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2010年8月31日 (火)

第21回 森鴎外記念事業 北九州自分史文学賞

第21回 森鴎外記念事業 北九州自分史文学賞

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2010年8月30日 (月)

【文芸時評】9月号 早稲田大学教授・石原千秋

《対象作品》演劇・つかこうへい『広島に原爆を落とす日』/芥川賞受賞作『乙女の密告』(新潮社)/三輪太郎「大黒島」(群像)。
【文芸時評】9月号 早稲田大学教授・石原千秋

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2010年8月29日 (日)

第9回新潮ドキュメント賞に熊谷晋一郎さん「リハビリの夜」

脳性まひから身体論
 第9回新潮ドキュメント賞(新潮文芸振興会主催)の選考会が26日開かれ、脳性まひで車いす生活を送りながら、現役の小児科医として働く熊谷晋一郎さん(33)の「リハビリの夜」(医学書院)が選ばれた。
 熊谷さんは新生児仮死の後遺症で両手足が自由に動かせないが、東大入学と同時に一人暮らしを始め、医学部を卒業。
 受賞作は、自身が子供のころに受けた「健常者の動きに近付けようとするリハビリ」への違和感を出発点に、体の「動き」の本質を問い直した異色の身体論。
 第9回小林秀雄賞も同日発表され、東大教授で歴史学者の加藤陽子さん(49)の「それでも、日本人は『戦争』を選んだ」(朝日出版社)に決まった。副賞各100万円。(2010年8月27日 読売新聞)

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2010年8月28日 (土)

文芸時評8月(毎日新聞8月26日)田中和生氏

<21世紀の文学>「戦後文学の曖昧さに限界」「課題に挑む独創的な語り口」
《対象作品》絲山秋子「作家の超然」(新潮)/小谷野敦「母子寮前」(文学界)/佐藤友哉「蠼(はさみむし)のすえ」(群像)/松田青子「ノースリーブ」(すばる)。

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2010年8月26日 (木)

文芸月評(読売新聞2010年8月24日)小さな命を育む困難

《対象作品》堀江敏幸氏(46)「なずな」(すばる2008年9月号~)/大城立裕氏(84)「幻影のゆくえ」(新潮)/ 山田詠美氏(51)掌編小説集「タイニーストーリーズ」(文学界1月号~)/梅崎春生(1915~65年)「桜島」(群像=再掲載)。(文化部 待田晋哉)

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2010年8月25日 (水)

第46回谷崎賞に阿部和重さん「ピストルズ」(講談社)

 第46回谷崎潤一郎賞(中央公論新社主催)の選考会が23日行われ、阿部和重(かずしげ)さん(41)の「ピストルズ」(講談社)に決まった。副賞100万円。
 受賞作は、植物を使った秘術を伝承する一族に育った四姉妹の物語。谷崎文学の代表作「細雪」の影響を色濃く感じさせる長編だ。選考会では「文章そのもので読者を幻覚の世界、一種の催眠状態に引きずり込もうとした、壮大な文学的実験である」と評価された。(2010年8月24日 読売新聞)

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2010年8月24日 (火)

