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2009年3月30日 (月)

雨宮処凛さん(35)、「右」やめて「左」でもなく、立ち位置は「前」

(毎日新聞夕刊3月26日、遠藤拓記者)雨宮処凛(あまみや・かりん)=1975年生まれ。北海道生まれ。00年、自身のいじめや自殺未遂の体験を書いた「生き地獄天国」でデビュー。07年「生きさせろ! 難民化する若者たち」で日本ジャーナリスト会議賞。近著に「プレカリアートの憂鬱」。プレカリアートとは、イタリア語のプレカリオ(不安定な)とプロレタリアートを合わせた造語。「不安定さを強いられる人々」を意味するという。
 非正規雇用労働にあえぐ若者の実態を告発し、デモや集会に足しげく通う雨宮さん。付いたあだ名「ワープア(ワーキング・プア)のミューズ」「プレカリアートのマリア」。雨宮さんが、プレカリアートの問題に取り組むようになったのは3年ほど前。うつ病や自殺に追い込まれる現代の若者の「生きづらさ」をテーマとしているうちに、問題の根っこには不安定な雇用の問題があるのではと思った。「『右』はもうやめたし、『左』はマルクスを読まないとダメらしいし…。立ち位置は『前』です。追いつめられたプレカリアートには、かつての私のように『右』にすがる人もいれば、『左』もいる。どちらであってもその苦しみは否定できません」
雨宮処凛さん関連ニュース「いま“はたらく”が危ない!「反-貧困フェスタ2009」でシンポ」

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2009年3月29日 (日)

文芸時評・「毎日新聞」西日本地域版09年03月21日朝刊=松下博文氏

タイトル「『言葉の森から』小説編<1~3月>
《対象作品》「デスマスク」近藤勲公「黒い顔」(「文学界」4月号)第39回九州芸術祭文学賞最優秀作。大島孝雄『ガジュマルの家』(朝日新聞出版)第19回朝日新人文学賞受賞。蘇芳環「ああ田原川掘り」(「九州文学」4号)・山之内まつ子「タマシイ掃き」連載第1回(「小説春秋」21号)。 「文芸同人誌案内・掲示板」日和貴さんまとめ。

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2009年3月27日 (金)

「廃墟(はいきょ)建築士」 三崎亜記(あき)さん

 たまたまビルの7階で不穏な事件が続いたからと、役所が市内すべての建物から7階の撤去に乗り出す。あるいは、癒やしの空間としての廃墟作りが文化度を高めると推進される――この短編集で、建築物を巡る四つの不思議話を創造してみせた。「建物って目の前にあるのに何のために建てられたか、なぜその形なのか見えてこない。いろんな見え方をするものの象徴です」
 町と町とが見えない戦争をするベストセラー『となり町戦争』で2004年にデビュー。以来、日常空間のズレが生み出す不条理な世界を描いてきた。一見突拍子もない物語は、現実を映す「ゆがんだ鏡」。杓子定規(しゃくしじょうぎ)な法や規則が支配する中で見逃しがちな人間疎外や矛盾がクリアに像を結ぶ。そして虚無的であるが故に、人をいとしく思う感情も静かに胸を打つ。
 13年勤めた福岡県内の市役所を一昨年に辞め今は作家専業。「起きてから寝るまで、炊事洗濯しながら常に小説のことを考える」生活を送る。気が散るからとテレビもインターネットも見ない。情報や流行から距離を置く、いわば小説仙人。だからこそ物事の本質と裏が見えるのだろう。
 表題作では、200年間、世代を超えて建築が続く「連鎖廃墟」に主人公があこがれる。「将来、仕事が評価されるか完成するか分からない。けれど、廃墟を作り続けることに生きている意味がある。廃墟建築士が持つ思いは、僕が小説へ抱く意識と同じなんです」(集英社、1300円)(佐藤憲一)(09年3月10日 読売新聞)

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2009年3月26日 (木)

今週の本棚:田中優子・評 『凡才の集団は孤高の天才に勝る…』=キース・ソーヤー著

(ダイヤモンド社・1890円)ビジネス書の書棚には近づかない方なのだが、この本の題名を見て思わず手にとった。それは私が、江戸時代の都市部で展開していた「連(れん)」というものに関心を持ち続けてきたからである。連は少人数の創造グループだ。江戸時代では浮世絵も解剖学書も落語も、このような組織から生まれた。個人の名前に帰されている様々なものも、「連」「会」「社」「座」「組」「講」「寄合」の中で練られたのである。
  さて本書は原題を「グループ・ジーニアス」という。著者は経営コンサルタントを長く経験し、企業にイノベーション(革新)の助言をすることを仕事にしてきた。同時に心理学博士で、そしてジャズピアニストだ。この組み合わせには納得。そこから見えるのは、個人の発明だと思っていたものが、実は様々な人々からの情報提供と深い意見交換を契機にしているという事実である。また個人のレベルでは十中八九失敗であるものも、最終的には画期的な発明がなされている。失敗が新しい時代につながる理由こそ、コラボレーションの力なのだ。
 江戸の連には強力なリーダーがいない。町長や村長など「長」のつく組織は明治以降のものであって、町や村もピラミッド型組織にはなっていなかった。それは短所だと言われてきた。戦争をするには、なるほど短所であろう。しかし新しいアイデアや革新を起こすには、社員全員で即興的に対応する組織の方が、はるかに大きな業績を上げている。本書はブラジルのセムコ社やアメリカのゴア社の事例を挙げ、現場のことは現場で即時対応することや、規模を小さくとどめるために分割することに注目している。それが伝統的な日本の創造過程とあまりにも似ていることに驚く。
 本書で提唱しているのはコラボレーション・ウェブ(蜘蛛(くも)の巣状の網の目)である。その基本の一つが会話だ。事例として日本の大学生の会話も収録されている。そこに見える間接的な言い回しが、可能性を引き出し創造性につながるものとされている。日本語(人)の曖昧(あいまい)さと言われるものが、実はコラボレーションの大事な要因なのだ。相手の話をじっと聞き、それを自分の考えと連ねることによって、新たな地平に導く可能性があるからだ。これは相手まかせではできない。能動的な姿勢をもっていてこそできることである。人を受け容(い)れるとは能動的な行為なのだ。
 江戸時代までの日本人は、集団的なのではなく連的であった。本書もピラミッド型集団とコラボレーションとの違いを明確に区別している。こういう本を読んで、日本のコラボレーションの伝統と力量に、今こそ注目すべきだ。(金子宣子・訳)(毎日新聞 2009年3月22日 東京朝刊)

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2009年3月25日 (水)

同人誌「文芸中部」80号(東海市)(2)

 本誌は80号記念として、「掌にのる小説」特集がある。堀江光雄編集責任者は、「あとがき」で、「『掌にのる小説』といっても、それは短い小説に見えて、相当長い屈折が要求される。私はこれを『焦燥小説』と考えている。『そらそら、燃え出している。どうするんだね』と、『掌のうち』が呼び返してくる」と、書いている。

【掌にのる小説「萩の寺」朝岡明美】
 幼いころから境内であそんでいた尼寺がある。その住職さんは、「あんじゅさん」と呼ばれ村人に親しまれたが、老いて養老院でなくなる。その後にきた尼さんは、とんでもないハネっ返りの尼さんで男出入りが絶えず荒れ寺にしてしまう。ついには村人と駆け落ちしてしまう。ところが、それ以後、寺の境内にきちんとした掃き掃除の跡できるようになる。ある日、夜に境内にいってみると、「あんじゅさん」が庭を掃いてから、すっと姿を消すのを見る。短い中に見事に物語りをまとめている。

【掌にのる小説「年金生活」井上武彦】
 かつて直木賞候補になった作品の実績のある井上氏も80歳になる。子供たちが独立し、その様子を観察しながら、小説を書いてきた意味を考える話。プロになったら良かったのか、悪かったのか、という問いかけがある。

