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2009年12月31日 (木)

同人誌「海」第二期第2号

 このところ、優先したい用事が重なって、送られてくる同人誌に目をとおしていても、記事にする暇がなかった。たまった同人誌を整理していたら、そこにメモがはいっているのがいくつかあり、以前その古いと思われるものから、記事にしてみた。同人誌「海」はだいぶ前のものと思われる。
【「現代比較助詞考」織坂幸治】
 西洋文化が、「あれか、これか」の2元論で、日本文化が「あれも、これも」の1元論とかを、「モ」と「カ」の問題で考えている。宗教的に一神教が多く、二者択一の選択で分類するのに対し、清岡満之の「二極を消す『二項同体』」の思想を知る。
 たしかに、日本という国は世界的にみて、異色の文化体系をもっているようだ。自分は社会の構造や変化、革命ついての本を読むが、現在の「協同組合」の構想を考えたフランス人のフーリエ(1772~1873)は、未来予測として北極と南極が接近し、地球が温暖化するだろうとか、海水がおいしい水となるであろうとかを予測。さらにフランスから遠い日本について日露戦争(1904~1905)の始まる100年前に、ロシア人が中国への侵入すること、それによって日本人がロシアを侵略し、世界の産業界に侵略するであろう、というような予言をしている。ロシアの革命家トロツキーは、「文学と革命」で、日本を世界の闇の中に存在する国と記すなど、なんとなく気になる国のようだ。

【「帰還」由比和子】
 元日本兵の昌男は、シベリア抑留生活から、ナホトカから引揚船「興安丸」で帰国してきた人物。日本での生活も、その当時のことが寝ていても悪夢として甦ることの不安を描く。

【「参考人浜野シズエの供述書」牧草泉】
 殺人事件について、警察に参考人に呼ばれたシズエの供述だけで、事件の様子を読者に理解させようという試み。シズエがしゃべるだけで、事件の進行をわからせる。表現に制約を加えて、そこをいかに工夫するか、という文章技術に挑戦した意欲的な作品。

【「月蝕」有森信二】
 市役所に勤めながら大学の2部に通う若い男の「私」の生活の仕事と大学での学生運動をめぐる生活を描く。全共闘に関していろいろな受け取り方をする人たちがいるものだ。そこに内面な苦悩をする佐々木という男の破滅的な男を象徴として登場させて描く。
 (紹介者「詩人回廊」編集人・伊藤昭一)

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2009年12月30日 (水)

西日本文学展望「西日本新聞」(12月29日朝刊)長野秀樹氏

<随筆・エッセーより>
永吉豊さん「慟哭の海 七重浜に立つ」(「海峡派」117号、福岡県北九州市)、舟橋広子さん「絶望のとなりで…」(「邪馬台」173号、大分県中津市)
「あかね」(鹿児島市)の随筆課題「時代・とき」より、行弘和子さん「先が見えない」、成尾愛子さん「時の流れ」。(「文芸同人誌案内」掲示板・ひわきさんまとめ)

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2009年12月29日 (火)

09文化部記者のベスト3(三品貴志)「1Q84」を除くと… 「文芸書」編

 出版業界の今年を振り返ってみれば、村上春樹『1Q84』(新潮社)に尽きる1年だったと言っていいだろう。出版不況が叫ばれる中、とにかく売れに売れた同作は、新潮社によると、12月初旬までにBOOK1、BOOK2合わせて累計223万部を発行、トーハンやオリコンの年間ベストセラーでも1位を飾った。平成21年2月のイスラエル最高の文学賞「エルサレム賞」受賞スピーチに始まり、今年は“ハルキ人気”を再確認させられた1年だった。
 そんな中、誠に僭越(せんえつ)ながら、今年の文芸書ベスト3を選ばせていただくことになった。選定に当たっては、やはり“しばり”がないと興がそがれるので、今年「単行本化」された国内作家の文芸書のうち、(1)『1Q84』を除く(2)文学賞・文芸賞受賞作を除く-という条件を付してみた。異議申し立てやおしかりがあるかもしれないが、独断と偏見で選んだ3冊は以下の通り。
(1)中村文則『掏摸(スリ)』(河出書房新社・1365円)
(2)桐野夏生『IN』(集英社・1575円)
(3)古井由吉『人生の色気』(新潮社・1680円)
 1位の中村文則は、17年に『土の中の子供』で芥川賞を受賞した作家で、硬質な文体と「純文学」の王道を行くような古典的テーマ性を持つ作品で知られる。8冊目の単行本となる本作の主人公は天才スリ師。濃密だが平易な文体でつづられたスリの緊迫感は小気味よく、ぐいぐい読み進められる。硬派な筆致と物語の娯楽性が見事に融合し、作者の新境地を開いている。今作で完結はしているものの、“続編”の期待も込めて1位とした。
 続いて2位の桐野夏生は、言わずと知れたベストセラー作家。編集者との不倫関係を終わらせた女性作家が、恋愛の「抹殺」をテーマにした新作小説の執筆のため、物故した男性作家の謎の不倫相手の取材に取りかかる。真実とは、そして小説の「虚構」とは-。ドラマ、映画化もされた代表作『OUT』に呼応するタイトルの本作は、作者の小説観が強くにじみ出た刺激的な作品だ。
 3位の古井由吉『人生の色気』は、小説ではなく、著者本人がインタビューや対談で語った言葉をエッセー風に編集者がまとめた。難解な文体で知られる純文学作家が、自身の戦争体験や作家半生、青年期や老いをめぐる考察について、日本特有の「エロス」を絡めながら語っている。今の人に「色気がなくなった」のはなぜか-。文学好き以外の読者にもぜひ手にとってほしい一冊だ。(三品貴志)(産経ニュース09.12.29)

