文芸同人誌「海」(福岡市)第二期6号(通巻73号)
【「虚空疾走」有森信二】
詩人的素養の強い作者であるが、小説も巧い。わが身を思えば、感心ばかりしていても仕方がないが、事実である。主人公の昭夫が人生の憂さを酒にまぎらわしているところから、はじまる。友人の余命いくばくもない病気と残されるであろう家族の心配を身にかかえていることが判る。そこに電車に飛び込み自殺をはかる女を押し留める事件があり、家に泊めて結局は関係する。しかし、病は友人だけでなく自らにも及ぶ。人生の儚さと滅亡的なイロニーを表現の軸にすえて、激しい事件を織り込み、物語性でも彩りつけている。死に向かって残された時間を意識させることでハードボイルド的な緊張感をかもし出し読ませる。作品は、一定水準を保って量産を可能にする才気に満ちている。
【「イカロスを愛した女」牧草泉】
結婚生活の円熟期にある弘子という主婦。学生時代に恋人だった男がいた。しかし、その時期には性格と将来展望の違いから、弘子は離別を決意している。その男は亡くなったが、彼の妻が、自分が弘子の代用品であったのではないか、との疑問を解きに弘子と会いたがってくる。
そのなかで、結婚という結びつきが、社会的な名誉心や富などが絡んだものであって、純粋愛というものがどれだけそこにあるか、という問題意思をも示す語り口となっている。ロマン主義の作風である。ときどき話が横にそれるような運びで、それも味わいの一部になっている。
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コメント
海第二期の作品を御紹介いただき、心から感謝申し上げます。今後の励みにしたいと存じます。
投稿: arimori | 2011年11月12日 (土) 17時59分