 余談になるが、作家・伊藤桂一氏は、現在92歳である。時折、純文学雑誌に書いている。師が80歳くらいの時代に、自分が50歳代で、書くのが疲れたといったら、「まだ、そんな年で、弱音を吐くな」と叱られたものだ。師は、現在も「小説は勉強中」と宣言する。そう言われると、こちらも挑戦しなければと思ってしまう。この作品で、そんなことを思い出した。
…………………… ☆ ……………………
テレビが新聞を読み上げる時代になりました。情報ルートが単純化しすぎています。情報の多様化に参加のため「暮らしのノートPJ・ITO」ニュースサイトを起動させました。運営する団体・企業の存在感を高めるため、ホームページへのアクセスアップのためにこのサイトの「カテゴリー」スペースを掲示しませんか。文芸同志会年会費4800円、同人誌表紙写真、編集後記掲載料800円(同人雑誌のみ、個人で作品発表をしたい方は詩人回廊に発表の庭を作れます。)。企業は別途取材費が必要です。検索の事例
連携サイト穂高健一ワールド

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2009年3月24日 (火)

詩の紹介  「溶けていく」 弓田弓子

(紹介者 江素瑛)
 政治ほど怖い話はないという。庶民の苦しい生活をしらないふりをする政治、ムダ排除の風潮に乗る医療現状、命がムダだとでもいうように。生活者の無力感のひろがりを止める策はないのか

溶けていく  弓田弓子

うなだれると楽だから 乗せるところがあればどこにでも顔を伏せる 考えない先を見ない政治を見ない 見ていてもしかたがないからテレビに映る政治の顔は見ない 顔を見ているだけで目の前が暗くなる 目の前は明るくしておかなければいけないつまずいてけがでもしてしまったら 病院に行かなければならない 病院に駆け込んでも医者はいないから いてもなかなか診てもらえないから つまずいた足は曲がったままで 靴も履けなくなる外出しなくなる 精神が溶けて心も同時に溶けていく

その女性は足元が暗くなりかけた公園を通り抜けるとき バックをひったくられ腕を折った すぐに救急車で病院に運ばれたが 処置は速やかだったが 腕は曲がったまま手の向きがおかしい めざす物をつかむことができなくなり たびたび出没するひったくりはつかまらなくなった つねにくうをつかまえなくてはならなくなったその女性は曲がった腕をのこして 近くの踏み切りに飛び込んだのだが その曲がった腕が

まな板の上に置かれている 骨つきの肉料理の準備をはじめると まな板の上にきまって置かれている

調理中も食事中も事件は台所の流しまでつながる まず蛇口をひねる事件を流しにかかるが 

後ろのテレビに大写しの政治の顔 考えない後ろもみない

曲がった腕だけ見る
     「幻竜」第9号(09年3月)より(発行所=幻竜舎・川口市)
        (紹介者:「詩人回廊」江素瑛の庭サイト)

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同人誌「なんじゃもんじゃ」春光号(通巻7号)(千葉県)(3)

【エッセイ「真夜中の訪問」小野遥】
 「私」には認知症になった父親が、近くに住んでいる。次第に悪化し、近所の人が気づいて、連絡をしてくるようになる。これからさらに手のかかるようになる事態を予想し、これからの父親の介護の決意を新たにする。

【掌編「不法投棄」杵淵賢二】
 栃木県北部の山間部では、不法投棄に悩まされている。不法投棄の家財道具をみつけ、警察などが捜査をする。廃棄物に持ち主を特定するものが混じっていたため、犯人がわかる。母親と共に暮らしていた男が、母親が病死したため、遺品の処理に困り、捨てたものとわかる。捜査した警官が、その若い男の境遇に同情して、犯罪として立件するのに気がすすまないようなので、語り手の自治会役員もそれに同調し、お説教をして放免することにする。
 新聞・テレビのニュースには悪質な事例だけが報道されるが、このような事情の人も確かにいるにちがいない。警官の対応が、ちょっと変わっていて、そこが創作的なのであろう、と思える。都会では、警官は上部からの扱い件数の増加指令を受けたりしている時期は積極的に事件化し、その反対に、報告書作成の仕事を減らしたい時は、なるべく事件化をしないという事情があるのではないだろうか。
 発行所=〒286-0201千葉県富里市日吉台5-34-2、小川方、「なんじゃもんじゃ」会。

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2009年3月23日 (月)

同人誌「岩漿」第17号(伊東市)(1)

【「流れ花」岩越孝治】
 編集後記の(み)という筆者は、この作品を「心を契る代わりに体で契る。咲けない花は風を呼び込み死んで『咲く』。不透明さは透明なものへの憧れと戸惑いの中から産まれた。愛されたい男の愛を容れずに、手渡す命のポエム『流れ花』」とある。
 死の病に見舞われている「私」は、妻であった千砂が渡瀬信哉という以前の男と心中をした川の岸辺に来て、彼女の残した詩や手記をそこに埋めに来る。
 そこから、詩を書いていた千砂との出会い、結婚生活、彼女のロマンを追求する性格などが、視点の移動を自由に活用して語る。冒頭の説明がしっかりしているので、自由奔放な筆使いなのに統一感のあるロマン精神の表現になっている。千砂は、私と同居してすぐ妊娠がわかったので、私はその子供が、彼女の以前の男、渡瀬の子供と知りつつ、子供を育て、成人させるまでが語られる。
世俗的にみるとリアリティが薄いところがあるが、文体となかに導入された詩作品によって(詩そのものは、平凡ではあるが)ロマン性の追求に説得力をもたせている。

【「穂積忠の周辺」橘史輝】
 穂積忠(1901~1954)という人は、著書「積木くずし」のベストセラーで時代を風靡した俳優・穂積隆信氏の父だそうである。歌人として伊豆地方の著名人だったという。北原白秋を歌の師とし、折口信夫(釈迢空)に学問的な指導を受けた。白秋には若山牧水の縁があり、折口には、柳田国男の縁があることから、当時の日本文化の高峰に同居していた人で、どちらの師にも愛されたようだ。
興味深い史伝である。編集後記の(み)という筆者は「弟子を争う高名な文学者と、その狭間で心の漂白を続ける穂積忠。その孤高と哀歓を怜悧な視線で解析する文学」と解説する。
発行所=〒414-0031伊東市湯田町7-12、リバーサイドヒグチ305、木内方、岩漿文学界事務局。

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豊田一郎個人誌「孤愁」第5号(横浜市)(2)

【「編集後記」豊田一郎】(その1)
 本誌の編集後記には、現在の文芸界への感じ方が述べられています。文中冒頭にもあるように、極論としながらも、文学滅亡論にはひとつの時代の気分を反映しているように感じられます。
 豊田氏は、結論で、この現状把握において、文学活動を続けるとしている。その結論は私と同じだが、現状把握には違いがあるようだ。とにかくここでは、豊田氏の発想を読んでみましょう。『』内が、豊田氏の文で、その合間に、私が感じたことを書き込むスタイルにします。
『極論かもしれない。或いは暴論だと言われるかもしれない。しかし、あえて、書いておきたい。
 文学は既に死滅している。世の中は、或いは人類はもう、文学を必要としていない。だからまともな本が売れなくなってしまっている。つまり、読まれていない。この場合はまともな文学書がと言わなければならなないのであろうが、そのほかの本、例えば、ミステリーやホラーものといった類、或いは、歴史ものは、そこそこ売れている。もっと言うなら、漫画本は花盛りかもしれない。しかし、それは文学書とは言えない。
 文学ばかりではない。哲学もとうに、この世から姿を消している。生きるために、役に立たないものと思われるようになったからであろう。それこそ、何千年にも亘って、人間の生き様を模索してきた学問も潰えた。もちろん、哲学があったために、その営為の中から、今日の人類が存在しているのも否めない。しかし、その結果として、人類は進化し、熟成出来たのであろうか。人類は少しも変わっていない。それを万人が感じ取っているものだから、哲学は何時の間にやら姿を消してしまった。』
 豊田氏の論理は実にわかりやすい。そこで、こうした問いかけに対して、鶴樹はやはり出来るだけわかりやすく対応してみましょう。
 まず、文学書が読まれず、ミステリーや歴史物が読まれるのなら、そこに文学精神を盛り込んで読んでもらえるようにすれば良いと思う。それをできるようにするのが文学修業というものでしょう。そうでなくて、何のための文学研鑽なのでしょうか。また、漫画が読まれるなら、漫画のなかに文学精神を盛り込んではどうでしょう。自分は、文学作品をまんが家に書いてもらうのも、ひとつの方法だと思います。
 例えば、大塚英志氏は、マンガ原作者をしているが、なかなかの理屈をもって行っているようです。読まれる努力をしているのです。時折は、「純文学マンガ」の育成を志向していることもあるようです。
 しかし、大塚氏は雑誌「群像」の02年6月号に「不良債権としての文学」というエッセイを発表しているなかで、そのマンガですら、読者数を減らしている現状を指摘しています。大塚氏は、文学の読者層の減少に対応するものとして、プロとアマが結集したフリーマーケット「文学フリマ」の開催を呼びかけました。文芸同志会はその呼びかけに応じて参加したいきさつがあります。
 その当時から、すでに読者の衰退傾向は起きており、自明のことなのです。それでも敢えて、その分野に活動をしようという流れはすでに、存在しています。「文学フリマ」の来場者アンケートでも複数の文学フリーマーケットに行っている回答者が多いのです。
 文学が売れようが、売れまいかは、文学活動において問題ではないのです。文芸同志会では、文学を生活に取り込むことで、生活を豊かにすれば良いという立場に立ってきました。豊かさに満ちて文学が不振ならそれも良いでしょう。自分達はまだ不幸なのかもしれません。
 哲学はなくなったとありますが、そうでもありません。昨年の「文学フリマ」の「東浩紀のゼロアカ道場」では、若者の評論同人誌が3000冊も売れました。それも東氏のポスト・モダンやらアントニオ・ネグリのマルチチュード論など、なにやら難しい哲学理論を振り回してのことです。詳しくは講談社の「東浩紀のゼロアカ道場~伝説の文学フリマ決戦」を読むといいのでは。字が小さくて、私もまだ読みきっていませんが……。ただ、こうした事例も読者層の減少が招いたことだとは思います。これについては,「詩人回廊」のサイト連載「東浩紀+桜坂洋『キャラクターズ』で読む日本文学の傾向と対策」において、主宰者自身がこれからそれに触れてゆく予定です。(つづく)

