期「九州文学」16号、福岡県中間市)、同誌より波佐間義之さん「黒い赤ちゃん」・花田衛さん「幻影記(上)」
追悼特集は「海峡派」123号(北九州市)では石谷富士男さんと今村元市さん、「ガランス」では田瀬明子さん
本年、メーンとして取り上げたのは24作品。雑誌別では第七期「九州文学」から3作品、「竜舌蘭」(宮崎市)、「南風」(福岡市)、「火山地帯」(鹿児島県鹿屋市)からそれぞれ2作品。他は1作品。
1月には「竜舌蘭」の鮒田トトさんが亡くなられた。
(「文芸同人誌案内」掲示板・ひわきさんまとめ)

| | コメント (0)

2011年12月30日 (金)

文芸同人誌「彩雲」4号(浜松市)-3-

 今回紹介のものは、どれも生活日誌的なもので、普通は文芸的な要素というのは薄らぐのだが、高齢者の先行きの見えてきた人生からの視点が冴える。それがなにか普通のことを普通でない貴重な光景にまで高めて読ませる効果がある。
 大きな未来をかかえた若者には、現在を追いかけるのに忙しく、つまらないようなことでもそれが大切に思える。多くの読者を得る大衆文学の素因はここにはないが、どこかに一人の読者の心をとらえ共感者がいればよいのだな、と思わせる。
【「つづくだのぉほか」村伊作】
 70歳を過ぎて積み重ねてきた歳月を背景にエピソードをつづる。寺の檀家の総会で久しぶりに同じ時代を同じ土地で過ごしてきた者同士が、腹蔵なく語り合う。すべて語り尽くしあうには、同じ歳月がかかるであろう。「わしらの付き合いは、ずうっと、ずうっと、つづくだのぉ」という表現が過ごしてきた人生が、素晴らしい輝きで照り映えていることを知らされるのだ。
 甲斐という主人公がたどる、昔の面影の残る風景、あとかたもない風景などが妙に幻想的で、時間の演出するマジックとして、風景描写がよく活きて目に浮かぶ。土着的な言葉づかいが温かい味わいのある物語に読める。
【「こんな人生」鈴木孝之】
 文房具メーカー勤める松埜は、自分の商品企画が採用されないでいた時には、体調が悪かった。検査をしても異常はないと言われる。ところがその彼の企画が採用され大ヒットする。体調へ絶好調である。すると、そこで体内にはガンが巣食っていたことが判明する。手術し意識の快復しない彼は、子供たちに夢を与えた満足感から、微笑んでいる。人生の生きがいの教訓を物語にしているのだが、スピード感があって面白く読める。ドラマの原作にいいかも知れない。
【「道の向うへ」馬込太郎】
 自然に恵まれた農村地帯の高齢者の生活ぶりが描かれている。従兄弟が住んでいるところに自転車で行き、従兄弟の生活ぶりを老齢者の視線で眺める。体験からでたエピソードがどれも面白い。
文芸同人誌「彩雲」のひろば

| | コメント (0)

2011年12月29日 (木)

文芸同人誌評「週刊読書人」(2011年12月2日)白川正芳氏

「農民文学」(295号)より鹿島茂「詩撰集 東日本震災日記」、「出現」3号より内村和「十九歳の夏・漂流」、「文芸思潮」42号より山田まさ子「わたしのメルトダウン」、竹内みちまろ「万年筆と私」(「サロン・ド、マロリーナ」3号)、斉藤秀明「佐藤優」(「VAV(ばぶ)17」)
「2011年『未来』創刊60周年記念大会 石畑由紀子『大会印象記』他」(「未来」718号)、安宅夏夫「室生犀星評伝のために」(「長帽子」73号)、音森れん「幻の家族」(「婦人文芸」91号)、「野田文学」12号(特集 宗谷夏爾没後20年)、橘倉久美子「神戸・大阪修学旅行記」(「文宴」116号)
(「文芸同人誌案内」掲示板・ひわきさんまとめ)


| | コメント (0)

2011年12月28日 (水)

文芸時評(毎日新聞12月27日)田中和生氏

「震災後のいま」「真に問われる文学の力」「現実に敗北する小説も」
《対象作品》よしもとばなな「スウィート・ヒアアフター」(幻冬舎)/大道珠貴「きれいごと」(文藝春秋)/青山七恵「すみれ」(文学界)。

| | コメント (0)

2011年12月27日 (火)

詩の紹介 「わすれなくなる透視法」  関 中子(「ガ二メデ」No53) 

わすれなくなる透視法  関 中子
人による人のための人の罪がみえる/そんな未知や未来がある/では 人は彼と彼女がととのえた/ことばの美しさまではっていけるかな

人による人のための人のに わたしをいれる/この現実は生きる/人のこころがひらかれる

あまりおおきな悲しみは君をうわまわる/あまりおおきな決断は一時しかもたない/未来をすこしだけとおくにおく/幸せをほんのりうすくそこにあるいのちにぬる/わすれられなくなるとおさで君がいる
詩歌文芸誌「ガ二メデ」No53より 2011年12月、東京・銅林社

紹介者・江素瑛(詩人回廊
未来の時間か未知の空間による忘れられていくものがある。すこしずつ呼び起こさせるように、少しだけ現実の日常に留めとくことは、遠く行かせない方法である。意識を超えるほどの悲しみも「わすれられなくなるとおさで君がいる」そのような透視もたしかにあるように思える。

| | コメント (0)

2011年12月26日 (月)