同人誌評「季刊文科」第49号

◆勝又浩氏「移り変わり」
「文学地帯」(106号、堺市)は主宰である関荘一郎氏の逝去により「終刊号」として追悼記を掲載。同誌より小倉弘子「たそがれ梟」、坂井重藤「浜茶屋にて」、天見三郎「五十歳のアカンベー」
「旅かばん」(創刊号、福岡市)より水木怜「エンゼルベイビー」。「アルカイド」(大阪市)記念号より、山畠千佳「じごくのやかた」、村井理恵子「いちじく」、佐伯晋「白い海へ」。
梓陽子「特別慰労品 銀杯」(「じくうちⅡ」21号、藤沢市)、同誌より明森まつり「海の鳩」、元主宰であった小林正明追悼を組む。
立石富雄「脱出」(「火山地帯」101号、鹿屋市)、同誌より井上百合子「長い昼」。
藤田愛子「妄想同盟」(「構想」47号、長野県東御市)今号掲載。
たちりえ「伊豆の春」(「素粒」7号、富山市)。
「河108」(26号、江別市)より行方のな「そこにいないもの」。「酩酊船」(25集、兵庫県宍栗市)より森岡久元のエッセイ「花本さんとヒカルくん」
◆松本道介氏「さまざまな力作」
難波田節子「雨のオクターヴ・サンデー」(「河」155号、東京都)。岩代明子「水を買いに行く」(「ignea」2号、東大阪市)。永井孝史「唐澤鉄工所」(「碑」94号、東京都)。森岡久元「十八歳の旅日記」(「別冊關學文藝」40号、西宮市)。同氏作「酩酊船」(25集、兵庫県宍栗市)掲載「小石の由来」。
前出「別冊關學文藝」より浅田厚美「母のデス・ノート」、和田浩明「紋白蝶」。
張籠二三枝「賢者の祭り」(「日本海作家」178号、福井市)。隈部京子「もうすぐその時が」(「小説家」132号、国分寺市)。
●同人誌の現場から
「九十路(クソジイ)まで」福島昭午(「人間像」主宰)
(「文芸同人誌案内」掲示板・ひわきさんまとめ)

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2010年8月22日 (日)

山村正夫記念小説教室新規申し込みを受け付けている

作家養成教室の山村正夫記念小説教室は、昨年まで受講希望者が多く、新規申し込みを停止していたと思っていたら、現在は10月まで、新規生を受け付けている。
 作家養成教室の講談社フェーマススクールが創設のきっかけで、山村氏が亡くなった後には、森村誠一氏が監修をしている。昔のフェーマススクールは、作家の担当する教室で、自分は伊藤桂一教室に入った。それが「グループ桂」になっている。山村教室はエンターテインイメンなので、面白いか面白くないかで、はっきりしていて多くの作家を輩出している。

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2010年8月20日 (金)

青い鳥文庫文学賞大賞! 受賞者は14歳!

 青い鳥文庫文学賞「おもしろい話が書きたい!」 大賞が決定!!
 青い鳥文庫創刊30周年記念企画「おもしろい話が書きたい!」という、小学生を読者対象とした、プロアマ年齢不問の文学賞に、2月1日から28日までに届いた応募作品は、868点!その中からしぼった10編を、10人の編集者と、10人全員小学生のジュニア審査員とで、応募者の年齢はふせて選考。
青い鳥文庫文学賞「おもしろい話が書きたい!」応募内訳
総応募作品数 868編
第一次選考通過作品数 151編
第二次選考通過作品数 35編
第三次選考通過作品数 10編
※受賞者の年齢は、応募受付時のもの。

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2010年8月19日 (木)

「伊藤桂一文学」オータムセミナー(四日市市民文化祭第60回記念行事)を開催

「伊藤桂一文学」オータムセミナーを、11月に三重県四日市市で開催へ=(暮らしのノートPJ・ITO)
  三重県四日市は、伊藤桂一氏の故郷にあたることから昨年、地元住民とファンが生誕地の高角山大日寺の参堂脇に「伊藤桂一詩碑」を建立。伊藤桂一氏が92歳の誕生日の23日に、夫人を伴ってその除幕式を行い、講演会を開催している。
 これらの運営企画を行ってきた「四日市・伊藤桂一顕彰委員会」(志水雅明会長)では、詩碑建立後も定期的に会合をもち、冊子「小説に描かれた大日寺―伊藤桂一氏の生家を訪ねて」(編著者・加納俊彦)を発行、近鉄湯の山線高角駅から詩碑までの案内板を設置するなど、地域の文化振興を支援してきた。

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第5回中央公論文芸賞に江國香織「真昼なのに昏(くら)い部屋」(講談社)

