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2009年10月30日 (金)

文芸時評<文学10月>(読売新聞)作家、空虚な現代に対峙

 先日ノーベル文学賞に決まったルーマニア生まれの作家へルタ・ミュラー氏は、祖国で出版活動を禁じられて西独に移り、チャウシェスク独裁政権下の民衆の窮状などを描いてきた女性だ。また、日本語で書く外国人作家として登場した楊逸(ヤンイー)氏(45)とシリン・ネザマフィ氏(29)は、文化大革命、イラン・イラク戦争と小説を書くこととの関係を対談「私たちはなぜ日本語で書くのか」(文学界)で語り合っている。戦争、革命といった現実に、作家は書くことで対峙(たいじ)する。翻ってこの日本で、作家は何と向き合っているだろう。
 新潮新人賞に選ばれた赤木和雄氏(29)「神キチ」(新潮)にあるのは、この社会を覆う荒涼とした風景。救われたいと祈り、宗教ばかりはやるけれど、神はどこにもいないという信心のインフレ現象を、主人公〈伊作〉が少し動く度に何かが起きてしまうエピソードの連鎖で描出する。筒井康隆的な不条理と、黒い笑いのドタバタ劇にも読めるが、選考委員の町田康氏が「ほぼそのまま、私たちが現実に生きる社会を描いたもの」と評する通り、戯画でも誇張でもなく、ここには救いがたい現実の姿そのものがある――と思わせる強度と密度を持った作品である。
 自身の故郷〈神町(じんまち)〉の地形、地誌、歴史を踏まえつつ、神も仏もない惨澹(さんたん)たる別世界を現出させた『シンセミア』の刊行から5年、阿部和重氏(41)が、またも神町を舞台に連載「ピストルズ」(群像2007年1月号~)を完結させた。本作で描かれるのは植物性の香薬を使った「魔術」を一子相伝で継承する神町の一族〈菖蒲(あやめ)家〉のミステリアスな歴史。それを菖蒲家の次女である職業作家から町の書店主が聞き出し、手記にまとめる体裁をとっている。
 妖(あや)しい魔法や超能力で人びとの運命を弄(もてあそ)ぶ残酷な幻想物語の雰囲気を醸しつつ、町の中心である若木山(おさなぎやま)の縁起、戦後の権力争い、アメリカの影などが語られ、『シンセミア』では触れられなかった神町年代記の行間が埋められていく。不吉な何かに向かってカウントダウンが続いている緊張感が高まる。
 とりわけ芥川賞受賞作『グランド・フィナーレ』の主人公が殺人の嫌疑をかけられる終盤の急展開は、疑心暗鬼に駆られた住民が悪意のドミノ倒しを引き起こす『シンセミア』的悪夢の再来。氏が書いてきた「神町」につながる作品群が互いに浸食し合い、「神町サーガ」と呼ぶべき大河となってうねり出す様は壮観だ。さらに、次なる物語の芽も見え隠れしている。 「神キチ」でも神町でも、誰の目にも明らかな戦争や革命は起きていないが、作家たちはそこに伏流する何かをあぶり出している。伏流するものを補助線にして、表面の薄皮一枚下にある世界の実相を暴こうとしているのではないか。
 橋本治氏(61)の補助線は、距離を置いて社会史を通観するさめた視線だろう。新作「橋」(文学界10・11月号)は、80年代に少女時代を過ごし、バブル崩壊に歩調を合わせて犯罪で破滅する2人の女性の物語。消費が欲望を増幅させるあべこべの循環が地方都市をも呑(の)み込んでいったあの時代をたどり直す手法は、「戦後」に焦点を当てた前作『巡礼』に通じる。それは暗礁に乗り上げ茫然(ぼうぜん)自失している現代人の空虚に、よく響く。
 フリーターやニートが増え、晩婚化も進んで、若者たちが「青春」の気分に浸る時間は、以前よりずいぶん長くなっている気がする。丹下健太氏(31)「マイルド生活スーパーライト」(文芸冬号)は、延長されたそんな時間の中にある不安をよくとらえている。彼女にふられた契約社員が、友人3人と夜の川で上流から葉っぱを流し、下流で捕まえる実験を繰り返す。彼女が残した別れの言葉の真意をつかむために。永遠に続くのではないかと錯覚させる彼らの時間には、退屈と自足があり、そこに苦さが入り交じる。
 すばる文学賞の木村友祐氏(39)「海猫ツリーハウス」(すばる)は、祖父の農業を手伝いながら将来を模索する青年の葛藤(かっとう)と兄への屈託を丁寧に描く。南部弁が躍動し、地方都市特有の青春の閉塞(へいそく)感をリアルに伝えていた。(文化部 山内則史)(09年10月27日 読売新聞)

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