同人誌「石榴」第12号(広島市)
【「海まで泳げ」木戸博子】
かつて泳げなかった、というより水に身体を浸すことに抵抗感をもつ私が水泳競技に参加する。その不安とぎこちなさ。私には、精神の不調に陥った娘がいる。
そうした境遇を知ることで、私が水との融和に挑戦する意味が浮き彫りにされる。巧みな構成で、水になじむことに挑戦することと娘との交流を重ねた光景。すっきりとした水彩画のような仕上げが、作者の人生を視る表現に美意識を感じさせる。
この作者には、「クールベからの波」(石榴社)という著書があって、小説や映画に関する大変良い味わいの鑑賞記なので、雑文書きに疲れた時に自分はいまも読む。この中に、チャップリンの「伯爵夫人」についての感動的な鑑賞評がある。
この映画の裏話をマーロン・ブランド自伝「母が教えてくれた歌」角川書店(ロバート・リンゼイ共著、内藤誠/雨海弘美・訳)で書いている。「チャップリンはたしかに喜劇の天才だった。しかし、ロンドンで晩年の仕事をした私の眼には、恐ろしく残酷な人間に見えた。『伯爵夫人』の外交官オグデン・ミアーズ役を私にオファーしたとき、チャップリンはもう77歳になろうとしていた」としている。なんでも、チャップリンの息子のシドニーが出演したが、彼の出来が気に入らず罵声を浴びせ、意地悪く何度も取り直しをした。他人には失敗を罵り、自分本位の暴君で、「伯爵夫人」は大失敗作であった、としている。もっとも、この自伝には、ほら話と思われる話題も多く、リンゼイの文章がそれを見事にまとめ上げたという印象の本である。木戸さんの作風には、こういうのもありますよ、話かけたくなるような本の世界のユートピア性をもつ。
【「サブミナル湾流」高雄祥平】
漁港に女性の死体が上がり、その事件について語るのであるが、追求するのは人間精神の欲望、情念、哲学観念が犯人であるようになっている。これはまた、独創的な仕掛け考えた小説というか、叙事詩というか、そういう作品。非凡なものがあり、余計なことは言えないが、自分にはこれはアートではあるが、小説ではないと感想をもった。文化部の女性記者が「大理石から彫り出されたようだ」というのは、すばらしいが、そういう具象性の部分が不足しているのではないか。おそらく野暮を避けたのであろうが、あの観念的な三島由紀夫も必要とあれば野暮をやっている。ただ、私の小説野暮主義は、批判されることも多いので、感想にすぎないが。
発行所=〒739-1742広島市安佐北区亀崎2-16-7、「石榴編集室」
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