文芸時評1月号 早稲田大学教授・石原千秋 

1月号 早稲田大学教授・石原千秋 コンテクストとしての震災今年の震災でも多くの「ハゲタカ文化人」を見てきた。文芸雑誌にも見たように思うし、文学研究者にもいたように思う。もちろん、何もできないならせめて文章で応えようとする人と、震災を単に消費しようとする人との区別はつきにくい。しかし文章を書く人間の一人として、その違いはしっかり感じとっておこうと思う。

| | コメント (0)

文芸同人誌「相模文芸」第23号-2-

【「月橘の香り」登芳久】
 冒頭に松本清張の「半生の記」の抜粋があって「私は一人息子として生まれ、この両親に自分の生涯の大半を束縛された。少年時代には、親の溺愛から、十六歳頃からは家計の補助に、三十歳近くからは家庭と両親の世話で身動きできなかった」とある。
 話の中味は、亡くなった夫人との想い出で、良き理解者の伴侶を失った感慨に胸を打たれる。若さ溢れる時代を、瑞々しく思い出すのも切ないものがある。結局、人生の重心に親の面倒をみることがあるのは、日本の家長制度に沿って生き抜いた最後の世代になるのであろう。
 それはともかく、作者は著書もあってものを書くことで収入にしてきたが、ここえきて、同人誌にお金を出して書くという状況からも同人雑誌の存在意義を感じさせるものがある。
 たまたま、私は松本清張が菊池寛の作風にどれだけ影響を受けたかを、調べているので松本清張の「半生の記」を持っている。
 清張は、終戦後に朝鮮での兵役から引き揚げ、帰国した時に、次のように述べている。
「いま、私はたった一人であった。これから二里の道を歩いて両親や妻子の居る家に戻るのも、ひとりどこかに逃げて行くのも私の自由であった。なぜ、そんな考えが起こったのか」。それほど、日本の家長制度が重かったかである。同時に、安易な気分で、戦死をするわけにはいかなかったのであろう。
 自分自身でこれを考えれば、小学生の頃から家業の手伝いをさせされ、労働力として必要とされた。家業が廃業となると、働きに出て給料の一部を家に入れ、家計の足しにさせられた。定職に付かず、アルバイトをしながら大学に通うようになると、仕事が続かないことが多い。お金を入れないと、よく親から家計負担分を催促されたものだ。しかし、当時とは言え、本当に親は子供の稼いだ金を必要としていたのかどうか。その辺はわからない。ただ、そのことにより、お互いの存在について認め合う絆ができていたことは確かだ。その時代が健全で、現代が病んでいるということは間違いないが、それを意識できないほど重病な日本である。あれほど、親の溺愛からの自由を求めたように記す松本清張が、代表作「砂の器」では、家族の絆の切ない思いをテーマにしているのである。

| | コメント (0)

2011年12月25日 (日)

文芸同人誌「相模文芸」第23号-1-

 本誌は、地域の総合文芸同人誌として、会員の拡大が続いているという。その運営に力を入れていた戸狩雅巳氏は、それを受けて今後は執筆活動に力を入れるという。
【「裁かれざる者」外狩雅巳】
 国鉄労組時代の労働運動で、馘首された時の話。特定の時代を背景にし、短いものながら、エネルギーが出ている。過去の時代における臨場感なので、そういうこともあったな、と云う感慨にとどまるのだが、生活がかかった思想闘争の様子は迫力がある。ほかに「掌編帳」という作品がある。氏は昭和17年2月生まれだという。わたしも同年同月である。毎年、自分の誕生日近くになると、朝鮮半島の偉大な指導者の生誕記念パレードのニュースが流れるので、複雑な心境になったものだ。戸狩氏もわたしも偉大な指導者より、長生きしたことになる。来年は古希らしい。これを読んで知った。家の事情で上京したのか、させられたのか、「長いようで短い」という述懐がある。今後は創作に専念するそうだ。同い年である自分も偶然に同様のことを考えている。素直な実感が感じられる。

| | コメント (0)

2011年12月23日 (金)

「主観と客観のあいだ」 佐藤 裕

 佐藤裕の詩の傾向に、存在の重力を内蔵感覚で表現するところがある。「神経線維のなかの微生物が浸透する」感覚。これは主観としての確信の表現になっている。我々は自分の胃腸や心臓を明確に直接見たことはない。しかし、その存在は認めている。これは、人間がお互いに同じような身体的特徴をもっているので、多くの他者の内臓を検証した結果、実際は検証していない内臓の存在を想像し、疑うことがないのである。これを客観的な見解としている。そして、ここで詩人は「重量のない世界を夢みて」とすることで、存在の重力から逃れることを夢想するのである。 詩人・北 一郎

| | コメント (0)

2011年12月22日 (木)

文芸同人誌「奏」2011冬(静岡市)