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2009年12月28日 (月)

「毎日新聞」西日本地域版(09年12月21日)「言葉の森から」小説編<10~12月>松下博文氏

タイトル「気配と感覚の文学」
《対象作品》河合愀三「霧と蜘蛛と」(「龍舌蘭」177号)、松ケ迫美貴「ムジナ」(第13回福岡県高等学校総合文化祭文芸コンクール散文部門最優秀作品)。(「文芸同人誌案内」掲示板・ひわきさんまとめ)

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2009年12月27日 (日)

【文芸時評】1月号 早稲田大学教授・石原千秋(産経新聞09.12.27)

 純文学の危機と商業主義
《対象作品》対話・大江健三郎&古井由吉「詩を読む、時を眺める」(新潮)/東浩紀と平野啓一郎「情報革命期の純文学」(同)。
【文芸時評】1月号 早稲田大学教授・石原千秋 純文学の危機と商業主義
 「対話」は、平野啓一郎の話題作『ドーン』(講談社)と東浩紀初の小説『クォンタム・ファミリーズ』(新潮社)を巡るはずだったろうが、現在の批評と純文学の置かれた状況論にほぼ終始している。
 平野は、いま純文学は1万部売れれば御の字の時代になってきていると言う。とすると、印税は150万円ほど。純文学作家は量産できないから、これでは食べてはいけない。東は、そんな状況においては「文学を外部に開く」必要があり、平野がその「責任」を果たそうとしていることを評価している。それはやはり「作家の自己プロデュース能力」ということになる。しかし、それをしてきた東自身が「疲れてしまった」とも言っている。

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2009年12月26日 (土)

出版業界、2兆円割れへ 出版科学研究所の調査

 平成21年の書籍と雑誌の推定販売金額が、元年から20年間維持してきた2兆円台を割る見通しであることが25日、出版科学研究所(東京)の調査で分かった。前年より約9百億円減の1兆9300億円程度にとどまる見込み。同研究所は「デフレの深刻化や日本経済の萎縮の波が出版業界にも押し寄せた」としている。
 1~11月期の推定販売金額は、書籍が前年同期比4.5%減、雑誌が同4.1%減。書籍は村上春樹さんの小説「1Q84」がミリオンセラーになり話題を呼んだが、売れ筋の本の低価格傾向が続いた。雑誌も休刊が相次ぐなどして12年連続のマイナスだった。
 同研究所の佐々木利春主任研究員は「来年も明るい見通しはない。映画やテレビとの連動などで需要の底上げを図っていくしかないだろう」と話している。(産経ニュース09.12.25)

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2009年12月25日 (金)

渡辺淳一さんが北京の出版社と和解

 中国の通信社、中国新聞社によると、作家の渡辺淳一さんが、著作権を侵害されたとして北京の出版社に損害賠償を求めていた訴訟は23日までに、上海市第1中級人民法院(地裁)で和解が成立した。渡辺さん側は、出版社と5冊の小説集を中国語で出版する契約をしたが、無断で4冊に編集されたとして賠償を請求。双方が協議した結果、出版社側が渡辺さん側に10万元(約130万円)を支払い、在庫を処分することなどで和解が成立した。渡辺さん側はこの出版社に対して、小説「愛の流刑地」の中国語版の無断出版でも賠償を求めていたが、取り下げるという。渡辺さんの小説は中国で人気が高く、海賊版が大量に出回っている。今年初めには、同様の著作権侵害をめぐる訴訟で上海の出版社と和解が成立したという。(共同09.12.23)

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2009年12月24日 (木)

テレビ草創期の光と影描く「世界は俺が回してる」なかにし礼さん

「世界は俺が回してる」を刊行した、なかにし礼さん。「新聞小説の魅力?すぐに読者の反応が分かるのがいい」と語る 今年1月から8月末まで産経新聞朝刊で連載されたなかにし礼さんの小説「世界は俺が回してる」が角川書店から刊行された。作品は、昭和の高度成長期、たぐいまれな独創性と行動力で画期的な音楽番組やイベントを仕掛けた伝説のテレビマンの生涯を描いた。なかにしさんは「昭和のテレビと音楽番組を舞台に、一人のプロデューサーの名を借りて芸能の持つ力、その魅力を伝えたかった」と振り返った。(戸津井康之)(産経ニュース09.12.21)
 “ギョロナベ”の愛称で親しまれ、また恐れられた元TBSプロデューサー、故渡辺正文氏をはじめ、登場人物はすべて実名で登場する。
 実話がベースだけに綿密に取材を重ねた。「まず最初に大学ノートを持って40人近くの関係者に直接会いました」。一人一人承諾を取り信頼関係を築き、詳細に話を聞いて歩いた。
 清濁併せ呑む辣腕(らつわん)プロデューサーの生涯を「美化つもりは一切なかった」と言い、東京音楽祭を成功に導いた輝かしい功績を書き記す一方、不祥事など負の半生も赤裸々に描いた。
 なかにしさんに小説家の肩書が加わったのは還暦を迎えてからだ。作詞家として幾多の名曲を世に送り出し昭和の音楽史に名をとどめながらも、時代が平成に変わるころ、「歌ではなく小説でしか書けないものを今、書いておきたい。それが使命ではないか」という思いに駆られたという。
「世界は俺が回してる」を刊行した、なかにし礼さん。「新聞小説の魅力?すぐに読者の反応が分かるのがいい」と語る 作詞家時代は「ずっと頭の中で音楽が聞こえていた」という。だが、平成5年、書く覚悟を固めた時には「頭の中からすうっと音楽が聞こえなくなっていた」と明かす。書こうと決めてから数年かけて夏目漱石やサマセット・モーム、ドストエフスキーの全集を繰り返し読み、意識して作詞家から小説家の頭に切り替えていった。「同じ言葉でも作詞と小説は違う。作詞は短距離選手の筋肉、小説の場合は、マラソンのような長距離選手の筋肉を使うと例えたらいいでしょうか」
 「世界は俺が-」は新聞での長期連載。「連日昼から夜9~10時ぐらいまで書く生活でした。書いていて気になったところは事実を確かめるため関係者に電話で確認しながら…」と取材と平行しながらの執筆作業だった。
 日々、連載に追われるプレッシャーは?
 「それがなかった。私にとってはちょうどいいペース。逆に読者からの反応がすぐにあるから書き甲斐があるんですよ」。音楽家として舞台の喝采(かっさい)を浴びる感覚が蘇ったという。