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2009年3月22日 (日)

同人誌「なんじゃもんじゃ」春光号(通巻7号)(千葉県)(2)

 小川和彦発行人の編集後記によると、本誌はエッセイの勉強から始まったそうである。エッセイから「創作」への発展を試みる場でもあるらしい。そのため創作・掌編・エッセイという分類にも意味があるようだ。小川氏は「すなわち『エッセイ的な小説』あるいは『小説的なエッセイ』と、ぼくは位置づけている」としている。【「別離」西村きみ子】作品を除くと、少しでも事実から離れたらエッセイとならず、小説に変わるというルールの間隙を感じさせる作品が多い。
【掌編「栗ご飯」大島たか子】
 咲子は婚約者の松原が、中学時代の恩師にあいさつに行きたいというので、ついていく。彼氏の故郷は名古屋から1時間ほどの農村で、行って見るといろいろな農村体験をする。夫となる松原の人間関係をたどりながら、交流をすることで、コミュニケーションを深める。結婚生活への期待と不安の交差した女性の気持がよく出ている。
【エッセイ「海が見えた家」那須信子】
 語り手が4歳ころの父親は船乗りだった。母親に港に連れて行かれては、海を見に行った記憶がある。それから父親は一度陸に上がって飛行機の製造の仕事に移る。その時に戦争が始まり父はまた船にのって出兵する。戦争が終わると父親が帰ってくる。やがて母親が病死し、父はやもめ暮らしを通す。時代の荒波をくぐり抜けた家族の物語。海を見つめることを軸にしているため、短いながら内容の濃い印象を与える。父親の人物像が陰影をもって表現されている。
 発行所=〒286-0201千葉県富里市日吉台5-34-2、小川方、「なんじゃもんじゃ」会。

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 同人誌「文芸中部」80号(東海市)(1)

【「空に落ちる」名和和美】
 田舎町の実家の両親がなくなり、係累のいない女性が主人公。会社勤めをしている。仕事が多忙で、ある時、自分が空に吸い込まれ落ちていくような感覚に襲われ、倒れてしまう。そのため入院となる。その後、虫課長と彼女が称している上司が親切にアフターケアをしてくれる。妻子のある男だが、そうした交流のなかで、男女関係にもなる。
 人間の生きる上での関係にこだわったように読める。故郷や両親との関係の切断、そこでの都会生活で、周囲の風景の中に溶け込もうとする。しかし、空の落とし穴におちてしまうという現象に表現される人間関係の喪失感。そして虫課長とのちょっと風変わりな関係、日常生活とすこし違う人間関係のなかに性的な関係が表現される。孤独な人間の感覚を一種の広場恐怖症的な症状で表現している。課長との関係は恋愛なのか、それとも現代人の通常の人間関係なのか、作家的な工夫の意図がさまざまに読み取れて面白い。

【「なるほど―――。」堀井清】
 これも創作的な工夫に満ちた小説。主人公は2人称の「あなた」である。2人称小説は、フランスの前衛的小説として一部に流行したが、この小説も作者と読者が実験を体験するようなところがあって、手法的な興味を合わせて物語りを楽しめる。物語には、90歳の「あなた」が街を歩き、そこで孫の夫婦の不倫関係のなかに割り込んでゆく事件が挿入されている。ありきたりの老後の生活から離れて、高齢者生活の小説を描こうとする作者の努力は、かなり成果を挙げている。2人称にしたことで、新境地開拓の基礎になるかどうかは疑問ではある。
発行所=〒477-0032東海市加木屋町泡池11-318、三田村方、文芸中部の会。
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テレビが新聞を読み上げる時代になりました。情報ルートが単純化しすぎています。情報の多様化に参加のため「暮らしのノートPJ・ITO」ニュースサイトを起動させました。運営する団体・企業の存在感を高めるため、ホームページへのアクセスアップのためにこのサイトの「カテゴリー」スペースを掲示しませんか。文芸同志会年会費4800円、同人誌表紙写真、編集後記掲載料800円(同人雑誌のみ、個人で作品発表をしたい方は詩人回廊に発表の庭を作れます。)。企業は別途取材費が必要です。検索の事例
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2009年3月21日 (土)

井上ひさしさん、中村紘子さんら9人に芸術院賞

 日本芸術院(三浦朱門院長)は20日、芸術活動で功績があった人に贈る今年度の日本芸術院賞に、作家の井上ひさしさん(74)ら9人を選んだ。
 井上さんと書家の小山やす子さん(84)、ピアニストの中村紘子さん(64)には恩賜賞も贈られる。受賞者と対象作品などは次の通り。(敬称略)
 藪野健(65)=洋画。二紀展出品作「ある日アッシジの丘で」▽宮瀬富之(本名・宮瀬富夫)(67)=彫塑。日展出品作「源氏物語絵巻に想う」▽小山やす子=書。日展出品作「更級日記抄」▽井上ひさし(本名・井上廈)=小説。戯曲を中心とする広い領域における長年の業績▽九世観世銕之丞(てつのじょう)(本名・観世暁夫)(52)=能楽。「安宅」などシテ方としての優れた演能成果▽豊竹咲大夫(本名・生田陽三)(64)=文楽。文楽大夫としての卓越した演技▽七世杵屋巳太郎(本名・宮沢雅之)(71)=邦楽。長唄三味線方の優れた演奏と伝承▽豊英秋(64)=邦楽。長年にわたる雅楽演奏の業績▽中村紘子(本名・福田紘子)=洋楽。ピアニストとしての世界的評価を確立。

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田辺聖子文学館ジュニア文学賞に濱田実子さん(小説「カモメと象」)など

 大阪樟蔭女子大(東大阪市)が創設した「田辺聖子文学館ジュニア文学賞」は、全国の中高生を対象に小説、短歌など6部門を募集、8104点の応募があった。各部門の最優秀賞の中から田辺さん本人が選んだ「田辺聖子賞」には、今別町立今別中(青森)3年、濱田実子さん(小説「カモメと象」)▽宍粟市立一宮北中(兵庫)3年、小堀加央利さん(短歌)▽新島学園高(群馬)3年、山本貴和さん(読書体験記「女子高生VSカラマーゾフ」)が決まった。

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2009年3月18日 (水)