 第5回中央公論文芸賞(中央公論新社主催)は、江國香織(えくに・かおり)さん(46)の「真昼なのに昏(くら)い部屋」(講談社)に決まった。作品は米国人教授と主婦の不倫を題材にしたもの。賞金100万円。

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2010年8月18日 (水)

著者メッセージ: 森村誠一さん 『悪道』

  森村誠一と申します。
  この度、講談社百周年記念の一環として、『悪道』を書き下ろしました。 
 書き下ろしは連載と異なって、まとめた期間(少なくとも三十日以上)を取らないとなかなか書けません。久しぶりの書き下ろしとあって緊張しました。他のすべての仕事を棚上げし、訪問者は後日の約束にして(これを閉関というそうです)、仕事部屋に閉じ籠もり、ひたすら書きました。
  時は元禄、徳川期を通して最も独裁権力を振るった五代将軍綱吉の治世下、牙を抜かれた忍者の末裔と、天才少女医師がふとしたきっかけから幕府の大陰謀を見破り、圧倒的な権力に対して絶望的な戦いを挑みます。時代を元禄に選んだのは、この時期に百花繚乱、あるいは百鬼夜行というべきか、多彩な人材が犇いていたからです。
  私は、どう見ても勝ち目のない権力や、大戦力を相手取って、決して抵抗をやめない不屈の物語が好きです。『おくのほそ道』の芭蕉の足跡を追いながら、忍者と少女医師のノンストップの逃避行から反転、江戸に反攻しての絢爛たる復讐劇、息詰まる攻防のうちに、読者の想像を超える終幕を用意しました。
  エンターテインメントのエッセンスであるスリル、サスペンス、スピード、多彩なキャラが競り合う人間群像、躍動する時代環境、二転三転予断を許さぬ結末、そして全編を貫く熱気など、四十五年の作家生活で体得したすべてを注ぎ込んだのが、この作品です。
  講談社百周年、この作品をもって読者にまみえることができるのは、作家として光栄です。おそらく『悪道』はまだつづくでしょう。   (森村誠一)
(講談社『BOOK倶楽部メール』2010年8月15日号) 

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2010年8月17日 (火)

これだけひどいと、やはり出てくるよね。メディアの公然のウソ報道批判記事

メディアにも都合があって信させればもうけものというのが多い。こう報道しないとなにか都合のわるいことがあるのだな、と思って読むこと。公然のウソ報道は、大体が官僚のポチ報道が多い。
 そういえば最近、支持率調査をしないね。何か都合わるいことでも?

「バカで暇人」のマスコミ記者が偽造するニュース

「バカで暇人」のマスコミ記者が偽造するニュース

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小泉今日子(女優)書評=中島京子『小さいおうち』(文芸春秋)

思い出の中の秘密
 バージニア・リー・バートンの「ちいさいおうち」という絵本を子供の頃に読んだ記憶がある。かわいい絵本と同じ表題に私は油断していたようだ。この本を読み終えて、しばらく呆然(ぼうぜん)としてしまった。主人公の人生が生き生きと描かれていて、だから私はこの物語の結末を受け止められず混乱している。実在した人の大事な秘密を覗(のぞ)いてしまったみたいで心が重い。
 昭和の初めの頃、東北の田舎から上京した少女、タキは中産階級家庭の女中になる。戦争戦争と激動の時代だったはずだ。でも、タキにとっては、優しい旦那(だんな)様と、若くて奇麗な奥様と、小さくて可愛い坊ちゃんと一緒に暮らした、坂の上の赤い屋根の家で起きた毎日の小さな出来事の方が戦争よりも事件だった。戦争を知らない私は緊迫した状況を想像するけれど、若い女中さんにとって戦争は、あれこれ忙しい日常に溶け込んでしまうものだったのかもしれない。
 少女の頃は何もかもが初体験で、その思い出はキラキラといつまでも心の中に残るものだ。生涯独身で過ごし、今や米寿を越えたタキは一人暮らしのマンションでそんな思い出を少しずつノートに綴(つづ)る。特に、妹のように可愛がってくれた8歳年上の奥様との思い出が目立つのは、タキが奥様に憧(あこが)れていたからなのだと思う。
 ある日、板倉さんという旦那様の同僚が赤い屋根の家を訪れる。そこから物語に不穏な影が現れる。そしてタキのノートは中途半端なところでプッツリと途切れてしまう。タキの寿命が尽きたのだ。最終章ではノートの唯一の読者、甥(おい)の息子の健史が物語を引き継ぐ。タキが抱いていた後悔や秘めた想いが明らかにされてゆくのを、私は息を呑(の)んで見守った。
 長く生きているとキラキラした思い出を自ら汚してしまう時がある。塗り替えようとしてもその黒いシミは決して消えない。タキもそうだったのだろうか。私は少し途方に暮れながら静かにこの本を閉じた。
 ◇なかじま・きょうこ=1964年、東京生まれ。2003年、『FUTON』でデビュー。本作で直木賞。
評・小泉今日子(女優)(2010年8月16日 読売新聞)

