« 文芸時評「讀賣新聞」西日本版12月5日夕刊・松本常彦氏 | トップページ | 文芸同人誌「砂」第108号の作品を読んで(3)=中村治幸 »

2008年12月 8日 (月)

同人誌「零文学」第6号(埼玉県)

 5号と6号は雑誌の特集に「青春小説」の評論を置いている。エッセイと小説のバランスが良く、自然に頁をめくって、読みたくなるリトルマガジンのスタイルを維持している。
【「続・子包み日記」君島有純】
第5号の「子包み日記」では、妊娠2ヵ月から出産病院を探すが、どの病院でも断られ、なかなか見つからず、やっと費用の高い病院をみつけ、そこで出産するまでを描いて、日本社会の現実をリアルに浮き彫りにしている。作者は語らずとも、そこに変質しつつある社会の現状が指弾されている。政治家や官僚が少子化社会を危惧した発言をしながら、子供を産めないシステムを放置する。現実と裏腹な発言をしても、それに慣れてしまっている国民意識。
その続編で、経験のない母親が、子育ての本を読みながら育児をして、赤ん坊を初の検診に連れてゆくと、そこで誤りを指摘されるまでの苦労話。これも問題であるが、その世相を描いている。文章に、今風の言葉使いを導入しながら、文体としてまとまっているのも読みどころになっている。

【「沖縄の青春小説―大城立裕『まぼろしの祖国』から」小野里敬裕】
沖縄出身作家の小説は読んだ記憶がないが、大学時代に沖縄からやってきた同級生がいて、彼の言動から沖縄の現状を聞かされたものだった。結局、学生運動の闘士となって、自分たちの世界から遠ざかっていった。この評論を読むと、自分自身がマルクスやヘーゲルの理論を学ぶうちに、無産階級でありながら、現実の日本社会に、階級闘争が社会を変えるという道のないことを発見し、失望感を抱きながら、自分はマルクスの資本論で学んだことを、どう生かせばよいのかと、心の光の細くなっていた時代のことなどを思い出した。

|

« 文芸時評「讀賣新聞」西日本版12月5日夕刊・松本常彦氏 | トップページ | 文芸同人誌「砂」第108号の作品を読んで(3)=中村治幸 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 文芸時評「讀賣新聞」西日本版12月5日夕刊・松本常彦氏 | トップページ | 文芸同人誌「砂」第108号の作品を読んで(3)=中村治幸 »