【評伝「小川国夫―最終回」勝呂奏】
 評伝にもいろいろなスタイルがあるが、この連載では小川国夫の独特の文体の生まれた背景や経過を明らかにする姿勢があり、ものを書く人のための評伝という色合いが濃い点で興味が尽きない。読みやすさ、判りやすさがある。それは同時に、文芸になぜ純文学のジャンルが存在するか? というこだわりが含まれて、示唆されるものがある。
 小川国夫といえば短編作家であると思っていた。晩年の長編小説完成の話題にも、資質が変わったという程度の知識しかなかった。それがこの評伝によると「弱い神」というのは、ただの長編ではなく、「『試みの岸』と同様にフォークナーのヨクナ・パトファ・サーガを模した、駿河西岸を舞台にした壮大なフィクションの現場に、読者は参加することになったのである」という。
 そのあとに、三十代に本多秋五に「肯定」してもらったことの小川の喜びなどが、活き活きと記されている。
 栄光に照らされた作家の手法に、感心するというのは、お門違いであるが、自分は自分なりに「純文学というものが、短編で書き散らしただけで済むものか」という疑問があって、終りのない自分だけの小説の制作について考えていただけに、ひとつの制作法として、参考になった。
 要するに、純文学的表現における散文のどこが作文と異なるのかー、という現代では極めて曖昧になっている問題に、何か有力なヒントになるのではないかーーというのはわたしの勝手な感想である。
 同人雑誌に掲載された作品でも、それが文学なのか、ただの作文なのかを見分けるのは大変難しい。ひとつにはそれが短編であるためで、ある程度の長さをもってすればその本質が見えるような気もするのである。
 関連したコラムで、【プライティア・小川国夫「速い馬の流れ」雑考】があるが、小川国夫がどこをどのように推敲し、省略してしまうかが、丁寧に検証されており、いわゆる小説的な散文が、詩的散文に転化するぎりぎりのところに置かれていることがわかるので、興味深かった。本誌全体の構成作風に真摯に丹念に書く姿勢が、文芸の価値を形成しているのは確かである。
発行所=静岡市葵区北安東1-9-12、勝呂方。

| | コメント (0)

第28回織田作之助に津村記久子さん

 第28回織田作之助賞(同賞実行委員会主催)は、津村記久子さん(33)の『ワーカーズ・ダイジェスト』(集英社)に決まった。賞金100万円。

| | コメント (0)

2011年12月21日 (水)

詩の紹介 「畑」 石野茂子

畑       石野茂子

電話の音もざわめく人の声も/日常の家事も/すべて闇に預け/畑に向かう

一面の霧にぼんやり浮かび上がる/山あいの台地/墨絵の世界に朝陽が射し込むと/露を含んだじゃがいもの花は/一斉にきらめく/さやえんどうの露は 畝に転がり/里芋の露は葉の中で振り子のように揺れる

日が昇ると いつしか露は消え去り/ひばりが中空でさえずり始める/きじが早足で畑を駆け抜け/むくどりが虫を探しに降りてくる/ひたすら雑草との闘いの中で/鍬を振るい汗をぬぐう

そのときこそ/悲しみに心塞ぎ 苦しみに心痛むとき/遠い記憶の中から母の笑顔を連れ戻し/ゆるぎない愛を昇華させる/癒しのひとときとなる

真赤な夕陽に別れを告げ/闇の中から 再び日常を呼び醒ます
詩誌「田園」(岩礁改題)149号 三島市南本町・岩礁の会

紹介者・江素瑛(詩人回廊
家庭の日常は夜明け前の闇に預けてしまう。放棄、放置するのではないが、畑の仕事に専念する。野畑は神聖な世界、平和な心の宇宙です。人間の魂が自然の一部であるかぎり、そこにやさしさが漂う。音楽、文学、絵画と人間は芸術に親しむ、しかしその素はどこから生まれるか。本来人間の幸せはその変らぬ日常にある。感謝の心をもって、傷や痛みは過ぎ去ったものとし、変らぬ日常を営み時代とともに歩きましょう。

| | コメント (0)

2011年12月20日 (火)

埴谷雄高の「自同律の不快」を考える 

 埴谷雄高の作品で「『死霊』をのぞく全文学作品を集めたと吉本隆明が解説する短編小説集「虚空」(現代思潮社)の奥付には、一九六〇年十一月二十五日初版、一九八〇年一月三十一日第二十四刷発行とある。あとがきで埴谷雄高は、「最初の『洞窟』は戦前の同人誌にのせた古い作品でいまは絶版になった月曜書房刊行の「不合理ゆえに吾信ず」のなかにすでに収められていたものである。』と記している。
 吉本隆明は、現代思潮社「洞窟」の解説で「埴谷雄高の『死霊』をのぞいた中編・短編小説は、あらまし二つの系列にわけることができる。ひとつは、いわば意識の純粋経験ともいうべきもので、『洞窟』『意識』『標的者』などの作品がこの系列にぞくしている。もうひとつは『深淵』『標的者』のように政治思想を展開した作品である。」とする。
 さらに「このいずれの作品も、原体験となっているのは独房生活であり、それにつづく十五年戦争期の、もっとも優れた自殺の方法はじぶんが生まれてきたはずがないとおもいこむことだという現実体験にほかならない。日本のマルクス主義思想が、全現実を喪失し、一点にとじこめられたひとりの人間の意識内におかれたとき、それはどのような方法をあみだしたか。
 埴谷雄高の場合ひとつは、無限に想像世界を領有しようとする意識の実験に向った。『洞窟』では、壁に肩をつけると、左肩だけが急速度に冷えてゆき、その冷えが意識内部の凍ってゆくような冷えとかさなり、そのあいだじゅう熱病に冒されたような状態で本質的な不快感、存在がただ存在していることのために感ずる不快感を体験することからはじまっている。」と解説している。
 「洞窟」という短編では、吉本隆明の解説部分に続き、想念をつぎのように表現する。
「《壁のせいかな。いや、奇妙なことだ。》と彼は秘かに呟くのであった。《こいつが俺の思索をとめてしまった。――まあ、俺はそういいたいのだろう。ふむ、待て待て。自分でもしかといえぬ考え――いおうとしていい得なかったことども。こいつを俺はいつからひき摺っているのか。あっは、このろくでなし奴!》」
 「あっは」という間投詞はすでにここに使用されている。だいたいにおいて、人間の抽象概念への思索というのは、どれほど継続されるものなのか。その限界以上にこの主人公は思索をしつづけようとしているのではないか、という疑問を感じるところでもある。
 そのあと、作中の「俺」は、隣の十四、五歳の少女とぎこちない出会いをする。その少女が井戸端で唄を低い声で唄っているのを聞くと屈辱を感じる。
「《何て恥知らずな執拗な意志だろう。俺は思いき切り恥知らずなことがやってみたくなったぞ。ぷふい、行きどまりの迷小路につきあたって反省してみるということを知らないこの力に、思い切り頬うちを食わしてみたいのだ!》」
 こうして読むと、思索の過程において、なんら前進や展開の見通しがつかないときに、間投詞の「あっは」や「ぷふい」が飛び出すようだ。そうして、「俺」の存在観の記憶は子供の頃に高見の場所から飛び降りて、足が折れた時の幸福感にあるという話になる。その痛みこそ自己存在の確信なのだ。

