【『1Q84』への30年】村上春樹氏インタビュー(上)-2-
(09年6月16日 読売新聞の記事を3分載)
時間に耐え、育つ「物語」
――『1Q84』では学生運動から派生した集団が、政治的グループと自給自足団体に分裂し、後者がカルト教団へ変貌(へんぼう)する。背景には現代史の実際の出来事も浮かぶ。
M 僕らの世代が1960年代後半以降、どのような道をたどってきたかを考えていくべきだという気持ちはあった。僕らの世代は結局、マルキシズムという対抗価値が生命力を失った地点から新たな物語を起こしていかなくてはならなかった。何がマルキシズムに代わる座標軸として有効か。模索する中でカルト宗教やニューエイジ的なものへの関心も高まった。「リトル・ピープル」はそのひとつの結果でもある。
読者への最大の謎
――山梨の森の中で教団リーダーの娘が見た「リトル・ピープル」とは? 読者に手渡される最大の謎だが。
M 神話的なアイコン(象徴)として昔からあるけれど、言語化できない。非リアルな存在としてとらえることも可能かもしれない。神話というのは歴史、あるいは人々の集合的な記憶に組み込まれていて、ある状況で突然、力を発揮し始める。例えば鳥インフルエンザのような、特殊な状況下で起動する、目に見えないファクターでもある。あるいはそれは単純に我々自身の中の何かかもしれない。
原理主義の問題にもかかわる。世界中がカオス化する中で、シンプルな原理主義は確実に力を増している。こんな複雑な状況にあって、自分の頭で物を考えるのはエネルギーが要るから、たいていの人は出来合いの即席言語を借りて自分で考えた気になり、単純化されたぶん、どうしても原理主義に結びつきやすくなる。スナック菓子同様、すぐエネルギーになるが体に良いとはいえない。自力で精神性を高める作業が難しい時代だ。(09年6月16日 読売新聞の記事を3分載)
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