iPadと電子書籍のゆくえ! 西垣通氏・平野啓一郎氏に聞く
電子書籍を読むこともできる米アップルの情報端末「iPad(アイパッド)」が国内でも発売され、話題となっている。“黒船来襲”を機に電子書籍が本格的に普及するのか、作家は電子化とどう向き合うのか。東大教授の西垣通氏、作家の平野啓一郎氏に聞いた。(2010年6月1日 読売新聞)
「紙」は消えず二極分化へ◇西垣通(東大教授 メディア論)
「キンドルは本に近く、読みやすい。中高年向きかもしれない」 iPadでまず思い出したのは米の科学者、アラン・ケイの「ダイナブック構想」。ケイは大型コンピューターしかなかった1970年代初め、パーソナル(個人向け)コンピューターという概念を提唱した。スタティック(静的)なメディアである本に対し、文書や図像、音声などを組み合わせたダイナミックなメディアがパソコンで、それは人間の想像力をかきたて、創造的活動のための文化的ツールになるという夢を描いた。
iPadは、音楽や動画、書籍などを組み合わせた複合メディア。一方、アマゾンの「キンドル」は紙の本を電子書籍に置き換えた単体メディアだ。
コミックやビジネス実用書、娯楽雑誌などが、まず電子書籍に移行する可能性が高い。だが物としての厚みを持つ紙の本は、愛書家が線を引いて読んだり大事に飾ったりするから、絶対にすたれない。電子書籍が大量に流通し消費されていく一方で、時間をかけて作られた真の良書は残る。それらは価格が高くても一部の人々に必ず売れ、二極分化していくのではないか。
電子書籍が普及すれば、アマチュアでも出版社を介さずに本を出しやすくなり、編集者の役割も変わっていく。優秀な著者を発掘し、良い作品を世に出す能力がますます求められる。編集者の中には独立して、電子書籍専門の会社と連携して仕事をする人も出てくるだろう。
電子書籍では、小説に登場する音楽や風景の映像も並行して楽しめるような、クロスメディア作品が登場する可能性もある。iPadの登場はそういう総合クリエイターの創造性を刺激するかもしれない。
端末向けに小説も変化◇平野啓一郎(作家)
「iPadの画面に、指紋がつきやすいのが少し気になりました」片手で持つのは、まだ相当重いですね……。現在の雑誌や新聞を見るには、判型も小さく慣れません。ただ、写真はバックライトで画面が発光して美しい。写真雑誌やファッション誌とは相性がいいのではないか。
でも時間がたてば、軽い機種が出るでしょう。折り畳み式で画面が広がるかもしれない。そうなれば個人の紙に対する愛着にかかわらず、作家も世間の流れに沿って、作品を電子書籍端末に掲載するしかなくなる。
この機器に合う書き方をした小説も現れるはずです。例えば「二人が訪れた東京・狸穴(まみあな)のレストランは暗く、テーブル席が六つあり――」などと文章で書いていたのを、画像を添えて済ませるとか。「狸穴」の地名を知らない読者向けに、本文からネット上の地図へリンクを張れば余計な説明を省ける。それに応じて文体も変わります。
作家にとって、iPadの普及は一つのチャンスでもあると思う。通勤電車で携帯電話の画面を眺め、ゲームや音楽を楽しむ人がいる。彼らは画面が大きくなれば、読書に興味を持つかもしれない。電子書籍で適切な収入が得られる仕組みを作り、忙しい現代人がほかの分野のエンターテインメントに割く時間を、文学が取り戻す方法を考えてみたい。
人間の記憶や思考も変わるでしょう。本の装丁を編集者が作家と打ち合わせする際、今までは「あの画家の雰囲気で」などとあいまいに語り合った後、現物の掲載作を本で探してコピーしたりしていた。iPadがあれば、話の最中にその場で画像を呼び出し、情報を共有化できる。
一方で、一つの画面で簡単に動画や音楽、小説を楽しめるから、長時間集中するより、次々とコンテンツ(中身)を試したくなる。切り替えが早く、飽きっぽい人に向くのではないか。
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