| | コメント (0)

2011年12月18日 (日)

識者5氏による2011年の3作

【回顧2011】文芸…即時性・文学性 両立問われる★安藤礼二(文芸評論家)
・磯崎憲一郎『赤の他人の瓜二つ』(講談社)
・堀江敏幸『なずな』(集英社)
・絲山秋子『不愉快な本の続編』(新潮社)
★石原千秋(早稲田大教授)
・澤西祐典「フラミンゴの村」(「すばる」11月号)
・丸谷才一『持ち重りする薔薇の花』(新潮社)
・金原ひとみ『マザーズ』(新潮社)
★斎藤美奈子(文芸評論家)
・宮沢章夫『ボブ・ディラン・グレーテスト・ヒット第三集』(新潮社)
・川上弘美『神様2011』(講談社)
・海猫沢めろん『ニコニコ時給800円』(集英社)
★田中和生(文芸評論家)
・津村節子『紅梅』(文芸春秋)
・小林信彦『流される』(文芸春秋)
・金原ひとみ『マザーズ』(新潮社)
★沼野充義(東京大教授)
・円城塔『これはペンです』(新潮社)
・川上未映子『すべて真夜中の恋人たち』(講談社)
・高橋源一郎『恋する原発』(講談社)
(2011年12月16日 読売新聞)

| | コメント (0)

2011年12月16日 (金)

 西尾維新さん 『100パーセント趣味で書かれた小説です。』から

 『100パーセント趣味で書かれた小説です。』。 『化物語』をそんなフレーズと共に世に送り出してから幾年が過ぎ、 今、シリーズ化したその世界観に何度目かのピリオドを打つ一冊『恋物語』をお届けできることをとても嬉しく思います。
 冊数にして12冊目。ここまでくればそろそろ『趣味』から『労働』になっているのではと思いきや、さにあらず。
 むろん、素晴らしいアニメを作っていただいたり、別シリーズを始めてみたり、今回のような大々的なフェアを開催していただいたり、 『発表する気もなく自分用に書いた』とはさすがに言えなくなっておりますが、それでも意欲そのものはあの頃と同じです。って言うか、たぶん『労働』だったらこんなには働かない。
 一冊一冊、一話一話を常に最終話のつもりで書いている物語シリーズとは言え、セカンドシーズンと銘打って始めた一連のお話をこうして『書き尽くせた』のは、やっぱり『趣味』でやってるからなのだろうなあと思います。
 漫画化と文庫化に同時に恵まれた『零崎双識の人間試験』から始まる人間シリーズも、あるいは今まで書いてきたどの小説も、根本にあるのはきっとそんな趣味性なのでしょう。
 これからも僕は小説に、そして物語に『尽くして』いきたいです。(西尾維新)
(講談社『BOOK倶楽部メール』 2011年12月15日号より) 

| | コメント (0)

2011年12月15日 (木)

詩の紹介  「ばら」  大井康暢

ばら       大井康暢

ばらを見たまえ
露が一滴玉のように落ちた
柔らかい花弁が
脂肪のように水をはねて
それだけがたった一つの存在でしかないように
じっとしている
大井康暢全詩集より 2011年11月 東京都板橋区・ コールサック社  

紹介者 江素瑛(詩人回廊
作者の詩人活動の早期の詩である。透き通る青春の美しさと誇らしさを素直に歌い、初々しさのある詩である。
「柔らかい花弁が
脂肪のように水をはねて」
 汚れを弾き、浸透されない、われ以外のものをはねて、自らの存在を主張し

| | コメント (0)

2011年12月14日 (水)

埴谷雄高の「自同律の不快」を考える 

 ここで浮き彫りにされている現象は、人間が社会的な存在であり、他者の存在によって自らが存在できるという特性である。母親から授乳される赤ん坊は、しっかりと母親の乳房を握って離さない。それは乳房が自分のものであり、他者に渡さないという自己所有の主張である。もし、この世界に自分だけが単一に存在しているならば、世界がすべて自己で、他者が存在しなかったならば、自己所有の主張をすることは意味をなさないであろう。
 その点で、埴谷雄高の表現した「自同律の不快」は、現在的な自己認識状況への道筋を欠いているものがある。
 「自同律の不快」という概念は、すでにかれの小説の習作の時期において、意識に存在していた。人間は「俺は俺である」という認識の在り方しかないために、人間存在の限界がある。未来への展望がこの単一的な認識に縛られ、人間の社会形成力の限界があるのではないか、と思い至る。埴谷雄高は、人間の利己主義に基盤を置いて、共生的な社会の形を発展段階的に捉えて構想するマルクス義思想をたどり、自らの思想を展開したのではないかと思う。
 埴谷雄高の『死霊』は、「この世界にあり得ぬ永久運動の時計台」の存在を示し、「nowhere,nobodyの場所から」「虚妄と真実が混沌たる一つにからみあった狭い、しかも底知れぬ灰色の領域」から出発する。
 その中に表現されている「あっは、俺は、俺達はそれを、存在の永劫の秘密をついに解き得ただろうか」「そうだ、ぷふい! 確かに解いたのだぜ」という、独特の表現は、同人誌「構想」に掲載された短編「洞窟」において採用さているのである。文芸評論家・沼野充義の評論によると、これは、ドイツ語の間投詞にあるものだそうである。