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2009年12月22日 (火)

文芸評論家5氏が選んだベスト3(読売新聞12月15日)

★池田雄一(文芸評論家)=奥泉光『神器 軍艦「橿原」殺人事件』(新潮社)/辻原登『許されざる者』(毎日新聞社)/笙野頼子『海底八幡宮』(河出書房新社)
★石原千秋(早稲田大学教授)=村上春樹『1Q84』(新潮社)/川上未映子『ヘヴン』(講談社)/橋本治『巡礼』(新潮社)
★川村湊(文芸評論家)=橋本治『巡礼』/川上未映子『ヘヴン』/中村文則『掏摸(スリ)』(河出書房新社)
★斎藤美奈子(文芸評論家)=青木淳悟『このあいだ東京でね』(新潮社)/前田司郎『逆に14歳』(新潮10月号)/丸岡大介『カメレオン狂のための戦争学習帳』(講談社)
★沼野充義(東京大学教授)=川上未映子『ヘヴン』/高村薫『太陽を曳く馬』(新潮社)/村上春樹『1Q84』

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2009年12月21日 (月)

【回顧2009 文学】戦後問い直す「団塊」世代(読売新聞文化部 山内則史)

 エルサレム賞の「壁と卵」スピーチ、1Q84現象、先日発表されたスペイン政府の芸術文学勲章授与――。文字通り、村上春樹(60)に明け暮れた1年だった。最大の話題作『1Q84』(BOOK1・2)は、天吾と青豆の恋愛物語の形をとりつつ、1995年の阪神・淡路大震災、地下鉄サリン事件で顕(あら)わになった戦後日本のシステム破綻(はたん)とそこに至る精神史という重いテーマを響かせる。サリン被害者へのインタビュー集『アンダーグラウンド』以来、「悪」の問題をどう引き受けるかを模索してきた作家の集大成になるだろう大作。その結末は、来年刊行予定のBOOK3以降に持ち越された。
 混迷を深め、閉塞(へいそく)感に覆われた時代ゆえなのか。時をさかのぼり、過去から自分たちがいま立っている足元を照らそうとする試みは、村上作品に限らない。
 平成6年(94年)、大阪・十三(じゅうそう)の古ビルに住人を立ち退かせる目的で不動産会社の男が管理人として赴任する宮本輝(62)『骸骨(がいこつ)ビルの庭』(講談社)は、戦災孤児たちを復員した男が養育するという、この地に隠された人間の絆(きずな)を描く。
 社会の光と影を見はるかす視線は、橋本治(61)『巡礼』にも通じる。こちらはゴミ屋敷の主となった荒物屋の跡取りの歩んだ戦後史を、社会と個の関係を視野に収めながら浮かび上がらせた。3人は「団塊」世代。会社員なら定年にさしかかる年齢で、戦後史が個人史とほぼ重なる。自身が 生きた時代とは一体何だったのかを問い直す作品が同時期に書かれたのは、偶然ではなかったろう。
 世代的には少し下だが、『太陽を曳く馬』で三部作を完結させた高村薫(56)も、オウム真理教を含めた戦後のこころの荒廃を掘り下げた労作だった。
 辻原登(64)『許されざる者』は、日露戦争から大逆事件へ進む20世紀初頭の激動の群像を活写した19世紀的ロマン。
 小川洋子(47)は『猫を抱いて象と泳ぐ』(文芸春秋)で、天才チェス少年の短くも美しい生涯を職人の繊細な手際で構築した。
 奥泉光(53)は『神器 軍艦「橿原」殺人事件』で、荒唐無稽(むけい)な虚構によって戦時下の狂気の様相をとらえた。
 池澤夏樹(64)『カデナ』(新潮社)は68年の沖縄が舞台の、ささやかだけれどしたたかなスパイ小説。
 山田詠美(50)『学問』(同)にある高度成長期の地方都市に暮らす少年少女の生と性、桐野夏生(58)『IN』(集英社)がつきつける作家の業も、深く記憶に残った。
 吉田修一(41)『横道世之介』(毎日新聞社)は、87年に長崎から上京した世之介の大学1年目をつづる青春小説。
 角田光代(42)は『森に眠る魚』(双葉社)で、園児の母親同士の疑心暗鬼、規範なき現代の醜悪と悲惨を直視した。
 ドストエフスキー『白痴』のパロディー小説、鹿島田真希(33)『ゼロの王国』(講談社)は、主人公の青年の純粋さの空転が滑稽(こっけい)にして痛快。
 中村文則(32)『掏摸(スリ)』は、悪を操る人間と操られる人間の緊張感がスリリングで、新境地を感じさせた。
 さらに青山七恵(26)『かけら』(新潮社)は、川端賞最年少受賞の表題作をはじめ、日常に潜む感情のさざなみを感知する眼(め)が冴(さ)えた短編集。
 川上未映子(33)『ヘヴン』は、いじめを中学時代の一過性のものでなく善悪の大きな枠組みでとらえた意欲作だった。
 磯崎憲一郎(44)『世紀の発見』(河出書房新社)は、早回しの映画のテンポで時間の流れそのものを読ませるような文体が新鮮だった。
 火星から帰還した宇宙飛行士が騒動に巻き込まれる近未来小説、平野啓一郎(34)『ドーン』(講談社)には「分人主義(ディヴィジュアリズム)」という言葉が出てくる。ネット社会で対人関係が複雑化するのに合わせて、人間は自分の中に分人を増殖させないと現実に対応できない――。こうした事態は、現代社会でも相当進んでいるのではないか。兄弟で共作する新人が登場し、作品の「私」も読者の「私」も分人化する時代に、どんな文学が生まれるか。今後に注目したい。(12月15日、読売新聞)

