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2011年11月30日 (水)

地震と原発事故の大災害と文学

 東日本大震災後の商業文芸誌や文芸同人誌には、それを題材にした詩、評論、エッセイが多く見られる。
 大地震では、過去に関東大震災があり、その時期が現代詩の発生と近代文学の新興期にあたっている。
 詩では日本ダダイズムが生まれ、小説家では横光利一がつぎのように記している。
関東大震災の後<大正12(1923年)9月1日(土)11時58分(日本時間)>彼はこう記す。
「私の信じた美に対する信仰は、この不幸のためにたちまちにして破壊された。新感覚派と人々が私に名つけた時期がこの時から始まった。眼にする大都会が茫々とした信ずべからざる焼け野原となって、周囲に拡がっていることを、自動車という速力の変化物が始めて世の中にうろうろし始め、直ちにラジオという聾者の奇形物が顕われ、飛行機という鳥類の模型が実用物として空中を飛び始めた」
 関東大震災は、横浜の地形と開発に大きな影響を与えた。また、尾崎士郎や山本周五郎、川端康成、萩原朔太郎、北原白秋、室生犀星などが集まって住んだ馬込文士村というところも、九十九谷があるとされる丘陵地であったが、関東大震災で住むところを失った人々が、つぎつぎとやってきて住みついたという歴史がある。
 今年の大災害は、それに原発事故があるので、どのように文化が変わっていくのか。
 そうした動向について山川豊太郎氏が「詩人回廊」に評論を書いている。
自分は自分で、この文芸評論カテゴリーサイトで埴谷雄高の「悪霊」についての評論をのせることにした。
 埴谷雄高は、レーニンの「国家と革命」で、革命のあとマルクスの「国家は死滅する」というところに触れたのを読んで啓示を受けたとしている。
 トロツキーとレーニンは革命後のプロレタリアート独裁政治では「官僚を選挙で選ぶ必要がある」としていた。
 実質的に官僚独裁国家である日本は、今後どのように変化をみせるか、自分はその視点をもっている。大阪維新の会の動きは、政治家を見捨てた民衆が役人に直接意志をしめす前例になるのか。

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