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2010年4月 9日 (金)

岡本かの子から川端康成への未公開書簡を茨城県近代美術館で展示

 (2010年4月9日 読売新聞)関東大震災後の川端康成らの安否を気遣う岡本かの子の書簡 戦前を代表する女性作家で歌人の岡本かの子が、ノーベル賞作家の川端康成(1899~1972年)にあてた未公開の書簡60通が現存していることが、8日分かった。
 10歳年下の川端の才能を慈しんだかの子は、後年、川端に師事を請うている。両者の関係の推移を裏付ける「第一級の資料」(川端文学研究者の平山三男氏)とみられる。
 川端が東大在学中の1921年、仲間と発刊した雑誌「新思潮」にかの子は戯曲を発表するなど、二人のつながりは知られている。今回発見された60通は、23年からかの子が病死した39年までのもの。初期のはがき5通には、作品中の表現にかかわる相談や、東京・本郷に住んでいた独身の川端に<遊びに居らっしやい。もし私達上京の留守でしたら自由に上って本もよみ 御はんもたべ、泊って行って下さっても宜いですよ>(23年8月)と、滞在中の神奈川県鎌倉の宿に誘ったはがきもある。
 この直後、関東大震災で二人は被災。かの子が避難先の島根県から同年10月に出したはがきには、<鎌倉で九死に一生を得 表記の處(ところ)へ逃げて来ってもふ半月以上になります。あなたはいかに、他の新思潮同人達はいかに、さては新思潮の現在および未来はいかに。おもひめぐらし案じをればかぎりもなし。御返翰(へんかん)を俟(ま)ちます>と安否を気遣っている。
 川端康成記念会によると、書簡は鎌倉の川端邸内で2月頃に見つかった。「岡本かの子全集」に収録されている25通を含む85通が、水戸市の茨城県近代美術館で10日から展示される。小説「かの子撩乱(りょうらん)」を書き、川端と交友の深い作家・瀬戸内寂聴さんの話「かの子は一平と物心両面から川端を励まし、川端は恩を忘れず、かの子を文壇に推挙した。全文が分かれば読者の胸を打つでしょう」
 ◆岡本かの子(1889~1939年)。大正期に歌人として活躍。芥川龍之介がモデルの小説「鶴は病みき」を47歳で発表。晩年の数年間に「母子叙情」「老妓抄」などの名作を残した。夫は漫画家の岡本一平、長男は画家の岡本太郎。
               ☆
(参考:「詩人回廊」岡本かの子の庭

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