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2009年12月20日 (日)

スピルバーグによる映画化が決定「パイレーツ」初版3万部/クライトンの遺作

08年11月に66歳で死去したアメリカの人気作家、マイクル・クライトンの遺作『パイレーツ―掠奪海域』(酒井昭伸訳、早川書房・本体1900円)が、12月9日に早川書房から発売された。
 この作品は作者の死後、仕事場の愛用パソコンのなかから発見され、作品としてすでに完成していることも確認された。単行本、文庫合せて200万部の『ジュラシック・パーク』をはじめ、クライトン作品の日本語版をすべて刊行している同社がこの夏版権取得に動き、初版3万部での刊行となった。
 新作は17世紀のカリブ海、ジャマイカを舞台に、イギリスの私掠船船長、ハンターが、国家公認のもと、スペイン船の財宝を狙ってスペシャリスト集団とともにあの手この手の活劇をくりひろげる冒険譚。バイオサイエンスがらみのテーマが多いクライトン作品のなかでは異色にもみえるが、その名を一躍有名にした『ジュラシック~』以前には、エンターテインメント系の冒険活劇も書いていたという。息もつかせぬスピーディーな展開と映像的な描写は相変わらずで、スティーヴン・スピルバーグによる映画化が決定している。(新文化09/12/10)

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2009年12月19日 (土)

文芸同人誌評「週刊 読書人」(09年12月11日付)白川正芳氏

《対象作品》渡辺能江「僕は猫派に変身した」(「回転木馬」19号)、篠原敦子「『その夏、乳房を切る』を自費出版して」(「時空31号)、村岡功「小林秀雄をめぐる私的序想」(「新現実」102号)
<『その夏、乳房を切る』は第12回日本自費出版文化賞個人部門賞受賞>
「文芸静岡」79号より嶋田峰子「『くにおの談話室』から」
森啓夫「古里崩壊」(「文学街」267号)、難波田節子「坂の町の家族」(「全作家」75号)、甲斐ゆみこ「遠くはなれた場所で」(「詩と真実」725号)、杉山夏太郎「『坊っちゃん』103年」(「文芸長良」20号)>(「文芸同人誌案内」掲示板・ひわきさんまとめ)

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2009年12月18日 (金)

井上ひさしさん、肺がん闘病で 「菜の花忌」シンポのパネリスト降板

 司馬遼太郎記念財団は17日、来年2月13日に東京・日比谷公会堂で開催する「第14回菜の花忌シンポジウム」のパネリストについて、作家の井上ひさしさんから、映画監督の篠田正浩さんに変更すると発表した。井上さんは今月に入って肺がんで闘病中であることを公表している。(産経ニュース09.12.17)


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2009年12月17日 (木)

赤井都さん「豆本づくりのいろは」発売中

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 豆本の世界ではヒット企画となっているガチャポン販売が第九回文学フリマでも「豆暦」ブース参加した。ガチャポンというのは、駄菓子やで売っている子供向けの販売機の応用。
第1回文学フリマから参加してきた、「言壷」グループの赤井都さんのコメント。
            ☆
『豆本づくりのいろは』100冊著者売りしました。ちょっとヘトヘトですが、ありがとうございます! 通販アンケートで、本はとても好評です。きれい、わかりやすい、内容が詰まっている、など。今月から、メルマガを購読される方もたくさんいらっしゃいます。10日発行の予定が遅れたので、「届かないよ?」と気にされていた方もいらっしゃるかと思いますが、「だいたい10日発行」ということでどうぞよろしくお願いします。
赤井 都・著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
豆本作家。文筆家。2006年、ミニチュアブック協会(本拠地アメリカ)の国際的な豆本コンクールで、独学で初めて作ったハードカバー豆本で日本人初のグランプリを受賞し、2007年連続受賞。2006年より個展、グループ展、ワークショップ講師多数。オリジナルの物語とその世界観を表す装丁に惹き付けられるファンは多い。豆本朗読会、豆本がちゃぽんを発案、継続中。2009年ルリユール工房入門修了、現在パッセ・カルトン、書籍の修理と保存受講中(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
『豆本づくりのいろは』

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2009年12月14日 (月)

詩の紹介  「傘」山本祐子

(紹介者「詩人回廊」 江 素瑛)
「あると安心」。病気でない時にも薬を持ちたがるのと同様に、いざという時の防衛策である。雨に濡れながら、歩くひとの顔は、受ける災難を恐れず、あえて甘受する強さ、勢いがある。占いを信じ、災いがこないことを願うより、災いが来てもそれを克服する強さを願う方が合理的であろう。傘で雨を防いで、歩くひとの顔。災いをおそれ、天気占いを信じるひとなのだろうか。
         ☆
「傘」 山本祐子

