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2011年5月17日 (火)

同人誌「孤帆」17号(川崎市)(2)

【「NAKED」奥端秀彰】
 主人公・諒一の父親が、投資家であるらしい。それが結果的に詐欺師のようなことになるらしく、税務署が捜査に入っている。諒一は、父親の事務所を手伝ったことがあるため、彼の職歴と収入源を明らかにするように言われる。仕掛けに工夫がみられる。そこで彼が、これまで職を転々とした話をし、職業遍歴の過程が語られる。このちょっと変わった設定が面白い。
 転職を頻繁にするのも、遼一の気まぐれや怠け者精神でなく、その仕事の内容や人間関係に、尤もな事情があったことを描く。そこに稀な面白さがある。遼一が、失業してものんびりすることなく、すぐ稼ぎに出てしまう性格がよく表現されている。また、職場にはその状況に特殊性があるが、特殊性を描いて普遍性をもたせている。その一方で、書く方の視点からすると、これだけの素材を出しながら料理の仕方がもう一工夫足りないと思わせ、もったいないという感じである。徒競走で、抜ける脚をもちながら、抜かないもどかしさを感じさせる。
 話の構造はいいので、父親、別居中の奥さん、ハッタという父親の友人、町田老人など、人間模様として厚みをもたせば、読み応えが増すような気がする。

【「ワカレの宴」淘山竜子】
 今の時代の職場環境と生活感覚が中心で忙しい現代に女性の仕事の生活が描かれている。教材の添削のアルバイトや、仕事探しの状況が細かく書いてある。作中に「通風」とあるのは、「痛風」のワープロ変換違いのような気がする。何だろう?でもそれでべつに問題はないのだが、登場人物の影が薄いというより、薄くして描く。ひとつひとつ重要な事件的なエピソードがあって、それが平らに並べてある。
 現代社会では、お互いに大きく傷つかないように附かず離れず影の薄い関係を作っているのであろうが、作者がそれを再現しているのか、作者の欲望が見えない。人間社会では、相手の欲望を知りたいから、相手に興味をもつ。作者の欲望が見えないから登場人物の欲望が見えないのか、時代の鏡になっている。


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