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2011年1月 8日 (土)

同人誌「風の森」14号(東京)

【「叙情の根源―保田與重郎を問うことの意味」皆川勤】
 保田與重郎(1910~81)という批評家、思想家、詩人を知らなかったので、学ばせてもらった。
 彼の「絶対平和論」は、「一般に行われている政治的平和論や、情勢論的中立論などといいた時務的平和論とは、全然別個なものとして、平和の可能を人間とその生活の本質より考える、平和の本質論です」「現在文明の生活様式には争闘を基礎とする生活と、平和しかない生活という二つしかありません。これが東西二つの意見です。争闘を本性とする生活様式を持続しつつ、合理的判断で「平和」持続するということは不可能です。そういうことが可能になるのは「平和」しかない生活へ合理的判断によって入ったときのみ可能です」とあるという。
 現代のメディアにこんな発想は思いもよらない。弱腰だの強腰だのと、猿のように騒ぎ立てる。中学生でも、もう少しましであろう。慰みがあるとすれば、メディアは猿が騒ぐほどのもので、幼稚であると、民衆が理解してきたことであろう。猿の言葉は猿にしか伝わらないし、猿しか影響されない。
 それはとにかく、まさに日本が憲法9条をもって国際社会に存続するとういうひとつの矛盾を直撃していると思わせる。
 前に、石原慎太郎都知事の「日本堕落論」を支持すると述べたが、それはまさにこの保田氏の指摘する政治的、情勢的な意見である。これは争闘もあるという前提である。
 保田理論のように、その反対の道もあることを自分も意識している。
 もし日本の戦争放棄の第九条を、合理的に実行するならば、自衛隊をもたず、他国の人間性を失った指導者の軍隊の侵略に対して、無抵抗で対応し、祖国の消滅を前にして、全世界に、人類の理性にしたがって人間の平和に従属した民族として示して生きる論理とモラルの正当性もあるのだ。これもひとつの道である。
 仏陀が「恨みは、恨むことをやめることでしかやむことはない」と説いたが、それができないから平和がない。
 人間の心と制度が変化をするには、歴史的に時間のかかるものと、早くできるものとがある。
 労働者の週休二日制は、奴隷制の社会からすれば早く変わった見本であろう。
 政治的、情勢的な争闘を前提としている世界の人類は、保田與重郎の理論に耳を貸さないであろう。いちばん時間のかかるものである。ただ理念として存在する。
 この絶対平和論的な思想を現実に実行すると、「故郷を失う民族として、生きる基盤を失い虚無的になり不幸感をもって人生を送る人が増える」と、自分は考える。偽善的であっても虚無的でなく生きたほうが良いのではないか、と思うのである。そこで石原慎太郎の「日本堕落論」を支持するのである。短い人生を虚無的に生きるより、気力をもって生きる方がましだと思うから。
 こういうことを、市販の猿相手の雑誌ではやらない。とにかくこの評論には引き込まれた。
 編集室=〒169-0051新宿区西早稲田3-1-3、西尾ビル4F.

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