落ち度を重ね続けてきた人生なのに/突然の雨に折りたたみの傘を/いつもバックに入れて持ち歩いていた/わたし//
傘を開く自分の姿を鏡に映したことはないが/ひと安心の気分は/顔にでていたのかも知れない//
わたしの目の前を/傘ももたず/走りもせず/どしゃぶりの雨の中を/濡れるに任せて歩く若い人//
ずぶ濡れの衣装に逞しさを思う//

「時間と空間」6号より(2009/12/1 東京都小金井市)

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2009年12月13日 (日)

同人誌「季刊遠近」38号(東京)

 「久保田正文著作選/文学的証言」(大正大学出版会:8,820円)が出版され、その出版記念会の様子がある。「文学界」同人誌評を長くしていたので、文芸評論家の勝俣浩氏が講演を行っている。久保田正文の住まいの近くに、文芸評論家の浜賀知彦氏が住んでいて、二人が元気な頃は、近所付き合いがあったようだ。
 たまたま、自分は浜賀さんに用事があって、訪問することがあったので、この雑誌を持って行って見せたら、「ほう」と興味をもってみていた。作品を発表している難波田節子さんの名を見つけて、「まだ、やっているんだね」と言っていた。浜賀さんの蒐集している昔の同人雑誌に彼女の作品が掲載されているから、記憶しているらしい。
 浜賀さんは、長年、京浜南部の文学活動の歴史となる同人誌を蒐集しており、戦後の労働運動の激しいさ中の同人誌や詩集を集めてある。それが「東京南部サークル雑誌集成」(不二出版、全三巻付録・別冊揃えで68,000円)となって、このほど編集復刻された。
 浜賀さんは、この貴重な原本を地元の大田区の図書館に寄贈しようとしたら、断られたそうだ。「だめだね。文化的な価値がわからない」と落胆していた。自分は「自治体の図書館は古い書籍を廃棄したりしているので、ひとつ場所に置くのは考えもの。災害などでも失われるリスクが高い。民間の個人に分散して保管したほうが良いのですよ」とかいっていたものだ。
 その資料の中には、安部公房が芥川賞を発表したあとに、同人誌に発表したばかりの詩作品の名前を抹消し、それを受け取った友人が、また安部公房と書き加えているものなど、面白いエピソードに事欠かない。
 浜賀さんは1昨年だったか、ガンの手術をして体力を落としていたが、最近は元気を取り戻している。この集成が刊行されて、ひと安心しているようだった。入院中に見舞いに行くと、そのたびバカチョンンカメラでその人の写真とっていた。その後、麻酔の影響で幻覚症状が強く出たといっていたので、記憶が信用できなかったためらしい。
(紹介者「詩人回廊」編集人・伊藤昭一)

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2009年12月12日 (土)

第9回文学フリマの展示方法など(2)

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 文学フリマの各ブースには、朝から印刷会社のパンフレットが置かれている。そこには、今後の全国各地のフリーマーケットのスケジュールがカレンダー化されていて、その開催日の幾日前に原稿提出されると、どのくらいの経費でできるかなどが詳しく書いてある。印刷会社から会場に直送されるのは当たり前のようだ。
 これらは、コミックマーケットで実績のある印刷業者が、コミックから文章系に転向拡大する書き手が存在することを裏付けている。
 ギャグマンガは別として、コミックで物語の構造を学んでくると、その内容や物語の幅を進化させようとして、文字による表現に移行する人たちがいる。ライトノベルはそうした読者層から生まれてきたといえる。
 発想がイラストという視覚から入るグループは、展示も視覚的である。

 また、それらにまじって、純文学の雑誌を出す「破滅派」のように会場に、パソコンを持ち込んで外国の文学フリマのサイトを見せたりしているところもある。今回は100部を販売したとある。雑誌に図書コードはないと聞いている。

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2009年12月11日 (金)

同人誌「奏」第19号・2009秋(静岡県)

【「評伝・小川国夫――第1回」勝呂奏】と、同じ作者の【「資料・小川国夫――中学校時代ノート(抄)」があり、かなりのの厚さである。小川国夫といえば、『死の棘』を書いた 島尾敏男に同人誌「青銅時代」の「アポロンの島」を認められて世にでるきかっけになった話があるが、知る人は少ないであろう。この作家に詳しい作者のようだが、根気の要る仕事である。
 中学時代の書き物の記録を読むと、瑞々しくて、クリアな文章で、才能を感じさせる。私の記憶ではその後、志賀直哉の影響を受けたようなところがあるようだが、影響を受けなければ結構もっと売れる文章を書く作家になっていたのかもしれない、と思わせるものがある。聖書の文体も意識していたのかも知れない。
発行所=〒420-0881静岡市葵区北安東1-9-12、勝呂方。
(紹介者「詩人回廊」編集人・伊藤昭一)

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2009年12月10日 (木)

第13回司馬遼太郎賞は、宮本輝氏「骸骨ビルの庭」

第13回司馬遼太郎賞(司馬遼太郎記念財団主催)は9日、作家の宮本輝さん(62)の「骸骨ビルの庭(上・下)」(講談社)に決まった。賞金100万円。贈賞式は来年2月13日、東京・日比谷公会堂で開かれる「第14回菜の花忌」会場で行われる。
 受賞作は、平成6年の大阪・十三を舞台に、「骸骨ビル」の取り壊しをめぐってそこに暮らした復員兵と戦災孤児の記憶が呼び起こされていく長編小説。宮本さんは「今の時代を生きる人間が模索しなければいけない人の心の強さを書きたかった。雲の上の人だった司馬さんの賞をいただき、大変光栄」と話した。
 宮本さんは昭和52年に「泥の河」(太宰治賞)でデビュー。53年「螢川」で芥川賞、62年「優(ゆう)駿(しゆん)」で吉川英治文学賞をそれぞれ受賞した。「川」三部作や「錦繍(きんしゆう)」「流転の海」シリーズなど著書多数。
 また、若者の調査研究を支援する第13回司馬遼太郎フェローシップ(奨励金30万円)は、東大大学院工学系研究科の川本悠紀子さん(25)に決まった。(産経ニュース09.12.9)