長谷川櫂さん「古志」主宰 定年制表明/「俳句 中心軸を30~40代に」

「60歳前に自分より30歳ぐらい若い人に道を譲る。それが全体的な風潮になってくれるとうれしいですね」と話す長谷川櫂さん(神奈川・七里ヶ浜海岸で)=青木久雄撮影 俳人の長谷川櫂(かい)さん(55)が、主宰する俳誌「古志(こし)」3月号で「主宰の定年制」を打ち出し、2年後に副主宰の大谷弘至(ひろし)さん(28)に主宰を譲ることを明らかにした。異例の決断をしたのはなぜなのか。俳句、そして俳壇の未来図も含め、聞いた。(金巻有美)
 この1年、俳誌主宰や新聞・テレビの俳壇選者を務め、各紙で連載を抱えるかたわら、NPO法人を設立し、俳句エッセーなどを相次いで刊行した。「50代というのはやっぱり大事な時期。俳句は年をとっても大丈夫ですが、論理的で全体の構成を考えた文章は若い今のうちに仕上げておきたい」
 昨年11月には、全句集もまとめた。「自分にとっては一区切りをつけ、新たに出発するためのものなんです」と語る通り、今年1月に刊行した第8句集『新年』は、何かがふっきれたようなひょうひょうとした自由さと、ほのぼのとしたのどかさが漂う。
<眠りゐてときをり山は動くらん>
<かなかなと鳴きかなかなと返しけり>
<父母に愛されしこと柏餅(かしわもち)>
 まさに「脂が乗り切った」この時期、あえて主宰交代の意思表明をした。「俳句の中心軸を30~40代に下げる必要がある」という思いからだ。背景には、俳句人口の高齢化や、結社の硬直化といった問題への危機意識がある。
 実際、今や愛好者の大半を占めるのは仕事を辞め、子育てを終えた高齢者。一方、「俳句甲子園」などを通じて俳句に親しむ若者も少なくないが、ほとんどがその後続かないのが現状だ。
 そのような中、打開策として打ち出したのが、30歳若い主宰に道を譲る主宰交代制だった。「俳句は、芭蕉の頃から戦後しばらく、ずっと若い人が担ってきた。それが、この何十年かで俳壇の人口構成ががらっと変わってしまった。それが問題の土台にある。若い人はもっと発言していいし、発言する以上は責任があるから勉強もするはず」と次世代を育てる大切さを説く。
 しかし、主宰交代後も選句を行い、句会の指導を行うことは変わらない。「実態はヘッドが二つになるということ。主がいて副がいるのは、会社でも家族でも組織として正常なあり方です。何かあったとき、俳句を勉強したいと思って来ている人が放り出されてしまうようなこともあってはいけない」
 根底には、俳句という文芸への熱い思いがある。「俳句ほど面白くて豊かで、日本人というものをよく表しているものはないですよ。俳句の『切れ』が生む『間』は異質なものを両立させる。これこそ和の世界なんです」と力を込める。

 「とにかく、まず『隗(かい)(櫂)より始めよ』ということで『古志』からやるだけの話です」。気概あふれる口調が、少し和んだ。
 俳句結社の継承はいくつかパターンがある。一つは、主宰の死後、血縁者が継承する例。虚子の子孫が継承した「ホトトギス」や、同じく虚子の子である星野立子創刊の「玉藻」などがこれにあたる。
 しかし、そもそも血縁というだけで受け継ぐことが妥当なのかどうかを疑問視する声もある。「一代限りが文芸の基本」という考えを持ちながら、父・蛇笏から「雲母」を継承した飯田龍太は、生涯その矛盾に心を痛め、晩年、自ら「雲母」終刊を決め、俳壇を退いた。
 富安風生創刊の「若葉」のように、主宰があらかじめ弟子の中から後任を指名しておくこともあるが、指名は主宰が高齢になったり、体調を崩したりしたためということが多い。
 山口誓子の「天狼」のように主宰が一代限りで終刊を決めることもあるが、終刊後、会員が行き場を失うという問題がある。(2009年3月13日 読売新聞)

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2009年3月17日 (火)

「悪」をテーマにした本が続々/異形の力への恐れと憧れ

 ワル、悪、悪党……。自分の腹に一物あるせいか、ないがゆえなのか、「悪」をテーマにした本が、やたらと書店で目に留まる。景気回復の見通しが立たず不明瞭(ふめいりょう)感が色濃い世の中、「悪」への恐れ、期待が背景にあるのだろうか。(鷲見一郎記者09年3月11日 読売新聞)
 哲学者・内山節(たかし)『怯(おび)えの時代』(新潮選書)。現代は、「善悪を判断できないままに悪に怯える時代」であるとして、「悪」の時代の到来を告げる。善悪の判断ができないのは、個人化の過度な進行によって、共有する価値観が失われたからだとの結論を導き出している。
 もっとも、善悪が判断できないからといって無法状態になるという訳でもない。『暴走するセキュリティ』(洋泉社新書y)で芹沢一也は、「『善』なる被害者とそれに共感する社会、そして『悪』なる加害者とそれに恐怖する社会」という配置が明確になり、社会が法的な悪を排除している構造を解き明かす。
 その一方、世間でいわゆる“ワル”は重宝がられている。門昌央『土壇場を切り抜けるワルの法則(ノウハウ)』(ソフトバンククリエイティブ)では、日常よくあるピンチの事例に対する切り抜け方を紹介。「世間通と言われる人は、悪事は働かないが、ワルの面を持っていて」知恵や機転で巧みに対処する。ある種の称賛を込めて、それをワルとしている。
 歴史をさかのぼると、東京大学史料編纂(へんさん)所の本郷和人准教授(日本中世史)は、「(源頼朝の兄)源義平が悪源太と呼ばれたように、悪には力強いという意味があった」と説明する。
 では、現代の“悪党”たちはどんな人たちなのか――。佐藤優、田中森一ら「過去になかったタイプの論者」8人へのインタビューをまとめた足立倫行『悪党の金言』(集英社新書)は「(外務省は)どうしようもない役所」(佐藤)、「(バブル期の闇紳士が)活躍したことによって世の中が活性化したのは確か」(田中)といった本音の発言をズラリと並べる。
 法的にはともかく、悪や悪党に思いを致すのは、その力強さに憧(あこが)れるところがあるかららしい。確かにドラマでも劇でも大相撲でも、敵役が強ければ強いほど面白い。現代を生き抜くワルさを求めている方にオススメです。

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2009年3月16日 (月)

文芸同人誌評「讀賣新聞」西日本地域版09年3月13日夕刊・松本常彦氏

題「人間の業に触れる感触」
《対象作品》「風響樹」37号(山口市)に「嘉村磯多の業苦」と題し、車谷長吉が嘉村磯多顕彰会創立1周年記念(平成12年)に行った講演内容を掲載。山下潤子「指」(第七期「九州文学」4号)・天乃廣「泣き虫の夢」(「九州作家」124号)。(「文芸同人誌案内」掲示板・日和貴さんまとめ)

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2009年3月15日 (日)

第59回H氏賞に中島悦子さん(47)詩集「マッチ売りの偽書」

日本現代詩人会は14日、第59回H氏賞に中島悦子さん(47)=横浜市旭区在住=の詩集「マッチ売りの偽書」(思潮社)を、第27回現代詩人賞に辻井喬さん(81)=東京都港区在住=の詩集「自伝詩のためのエスキース」(思潮社)を選んだ。賞金は各50万円。

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2009年3月13日 (金)

「文芸中部」が80号記念行事に諏訪哲史さんと文学談義

 同人誌「文芸中部」(東海市)は、80号記念行事として、「諏訪哲史さんを囲んで『堅苦しく文学を語る会』」を4月12日(日)つちやホテル(名古屋駅徒歩5分)で開催すると「文芸中部」80号で公開している。後援は「中部ペンクラブ」。
 同人誌「文芸中部」は、1959年創刊の「東海文学」が1981年に80号で終刊された際に、それを引継いで創刊。09年3月1日に80号を発行した。「東海文学」当時からの同人、井上武雄、堀井清、近藤許子などは、現在も健筆をふるっている。
 今回の行事は、批評家の立場でなく、書き手として「書く」行為自体の意味を考え直そうと、新作に取り組んでいる芥川賞受賞作家・諏訪哲史さんを招いて堅苦しく文学を語る会を企画したもの。
 会費は無料で、参加には事前に柄谷行人「意味という病」、保坂和志「書きあぐねている人のための小説入門」、諏訪哲史「アサッテの人」「りすん」、「文芸中部」80号を読んでおくとさらに有意義になると,主催の「文芸中部の会」では説明している。連絡先〒477-0032東海市加木屋町泡池11-318、三田村方、文芸中部の会。

