『矢山哲治と「こをろ」の時代』(績文堂)杉山武子著
矢山哲治という詩人の存在を本書で知った。私は昭和17年生まれ。太平洋戦争初期で日本軍が、昭南島(今のシンガポール)を陥落させたというので、提灯行列をした日(母がそう言っていた)である。詩人・矢山はその年に入隊しているのだな、読み進みながら思ったものだ。
その時代は軍部権力からすれば、詩人や小説家などというものは、軟弱的な危険思想を国民に蔓延させかねない監視すべきものであった。
戦時中に国家権力の監視のもとで、若い詩人が文化活動として文芸同人誌「こをろ」を発行する苦心が追跡調査されている。粘り強く特高警察との妥協と反発の試行錯誤をしていく姿が、作者の根気のよい作業で浮き彫りにされている。資料では島尾敏雄、阿川弘之などの参加者の名もある。
矢山は兵役免除となり、国に戻って文学活動をするなかで、電車道の無人踏切で轢死している。事故か自死はいまだに判別できないでいるらしい。
自分は、著者の提示した資料から、無意識の精神の葛藤から一瞬の生物的な眩暈にでも見舞われたのかも知れないと思った。自分で青春時代を思い返しても、その時期の精神状態を正しく把握できない。なにやら不合理な世界にいたことを感じる。
矢山哲治という夭折の詩人の死を、それなりに精一杯時代に生きた人と肯定的に感じながらも、掲載されている矢山哲治の詩を読むと、彼の人生を不幸とは思わないが、なぜかその時代を精一杯生きることの悲しみが浮かぶ。
著者の経歴は、1949年、福岡生まれ。1984年「土着と反逆」(評論)で農民文学賞受賞。ウェブサイト「杉山武子の文学夢街道」。ブログ「一樹の蔭、一河の流れ」がある。薩摩の国の伝統なのか、作風にハードな精神性が感じられるものがある。
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