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2009年12月 9日 (水)

第9回文学フリマの展示方法など(1)

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 文学フリマ会場の展示のひとつが写真である。ブースが狭いので、立体的にするのがコツ。若者も年配者も同じ会場で違うジャンルを並べて売られているのが、定着している。
 文芸同志会では、これまで会員の誰かの手伝いがあったが、今年は主宰者の伊藤が独りで店番をした。それだけにじっくり会場の雰囲気を味わうことができた。新刊「詩人回廊2010」と、これまでの在庫本、会員が入会している同人誌などを並べた。
 会場は若い人が圧倒的で、自分のブースに立ち寄る人は少なかった。それでも、時折、置いてある本を手にとって見る人が増えたように思う。人が多いといろいろな分野に興味を持つ人も混じるので、販売チャンスが広がるようだ。
 そして、ちょっと興味深かったのは、会員の山川氏が同人誌「砂」111号に連載小説「国賊」第1回を書いていた。その号2冊と前号の110号を1冊置いた。すると、ぱらぱらと「砂」誌をめくってから、買い上げていく人が続いて2人出た。いや、今日はなぜか「砂」が売れるな、残る110号も売れるかな? 期待していたら、その後は見る人がいても買ってくれない。
 そこで、110号と111号の違いを考えてみた。111号の山川氏の「国賊」は中国の歴史物で、作者の書き出しが、中島敦の現代版かと思わせる格調の高い文章であることに思い至った。自分は、読んで「現代ばなれした静謐なかに重厚さのある文章だな。しかし、読解力の落ちた今の人には、その味わいがわからず、気の毒だが、話題にもされないであろう」と、思っていたものだ。それを、2人の読者は、連載の初回にもかかわらず、中国歴史物と、その文章の味に関心があって買っていったのではないか、と推察したのだ。俗に「目明き千人、○暗千人」というが、入場者が2千人ならば、2人の目明きがいてもおかしくないわけだ。
 関連記事は第9回文学フリマの展示方法など「詩人回廊」にもあり。

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第9回文学フリマの現場から

写真は病いから再起しフリマに参加した野田さん(中央)と彼を支える友人(右)。
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 先にサークルカタログの写真を示したが、今回のカタログには表紙広告のほかに、中に常連化した同人誌印刷会社(株)ポプルスPOPLSと、横浜ワールドポーターズでの創作オンリー同人誌即売会2010年6月6日開催やSFコンベンション「HAL-CONはるこん」2010年4月10日~11日開催の広告がついていた。ビジネスが介入するほどに成長したといえる。
 それだけでなく、読み物として「文学フリマをどう買うか? どう売るか?」としたタイトルで、第八回文学フリマを振り返って――という座談会が掲載されている。ページ建てに余裕ができたことを示している。座談会のメンバーは、作家の中沢けい氏、「見世物見物」グループの大阪芸大の志和一馬氏、同じく小向鉄平氏、司会が望月倫彦・文学フリマ代表である。望月代表と中沢けい氏など、まあ、顔見知り仲間からはじめようというところであろう。
 なかで気になったサークルの名が上げられていて、「『共感覚』ペンクラブ」「ジャンクヤード」、「つヤ部」「MNTP」などのほか中沢けい氏が古い同人誌タイプとして「銀座線」や「木曜日」を話題にしている。
 また、最年長参加者組みとして、5円で販売する「幻魚水想記の会」野田吉一氏(69歳)が、前回病気で休んだのが、今回は再起し参加した話が出ている。
 野田さんは、私より2歳年上で、元同志会会員であったので、自分も作品を求めて、再会を喜んだ。その一冊に「1968年――省二の青春むざんなや」があった。電車のなかで、ぼちぼち読んでいるが、これが大変に良い作品で、主人公は腹膜透析を行う身で、あの労働運動と学生運動を巻き込んだ全共闘時代に、出版社の労働闘争に参加した時の状況を内部から描いたもので、そこに参加して活動した人間の、理論から離れたわけのわからない現場の心境を実に実感をもって、描いているのである。文章もしまっている。驚いた。
 理屈をいいながら、理屈に合わない活動をしてしまう心理が表現されているのは、貴重である。当時の活動家は、理屈はいうがそれが行動の原理とはなっておらず、自分で自分の行動を説明しない。その意味で理屈でないことを描いているのが良いのだ。

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2009年12月 7日 (月)

第九回文学フリマ(蒲田)に参加。配布のカタログが時間中に品切れ盛況

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 380件の出店があった第9回文学フリマ(蒲田)に参加した。前回よりも60件ほど増の会場だったが、見本誌コーナーを別室会議室にしたのが、効果があって賑やかではあったが、それほど混雑感はなかった。いつもは帰りまでのこっていた出店者カタログが3時ころだったか、品切れになったと放送していた。2000部前後では足りないようだ。
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2009年12月 6日 (日)

