詩の紹介 「果物よときに甘酸っぽく」 中西 衛
果物よときに甘酸っぽく 中西 衛
黄 赤 橙 濃紺/季節がうつると/豊穣な果物が食卓にならぶ/品種改良か 気候の変動か/年々果物が甘くなっている/ある夜/ふかい器のなかで/静かに熟れしていく
終戦後まもないころ 食糧不足で飢えていた 乗換駅 蒸気機関車が客車にガチャンと連結しおえると ホースを繋ぎサア出発だ。 深夜中 秋深い木曽路を列車は進路を北に向けてまっしぐらにはしる。 登山者や旅客は心地よいレールの音にぐっすりと眠りこけている 夜明け前 目的地信州に近づくに従って、窓辺に広がる リンゴ畑と、寒気に触れ真っ赤なリンゴにしばし見とれていた。りんご農家に急ぐ あれこれ国光 ゴールデンデリシャス インドリンゴ 紅玉とか あのころのリンゴには 甘いだけでない ほどよい酸っぽさがあった。買ってかえって箱に入れてしまっておき 一か月ほどして箱を開けると 完熟した甘酸っぽいほのかな匂いが部屋いっぱいに漂う 口のなかにひろがる忘れられないあの感触 もう美味しかったあの果物に出会うことはないだろう。あの時代はもうふたたびやってこない。
紹介者・江素瑛(詩人回廊)
人の味覚は時代の変遷に反応する。古き味覚が捨てられる新しい時代に、新しい味覚を作り、人々に馴染ませる。インスタント食品のようにスーパから買って帰ってすぐにも食べられるようなものを作っている。作者はりんごの懐古な話を、農家から「買ってかえって箱に入れてしまっておき 一か月ほどして箱を開けると 完熟した甘酸っぽいほのかな匂いが部屋いっぱいに漂う」そんな光景はいまにはないだろう。気長く待ち、飢えに耐えて行くその時の人間の姿勢と、飽食する現代の短気な生活ぶりと対照的に映されている。
(国鉄詩人255号より 2011年秋 神奈川県厚木市・国鉄詩人連盟)
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