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2010年8月16日 (月)

水戸部功(みとべ・いさお)さんに、ハヤカワ「ポケミス」がリニューアル

 「卵をめぐる祖父の戦争」 早川書房が刊行している新書判の翻訳ミステリーシリーズ「ハヤカワ・ポケット・ミステリ(ポケミス)」の装丁が、6日に発売された『卵をめぐる祖父の戦争』(デイヴィッド・ベニオフ著、田口俊樹訳)からリニューアルした。
 新しいデザイナーには、米国の政治哲学者、マイケル・サンデルの『これからの「正義」の話をしよう』(同社)などを手がけた装丁家、水戸部功(みとべ・いさお)さんが就任。長年シリーズの表紙絵を担当し、今年3月に亡くなった洋画家の勝呂忠(すぐろ・ただし)さん(享年83)からバトンを受け継いだ。
 リニューアルに伴い、文字を読みやすい大きさに変更した。表紙の絵柄は固定せず、今後、作品によってイラストや写真も使う方針という。
 昭和28年創刊の「ポケミス」は、米国の作家、ミッキー・スピレインの『大いなる殺人』を皮切りに、現在まで1700冊以上の海外ミステリーを紹介。初期は江戸川乱歩が監修し、一時は推理作家の都筑道夫が作品の選定や解説に当たったことでも知られ、勝呂さんの抽象的な表紙絵は、シリーズの「顔」として読者に親しまれてきた。
 早川書房の担当者は「『ポケミス』の成功は、勝呂さんの絵なくしてはなしえなかった」としのび、「これからも、作家やファンを刺激してきたシリーズの伝統を守っていけるようなラインアップをそろえていきたい」と話している。(産経ニュース2010.8.15)

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2010年8月14日 (土)

<文芸季評2010>読売新聞(8月14日)安藤礼二氏

「悪」のシステムを問う
《対象作品》田中慎弥「実験」(新潮社)/星野智幸「俺俺」(新潮社)/中村文則「悪と仮面のルール」(講談社)。

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2010年8月12日 (木)

第22回日本ファンタジーノベル大賞に紫野氏、優秀賞は石野氏

 第22回日本ファンタジーノベル大賞(読売新聞東京本社・清水建設主催、新潮社後援)の選考結果が11日発表され、大賞は埼玉県の無職、紫野貴李(しの・きり)さん(50)の「前夜の航跡」に、優秀賞は岩手県のスーパー店員、石野晶(あきら)さん(31)=本名・泉田洋子=の「月のさなぎ」に決まった。賞金は大賞500万円、優秀賞100万円。

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2010年8月11日 (水)

文芸誌「照葉樹」8号(福岡県)

【「緋色のリボン」水木怜】
 主婦が亡くなった義母への思いと鎮魂を語った人情話。ありがちな姑としての確執のない人間的交流を描く。
【「TENDER LAVE」水木怜】
 母子家庭の幼児と母親。そこに出会った親切な「おいちゃん」との交流を描く。これもほんわかした味の人情話。

