同人誌「仙台文学」第74号(仙台市)
本誌の同人である渡辺光昭氏の小説「ゆうどうえんぼく」が2008年度宮城県芸術祭文芸賞(県知事賞)を受賞したとある。
また、同人の色川氏の運営による宮城県芸術祭文芸部活動の「文学散歩」企画がある。9月29日(火)~30日(水)に「文学散歩」(一泊)を開催する。軽井沢高原文庫を、藤村記念館、一茶館、無言館(太平洋戦争で散った画学生たちの遺作品)を巡り、戸倉上山田温泉泊。参加費3万円。だれでも参加できる。
【「幻のブタ」佐々木邦子】
ブティックで派遣店員をしている語り手の「私」は、町角でブタがいるのを見る。それが幻視であるのか、犬を見間違えたのかははっきりしない。そして、店の従業員の間では、昔の不幸の手紙のような、受信したら誰かに発信しないと不幸がくるというブタメールが流れる。
そこから子どもの頃に、父親と散歩した思い出があり、農家のブタ小屋の汚い飼育ぶりを見る記憶がよみがえる。その時、父親がブタは元来清潔好きだが、飼い主が不潔に飼っているのだと語る。
その一方で、故郷から妹が押しかけてきて、同居し結活をしている。何故、妹が家を出たのかという家庭の内輪話がそこに入る。その妹の戦略的な結婚はうまいきそうである。
仕事場では、手腕のある店長が派遣だとわかり、「私」は驚く。そして、彼女が韓国系で、差別される中を、仕事で頑張ってきていることがわかる。
盛りだくさんの素材を押し込んで、なんとかこの猥雑な時代を表現しようとする苦労の跡が見える。なんとも言えない社会の雰囲気の一端が表現されている。ただ、それぞれのテーマについては、深く掘り下げることをしていない。総花的に象徴的なエピソードの羅列になった感がある。とはいえ、意欲を持った力作ではある。
【「榧(かや)の木の下で撮った一枚の写真」渡辺光昭】
姉の暁子は、中学を卒業し集団就職で東京に洋服店を出したいと夢見て、都会に出たが、心労のためか、精神に変調をきたし、入院生活をするようになる。彼女の弟の視点で、病院を脱出したり、奇矯な行動をする姉と、その家族の精一杯の努力の様子を描く。本人の身上も気の毒だが、その家族が一枚岩となって、暁子の世話に苦労をする様子が、よく伝わってくる。
この話が創作的なら、世話をする弟の両親の視点で、暁子の入院先での様子も描けるのであるが、あくまでも脇役の弟の視点から動かない。ほとんど、事実的な裏づけから来ている話であろう。淡々とした表現のなかに、家族への情愛があふれている。現在の若者の中には、景気のいい高度成長時代に生きて見たかった、という気分があるが、その時代でも犠牲なっている人たちがいるということを強く感じさせる。
発行所=〒981-3102仙台市泉区向陽台4-3-20、牛島方、仙台文学の会。
(紹介者「詩人回廊」編集人・伊藤昭一)
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