詩の紹介 「名人」 有森 信二
「名人」 有森 信二
毎朝一人の男によって 駅のゴミ箱の清掃がなされる 容器のフタを開け ビニールの袋を取り出す 袋の中身に手を入れ分別する 分別したゴミを 中途まで入れた別の袋に それぞれ入れ込む 空き缶 ペットボトル 週刊誌 食べ物の殻 一杯になった袋の口を ぎゅっと結ぶ
新しい袋一枚を 空になった容器に 被せ 丁寧に四つに折りたたんだ 新聞紙を容器の底に沈める 真新しくなった容器を傾け 四方から確かめ頷く 雑巾を取り出し 容器をキュッキュッと拭きあげる 男がこの間に費やす時間は ほんの三分 黒い野球帽をあみだに被った 男は実に手際よく その場に新しいゴミ箱を 仕立てあげる 三分の後には ちゃんと次の仕立てにかかる 鼻歌を歌いながら 黒い野球帽をあみだに被った 男はいつも 実に機嫌がよい 同じ時刻に 同じフォームに降りる ようになって一年 男は傍のゴミ箱を 次々に作り替えていく ホームが込んでいようと 若い女が群れて騒ごうと ひどい雨が降ろうと
黒い野球帽をあみだに被った 男はいつも 鼻歌を歌いながら 三分という実に正確なタイムで 次々に 新しいゴミ箱を生み出していく
<紹介者「詩人回廊」江素瑛>
三分間の時間を有効に使うゴミ収集人の姿。詳細に作業手順をしめす。格好よく愉快な作品に出来上がっていく。それは文芸の芸の作業手順でもある。詩精神が見える。仕事の生甲斐を感じながら、環境衛生を維持する人達に脱帽しなくてはならない。
有森信二・詩集「零地点」より(2010年一月 福岡市 花書院)
| 固定リンク
コメント
拙作の御紹介をいただき、ありがとうございます。
詩とは30年ほど遠ざかっておりましたので、随分時代離れしたものだろうと、冷や汗をかいております。
今後も詩作、句作、小説作品にと、前向きに取り組んでいきたいと思っております。
どうぞ、よろしくお願い申し上げます。
投稿: 有森信二 | 2010年3月13日 (土) 16時41分