【「刻む」垂水薫】
 母子家庭で育った「私」は、結婚し高齢出産で授かった子供を、一人にしておいたために、火災が起きて焼死させてしまう。そこから夫も妻も自損行為に堕ちていくが、やがて夫婦は気を取り直し、喪失のなかで再起する気持ちになる。
 二人の作品はいいも悪いもなく、それぞれ腕の振いどころを示して、読者を楽しませる工夫をしている。その意味で、自己表現と自己探求を柱とする純文学精神とは距離を置いている。リトルマガジン的な同人誌といえるであろう。
 水木怜は「旅かばん」創刊号でも、悪女的な女性の心理をスリリングに描いていたと記憶する。まさに料理人が市井の話題を捌いてテーブルに出すような感覚であろう。

 これからは、もし中央文壇というものが存在していても、それと無縁に独自の読者獲得をしていく時代ではなかろうか。そういう雑誌に不足しているのが、ジャヤーナリズムである。ひわきさんの優れて社会性のある「文芸同人誌案内」は、その魁のような気がする。まず、雑誌の存在を広く周知させ、そこにジャーナリズムを作る。その努力が求められる時代なった。文芸同志会の同人誌への対応も形は違うが同方向に向かおうと思う。それがポストモダン時代への対応であると思う。
《参照サイト:照葉樹

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2010年8月10日 (火)

同人誌「石榴」11号(広島市)

【「樹木の話」木戸博子】
 中国大連市の南山麓にある母親の生家を訪ねた話。主人公の母親は3年前に68歳で急死し、その喪失感を埋めようとするように、丹念に母親の労苦の痕跡をさがそうとする。歴史的な事実が物静かな魂の情念のなかで、表現されている。
 作者は中国新聞に「緑地帯」というコラムを連載するなど、地域で活発な活動を展開しているようだ。
【「薔薇よりも真実なもの」高雄祥平】
 出だしはこうである。
「私がこれから物語る一連の出来事のあと、何年どころではない二十年近くも経ったあるとき、私はテネシー・ウイリアムズに「バラのいれずみ」という作品があることを知った」
 こうして「私」の人生体験をテネシー・ウイリアムズの「バラのいれずみ」の舞台劇と照合して評論をしながら、語りを進める。大変に技巧的な作品で、もしこれで小説としての完成がなされていれば、画期的な手法を開発したということになるかもしれない。なにが出てくるか、と興味を持たせてそれはそれで面白く読んだ。小説の技法を凝らしてみたい、という人には参考になりそう。
 技法としての面白さで目を見張らせるが、それは、対象にむけた斜めの構えの面白さであって、小説としては不満に感じる。テネシー・ウイリアムズにしても、その他の哲学者らしき人名だけの表現では、自分には理解できず、個人的な想念を読んだとういう感想を出ない。小説の根っこにあるのは、「この人を見よ」であり、描写であろう。舞台劇は心理の描写に比重があるだけで、原理は同じなのではないだろうか。現代において「真実」って誰にとってよ。という課題があるなかで、真実がどこかに固定的に存在するというイメージが実に19世紀的で、戸惑いを憶えた。とはいうものの、なんとなく平凡な自己表現から脱しようという意欲が感じられ、もしかしたら一捻りすれば、この手法もあるのかな?と思わせるところがある。
 発行所=〒739-1742広島市安佐北区亀埼2-16-7、木戸方「石榴編集室」。

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2010年8月 9日 (月)