| | コメント (0)

2011年12月13日 (火)

第32回日本SF大賞は、上田早夕里さんの「華竜の宮」(早川書房)

  第32回日本SF大賞(日本SF作家クラブ主催)は11日、上田早夕里さんの「華竜の宮」(早川書房)に決まった。賞金は200万円。特別賞には、横田順弥さんの「近代日本奇想小説史 明治篇」(ピラールプレス)が選ばれた。日本のSF界で生涯を通じて活躍した功績に対し、今年7月に亡くなった小松左京さんに特別功労賞が贈られる。

| | コメント (0)

2011年12月12日 (月)

同人雑誌季評「季刊文科」第54号2011年11月30日発行

◆勝又浩氏「リアリティと自然さと」
夏川戸詠子「ぐるぐる」(「飢餓祭」35集、奈良市)、同誌より夏当紀子「ゆれる、膨らむ」、島雄「恋するひじりたち」、種谷昌子「キャラメル」(「ペン」6号、富山市)、同誌より川島昭子「霞という女」、森静泉「シャンデリアの記憶」(「狼」58号、高崎市)、同誌より桐淵のぶ子「城下町の春」、藤田愛子「たなばた」(「構想」50号、東御市)、同誌「第50記念号」回想より発行人・崎村裕、「土曜文学」(6号、立川市)より「追悼 針生一郎さんを偲ぶ」、小島恒夫「嫌っていたおやじ、が」、佐伯恵子「公園のベンチで語りたい」、下澤勝井「五郎の東京地図」、権野宏子「覚えていますか、わたしのこと」(「AMAZON」447号、尼崎市)、同誌より山脇一利の評論「最初の忠臣蔵」、中川法夫「自画像」(「滋賀作家」114号、守山市)、西村敏道「或るカメラマンの死」(「飃」87号、宇部市)
◆松本道介氏「ヘッセよりうまい?」
永井達夫「タカシの『恋愛小説』」(「VIKING」728号、和歌山県高野市)、難波田節子「ノアの孤独」(「遠近」44号、東京都)、千田洋子「いわし雲」(「じゅん文学」68号、名古屋市)、古木信子のエッセイ「気遣い語」(「季刊午前」45号、福岡市)、石井利秋「小さな花壇」(「小説家」134号、東京都)、昆道子「枯れた柿の葉が駆け廻る」(「碑」97号、東京都)、桑村勝士「渓と釣りを巡る短編Ⅱホタルの導き」(「胡壷」10号、福岡県須恵町)
●「同人誌の現場から」投稿は以下
「同人誌に書くこと」木下径子(「街道」主宰)、「『変わる』ということ」西内真次郎(「風樹」主宰)、「三無主義」杉本増生(「半獣神社」)、「二十七年の軌跡」鈴木重生(「小説家」編集人)、「没後なお活躍される吉村昭先生」桑原文明(「吉村昭研究会」)「少数派の居直り」暮尾淳(『騒』編集人)、「凡庸なる人」竹中忍(北斗主宰)
(「文芸同人誌案内」掲示板・ひわきさんまとめ)

| | コメント (0)

2011年12月11日 (日)

物語のルミナリエ 異形コレクション収録=赤井都

 物語のルミナリエ 異形コレクション(井上雅彦監修 光文社文庫)が 12月8日発売になりました。“苦難の時期に作家ができることは「物語」を贈ること。小さな物語の光を集めて、人々に元気を与える。そんなコンセプトのもとに集められた78人の著者による燦めく小さな物語のたち。待望のショートショート集が4年ぶりに登場!”
赤井都の超短編『灰色の道』が収録されています。
本書の中で紹介されている言葉と募金のページはこちらです。
 物語のルミナリエ 災害支援編 http://justgiving.jp/c/7598 物語のルミナリエ 動物救援編 http://justgiving.jp/c/7606
 私の超短編に関しては、異形コレクションとして素直すぎるかもと思いつつ、3.11の後としてあのような形になりました。西崎憲さんの背中を見つつ、しかしどちらかといえば森絵都さんの『カラフル』とアイデアが似ていないかどうかをしきりにチェックしました。本はまだ読んでいる途中ですが、井上雅彦さんの作品には途中まで危うく泣きそうになり、そこから笑って、「物語の力」を感じました。一方『下魚』にはうなされました。怖がりなのです。全国書店でお求め下さい。

