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2010年2月 8日 (月)

【読売文学賞の人びと】「正弦曲線」 堀江敏幸さん(46)

 サイン、コサイン、タンジェント。受賞作は、数学の授業で習った三角関数の「魔法のような言葉の響き」から語り起こされる。正弦曲線とは、サインの関数をグラフで表したときのなだらかな波形のことだ。
 〈なにをやっても一定の振幅で収まってしまうのをふがいなく思わず、むしろその窮屈さに可能性を見いだし、夢想をゆだねてみること。正弦曲線とは、つまり、優雅な袋小路なのだ〉
 「日常は、地震計のように跳ねる大きな振幅ではなく、遠くから見ると直線に見えるほどの小さな浮き沈みで成り立っている。それは退屈に見えるかもしれないが、僕には退屈ではない」と語る。
 「婦人公論」に2年間連載した各編は緩やかにつながりながら、波のようなうねりを描き出す。周期律表、測鉛……。硬質な用語を「あえて曲解し」、思いがけない風景へと読者を導く。
 4年前、セーヌ川に係留された船の上での生活を描いた『河岸忘日抄』で読売文学賞小説賞を受賞したばかり。受賞の知らせには「びっくりしました。エッセー集はこれまで何冊も書いていて、そんなに違ったことをやっているつもりはない」と少し戸惑い気味だが、「波のような」二つの本での受賞には不思議な縁を感じる。
 二つの受賞作は同じ「散文」。今作が「小説といわれても問題ない」という。一つの波の山や谷が、時には小説、時には随筆と呼ばれるにすぎない。
 「フランスの仮とじ本が好きだったんです。大家でも新人でも同じ扱い。潔くていい」。研究室の本棚に並ぶ一冊を手にとって語る。
 2007年から、母校の早稲田大で創作を指導する。受賞の知らせを受けたのは、ちょうど学生の卒業小説を見ている時期。原稿用紙300枚を超える長編も含めて約30作。一作一作、誠実に向き合う様には激しさもにじむ。「読むと、書いた学生の気持ちが入ってきてしまって、それが抜けるまで自分のものが書けなくなる。3週間に1回は全く動けなくなって、家でずっと倒れています」
 語り口は穏やかだが、日常の振幅を乱さず、一定の幅に収めるためには強靱(きょうじん)な意志を必要とする。そんな強さを秘めながら、作家は美しい波形を描き続ける。(堀内佑二)(10年2月4日 読売新聞)

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