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2011年9月24日 (土)

詩の紹介 「手紙」 野仲美弥子

手紙     野仲美弥子

荒れた黒い海は/白い波の手に/小さな手紙を握っている
「ママへ。生きてるといいね おげんきですか」
三月十二日 東北の大津波に/両親をさらわれた 昆愛海ちゃん(五歳)が/母親にあてた手紙だ*
返す言葉もなく/海はただ手紙をそっとなでている
海を愛した両親が/心をこめてつけたであろう名前/だから 海を愛し/海とともに大きくなった愛海ちゃん
あの日たくさんの人が死んだ/たくさんの人が帰ってこない/愛海ちゃんの両親も
無残に壊れ打ち捨てられた家・船/どこまでも続く瓦礫の山の浜辺/呆然と佇む残された人々
天の意志だった/絞り出すように海は呟く
自然を破壊し続ける人間への/警告だった
数々の狼藉の挙句/神に等しい太陽熱に逆らい/悪の権化のような原発を建てた/天に吐いた唾が頭上に落ちたのだ
海はからだを揺すってみた/足元に汚染水が滲んで来たら/素早く塩で薄めなければならない
あれから平静な日は一日とてない/苦しみが海の色をどす黒くした/体内には/数えきれない人間の魂が/いつまでも死ねない人間の魂が/重く沈んでいる
そして/胸を刺し続けることば/「ママへ。生きてるといいね おげんきですか」
答えられず/応えられず    
*読売新聞「編集手帳」(二〇一一.六.八)による
詩誌・「幻竜」第14号により 2011.9 川口市「幻竜舎」

紹介者・江素瑛( 「詩人回廊」 )
「海を愛した両親が/心をこめてつけたであろう名前」昆愛海ちゃんの母親が東日本大震災の津波に連れ去られていた。愛した海の魚になっているのだろうか。
「ママへ。生きてるといいね おげんきですか」と作者はこの無邪気な手紙に心を痛む、原発に対する怒りや諦めるや、「天の意志だった」と嘆く作者だが、「天に吐いた唾が頭上に落ちたのだ」天災より人災だ。
人間の快適さを追求するための原発。その代償を一生背負って生きなくてはならない無数の昆愛海ちゃん。
原発の電力を、その怖さも知らずに馴染んできたからだは、寒さにも暑さにも耐えられる力がなくなる。電力不足の環境に日本人は適応できるのか。これから生きるために節電と言わず古代人のように、太陽、星辰など自然のなかの生活に転換しなくてはならないだろう。

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