■雑誌掲載のお知らせ『メトロポリターナ』東京メトロ各駅で12月10日配布の号に、カラー1ページ
で銀座おとな塾の教室体験が掲載されました。
「大人のれっすん 豆本作り」です。
http://www.metropolitana.jp/contents/1112/index.html
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
■年末年始イベント 活版工房雑貨店、豆本ツリー、日本の職人展、「活版とことば」展、New Year Greetings展
東向島珈琲店で、活版雑貨と共に活版作品を販売しています。30日まで。
 豆本ツリーは東京堂本店3階に立ちました。私がぶらさげている豆本は全部で3冊で、一つは三角の萩原朔太郎。中はカラフルで、詩と切手が貼り込んであります。もう一つの三角は、1月に出る本に掲載される予定のものと中身が同じ、古楽譜と押花の三角折り本。表紙は杉皮紙という和紙です。
あとの一冊は、「メトロポリターナ」取材中に私が作った布表紙上製本、花布とスピン付、中は活版印刷の数字です。25日まで。
 日本の職人100人展が年末年始に池袋東武百貨店で開催されます。小さいモノ特集豆本で出ます。私の来場日は29日(終日実演),2日(午前実演)です。

| | コメント (0)

2011年12月10日 (土)

埴谷雄高の「自同律の不快」を考える 

 「空」の基本になっているのは「諸行無常、常ならん」の概念で、そのものがないのではなく、変化している状態の会得である。
 埴谷雄高によれば、かれの台湾における経験が、人間の意識に含まれている差別感や傲慢さを嫌悪させるトラウマになっていたこと。また、当時は不治の病であった結核に罹病したことなどが、「自同律の不快」という概念に接続させたのではないか、と思わせるのである。
 この「自動律の不快」を現代における普遍的な感覚に結びつけると、何に相当するのであろう。作品中において、その小説的、世俗的な表現を読み取るのは難しい。「死霊」が思索の物語でありながら小説的でないところの所以である。それをもって「虚説」とでも言うべきか。
 思索上の「自同律の不快」については、物語の要素ではある。しかし、登場人物の現在における自己存在の在り方に対する、認識の説明がないため小説的でなくなっているのである。
 もし、これを人間の無意識に横たわる「自己存在の現実の否定」、「自己存在の現実への嫌悪」の感覚に転換すれば小説的であったはずである。
 埴谷雄高はもしかしたら結核という、当時は不治の病とされた病気であったこと、また、社会体制が弾圧的であったことによる自己存在への不快を「自同律の不快」に重ねあわせたのかも知れない。
 人間には、現在の自分の存在に不満をもつという特性がある。よく、人間性に肯定的な表現として「夢見る力がある」というフレーズがある。しかし、なぜ人は夢をみるのか。もちろん現実にはそれが、それが実現していないからである。自らの存在環境が限定されているために、現実への否定、嫌悪が夢を見させるのである。
 美容整形、肉体改造、可愛い系ファッション、消臭スプレーなど現代におけるビジネス活動で隆盛するものに、現実における規定された自己存在からの脱却である。

| | コメント (0)

2011年12月 9日 (金)

第15回司馬遼太郎賞に辻原登さん(65)と伊藤之雄さん(59)

 第15回司馬遼太郎賞(司馬遼太郎記念財団主催)は7日、作家の辻原登さんの小説「韃靼(だったん)の馬」(日本経済新聞出版社)と、京都大公共政策大学院教授の伊藤之(ゆき)雄(お)さん(59)の評伝「昭和天皇伝」(文芸春秋)に決まった。賞金各100万円。辻原さんは「ずっと司馬さんの影響を受けて仕事をしてきた。これ以上の喜びはない」と語り、伊藤さんは「過去の人をよみがえらせることで、現代社会を再考させる。司馬さんとアプローチは違うが、目指すところは同じだ」と述べた。

| | コメント (0)

2011年12月 8日 (木)

文芸時評11月(東京新聞11月30日)沼野充義氏

「翻訳通じ民族の文学結ぶ」「『新潮』『群像』…世界共通の問いに挑む」
《対象作品》日韓中の文芸誌による小説競作プロジェクト「文学アジア3×2×4」(新潮)津島佑子「ヒグマの静かな海」・阿部和重「Geronimo-E、KIA」・莫言「大浴場」「赤ベッド」(吉田富夫訳)・キム・イソル「餌」(金仁順訳)・チョン・ミギョン「南寺」(渡辺直紀訳)/ジョージ・ソーンダーズ「赤いリボン」(米国・岸本佐和子訳)(群像)/エナ・ルシーア・ポルテラ「ハリケーン」(キューバ・久野量一)(群像)/高村薫「街宣車のある風景」(同)/岡田利規「問題の解決」(同)・「距離、必需品」(同2月号)/シリン・ネザマフィ「耳の上の蝶々」(文学界)/木村友祐「イサの氾濫」(すばる)。

| | コメント (0)

2011年12月 7日 (水)

文芸時評11月(毎日新聞11月29日)田中和生氏

<短編の力>「寓意で示す時代の里程標」「現実以上に多義的な世界」
《対象作品》ジョージ・ソーンダーズ「赤いリボン」(岸本佐和子訳)(群像)/辻原登「天気」(新潮)/村田喜代子「海のサイレン」(文学界)/佐川光晴「泡の男」(すばる)/松井周「土産」(群像)/シリン・ネザマフィ「耳の上の蝶々」(文学界)。

| | コメント (0)

2011年12月 6日 (火)

