詩の紹介 「罠」 作者・斎藤光江
「罠」 斎藤光江
つい最近/男は大きな葛籠(つづら)をもらった/そう新しくも無い/といって 古色蒼然としている風情も無い/品のないただの箱でも無い/身を屈めれば人間一人入れるような大きさである
男は/今でもその箱を貰ったときの会話を憶えている/「大きな箱ですね」/「ええ 大きいわ」/「何の箱ですか」/何の箱 これは葛籠といってその昔は鎧兜を入れておいた・・」/「ヨロイ カブト」/「そう<鎧><兜>今は何にも入っていないただの箱なの」/「ただの箱ですか」/貰ってはみたものの どうして持って帰ろうかと思案の末/捨ててしまうこともできずに梱包して家に送った/邪魔で仕方がないのに 納戸の片隅に中味の無いまま/ずうっと ずうっと そこに置いたままになっていた/時折 荷物台になったりしながら箱は在った
男は 葛籠をくれた女が/どうしてこれをくれたのか気になって仕事が手につかなくなった/同じ座標軸でしていた仕事が空中分解をはじめ/何だか解らない不安だけが残渣のように残った/男は不器用な手で/ピアノをたたいたり 庭木をいじって気をまぎらわせた
ある日/男は葛籠をくれた女のことを考えながら葛籠の蓋を開けた/何の変哲も無い只の箱/ふっと 男は葛籠の中に入って屈みこんでみた
葛籠の蓋は大きな音をたてて閉まった
詩誌・幻竜第13号より 2011.3 幻竜舎 川口市
<紹介者・「詩人回廊」江素瑛>
男は年など正体の知らない、まぼろし女からわけの判らない葛籠をただで貰いました。女としてはやっと厄介ものか、長く背負っていたものから解放されたものです。男は「どうしてこれをくれたのか気になって」はいるが、どうして自分がこれを貰ったのが考えていなかったようです。
詩のなかに近代もののピアノを入れるのは、古代の雰囲気から変わって、異様な感覚をさせるところもあります。
男は葛籠を開けずにいれば、また誰かがに渡せば、未来へ続く呪文から解放されることができるかもしれません。多くの男がそうであるように結局、罠にはまったようです。女から駕籠をもらったときに、それは決まっていたのです。全編の話の運びが巧みで先行きの関心を高めます。私も「罠」にはめられたようで面白く読みました。
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