文藝誌「なんじゃもんじゃ」秋思号(通巻第10号)
編集後記によると、編集者の小川和彦氏が、2006年に本誌を創刊し(100%手づくり)、「文藝年鑑」からアト・ランダムに60ほどの文芸同人会を選び出し、送ったという。現在は「カオス同人会」と交流会をもつ。
【「連作・S町コーヒー店9―連れ」坂本順子】
もう連作の9作になるらしいが、いつもコーヒーショップを舞台に市民の生活ぶりを巧に掌編にしており、作品内容もイラストも上品で渋みがある。今回は配偶者がいない年配男女の交際のひと時を、短く精緻な感情表現で鋭く描く。創作的な腕力が抜群で、感心させられながら読まされる。記念エッセイで次兄と電話で無事を確認しあう話も心温まる。自分にも兄弟姉妹がいるが、なかなか羨ましい。
【ノンフィクション「別荘団地自治会長実記―『あの時』の男」杵淵賢二】
リゾート団地内に珍品のキノコが生える場所がある。そこに無断でキノコを採取する夫婦がいて、作者はそれを発見し咎める。夫婦は当初は無視していたが、作者が警察沙汰にする姿勢をみせると、妻のほうが土下座して謝る。すでに車に積み込んだものもあったらしいが、それは不問にして解放する。
のちに町の野菜販売店にいくと、その夫妻が経営していた。それが、店主が「あの男」なのである。お互いにその存在に気づいたが、知らぬふりをして過ごす。
現代は商売をするにも厳しい状況であることや、土下座して危機を潜り抜けようとするおかみさんの逞しさなど、大変重みのある味わいのものになっている。
【「友への鎮魂曲」小川禾人】
友人を失うことは、なんともいえぬ喪失感がある。この作品では、大学が四谷よりにある大学で、靖国神社や市ヶ谷の土手の付近がでてくるので懐かしい。自分は反対の飯田橋から市ヶ谷へ向う大学で、当時の品格はそれほどよくない雰囲気であった。母校について語るのに戸惑うのは、現在も存在していて、その在校生の現状と当時の事情がどういう関係になるのか、わからないことである。また、不思議な縁で作者の友人が大森のカトリイク教会であったという。自分は娘が小学生の頃、教会というのを体験させようと見学にいったら、しばらく迷える羊たちの仲間にいれられた経験がある。あそこかな? などと思いながらで興味深く読んだ。
発行所=〒286-0201千葉県富里市日吉台5-34-2、小川方。
(紹介者「詩人回廊」編集人・伊藤昭一)
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