大先輩に敬意 紫式部文学賞の桐野夏生さん

 小説『女神記(じょしんき)』(角川書店)で、第19回紫式部文学賞を受賞した作家の桐野夏生さんが、「源氏物語」ゆかりの京都府宇治市での贈呈式で、「小説家になれば朝から晩まで小説のことを考えていられる。それは最高の幸せ」とデビュー前、職業作家になろうと試行錯誤した時代を回顧。作家となった後も、「人間に対する鑑識眼を持ち、どれだけ魅力ある人間を書けるか」が問われる怖さも感じたと吐露した。
 そして、「源氏物語」を、「1000年も前に書かれ、いまだに人を魅了する巨大で緻密(ちみつ)な物語。これを超える小説は世界中探しても存在しない」と絶賛。「多分、紫式部は物語を書くことに淫(いん)していた。物語に埋没するあまり、彼女の現実は物語の中に吸い取られていたと思う。なんと幸せな人生でしょう」と、その名を冠する賞を得た喜びを語った。(09年12月1日 読売新聞)

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2009年12月 5日 (土)

西日本文学展望(西日本新聞11月27日朝刊)長野秀樹氏

題「不幸」
角田真由美さん「赤い爪」(「詩と真実」725号、熊本市)、有森信二さん「月蝕」(「海」第二期二号、福岡市、花書院発行)、同誌より由比和子さん「帰還」・牧草泉さん「参考人浜野シズエの供述書」
河精太『東ヌプカウシヌプリ」(青簡舎.発行)
相加八重さんの個人誌「二十一せいき」12号(大分市)より「糸山村立芋の迫小学校で」、「宇佐文学」47号(大分県宇佐市)より深井津音夫さん「ガラス戸の家」
「詩と真実」は元編集長中田幸作さんの追悼特集で遺作「折錨」第四部「帰郷」冒頭部を掲載。
(「文芸同人誌案内」掲示板・ひわきさんまとめ)

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2009年12月 4日 (金)

詩の紹介 「空即是色」 大塚欽一

(紹介者「詩人回廊」 江素瑛
般若経によると「すべての物事(色)は空によって成立しており、空こそがすなわち物事(色)である。」とある。
それとは視点が違うかもしれないが、私見では、すべての物事は(空)白になり、(空)白こそが物事の帰宿である。年をとると脳の記憶は段々(空)白に替わっていくのではないか。虹は、紅、橙、黄、緑、藍、靛、紫の世の色でなすブリッジ、色の陳列で、心と眼を楽しませる。しかし北極では、白い虹が発生するという。なんでも、すべての色の光が乱反射による混沌の(空)白になるらしいのだ。
この作品は、空か色かは、その場その時に、好き勝手に感じとって、受け入れれば、天使かサタンかになるか、どちらでも「いいじゃないですか」と、作者が主人公に言わせた通りなのだ。どこからどこまでが作者でどこまでが、小さな格子窓のある病室の人かわからないところがみそ。
              ☆
 「空即是色」  大塚欽一
若い頃の放蕩の果てに糖尿病性昏睡に陥り 生死の間をさまよい 奇跡的に生還して来た初老の詩人は 見舞いに来たわたしに感に堪えたように呟いた 昔の人は偉かった (空即是色・色即是空) なんて凄い詩を詠ったのだから 詩じゃないって そんな野暮なことはいわないで あのリズムといい凝縮度といい隠喩といい深遠な思想といい あれは見事な形而上詩ですよ(中略)

くるくると回る百円硬貨の表裏 それこそが世界の実相 パスカルの神論じゃないが 実相を(空)と感じるか (色)と感じるかは君しだい 昔は僕も(空)こそ すべてと思ったが 今は目前に七色の虹が見えている いいじゃないですか この世の織りなす虹を見 奏でられる音楽を楽しむだけで 道元という坊さんが言ってたでしょう(中略)

 このような、難しいことを言って、お説教をとなえる。その男は、

そういうと男は私の腹のなかを見透かすようににやりと笑った 小さな格子窓のある病室で
詩集 「湖底の風景」による(09年9月10日 水戸市 泊船堂)

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紀伊國屋書店の「キノベス2009」の第1位は、川上未映子氏の『ヘブン』(講談社)

紀伊國屋書店のスタッフが読んで、お勧めしたい作品の中からベスト30を毎年発表するキノベス2009の第1位は、川上未映子氏の『ヘブン』(講談社)、 2位『猫を抱いて象と泳ぐ』(小川洋子、文藝春秋)、3位『星守る犬』(村上たかし、双葉社)、4位『八朔の雪』(高田郁、角川春樹事務所』、4位『プリンセス・トヨトミ』(万城目学、文藝春秋)。今回は08年10月以降の新刊(文庫化作品除く)を対象に参加を募り、620件の応募の中から十数人の委員が最終選考で決定した。

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文芸時評〈11月〉(東京新聞11月26日)沼野充義氏

〈壁崩壊以降の世界〉山崎ナオコーラ「この世は二人組ではできあがらない」ゆるやかに繋がる/谷崎由衣「遠い真珠」手探りの現代反映。
《対象作品》特集「壁崩壊20年ベルリンが世界に問いかけるもの」(すばる)/山崎ナオコーラ「この世は二人組ではできあがらない」(新潮)/田中慎弥「実験」(同)/谷崎由衣「遠い真珠」(すばる)/ギュンター・グラス「箱型カメラ」(藤川芳朗訳、集英社)/ガルシア=マルケス「生きて、語り伝える」(旦敬介訳、新潮社)。

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宝島社 『このライトノベルがすごい!』大賞

宝島社 『このライトノベルがすごい!』大賞(締切2010年1月11日) 10代の読み手を意識した、オリジナリティあふれる勢いある作品。ファンタジー、ミステリー、恋愛、SFなどジャンルは不問(ただし日本語で書かれた未発表のオリジナル作品に限る)。

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2009年12月 3日 (木)

