同人誌「淡路島文学」(兵庫県)第3号
【「居酒屋」北原文雄】
滝田が長年通っている居酒屋「ゆかり」。ここを舞台に、日本社会の縮図のような現象が次々と事件として出現する。女性客の語るワーキングプアの話からはじまり、70歳近い友人の牧村は女好きで、店に来た女性客を軟派することに熱をあげる。引きこもりの話題から、拉致問題や政治を論じる4人組の客、正規職員と臨時職員の格差問題が論じられる。その話の合間に滝田の亡くなった妻への罪悪感が示される。リアルな話では、このような居酒屋はないであろうが、小説であるから巧い設定になっている。そして、滝田は店にいた若者に突然、ナイフで腹を刺される。それが現在の価値観の混乱した社会の現象を捉えた表現になっている。
【「宗助の出家」望月廣次郎】
この作品は「宗助が将来父宗玄の跡を継いで、浄願寺の坊主になることを、露骨に厭がりはじめたのは、小学四年生からだったろう」ではじまる。宗助の成長を描くことで、お寺の後継ぎをめぐる仏教界のしきたりが、詳しく描かれている。同時に、特筆すべきは、作者の宗教に関する見識が大変深いことで、仏教の教義と日常生活というものへの問題提起が、読者の胸に良く届いている。因果応報や前世の因縁についても、きちんとした思考への道を示しているのに感心させられた。
一例をあげると、自分は武田泰淳の晩年の作「快楽」という長い小説を読んだ記憶があるが、人間存在と罪の意識を問うのに、大変難しく描いていて、良い作品だとは思ったが、あまりピンとこないところがあった。ところが、この「宗助の出家」は、素朴なようでいて、根本的な人間の課題にきちんとむきあっており、その明解さにおいて武田泰淳をしのぐものがある、とさえ思えた。
【「三十年目の遺恨」三根一乗】
K医科大学卒業三十周年を記念するクラス会に出席、お開きの場で、同級の医師から、交流のなかで、不運に見舞われたことへの愚痴を聞くが、それが今更のように思い出されるのである。医師の世界のことはわからないが、妙に説得力と存在感に満ちた話で、惹き付けられた。
【「路上観察学」宇津木洋】
筆者は、なんでも観察する癖があって、街のスーパーマーケットで見た人の立場に入り込む面白さ、自分を観察するコツ、孤独と他人への愛などについて、独自の経験が語られる。読んでいくと観察する境地がどんどん高められていることがわかり、大変興味深いものを感じた。
発行所=〒656-0016兵庫県州本市下内善272-2、北原方、淡路島文学同人会。
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