詩の紹介 「不景気」 暮尾 淳
「不景気」 暮尾 淳
門前から人の列ができる道を/規制して今年は変えてしまったから/大晦日も三日ケ月/お客はさっぱりだったわとこぼす/八十歳のママさんがやっている/焼きトン屋の/カウンター席の二つ横に/白いヘルメットがぽつんとあり/ついふと手を伸ばしたら/店の外に出て階段を上がらなければならない/トイレから/おれよりは若い/白髪まじりの先客の/がっしりした体の男が戻って来て/何か珍しいですかと訊くので/ごめんなさいついさいきん/こういうMタイプのほかに/前ひさしと全周のタイプがあり/小さなナットでも/ビル建築などの高い所から落ちてくると/ヘルメットを突き破り/死ぬこともあると本で読んだものでと言うと/ああそうらしいね/男は無愛想にこたえ/会話はそれでとぎれ/今度はおれがトイレから戻ってくると/もうその姿はなく/あの人はうちのお客で警官で/正月の規制は済まなかったねと謝りにきたの/腸がんの手術をしたという/着物にエプロンのママさんは言い/次の客はなかなか現れず/おれはホッピ―の継ぎ足しをしながら/とっくの昔に死んだ市川雷蔵の/円月殺法を/波立つテレビでみていたが/画面は変り/不景気のニュースがつづいた
詩誌・「騒」81号より 2010年3月 町田市 騒の会
<紹介者「詩人回廊」江 素瑛>
お正月の賑やかさを狙って商売繁盛を期待する焼きトン屋が道路規制の影響で、ぱらぱら客の門庭羅雀(庭に人がいないので、雀がたさくさん遊ぶ)のお正月だった。短編小説のような作品である。作者を除く、登場人物の、ママさん、警官、テレビの画面まで不景気による気だるさをよく表現している。
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