「主観と客観のあいだ」 佐藤 裕

 佐藤裕の詩の傾向に、存在の重力を内蔵感覚で表現するところがある。「神経線維のなかの微生物が浸透する」感覚。これは主観としての確信の表現になっている。我々は自分の胃腸や心臓を明確に直接見たことはない。しかし、その存在は認めている。これは、人間がお互いに同じような身体的特徴をもっているので、多くの他者の内臓を検証した結果、実際は検証していない内臓の存在を想像し、疑うことがないのである。これを客観的な見解としている。そして、ここで詩人は「重量のない世界を夢みて」とすることで、存在の重力から逃れることを夢想するのである。 詩人・北 一郎

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『ファウスト』Vol.8 編集開始宣言!『ファウスト』編集長 太田克史

 (「メールマガジンファウスト第60号」より)
 お待たせしました!
『ファウスト』Vol.8、只今から絶賛編集開始です!
 まず最初にご報告いたしますと、この数ヶ月の太田は、今後の新しい展開を
探る毎日でした。 正直に言って過去に経験したことのない、苦しい数ヶ月でし
たが、ようやくのことで光が見えてきた次第です。まだその光は“向こう側”
にしかないのですが、とにかくまずはひと思いに翔んでみるしかない。
 ともあれ、これでようやく、『ファウスト』のスタートを切ることができます。
 原稿をお預かりしたまま長らくお待たせしてしまい、不義理に不義理を重ね
てしまっている作家さん、そして何より『ファウスト』を頭の片隅に入れたま
ま、今まで待ちわびてくれている読者のあなたに、編集長として心からお詫び
申し上げます。本当に申しわけありませんでした。
 現状では、しかしとくに小説パートは、今度の『ファウスト』は過去最高の
『ファウスト』に仕上がりそうな手応えをひしひしと感じています。何よりも、
僕自身が完成をもっとも楽しみにしています。
 とにかく、一日も早く、良いタイミングで、最高の『ファウスト』Vol.8を
お届けできるように頑張ります。
 これからも『ファウスト』をどうかよろしくお願い申し上げます。『ファウスト』編集長 太田克史

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2009年12月 2日 (水)

パウル・ツェラン/他者性の表象/不可能性としての詩―講演会を開催=早大・現代文学会(12月5日)

 早稲田大学現代文学会企画は、「2009年度講演会」を12月5日(土)に開催する。テーマは、「他者の衝撃と詩の変容」―パウル・ツェラン/他者性の表象/不可能性としての詩―。開催要項は次の通り。
●開催日時・会場
2009年12月5日(土) 開場13:30 開演14:00 閉演17:00
早稲田大学戸山(文学部・文化構想学部)キャンパス 36号館682教室(6階)
※入場料無料 ●アクセス=JR山手線高田馬場駅より徒歩15分東京メトロ東西線早稲田駅より徒歩5分
現代文学会ホームページ
会場への詳細なアクセスは上記ホームページの講演会ページを参照。

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文芸時評〈11月〉(毎日新聞11月25日)川村湊氏

<小説家は何を書くべきか>「戦争を作品化しなかった井上靖」<新発見の「従軍日記」が問うもの>
《対象作品》井上靖「中国行軍日記」(新潮)/田中慎弥「実験」(同)/村田沙耶香「ガマズミ航海」(群像)/鹿島田真希「まあめいど」(文学界)。

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2009年12月 1日 (火)

同人誌「淡路島文学」第4号(州本市)

【「喫煙室」膳夫】
 今年の5月24日は、小田切秀雄の10周忌だったとある。小田切秀雄先生を囲む会があって、墓参の小田原に集まった話が記されている。墓所は北村透谷と同じ長高寺とある。世話役は田中單之さんという方で、文芸評論家の勝俣浩氏、佐賀から浦田義和氏などが参列したとも。

 私が法政大学に在籍中、経済学部であったが、友人に文学好きがいて「法政文芸」という同人誌を出しているクラブがあって、小田切教授が担当しているというので、その会合を六角校舎でやるから、顔をだしてみよう、という。その頃は、谷川徹三総長の代りに小田切教授が代理をするらしいとか、していた時季だと思う。いま思えば不気味な印象のある六角校舎に、行っては見たが、当然のことながら小田切教授は来ない。部員の話をきいても肌合いが違う。その後、学内の文学系とは交わることはなかった。
 ただ、教養学部では、長谷川四郎講師で、法学では長谷川鉱平講師であったと記憶している。この人が何故「法学」なのかよくわからなかったが、中央公論での校正ミスなどの話をよくしていた。長谷川鉱平氏といえば、
「昭和二十年――つまり戦争にともなう思想統制、言論弾圧等々特に文学を事とする者にとっては、いまわしいことばかりあった十年代の最後の一年をあと一日のこすのみとなった十二月三十日に、「近代文学」を創刊した荒正人、小田切秀雄、佐々木基一、埴谷雄高、平野謙、本田秋五、山室静という七人の同人は、いずれも昭和初期時代における退潮期マルクス主義芸術運動の影響を濃密に受けてきた三十代の批評家で・・・」(野口冨士男「感触的昭和文壇史」文藝春秋より)これを側面から推進した人物であったようだ。
 こんなことを書くのは、たまたま埴谷雄高が農民闘争社に入って、農民運動をしていたというのを知って、小田切秀雄編・犬田卯著「日本農民文学史」(農山漁村文化協会)と照合していたが、関連が見出せないでいるところだからであった。なぜ、そんなことをするのかというと、「季刊文科」46号にある伊藤桂一「形と影」と埴谷雄高「洞窟」の比較論を書こうと思っているからである。
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 それはともかく、小田切秀雄はこの犬田卯なる人物と顔を合わせたことがないと、住井すえが本書に「亡父の旧友におくる手紙」で記している。犬田卯氏の写真がそこにあるのでデジカメで撮影してみた。

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