舞城王太郎「NECK ネック」、新たなメディアミックス挑戦

 これまで芥川賞候補に2回ノミネートされている実力派、舞城王太郎(まいじょうおうたろう)さんの小説原案を、映画や舞台、さらにラジオの朗読劇などで展開させるという、かつてないメディアミックスのユニークな試みが行われている。
 タイトルは「NECK ネック」で、映画版は21日から全国公開される。大学院生の真山杉奈(相武紗季)に、同じ大学に通う首藤友和(溝端淳平)は恋心を抱くが、杉奈が密かに行っていた変わった研究を知ってしまう。彼女はお化けを生み出す木箱の装置「ネックマシーン」を開発していたのだった…。
 今年2月に舞台化され、話題に。興味深いのは舞台版、映画版の、それぞれの原案を含め、「NECK」には複数のストーリーが用意されており、今月発売される「IN☆POCKET」には、さらにこれらの原案とはまた異なるストーリーを「小説NECK」として発表する予定という。
 舞城さんは昭和48年生まれ。福井県出身などの情報はあるが、詳細については明かされておらず、謎の多いミステリアスな作家だ。9年前に『煙か土か食い物』でメフィスト賞を受賞し、文壇デビュー。平成15年には『阿修羅ガール』で三島由紀夫賞を受賞している。
 映像化に際しては舞城さん自身が絵コンテも書く熱の入れようで、かつてない小説と映像の異色のコラボレーションの展開は、しばらく注目を集めそうだ。(産経ニュース2010.8.8)

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2010年8月 8日 (日)

「リストラなう!」 綿貫智人さんロングインタビュー

(産経ニュース) 
--批判的なものも含め、ブログに寄せられた読者からのコメントも面白い
 「直接のコメントではないのですが、一番ショックだったのは、映画評論家の町山智浩さんが、『出版社の社員が中堅作家以上の年収をとっている。それで出版社が立ちゆかなくなっているのは本末転倒ではないか』といった内容のことを、おっしゃっていたこと。給料については、この辺でサンプルひとつくらい出してみてもいいんじゃないと思ったんです」
 --ブログで明かされた高額の給料は話題になった
 「だからみんな一生懸命この業界を目指すわけですし、事実、競争率は高いですよね。その割に、仕事がぬるいとのツッコミも受けますが…」
「リストラなう!」元大手出版社員が激白 綿貫智人さんロングインタビュー

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2010年8月 6日 (金)

新刊「トクソウ事件ファイル」シリーズの著者  牧野修さん

 よほど犯罪者的なオーラを放っているのか、自転車に乗ってるとやたら職務質問される。最初は「うっひょ~、これが職質っすか」と心の中で小躍りしていたのだが、頻繁にされるとさすがに飽きてくる。やることにしたって、自転車の登録番号を調べたらそれでおしまいだ。両手を壁につけろと言われ て警棒で尻を殴られたこともない。びっくりするぐらい紳士的だ。いや、別 に暴力的に取り調べされたいと思っているわけではないのだけれど。(講談社ミステリーの館2010年8月号)  
 私の個人的な警察とのかかわりというと、所詮はこの程度だ。それでも犯罪にかかわる小説を書くことが多いので、警察の出てくるシーンは幾度も書いていた。それなりに資料も調べた。だから今回の小説のネタを考えたときも、特別、警察が舞台であることなど意識していなかった。甘かった。資料を調べても調べても手応えがない。資料は大量に存在する。が、私の頭の悪さと情報処理能力の低さから、どうにも具体的な警察官の日常を自分のものにできない。組織の有り様がなんだか理解しきれない。書けないじゃん!
  安全ベルトをしていなかったらフロントガラスを突き破って飛び出すほどの勢いで筆が止まった。筆は使ってないけど。キーボードの上に指が乗っかったまま動かない。ストーブに手を翳している時でももうちょっとは指を動かすだろう。
 とはいえ小説を書いて暮らしているので、書けないから書けるまで待つ、というわけにもいかない。飢えて死ぬからである。だから別の長編を書いたり、短編を書いたり、連載をこなしたりしつつ時間ばかりが経つ。というわけで、この二冊の小説は、発案から書き終わるまで、最も時間の掛かった小説になってしまった。とはいえこれは作者の都合。同じ年月をかけて読め、とは言わない(当たり前か)。サクサク読み進んで、あっという間に読み終わり、面白かった、と本を閉じてもらえれば、作者としては一番嬉しい。
 ところで私と警察との唯一の接点、職質であるが、にこやかな応対をすればするほど時間が掛かることが経験上わかっている。一度満面の笑みで「どうぞ何でも訊いてください」という態度で接していたら、ちょこちょこと無線でどこかに連絡し始めて、どんどん警官が増えていった。時間稼ぎなのか質問も微に入り細に入り、態度もなんだか高圧的だ。面白いものだからさにニコニコして余計なことまで話しつつ応対していると、いつの間にか五、六人の警官に回りを囲まれていた。そこまでいかなくとも、にこやかで協力的な態度だと、疑われて時間が掛かるのは間違いない。ところが、無愛想な態度で、苛立ちを露わにしていると、あっという間に職質は終わるのである。
 この職質豆知識、今後職質されたときの参考にしていただければ幸いである。<牧野修>

