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2011年12月26日 (月)

文芸同人誌「相模文芸」第23号-2-

【「月橘の香り」登芳久】
 冒頭に松本清張の「半生の記」の抜粋があって「私は一人息子として生まれ、この両親に自分の生涯の大半を束縛された。少年時代には、親の溺愛から、十六歳頃からは家計の補助に、三十歳近くからは家庭と両親の世話で身動きできなかった」とある。
 話の中味は、亡くなった夫人との想い出で、良き理解者の伴侶を失った感慨に胸を打たれる。若さ溢れる時代を、瑞々しく思い出すのも切ないものがある。結局、人生の重心に親の面倒をみることがあるのは、日本の家長制度に沿って生き抜いた最後の世代になるのであろう。
 それはともかく、作者は著書もあってものを書くことで収入にしてきたが、ここえきて、同人誌にお金を出して書くという状況からも同人雑誌の存在意義を感じさせるものがある。
 たまたま、私は松本清張が菊池寛の作風にどれだけ影響を受けたかを、調べているので松本清張の「半生の記」を持っている。
 清張は、終戦後に朝鮮での兵役から引き揚げ、帰国した時に、次のように述べている。
「いま、私はたった一人であった。これから二里の道を歩いて両親や妻子の居る家に戻るのも、ひとりどこかに逃げて行くのも私の自由であった。なぜ、そんな考えが起こったのか」。それほど、日本の家長制度が重かったかである。同時に、安易な気分で、戦死をするわけにはいかなかったのであろう。
 自分自身でこれを考えれば、小学生の頃から家業の手伝いをさせされ、労働力として必要とされた。家業が廃業となると、働きに出て給料の一部を家に入れ、家計の足しにさせられた。定職に付かず、アルバイトをしながら大学に通うようになると、仕事が続かないことが多い。お金を入れないと、よく親から家計負担分を催促されたものだ。しかし、当時とは言え、本当に親は子供の稼いだ金を必要としていたのかどうか。その辺はわからない。ただ、そのことにより、お互いの存在について認め合う絆ができていたことは確かだ。その時代が健全で、現代が病んでいるということは間違いないが、それを意識できないほど重病な日本である。あれほど、親の溺愛からの自由を求めたように記す松本清張が、代表作「砂の器」では、家族の絆の切ない思いをテーマにしているのである。

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