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2011年4月 8日 (金)

詩の紹介 「それはぼく?」 作者・大塚欽一

     「それはぼく?」 大塚欽一
もしぼくのクローンが冷凍されて/100年後に生き返ったとして/それはぼく?/その時想像もできない程発達した会社のなかで/ぼくの心は不適合症侯群を起こし/ドン・キホーテになるか 狂気のなかで死ぬ/そうでなければ伝説の雪男のように/孤独と絶望の足跡だけを残して/深い雪山の奥に逃げ込むばかりだ

もしぼくのクローンが冷凍されて/100年後に複製されたとして/それはぼく?/だがもうそこにはぼくはいない/そこに居るのはぼくと同じ姿をした別のぼくだ/夢は途切れている/そこではただ不幸なもうひとつの命が/惨たらし曙の予兆のなかで/肺病病みのように震えてあるばかりだ/複製されたぼくは恨むにちがいない/おのれの出生の秘密を/干しからびた愛の残骸を手にして

偏執狂の独裁者がひそかに命ずる/「俺自身の細胞からクローン人間を作り出せ/この世界をクローン人間でいっぱいにせよ/そこで俺は絶対的王として君臨する」/つぎつぎと作り出された/複製人間(レプリカット)たち/だが彼らはやはり彼ではない/彼らはおのれと同じ個体の存在を許さない/それゆえ彼らはたがいに憎悪しあい殺しあう/ひび割れた不信の鉄鎖を十字架のように掲げながら/生き残った者はおのれの存在をも許すまい/彼は抹殺する おのれを作り出した父でもある彼をも/蛆虫の不毛のなかで

大塚欽一詩集「球形の卵」(土曜美術出版社販売)より。<2011年2月東京都>
紹介者・江素瑛「詩人回廊」 科学の進歩は人間社会に不幸を招くとする警世詩である。クローン人間の繁殖というたとえ話に、人間の求める不死の願望や神への願望が見えるような気にさせられる。自分の染色体の複製、合成で自己拡大を満足させようとする。たとえおのれそのものが末永く存在したとしても、地球の存在時間も永遠ではない。「おのれを作り出した父でもある彼をも/蛆虫の不毛のなかで」終行の嘆き。もともと生き物は先祖からDNA遺伝子で、その個性と存在を継承してきた。われわれはDNAを運ぶ乗り物にすぎない。その継承者における葛藤の意識が読める作品でもある。

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