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2008年12月19日 (金)

世界性持つ『書き言葉』守る 日本語の将来を憂う 水村美苗さん(作家)

(2008年12月6日 東京新聞)作家、水村美苗(みなえ)さんが刊行した評論『日本語が亡びるとき 英語の世紀の中で』(筑摩書房)は、安閑として日本語を使っている私たちに、ショッキングな未来を突きつける「憂国の書」だ。 
「かつての日本には、世界のどこに出しても恥ずかしくない近代文学があった。読み継がれるべき言葉を日本語で継承していくために、何か手を打たなければならないんです」
 スケールの大きな本だ。水村さんは人類が六千年前、文字を発見してからの時空を概観する。そこには、自分たちが話す「現地語」ではなく、ラテン語など外部文明の「普遍語」で読み書きしてきた人類の長い歴史がある。「普遍語」に蓄積された叡智(えいち)を翻訳することで、「現地語」はやがて「国語」に進化する。
 英語がインターネットの後押しを受けて「普遍語」としての覇権を強める今、かつての「普遍語/現地語」の二重構造がよみがえりつつある。日本でも既に、自然科学はもとより、人文科学の分野でも、英語だけで論文を書く動きが水面下で進んでいるという。
 水村さんは一九六〇年代、十二歳のときに家族で渡米し、二十年間を米国で過ごす。もしもこのとき、日本の近代文学全集を親が持ってこなければ、その後の人生は違っていたはずだ。
 漱石に樋口一葉、森鴎外…。米国の暮らしになじめなかった少女は、漢字にルビが振ってあるのを幸いに、この全集を毎日、ひたすら読みふける。授業中に漢字と平仮名をノートに書き、その美しさに見とれた。「非西洋語圏で当時、文学全集があったのは日本だけ。私はエアポケットのようにそこに入り込み、出られなくなった」
 だから、米国の大学院に進むほど高度な英語力を身に付けながらも、水村さんは「日本語で近代日本文学を書く小説家」になった。漱石の絶筆を書き継ぐ『續明暗』をデビュー作に選んだのは、「近代文学をもっと読んでほしい」という思いからだ。
 水村さんは今、日本近代文学が存在したことを、「奇跡」と呼ぶ。
 明治時代、西洋思想を次々と翻訳する必要に迫られたことで、日本の言葉は世界性を持つものに変身した。翻訳では日本の現実に向き合えなくなった漱石らは大学を出て、自分たちの言葉をつくり出す。「明治の人たちは命懸けで言葉を選んだ。言葉が指し示す概念が何であるかを吟味した。そういうときにつくられる言葉の力はすごい。今の日本の言葉とは違う」
 本の最終章で、水村さんは日本語を守るための大胆な提言をした。一つは英語教育の時間を大幅に削り、その分を国語に振り向けること。英語は平等主義を捨て、「国民の一部だけバイリンガルにする」と発想を転換する。そして国語教育は日本近代文学を読み継がせることを主眼に置く-。
「一定の年齢までにある程度の難易度を持つ日本語に触れないと、『文章はこのぐらい困難な物であって構わない』という意識が育たない。話し言葉と変わらない物が文章だと思ってしまい、そうした言葉だけ流通すると、日本語は『現地語化』してしまう。世界と初めて共通概念を持った近代日本文学は、現在の価値観のパラダイムを変えることなく読めるテキストだと思う」
 薄っぺらい国語の教科書が最近、ようやく厚さを取り戻してきたことを知り、水村さんは本の中で書いた。《もっと過激に。もっともっと過激に》。熱い言葉から、日本語への愛情がほとばしってくる。 (石井敬)

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