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2009年3月11日 (水)

書店廃業は1095店/4年ぶり1000店超に=2008年

昨年の書店廃業数が1095店にのぼり、売場面積が5万7684坪であることが、大手出版社の調査でわかった。廃業店は前年の951店から144店増(前年比15.1%増)と大幅に増えた。
 1997年から03年まで7年間にわたって、1000店以上の高水準で推移していたが、04年から07年までは900店台と減少傾向が続いていた。しかし、昨年は米国の金融破綻から経済不況が深刻化し、国内でも消費が低迷。取次会社への支払いが困難になるなど資金繰りが悪化。また、大型書店の出店ラッシュによる競合や後継者不在などの理由から小規模書店が廃業。大手ナショナルチェーンも再生計画からスクラップ物件が増加し、4年ぶりに1000店超えとなった。
 廃業した書店の売場面積は前年の5万4641坪から約3000坪増加。調査データが開示された98年から11年間で最多坪数となった。1店当りの平均坪数は前年比4.8坪減の52.7坪。直近11年間累計の廃業店数と総売場面積は1万1939店、54万1172坪となる。昨年の新規出店については、399店で売場面積は5万9270坪だった。(新文化09/3/5号)

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2009年3月10日 (火)

太平洋戦争にこだわる 奥泉 光さん(作家)

東京新聞 (09年3月7日)【土曜訪問】 日本の敗色が濃厚になった太平洋戦争末期。謎の任務を背負う軍艦「橿原(かしはら)」で、変死事件が相次ぐ。橿原は何を目的に、どこに向かうのか。やがて艦内は平成の日本と時空を超えてつながり、鼠(ねずみ)になった人間が現代との間を行き来する-。
 奥泉光さん(53)が刊行した『神器(しんき)-軍艦「橿原」殺人事件』上下巻(新潮社)は、ミステリーや軍記、神話、SF、幻想小説とさまざまな要素を盛り込んだ大作だ。「小説は娯楽でなくてはならない」と言う通り、冒頭から読む者をぐいぐいと引っ張り込む。
 小説の鍵を握るのは「天皇陛下は贋者(にせもの)だ」という思想だ。「ウルトラナショナリズムの世界では、一つの論理的帰結だと思う。神が絶対ならば、神風を吹かせるはず。日本が負けつつあるときに、神は何をしているのか。あれは本当の天皇ではない、という発想です。当時あった思想の萌芽(ほうが)を、フィクションとして徹底化しました」。戦争を推し進めた「狂気」の本質が、鮮やかにあぶり出される。それが現代日本と決して無縁ではないということも。
 一九九四年に芥川賞を受賞した『石の来歴』をはじめ、太平洋戦争にこだわる奥泉さんは体験がない分、不利なように見えるが、「直接体験できなかったことも、僕たちは経験できる」と語る。「経験」とは「その出来事と今の自分との関係を、言葉で繰り返し、絶えず考えること」を意味する。「近代の延長線上にいる僕らが、自分の場所をとらえようとするとき、太平洋戦争は決定的な意味を持つ。あの戦争を抜きに日本の問題を考えることはできない」
「歴史とは自明なものではなく、絶えずつくり出していかないとなくなってしまうもの。体験者が亡くなった後に、本当の意味で歴史は語られていくものかもしれない。私にとっては戦争を語り継ぐというより、これから戦争をどう語るか、というイメージです」
「死者の追悼が靖国神社に一元化されることに僕は徹底的に反対している。だから、作品には『靖国神社には今、誰もいない』『死者たちは戦場をさまよっている』というイメージが、繰り返される。一人一人の個別性を奪い去って忘却の彼方(かなた)に追いやるのが靖国のシステム。そうではなく、あの戦争を日本人の経験として定着していくことが、死者を悼むことになる」
 現代の「若者鼠」が語る。《ナマ特攻隊、はじめて見た》《基本、下の方の人間は、戦争を望むんじゃね? そのままじゃ、どっちみち浮かび上がれねえわけでさ》。六十年後の「繁栄」を見てぼうぜんとする鼠たちとの会話で、「死者を忘れた日本人」の今が浮かび上がる。
次は「陸軍」を書きたいという。「海軍に比べると組織が巨大で、イメージをつかみにくくて…」。少しずつ史料と格闘しているところだ。 (石井敬)

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2009年3月 9日 (月)

豊田一郎個人誌「孤愁」第5号(横浜市)(1)

【「私は、いま」豊田一郎】
 新聞通信社の記者である「私」が、千葉支局の転勤することになる。それを機に東京で交際している女性に結婚を申し込む。そして、話は女とのベッドでの倦怠感に満ちた絡み合いを描きながら話を進める構図をとっている。
 ジャーナリズムにとって千葉といえば成田空港の三里塚闘争が報道の柱となる。昭和41年の建設計画から国家権力による、在民農家の田畑の強制収奪の認知をめぐって、左翼思想家や極左過激派の抵抗運動の象徴となった。その闘争は、平成21年の現在もまだ終焉していない。その地域は、当時の喧騒とは裏腹な、不気味な静けさが漂い、公安と活動家の暗闘の場としての空気が色濃く澱んでいるようだ。
 主人公は全共闘時代にセクトの一員として昭和46年の1月に反対派農家に泊り込み、地下壕整備などの支援を短期間行い、その後、東京にもどった経歴をもつ。
 そこでの副作用として、農家の娘と外部活動家の性的な関係、女性活動家の農家の男たちからの強姦の噂が飛び交う。
 そうしたなかでの、主人公の地元女性との過去の交流を背景として当時の出来事が語られる。千葉に赴任してその歴史を潜り抜けて、地元の飲み屋の女経営者とホステスとの交流を描く。
 話の性質上、どうしても成田闘争の歴史的経緯を語らなければならないので、その分、人間個人のテーマ追求が甘くなるのは、仕方のないところであろうか。社会的な時代の精神を描く道と個人の内面を描くという難しさが作品にそのまま出ている。
 書き方が解かり易く、すっきりしている分、欠けた部分が明瞭になるという面がある。印象としては、主人公のプチブル的なニヒリズムをもうすこし追及を強調した表現にする余地があったような気がする。ただ、個人的には、成田闘争以後の民衆の雰囲気を書き手が維持しているので、一つの当時の時代背性の表現にはなっていると思う。
【「洪水は何時の日に」豊田一郎】
 これは上記の「私は、いま」の続編である。大手通信社の千葉市局長を勤めた男が、東京勤めに戻る。すると、妻が乳がんになり、その療養に時を過ごすが、やがて亡くなる。主人公は、定年退職後に千葉に舞い戻る。いま成田の町は、闘争の激動時代が過ぎ、地域はアスファルトとコンクリートの整地が進んだために、排水が機能せずに洪水に見舞われる。そこでかつての国家権力への反抗意識による洪水の水はどこに流れ去ったのか、と思わせるところで終わる。
 前作があるので、成田闘争の歴史的な経緯を語らないで済んでいる。その分、主人公の生活意識が良く出ている。ここでも水商売の女性が物語の狂言まわしに登場してくる。大手通信社のサラリーマン生活の一端を描いて、その部分の細部が推察できるのが、自分には面白かった。作品では、あまりやる気のない社員と見られているように描かれているが、設定が淡白にしすぎの感がある。もっと、社内闘争に組み込まれるような人物に仕立てた方が、話が引き立つのではないだろうか。

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同人誌「なんじゃもんじゃ」春光号(通巻7号)(千葉県)(1)

【「白い闇の中へ(俳人蕪村の死)」小川禾人】
 与謝野無村が死の床にあって、口をきくこともできない瀕死状態になる。枕元に集まった弟子たちの様子は感知できる。走馬灯のようにかけめぐる思い出のなかで、作者は蕪村への想像力を働かせる。芭蕉の俳句に想いを寄せ、師の宗阿との師弟愛と接触愛を想い、最後に生命の輝きであるエロス的な想念にひたってこの世を去るという、作者の美意識に沿った創作。俳人の生活や精神の世界を描いて興味深い雰囲気小説となっている。