埴谷雄高の「自同律の不快」を考える 

 埴谷雄高(一九一〇~一九九七)は、立花隆のインタビューに答えて自らの育ちをこう語っている。
『ぼくは明治四十二年の十二月に台湾の新竹(しんちく)という所で生まれました。この植民地での体験が、まず決定的ですね。親父が勤めていた製糖工場から台南へ出るトロッコに乗っている時、単線ですからトロッコを線路から下ろして、対向車が通るのを待つわけです。しかし時々坂があって危ない。そういう時に、「バカッ」とトロッコを押している台湾人を殴ったりする。子供ながら、人が人を殴っているのをみるのはいやですね。台湾人にとって日本人が横暴であるという幼い感覚です。年をとってからの反植民地理論じゃなしに、きわめて幼く、素朴なものですが、これが日本人嫌い、遠くひいては、生物嫌い、存在嫌いにまで飛躍する素地を植えつけたのですね。』(「埴谷雄高 生命・宇宙・人類」(角川春樹事務所)。
 「自同律の不快」という感覚は、「AはAである」つまり「俺は俺である」という認識をするが、その先の認識が発展的にできないという意識のありかたが、「不快」であるということだ。
 「自分が自分である」と規定することは自己存在の凍結であり、生命の運動の停止である。この概念は変化し続ける生命体にとって存在者の変化を拒否し抑圧する論理である。
 仏教の経典である「金剛般若経」には、「過去心不可得・現在心不可得・未来心不可得」という説がある。
 過去のこころは過ぎ去ってしまったために把握できない。現在のこころは変化している最中であるために把握できない。未来のこころはまだやってきていないために把握できない――という意味であろう。
 いわゆる「空」という概念をこのように表現しているのである。こうした仏教思想と相通じるものがあるのではないか。

| | コメント (0)

2011年12月 5日 (月)

西日本文学展望「西日本新聞」11月30日朝刊・長野秀樹氏

題「秋の景色」
椿山滋さん「富有柿の教訓」(「宇佐文学」51号、大分県宇佐市)、神宮司ほづみさん「竿のむこうに」(「雑草(あらくさ)」17号、福岡県筑後市)
浜崎勢津子さん『生(いのち)の軌跡』(マルニ発行)、井本元義さん『ロッシュ村幻影 仮説アルチュール・ランボー』(花書院)
「あかね」(鹿児島市)90号記念号より特集「あかねと私」、随筆で行弘和子さん「水引草の季節に思う」、「海」第2期6号(花書院)より有森信二さん「虚空疾走」
(「文芸同人誌案内」掲示板・ひわきさんまとめ)

| | コメント (0)

2011年12月 4日 (日)

詩の紹介 埃 有森信二

     埃     有森信二
埃を払う/埃を拭き取る/埃が舞い上がる/埃が降ってくる
自分の小さな部屋を/職場のこびりついた窓を/伽藍の天蓋/六十万石の天守を
年の終わりに/男が/係員やパートタイマーが/小僧達が/町内会の世話人達が/雑巾を濡らし/はたきをかけ/青竹を差しのばし/埃を払う
年の終わりの埃は/渦巻きのように/蛇の尻尾のように/竜巻のように巻き起り
男達の頭に/小僧達の衣に/野球帽の頭上に
薄雲のように舞い降り/煙のように湧きあがり/やがて/幔幕の向こうに/嵐が引きゆくように/飛び去ってしまうのだから/不思議だ
実に摩訶不思議だ   
有森信二・詩集「カオス(混沌)」より2011年11月(福岡市・花書院)

紹介者・江素瑛(詩人回廊)
埃はあらゆる場所に飛びまわる。静かに降り積もり、厚くなるものもあれば、目に見えないものほどのものも。見えない時も陽にあたると、きらきらと輝き存在を主張する。宇宙のなかの目に見えない埃と、宇宙のなかのわれわれ。そこで無事に、ささやかに生活する人々。作品には、微小な存在を広大な宇宙につなげる感覚がある。
「実に摩訶不思議だ」実感です。

| | コメント (1)

書くことは無為を否定し、行動に変える

 なにもしない引きこもりのような生活でも、自分の想像したことや妄想を書くことで、創造的な生活時間に変えることができる。そこでは自分が自分の支配者である。生活のなかで、カルチャーショックとなるのは、他者が意識的な支配者として現われ、自分の存在価値を無視されると思いこむことが起きるから、心が傷つく。埴谷雄高の「死霊」のについて、そういう書く立場からの視点で論じてみたが、しっくりこないで書き足しているうちに長くなり、しまいには、メッセージにならなくなってしまいそうである。 

| | コメント (0)

2011年12月 3日 (土)

埴谷雄高の「自同律の不快」を考える 

埴谷雄高の「死霊」は、つぎのようにして始まる。
 『最近の記録には嘗て存在しなかつたといわれるほどの激しい、不気味な暑気がつづき、そのため自然的にも社会的にも不吉な事件が相次いで起こった或る夏も終わりの或る曇った、蒸し暑い日の午前、××瘋癲病院の古風な正門を、一人の痩せぎすな長身の青年が通り過ぎた』
 「或る夏のある曇った時」という設定は、昔話の様式である。それが厳密には現実に存在しないことを示している。わずかに××瘋癲病院の存在が、現実的なイメージを誘発させている。場所を瘋癲病院とした背景には、精神的な健常者の病院の存在を浮き彫りにさせている。
 病院を訪ねた三輪与志が見舞うのは親友の矢場徹吾である。矢場は、ある医師の見方では、失語症などの症状はあるが、「全体としてなんらの発狂の症状はない」とされる人間である。
 失語症というのが意味ありげだが、要するに正常なのである。当然のことながら、瘋癲患者が現実に瘋癲であったなら、その言動は正当性を失い、物語が成立しない。
 瘋癲病院の患者が瘋癲ではないということは、瘋癲とされる入院患者が正常であって、病院外の健常者が瘋癲者であるという主張が込められた設定になっている。
 この設定によって作者は、この物語の正当性を否定する読者へのバリアーを張ったことになる。「この物語をおかいしいというのは、お前がおかしいからではないのか」という認識の相対化である。
 こうした発想は、それ以前に書かれた「洞窟」という小説にすでに盛り込まれている。
 埴谷雄高の「洞窟」は戦前の同人誌「構想」に昭和十四年十月号と昭和十五年一月号の二回にわったって発表されたものである。ここには彼の思想小説「死霊」に登場する「自同律の不快」の原型が明確に姿を見せている。

| | コメント (0)

