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2009年3月 7日 (土)

季刊「農民文学」№.284(玄冬号)(1)

【「姥ヶ沼」前田新】
 昨年に農民文学賞を受賞した作者の受賞第一作である。村に特別老人養護施設があり、そこが村の人の職場を提供し「見晴らし荘」と称され、同時に身寄りのない年寄りの引き取り場所にもなっていることから「姥捨て荘」と呼ばれている。そこに身内を亡くし、5年前から入所の順番を待っていた91歳の独居老人のタネばあさんがいる。村の農業委員の丸山が、おタネばあさんの入所資格確保などの身辺整理をする役目をする。
 おタネばあさんの田畑は、夫も息子など身内が先に死んでしまって、登記が昔の所有者のまま放置してあるために正式に彼女の名義の資産登録をする。その資産を担保に入居資格がもらえるのである。おタネばあさんから丸山が話を聞いてみると、父親が強盗殺人の犯人にされ、(無実のとのこと)そのことからタネばあさんとその一家の苦労が始まる。それから波乱万丈の人生をたどることになる。日本の農民の時代に翻弄される変遷が、あらためて認識される。よく整理された物語にして、実感を伴った感慨を呼び起こす。
【「ふたつの鬼怒川」宇梶紀夫】
 これも農民のしかも前田作品と同じ女性の物語である。康夫の母親のフサエが80歳を超えて病に倒れる。そのフサエの病状が悪化し、死に至るまでを、康夫の視点を主体にして観察鋭く微細に描く。その上でフサエと夫の人生を、回想的断片をつなぎ合わせて、3人称スタイルを活用し自在な表現力を発揮している。フサエが死んでも、残った農民たちの土と集落の生活はつづく。長さを充分にとってあるため、フサエの葬式の風景から、西鬼怒川の岸辺に咲く花々、藪から姿をみせた蛇など、風景描写が胸にしみるようだ。なかで「フサエは凡庸でささやかな人生を生き、立派に死んで行った。なにを悲しむことがあろうかと、と康夫は思うのだった」というところがあるが、それまでの着実な筆致があるだけに説得力を持つ。じっくりとした粘り強い描写力で、農民の生活のすべてを語り尽くすことに成功している。作者の並々ならぬ、凄みのある筆力に、感銘深く読んだ。
 2作とも日本の農民の実態を描いて、小説とはいいながら、都会人には優れた実情レポートにもなっている。
 偶然、似たような視点の作品の競作なったようだが、前田作品には洒落た軽さを与えた工夫があり、長く書いた宇梶作品は、真正面から対象に向き合った重厚さがある。とにかく「農民文学」の書き手は皆すごい書き手である。
発行所=〒279-2313群馬県みどり市笠懸町鹿196、木村方、日本農民文学会。
編集者=〒185-0003東京都国分寺市戸倉4-11-17、野中進

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