【「怒る女」坂本順子】
 語り手がS町のコーヒーショップに入ると、近くの席で黒い身なりの年配の女連れが会話をしている。その会話から葬式か法事の帰りで、癌で夫をなくした女性が夫の親類の応対に怒って不満を語っているのだとわかる。そして、聞き役の女性たちは、怒る女性の話しをとめどなくただ聞くことに徹している。それから、葬式帰りの彼女たちが60歳を過ぎた姉妹であることがわかるシーンがある。そこで語り手は、女性グループの姉妹たちを大変うらやましく思うという話。
 短いなかに、含蓄の豊かさといい、その切り口といい、感心させられた。(最近は感心ばかりしている)。見知らぬ他人の姉妹の様子を見ただけで、その長い人生の姉妹関係を洞察できる語り手の視線、また、それに羨望を感じる語り手の、不幸ではないが、現在のなんとなく裏寂しい心境を見事に表現している。洞察力を反映している。
 発行所=〒286-0201千葉県富里市日吉台5-34-2、小川方、「なんじゃもんじゃ」会。

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2009年3月 8日 (日)

文芸同人誌評「週刊 読書人」09年3月13日、白川正芳氏

《対象作品》「魂のかたち」藤田靖子(「青梅文学」25号)、「シネマディクトの夜」田窪真二(「海峡」21号)、「細々と道はつづくよ」平由美子(「環」13号)、「少年Mの回想 海ゆかば」穂積実(「白雲」27号)、「コスチュームプラン」岡田四月(「銀座線」14号)、「靴と佐渡の海」中山茅集子(「クレーン」30号、井上光晴特集)、「続・葉山修平の世界」新美守弘(「雲」一月号)、「岡本一平の漫俳」坪内稔典(「船団」79号)、「目礼の女」坪井憲次(「ぼいす」63号)、「人吉周辺遊行」久保輝巳(「塔の沢倶楽部」7号)、「蛍」長谷良子(「凱」31号)。(「文芸同人誌案内」掲示板・よこいさんまとめ)。

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寸編小説紹介 「スーパーマリオブラザース」来瀬 了

詩人回廊サイト・「来瀬 了の庭」のこの作品は、デリバリーゲーマーに「デリゲー」という名称をつけて登場させている。これは、なかなか良いアイデアで、現在でも将棋や囲碁の相手をする便利屋さんがいるらしいではないか。
 作者の来瀬 了(どういう意味?キセ了からキセルか)は、ゲームの世界が現実の世界に侵食されることをテーマにしているようだ。文章のリズムの一貫した調子が、なかなかの味になっている。
 殺人や事件というものは、現実の方にインパクトがある時代になった。マスコミの報道で満ち溢れていて、まさにゲーム的で事実は小説より奇なりである。なんでもないことが、かえって埋没する時代だ。すると、文芸の世界がそれを補うという構造もないでもない。
 この作品にあるファミコンゲームをしていて亡くなった鮎川信夫は、詩人で海外ミステリー翻訳家、とくに英国のエリック・アンブラーの作品の翻訳でミステリーファンには知られているようだ。もしかしたら鮎川氏はまだスーパーマリオのゲーム機のなかで生きているのかもしれない。
 とにかく日常の中の死を実感させるものがある。

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芸術選奨受賞の平野啓一郎さん「現代社会の病巣見据える」

平野啓一郎さん 芸術選奨新人賞 小説家 平野啓一郎さん(33)
 「新人賞と名の付くものをいただき、改めて文学に対して謙虚になれと言われた気がします」
 京大在学中に投稿し、文芸誌の巻頭を飾ったデビュー作「日ショク(にっしょく)」で、23歳の若さで芥川賞を受けてちょうど10年。「素直に、うれしい」と語る。(ショクは偏が食の異体字、つくりが虫)
 1500枚の大作「決壊」で、ネットなどに潜む現代社会の病巣を正面から見据えたことが評価された。「同時代に酒鬼薔薇(さかきばら)の事件やオウムの事件が起き、悪の問題を書きたいとずっと考えてきました。この小説は、現時点での集大成です」。昨春結婚したモデルでデザイナーの春香さんと新婚旅行中も、小説のゲラに直しを入れていた。「徹底されていないものは好きじゃない」というこの人らしい。
 10年前と変わった点は「作家として何がしたいか、何ができるかだけでなく、自分の抱えるものと読者をつなぐには何をすべきか考えるようになった」こと。文学になじみの薄い人から熱心な文学好きまで、幅広く読まれる小説を模索する。「30代はしばらく、5、600枚の小説を書きたい。20代のころはホームランを狙って強振していたところもありましたが、打率を残しつつ、大きいのも打てるというのが理想ですね」(09年3月7日 読売新聞)

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2009年3月 7日 (土)

季刊「農民文学」№.284(玄冬号)(1)

【「姥ヶ沼」前田新】
 昨年に農民文学賞を受賞した作者の受賞第一作である。村に特別老人養護施設があり、そこが村の人の職場を提供し「見晴らし荘」と称され、同時に身寄りのない年寄りの引き取り場所にもなっていることから「姥捨て荘」と呼ばれている。そこに身内を亡くし、5年前から入所の順番を待っていた91歳の独居老人のタネばあさんがいる。村の農業委員の丸山が、おタネばあさんの入所資格確保などの身辺整理をする役目をする。
 おタネばあさんの田畑は、夫も息子など身内が先に死んでしまって、登記が昔の所有者のまま放置してあるために正式に彼女の名義の資産登録をする。その資産を担保に入居資格がもらえるのである。おタネばあさんから丸山が話を聞いてみると、父親が強盗殺人の犯人にされ、(無実のとのこと)そのことからタネばあさんとその一家の苦労が始まる。それから波乱万丈の人生をたどることになる。日本の農民の時代に翻弄される変遷が、あらためて認識される。よく整理された物語にして、実感を伴った感慨を呼び起こす。
【「ふたつの鬼怒川」宇梶紀夫】
 これも農民のしかも前田作品と同じ女性の物語である。康夫の母親のフサエが80歳を超えて病に倒れる。そのフサエの病状が悪化し、死に至るまでを、康夫の視点を主体にして観察鋭く微細に描く。その上でフサエと夫の人生を、回想的断片をつなぎ合わせて、3人称スタイルを活用し自在な表現力を発揮している。フサエが死んでも、残った農民たちの土と集落の生活はつづく。長さを充分にとってあるため、フサエの葬式の風景から、西鬼怒川の岸辺に咲く花々、藪から姿をみせた蛇など、風景描写が胸にしみるようだ。なかで「フサエは凡庸でささやかな人生を生き、立派に死んで行った。なにを悲しむことがあろうかと、と康夫は思うのだった」というところがあるが、それまでの着実な筆致があるだけに説得力を持つ。じっくりとした粘り強い描写力で、農民の生活のすべてを語り尽くすことに成功している。作者の並々ならぬ、凄みのある筆力に、感銘深く読んだ。
 2作とも日本の農民の実態を描いて、小説とはいいながら、都会人には優れた実情レポートにもなっている。
 偶然、似たような視点の作品の競作なったようだが、前田作品には洒落た軽さを与えた工夫があり、長く書いた宇梶作品は、真正面から対象に向き合った重厚さがある。とにかく「農民文学」の書き手は皆すごい書き手である。
発行所=〒279-2313群馬県みどり市笠懸町鹿196、木村方、日本農民文学会。
編集者=〒185-0003東京都国分寺市戸倉4-11-17、野中進

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「第8回文学フリマ」(蒲田)へ出店参加とその周辺(2)