東川篤哉さん「謎解きはディナーのあとで」(小学館)、書籍年間ベストセラー(平成22年12月~23年11月)

年間ベストセラー1位は「謎解き-」 3作品が2年連続ベスト10入り
 トーハンは2日、今年の書籍年間ベストセラー(平成22年12月~23年11月)を発表した。総合1位は、今年の本屋大賞を受賞した東川篤哉「謎解きはディナーのあとで」(小学館)で、11月に出たばかりの続編も10位に入った。出版元によると、「謎解き-」は180万2千部に達し、続編も93万部とミリオンセラーが確実な売れ行き。トーハンは「受賞効果やテレビドラマの影響が大きかったのでは」と説明。
  2位の「体脂肪計タニタの社員食堂」(大和書房)、5位の「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」(ダイヤモンド社)、8位の柴田トヨさん(100)の詩集「くじけないで」(飛鳥新社)の3作は、2年連続でランクイン。2位と8位は昨年よりも順位を上げており、出版関係者は「『タニタ-』は続編が、トヨさんは2冊目が出たことなどでさらに注目されたのでは」と分析。(産経ニュース2011・12・2)

| | コメント (0)

2011年12月 2日 (金)

多和田葉子さん、拠点ドイツから日本を憂う(2011年12月1日 読売新聞))

 ドイツを拠点に執筆を続ける作家の多和田葉子さん(51)がデビュー20年を迎え、三代のホッキョクグマをめぐる物語『雪の練習生』(新潮社)で野間文芸賞を受賞することになった。日本を離れ、言葉と創作の旅を続ける作家に話を聞いた。(文化部 待田晋哉記者2011年12月1日 読売新聞))「多和田葉子さんデビュー20年…群れ揺さぶる「孤」の存在
 節目の作品は、「クヌート」の愛らしさに心を奪われたのがきっかけという。ドイツの動物園で生まれ、人工保育された実在のホッキョクグマだ。「わたし、リアリズムの作家なんです」。日独両語で執筆し、前衛的な言語の使い手と評される作家はいたずらっぽく笑った。
 「目にしたものをじっと観察すると、不思議な世界が見えてくる。言葉と語りが動き出す。それは旅に似て一度出発すると、どこへ行くのか分からない」
 強く心に残るのは、人間と暮らし、外界から隔絶されたクマの孤独だ。厳格な修道院で男と恋に落ち、周囲から浮き上がる尼僧を描く昨年の『尼僧とキューピッドの弓』(講談社)。異国の映画館で言葉の分からない映画を見続ける女性が登場する『旅をする裸の眼』(講談社文庫)。多和田文学のテーマの一つには「孤立」があるように見える。
 「オオカミの群れは、離れオオカミに支えられています。群れから恐れられ、嫌われながら離れオオカミは集団から距離を置くことで、彼らが抑圧しているものや未来の可能性を探り、集団を揺さぶる。そんな存在が好きなんだと思う」

| | コメント (0)

2011年12月 1日 (木)

埴谷雄高の「自同律の不快」を考える 

 「死霊」の自序で、「私は『大審問官』の作者から、文学が一つの形而上学たちえることを学んだ。そして、その瞬間から彼に睨まれたと言いえる」としている。つまり、小説の形式にはそぐわない形而上学的思索の物語的展開の可能性追求の意欲を起こさせたのである」。
 その前にこうも記している。
「水面に落ちた一つの石が次第に拡がりゆく無数の輪の描きだす音楽的な美しさを私は知っている。にもかかわらず、私は出来得るべくんば一つの巨大な単音、一つの凝集隊体、ひとつの発想のみを求める。もしこの宇宙の一切がそれ以上にもそれ以下にも拡がり得ぬ一つの言葉に結晶して、しかもその一語をきっぱり叫び得たとしたら―――そのマラルメ的願望がたとえ一瞬たりとも私に充たされ得たとしたら、こんなだらだらとした長い作品など徒に書きつづらなくとも済むだろう。(中略)そして、ついにまとまった言葉となり得ぬ何かがそのとき棘のような感嘆詞となって私から奔しり出る。即ち、achとpfui ! 私にとって魂より奔しり出る感情はこの二つしかなく、ただそれのみを乱用する」
 マラルメは詩人である。詩人の西脇順三郎は「詩学」においてこう記す。
「マラルメは初め詩作をする時、悩んだ。白紙をみつめるだけであった。詩作をしようと思っても何ついて書くか、その対象がわからなかった。というのは彼にとっては一つの作品は一つの音楽の世界であったからである」。「詩は考えることで書くのではない。言葉で書くのだ」言葉の世界を音の世界としてみている。言葉は音楽と概念でできているからである」。
 詩の形式であれば一瞬にとらええる抽象的な概念を、物語化したが故に「死霊」は、とめどなく長い冗長な思索の痕跡となってしまった。

| | コメント (0)

« 2011年11月 | トップページ | 2012年1月 »