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2010年8月 5日 (木)

西日本文学展望(西日本新聞8月3日朝刊)長野秀樹氏

題「死者との交歓」
戸川如風さん「冬ん花火」(「詩と真実」733号、熊本市)、鰺沢圭さん「壮吉の舞い」(「胡壷・KOKO」9号、福岡市)
「飃」84号(山口県宇部市)より西村敏通さん「狼を出した少年」、いいだすすむさん「三途の川」
「胡壷・KOKO」より桑村勝士さん「渓と釣りを巡る短編」、井本元義さん「顔」
中村修さん「山の上の仙人」(一)(「あかね」86号、鹿児島市)
福岡県小郡市の野田宇太郎文学資料館より「蝶を追う-野田宇太郎生誕一〇〇年-」刊行
(「文芸同人誌案内」掲示板・ひわきさんまとめ)

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2010年8月 4日 (水)

文芸時評7月(毎日新聞7月28日)田中和生氏

<「戦後日本」的文学>
戦前から続く主体の欠如/「悪」の当事者意識、今こそ必要
《対象作品》伊藤祐吏『戦後論 日本人に戦争をした「当事者意識」はあるのか』/高橋源一郎『「悪」と戦う』/島田雅彦「悪貨」/よしもとばなな「どんぐり姉妹」(新潮)/星野智幸「俺俺(おれおれ)」(新潮社)/長島有里枝「スーパーヒロイン」(群像)。

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2010年8月 3日 (火)

著者メッセージ: 西尾維新さん

  作家という生き方をしていると想像力が豊かだという誤解をされるこが多々ありますが案外そうでもないというか少なくとも僕の場合は自分を 想像力が豊かな人間だとは思ったことはほとんどありません。むしろ想像
 力がないからこそ作家になったと言うんでしょうか。みんなが暗算でやってることを筆算でやっている感じ? 要は書いて見なきゃわかんないわけです。(講談社『BOOK倶楽部メール』2010年8月1日号)
 『化物語』を書いた頃にはまだ曖昧だった羽川翼のキャラが今回『猫物語』を書くことでようやく僕の中で羽川翼が見えてきたというのはつまりそういうことでして。僕にとって小説を書くということは登場人物の新たな側
 面を知ることとニアリーイコールで言い換えれば物語に深入りするということなんですが『猫物語』はそれが顕著でした。まあだからどうというこ ともないのでどうか読んでいただければ幸いです。ちなみに『猫物語』は 『猫物語(黒)』と『猫物語(白)』の二部構成になっていますのでそんなニュアンスでよろしくお願いします。そう言えば『猫物語(白)』は 十月発売と謳ってますけど絶対無理。
 それでは暑い夏を熱く乗り切りましょう。そんな話ではないですけれど。 (西尾維新)

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2010年8月 2日 (月)