 文芸同志会は「第一回文学フリマ」のテーマを「素人の域から玄人の域に」というレベルアップ姿勢を前面に打ち出した。(「文学フリマ」で販売の伊藤鶴樹「罠の報酬」は、その実践として文芸同人誌に掲載した時に、かなり不評であった作品を、商業誌に売り込んだところ採用され第2作の注文を受け、それも掲載されたものが編入されている。どれも60歳前の時の過去の話だが、その後、作者に自伝をまとめて欲しいという相談者がしばしば出てきた。作家的な手腕?技術?の証明としてこの本を見せると好評なので増刷などもしている)。
 ところで、昨年に、雑誌「文学界」の同人雑誌評が廃止になったことについて、一部報道では同人誌活動が衰退しているかのような情報が流れているが、必ずしもそうではない。文芸同人誌は、まだまだ活発であり、さらに広がる可能性をもっている。
 一例を示すと、昨年の11月9日に東京・秋葉原「第9回文学フリマ」が開催された。そこで、講談社が文芸評論の新人養成の企画「東浩紀のゼロアカ道場」を実施した。
 主催を企画した講談社の編集者太田克史氏は次のようなコメントを残している。
『11月9日の文学フリマにおける「東浩紀のゼロアカ道場」は、事件でした。少なくとも、僕という夢見がちな編集者の秤を越える大成功でした。全8チーム中、5チームが500部を完売。あの一日だけで批評同人誌が実に3800部以上売れたことになります。文学フリマへの来場者数は1800人を越え、(大きな混乱がなくイベントが進行できたのは、文学フリマの参加者の皆さん、そして文学フリマスタッフの皆さんのおかげです。ありがとうございました!)文学フリマ事務局代表の望月倫彦さんから伝え聞いたところでは、会場となったホールの歴代入場者数レコードを打ち立てたようです。素晴らしすぎると言ってもよいこれらの結果は、事前には僕を含めた誰ひとりとして予想しないものでした。それは、当日集まって下さった“あなた”がたが巻き起こした、批評を信じる力のうねりのおかげです。この場を借りまして、改めて御礼申し上げます。
 そして、これは個人的な感想ですが、今必ずしも文学や批評が衰退しているわけではなく、僕のような編集者に代表される、文学関係者、批評関係者こそがそれらの衰退「ムード」を招いている元凶なのだという思いを新たにいたしました。その思いから発する反省と反撃は、今後の僕に課せられた課題でもあります。(以下略)』
 「文学フリマ」開催時間はたかだか五時間そこそこである。人気作家がサイン会をしてもこれほど売れることはないであろう。講談社はその後、これらの同人誌の評論や周辺事情を掲載した単行本、講談社BOX「東浩紀ゼロアカ道場・伝説の文学フリマ決戦」を発売した。
 そこに収められた情報によると、「東浩紀ゼロアカ道場」で講談社が、文芸批評の新人の作品を1万部出版するという出口を設定したことで、前記のような活況を呈したのである。
 また、「文学フリマ」の性質を良く知る編集者と評論家による企画着眼点の良さがある。そしてこの「ゼロアカ」に関して、事前にネットの人気ブロガーたちが、論争をくりひろげたことが、当日の「文学フリマ」への入場者動員の力になったようだ。つまり、小さなジャンルであっても、ネットでの話題づくりなどで、同好者だけで2000部程度は、イベント力で販売可能だということが立証されたのである。

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2009年3月 6日 (金)

斎藤茂吉短歌文学賞に河野裕子氏の歌集「母系」

 第20回斎藤茂吉短歌文学賞(山形県など主催)が5日発表され、河野裕子氏(62)の歌集「母系」(青磁社刊)が選ばれた。賞金50万円。贈呈式は5月17日に同県上山市で行われる。河野氏の夫、永田和宏氏は前回の受賞者。(09年3月5日 読売新聞)

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「無頼派三羽烏」の評伝完成 相馬正一さん。世俗排し本質突く魅力

「檀文学はもう一度読み直す価値がある」と語る相馬さん 岐阜女子大名誉教授の相馬正一さん(80)が、檀一雄(1912~1976年)の評伝『檀一雄 言語芸術に命を賭けた男』(人文書館)を出版した。過去に書いた太宰治、坂口安吾に続き、自ら「無頼派三羽烏(さんばがらす)」と呼ぶ作家たちの評伝を完成させた相馬さんに、無頼派文学の魅力を聞いた。(川村律文)
 太宰の近親者や井伏鱒二ら、関係者の聞き書きを行い、『若き日の太宰治』(筑摩書房)をまとめていた相馬さんが、坂口安吾の研究に取り組むようになったきっかけは昭和43年。「太宰をやるなら、一度太宰を離れて安吾の側から眺めた方がいい。太宰と安吾は裏と表のように見えるが、実は非常によく似た作家だ」という檀の勧めだった。上越教育大学に勤務しながら進めたこの研究は、2006年の『坂口安吾 戦後を駆け抜けた男』(人文書館)などに結実した。
 改めて檀の生涯と作品を追っていくと、家庭を顧みない生き方や、その作風を含め、太宰や安吾と類似した「一本の血管でつながっている作家」という印象が強くなった。
 「檀は作風としては太宰に、処世は安吾に近いというのは、調べていて強く感じた。檀も安吾も豪放磊落(らいらく)に見えて、非常に神経が細やか。繊細で浪漫的な太宰が一番図々(ずうずう)しいと思えるほどです」。通常「無頼派」の3人といえば、太宰、安吾に加え織田作之助を挙げることが多い。あえて檀の名前を入れたのは、3人が昭和10年代から交流を続けてきたからでもある。
 一足先にデビューした安吾に続き、昭和10年代に3人の才能は本格的に花開く。戦争が近づく中で、文学は国策文学中心に変化していくが、国策文学を書かなかったことで戦後に注目され、「無頼派」「新戯作派」と呼ばれて戦後文学の一時代を築いた。
 「無頼派というのは、自分に正直に生き、正直に書くこと。戦後に掌(てのひら)を返したように態度を変えた人たちを、彼らは便乗主義者として批判した。世の風俗や常識を否定して純粋に文学を追究した結果、世間からは逆にまともでない、無頼と呼ばれた。彼らは否定しなかったけれど、自分たちで言ったわけではない」
 また、3人のもう一つの共通点として、相馬さんは「詩情豊かで、無駄のない文章を書ける才能」とその文章力を強調する。3人とも妻や編集者に口述筆記をさせていたが、書かれた文章にほとんど手を入れずに済むほどの名文家だった。
 「太宰のいい短編と、檀のいい短編は、優劣をつけがたい。もう一度見直されてもいい作家だと思っています」
 今年は太宰の生誕100周年にあたり、改めて無頼派の文学に光が当たっている。現在でも無頼派文学が読まれ続ける理由を、相馬さんはこう語った。
 「社会的な常識や風俗を否定した無頼派の文学は、人間や社会の本質を見抜いたもの。世俗を排除しているから、時代が変化しても魅力を失わない。この3人は、言語芸術に命をかけた“文士”と呼べると思う」(09年3月4日 読売新聞)

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2009年3月 5日 (木)

諸君!」が6月号で休刊へ

 文芸春秋が発行するオピニオン誌、月刊「諸君!」が、5月1日発売の6月号を最後に休刊することになった。
 同誌は右派色の強い論壇誌として1969年に創刊。同社によると、近年の実売部数は4万部を割り込んでいた。休刊理由については「不採算部門の見直しの一環」としている。論壇・総合誌関係では「論座」「現代」が昨年相次いで休刊している。(09年3月3日 読売新聞)

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吉川英治文学賞に奥田英朗さん「オリンピックの身代金」

 第43回吉川英治文学賞(吉川英治国民文化振興会主催)は4日、奥田英朗(ひでお)さん(49)の「オリンピックの身代金」(角川書店)に決まった。
 副賞300万円。第30回同新人賞には、朝倉かすみさん(48)の「田村はまだか」(光文社)と柳広司さん(41)の「ジョーカー・ゲーム」(角川書店)が選ばれた。副賞各100万円。
 また、第43回同文化賞は次の通り。▽垣見一雅(かきみかずまさ)さん(69)=ネパールで生活支援▽田村恒夫さん(83)=阿波木偶(でこ)の伝承発展▽中野主一(しゅいち)さん(61)=新天体発見へ貢献▽長尾直太郎さん(89)=浮世絵版画の制作。副賞各100万円。(09年3月4日 読売新聞)

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「第8回文学フリマ」(蒲田)へ出店参加とその周辺(1)

文芸同志会では、5月10日(日)開催の「第8回文学フリマ」の出店が決まった。そこで販売するのは、文芸同志会で発行した既刊のものと、 「詩人回廊・サイト」の作品から選択したものを簡易書籍にして販売する。
文芸同志会の既刊のものは、
(1)2002年11月3日(青山ブックセンター)第1回「文学フリマ」参加記念=ミステリー官能短編集・伊藤鶴樹「罠の報酬」500円。
(2)2003年11月3日(青山ブックセンター)第2回「文学フリマ」参加記念=水平読み純文学・伊藤鶴樹「撓んだ季節」(オープン価格)。同・伊藤鶴樹「はこべの季節」(オープン価格)。
(3)2004年11月14日(秋葉原)第3回「文学フリマ」参加記念=カフカもどき「北一郎・山川豊太郎 作品集」500円
 の4種類である。
 このようにしてみると、どの発行物も「文学フリマ」のために印刷製本してきたことがわかる。こうして時間が経つと、記念出版として年代と日にちを入れたのは、わかりやすくて良かったと思う。
 今年は、「詩人回廊・サイト」の作品をピックアップするが、タイトルに『2,009年5月10日(大田区産業プラザPIO)第8回「文学フリマ」参加記念』というのを入れようと思う。

