桜庭一樹さん直木賞受賞1年「ファミリーポートレイト」
作家の桜庭一樹さんが、直木賞受賞後約1年を経て、書き下ろし大作『ファミリーポートレイト』(講談社)を発表した。デビューから今年で10年。家族の絆(きずな)の不可思議さを大胆に問いかけてきた作家は、近年の急速な評価の高まりの中で何を思うのか。(佐藤憲一)
罪を犯した母マコに連れられ逃避行を続ける少女コマコ。老人ばかりの城塞(きずな)都市や異常気象に襲われた温泉町を転々とし、生きるために必要な「物語」を発見していく――コマコの5歳から34歳までの魂の遍歴をたどる成長譚(たん)には、「名誉や財産も信じがたい今の時代には、強靱(きょうじん)な美学を持ちながら自分に確信をもてない主人公が書かれるべきだ」との思いが込められている。死んだ女性を花嫁姿で送る儀式や行進する豚の足の幻想など、南米文学を思わせるエロスと死のイメージは鮮烈だ。
<この世の果てまでいっしょよ。呪(のろ)いのように。親子、だもの>。自堕落で奔放な母に依存するコマコ。その姿は、「家」の呪縛(じゅばく)に囚(とら)われた一族の女三代記『赤朽葉(あかくちば)家の伝説』や父と娘の禁忌の関係を描いた『私の男』など異端の家族小説の集大成ともいえる。
「私の好きな海外文学では、罪の存在を神が見ているという恐怖が、『重さ』を作り出している。信仰の薄い日本で聖書の代わりに空洞を埋めるものは、家族じゃないかと思う」
1999年、ライトノベルでデビュー後は、本が売れず苦しんだ時期も長かった。だが、2006年末の『赤朽葉―』で注目を浴び、背徳性が議論を呼んだ『私の男』の昨年の直木賞受賞で、一躍スターダムに躍り出た。
「重たいテーマも抱える私の作品が、さまざまな人に読んでもらえるのは幸福です」。テレビ出演やインタビューに追われた受賞後の一年は、書く時間を生み出す戦いだったという。「読者への一番の恩返しは、いい小説を書くこと。だから小説に集中する生活を変えない努力をしてきた」
実際、執筆のため「心を鬼にして」人との接触を断ち、修行僧のように何日も仕事場にこもった。<生きる痛みが、物語を必要とする人間……つまりは作家と読者を生むのだ><物語とは血と肉と骨の芸のことだよ。供物だよ>。新作の中の生々しい言葉は、修羅の道を進む実感なのだろうか。
「この話を読んで恋愛小説ではないのに、恋をしたくなったという感想があって意外だった。土地や血縁を離れた、自分にとってかけがえのない関係も、これからは書いてみたい」(09年1月6日 読売新聞)
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