詩の紹介   「夢」   佐藤裕

 「夢」   佐藤裕

夜 眠れないでいると
暗い道を歩く女の後姿を見つけた
追いかけて 肩に触れようとすると
すっと 前にすり抜けてしまう
何度やっても 女はつかまらない
諦めて ベッドに横になると
女は笑顔をこちらへ向け
「どうしたの?」
と問いかけてきた
その声は 生の汚れを知らぬように
澄んでいて 女は
そっと口づけをし 立ち去って行った 
閉じた心の隙間から
自然に涙が溢れ シーツを濡らした
「なぜだろう?」
心が透明になっていく 心が透明になって・・・
   (参照: 「詩人回廊」 夢  佐藤 裕  )
 
   ☆
 夜明けに見る夢は、リアルでなまなましいものが多い。ここでは、その夢中の場面転換の早さが良く表現されている。
 言葉で表現する光景は、現実にはそこになく、読んだ人の心にそれを映す。言葉で夢を表現することは、現実にないイメージである夢を、現実にない言の葉で表現することで、二重の幻影に誘うのである。小説においては夢の採用は、慎重な配慮が求められる。すべてが夢であったとすれば、何でも書けてしまうからである。
 しかし、詩であると不思議に、安易さを感じさせずに納得させられてしまう。言葉のジャンルのちがいを際立たせている作品である。(紹介者「詩人回廊」編集人・伊藤昭一)

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文芸時評7月(東京新聞7月28日)沼野充義氏

村上春樹ロングインタビュー「作家はもっと自我をすっぽかさねば」
綿矢りさ「勝手にふるえてろ」見えぬ自我の出口
よしもとばなな「どんぐり姉妹」ネットに可能性?
《対象作品》「村上春樹ロングインタビュー」(「考える人」夏号・新潮社)/綿矢りさ「勝手にふるえてろ」(文学界)/よしもとばなな「どんぐり姉妹」(新潮)/桐野夏生「山羊の目は空を青く映すか」(群像「グランタ」提携)/アディーチェ「シーリング」・くぼたのぞみ訳(同)。

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2010年8月 1日 (日)

ポストモダン的対応とは

 なにかどれも、うわついて嘘っぽく感じる時代になった。新聞、テレビメディアの報道もほんとかね、というものが多い。たとえば日本は沈没する、という評論があるのに円高だ。沈没する国の通貨が高くなるなんて、国際的円の収集家でもいるのか。実は、自分は民主党が政権をとるなんて思ってもみなかったのだ。これもポストモダン。ついでに小沢元代表の政治とカネ、自民党が政権を失うとすぐさま政治献金をやめたほどシビアな経済界が、収賄罪にもならない野党時代の小沢に、だれがカネを出したのか。物好きな人がいたのであろう。これは別のカネではないだろうか。それがどのようなカネか追求してほしいが、メディアはしない。大相撲の野球賭博も、それじゃその野球界はどうなんだというと、どのメディアも知らんふり。これはマルチチュード、いわゆる多面的で多様な社会なのに、複雑なものを無理に単純化するから、変になるらしい。変だと思いながら、まあまあと日常が過ぎていく。これがポストモダンの生き方か。
 こうした時代に合わせたというわけでもないが、流れにそって、文芸同志会も運営するサイトを個人会員向けに「詩人回廊」、団体・企業関連会員に「暮らしのノートPJ・ITO」という成り行きになった。「暮らしのノートPJ・ITO」は休日に文芸関連情報を扱うつもりです。興味があれば休日に読んでみてください。今月に93歳になる伊藤桂一先生の写真もあります。先生は、故郷の三重に近い関西にすでに別宅を用意してあるとのこと。先生にこういう質問をしてみた。「お寺の子である先生は、門前の小僧習わぬ経を読むで、仏典と思想との関連はどうなっているのでしょう」。
 すると「門前の小僧といっても、もっと小さい時に父をなくいるからそれはないよ。しかし、仏典の思想と自分の今の思想とは全く重なって同じ。同じですよ」

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