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2009年3月 4日 (水)

「同人誌時評」「図書新聞」09年3月7日 たかとう匡子氏

《対象作品》「島尾敏雄における〈いなか〉―その意識の変遷」若松丈太郎(「福島自由人」23号/福島市)、「『咲』の音読みできますか?」朴燦鎬(「架橋」28号/清須市)、「悲しみもかへりみれば……」石毛春人(「新現実」第8次25号/荒川区)、「ナカノのイズミ カネモチのオカ」徳江和巳(「猿」63号/みどり市)、「ルート279の恐怖」福井次郎(「北奥気圏」4号/弘前市)、「シアン」中島悦子(「木立ち」101号/福井市)、「アマランサス」岡隆夫、瀬崎祐、川井豊子、秋山基夫、北岡武司、斎藤恵子(以上「どぅるかまら」5号/倉敷市)。(「文芸同人誌案内」掲示板・よこいさんまとめ)。

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西日本文学展望「西日本新聞」3月3日・朝刊・長野秀樹氏

《対象作品》水木怜さん「トワイライト」(「照葉樹」六号、福岡市)・田中豊英さん「摩利ちゃん」(「西九州文学」三〇号、長崎県諫早市)
他に、「西九州文学」では緑川時夫さん「水浦七夜唄祭文」・「照葉樹」では垂水薫さん「三叉路」
今月は遺稿集の刊行や雑誌の追悼特集も目についた。
長崎の山田かんさん(二〇〇七年没)についての論考『古川賢一郎 澁江周道と戦争』(長崎新聞社刊)・「文芸山口」二八三号(山口市)では同人の山田篤さんの追悼特集が組まれ「白いケープ」再掲・「詩と真実」七一六号(熊本市)は波木里正吉さんの追悼特集で遺稿とともに略歴や主要作品一覧掲載。(「文芸同人誌案内」掲示板・日和貴さんまとめ)

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2009年3月 3日 (火)

戦争証言を孫たちに伝える!新風書房 体験記募集「孫たちへの証言」

 平和の大切さを伝え残すために、市民から戦争体験を募り、毎年夏に「孫たちへの証言」と題した本にして出版している新風書房(大阪市天王寺区)が、今年も体験記の募集を始めた。
 第22集となる今回のテーマは「あの時代の記憶を記録にとどめよう」。前回までに全国から1万3741編の貴重な体験記が寄せられ、1689編を掲載した。
 募集は「国内での体験」「国外での体験」「亡き人たちの証し」「戦後、それからの私たち」の4部門。自らの戦争体験や戦争で犠牲になった肉親のこと、戦後の苦境をどう乗り切ったかなどを具体的に書いてほしいという。入選作約90編をまとめ、8月に出版する。
 終戦から64年近く。戦争を知る世代の高齢化が一層進み、投稿者の平均年齢も70歳代後半になっているという。「戦争がいかに悲惨で無益なものかを語ることができる人が少なくなっている」と、編集を担当している同書房代表の福山琢磨さん(74)。
 体験記は1600字以内にまとめ、氏名(匿名は不可)、年齢、住所、電話番号を記して、3月末(消印有効)までに、〒543・0021 大阪市天王寺区東高津町5の17、新風書房「証言集係」(06・6768・4600)まで。新風書房「孫達への証言」サイト

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「伊坂幸太郎さんの小説を郵便で読む」を受付!双葉社

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著者メッセージ: 佐藤友哉さん『風不死岳心中』

  初めましての方は初めまして、そうでない方はおひさしぶり、佐藤友哉と 申します。今回、『KENZAN!』において、時代小説に挑むこととなりました。
 題名からもお解りの通り、主題は心中です。みなさんは心中と聞いて、どのような印象を持たれるでしょうか。「究極の恋愛」、「どろどろした暗いも の」、「窮状の果ての悲劇」、「単なる逃げ」、「あさはか」、「究極の選
 択」等々……。人の数だけ定義はあることでしょう。
  『風不死岳心中』で描かれるのは、心中の本質です。数多の物語により歪曲され、脚色され、誤解され、変形された心中ですが、そもそもは、お互いの命を攻撃的に奪い合う、人生の絶頂期における幸福体験なのでした。逃避の一環でも絶望の結果でもなく、積極的な行動なのでし た。
  今を生きる我々が、今を生きる人間が出てくる心中小説を読んだところで、心中の原風景には出会えません。「現代には本物の恋愛がないから」などとは申しません。むしろ逆で、「現代には本物の恋愛しかないから」なのです。江戸期に確立した心中なる文化に、開国したばかりの日本が、開拓したばかりの北海道が重なったほんの一瞬に、本質としての心中は立ち上り、消えることでしょう。
  『風不死岳心中』はもしかすると時代小説ではないかもしれません。恋愛小説でもないかもしれません。ですが紛れもなく心中小説です。どうぞお楽しみ下さい。(佐藤友哉)

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2009年3月 2日 (月)

詩の紹介 「S氏の標本」 清水正吾


(紹介者 江 素瑛)
ある整形外科の医者の話。原因不明の腰痛などは鍼治療による痛みが取れる。それは、痛みの感覚を鍼を打って移転分散させるからから。現代人は、ぴりぴりとした世の風潮に操られて、神経を安らかな場所に置くことができない。いわゆる自律神経失調症となって、身体のいろいろなところを翻弄する。
この詩はひとつ傍観者の視点で書かれた作者の針灸体験である。面白くても、悲しい現代人のどうしようもならない心境である。
          ☆
S氏の標本      清水正吾
矩形の治療台に/ おとこは腹ばいになる/ エーテルが匂い/ 身うごきできない
手首も 足首も/ 虫ピンで止められる/ 折れ曲がった手脚 磔の飛蝗のように/ ひくひく 翅がふるえる
白昼 守宮が/ 地面に貼りついて/ 目のまえにやって来る生き餌を/ じっと まちかまえる図だ
腹ばいの ゴツゴツした背骨の瘤 丘陵に沿って/ 白い生首 うなじの頸髄から/ 腰の下の尻 尾骶骨へむけて/ 鍼が刺さってくる 脊髄管に神経の糸の流れ
つぶった目じりのつぼへ ずぶり/ (ことばの内実が よみとれてくる)/ 耳朶の 付け根のつぼへ/ (かくれた内密の話が 聴きとれてくる)
覚悟のおとこは 半睡状態で/ 骨の痛みをこらえ/ まだか 息をこらす/ (脾臓に愁いがあり 肝臓から怒りが沸く)/ 探り当てた 脳天の/ 極めの楽天へ 鍼灸師が鍼を打つ
――生きのいい 受精卵の動画から生まれ/ おとこの筋肉は生涯休むことなく 脈打ってきたが/ いま 水平の静止画像になる 
「幻竜」第8号より 08 . 10 幻竜舎(川口市)

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文芸時評2月(毎日新聞2月25日)川村湊(文芸評論家)

タイトル=「個人の特性物語る『性の形』/女性たちの価値観は進展」
《対象作品》村田沙耶香「星が吸う水」(群像)/絲山秋子「妻の超然」(新潮)川崎徹「傘と長靴」(群像)/吉村萬壱「独居45」(文学界)。

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2009年3月 1日 (日)

文芸時評2月(東京新聞2月25日)沼野充義(東京大教授)

タイトル=「村上春樹エルサレム賞スピーチ/比喩に表れる優しさ」「逸脱を力みなく描く/戌井昭人「ますいスープ」
《対象作品》吉村萬壱「独居45」(文学界)/戌井昭人「ますいスープ」(新潮)/藤野可織「いけにえ」(すばる)。

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「小説現代」ショートショート・コンテスト公募は長さ5枚以内に変更。

毎月公募の「小説現代」阿刀田高ショートショート・コンテストは従来長さ制限が7枚以内が、3月締め切り(誌上6月号)より5枚以内に変更になった。

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