同人誌「胡壷・KOKO」第8号(福岡市)
【「パートタイム」納富泰子】
主婦がパートタイムで働きに出ようと、面接にいく。古美術商の事務所とかで、なんとなく怪しげな会社。いや、会社という建物ではなく、民家のようなところに机と電話を置いたようなもの。大勢の面接者がいたのに何故か主人公が選ばれる。仕事は留守番だが、誰もやってこない。そこで、パート勤務の様子が逐一語られるのだが、怪しげな社長とその振る舞い。そこに脇役で出てくる足に障害のある若者。それらがみんな面白い。作者の名を見れば当然かも知れないが、とにかく小説が上手い。書きっぷりに惚れていても仕方がないので、すこし理屈を言おう。
まず、「私」の夫は海外に出張が多い。日本のビジネスは海外に舞台を移している。国内で仕事を探すと空洞化で、ろくな仕事がない。自動車関連工場は閉鎖されている。「私」が出会ったパートタイムの仕事も、実業には程遠い虚業。留守番を頼まれた家からは、隣のアパートの老老介護の現場の生活状況が見える。しまいには、お金を稼ぎに行った会社が自己破産で、金を借りて欲しいとまで言われ、ただ働きどころか、大損をしそうだ。辞めるしかない。一年経ってみれば、その民家も壊され跡形もない。日本の社会を現在進行形で見事に凝縮してある。現在、過去、未来と、どんづまり社会の倦怠を描く視線が鋭い。
【「運河」ひわきゆりこ】
これは流れの遅い運河の話であった。時間ものんびりして悠長に流れる。納富さんと住んでいる場所と空間が違うのがわかる。それで内容が人間の澱んだ意識かと思えば、なんと愛情物語のようなもの。描かれた倦怠も相当なもので、次に何かが起こるのをじっと待つ女心の不思議さは伝わってくる。幾重にも折り重なった下にある女性の欲望の厄介さのようなものを感じさせる。
【「松林の径」桑村勝士】
「私」は剣道の先生でもある兄が再度、入院手術をするというので、妻と共に福岡に飛行機で向かう。兄が体調を崩したのは45歳の時、胃を3分の2きり取った。それから、また再発したらしい。兄の死の予感のする見舞いをし、その後、妻から妊娠を告げられる。死と生のコントラストを効かした作品。同人雑誌的には文句はない。悪くはないけれど、どうもまとまりというか、イメージがはっきりしないところがある。
書き出しの飛行機の不安感、後半での釣り場での海へ漂流するイメージ、寒々とした故郷の気候。きちんと書いてあるのだけれども、いまひとつ彫が浅いのではなかろうか。純文学を意識して、同人雑誌的な雰囲気に合わせようとしすぎのような気がした。読者としては、前作の出来からして、道場破りをする時の「たのもう」と声をかける緊張感のある気分が欲しいところ。
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