デビュー作を「更新」 長野まゆみさん作家生活20年
「20年たっても変わらないのは、私の小説が分類される場所がないこと」作家の長野まゆみさんがデビュー20周年を機に『改造版 少年アリス』(河出書房新社)を刊行した。26万部のロングセラーとなっているデビュー作を“更新”した意図、この20年を振り返っての感想を聞いた。(山内則史)
睡蓮の開く音のする満月の夜、2人の少年、蜜蜂とアリスが忘れ物を取りに学校に忍び込むことから始まるこの作品は1988年、文藝賞に輝いた。宮沢賢治を思わせる硬質で透明な幻想世界。「改造版」について「続編があってもいいという話から始まったのですが、その気持ちに全然なれなかった。テキストを解体して新しいものにすることに関心がいってしまった」と語る。
オリジナルとは何か、という考え方が、自身変化したことが大きかった。「ネットの出現で、テキストの置かれている状態が変わってしまった。そこでは同じ設定、同じ内容でも、一番面白く、一番新しい状態のものが読者に支持され、オリジナルとして残っていくのではないでしょうか」
あまり見かけない難しい漢字にルビを振る長野さん独特のスタイルが、改造版では影を潜めている。例えば〈凌霄花の蔓〉は〈ノウゼンカズラのつる〉に。視覚的な印象は、がらりと変わった。「表記も含めて、閉じられたアリスの世界を作るために盛り込んだいろいろなアイテムを取り払って書くのが、今回のテーマでした。それ以外の部分でちゃんと作り込んであるから、表記への執着はなくなりました」
学校の忘れ物は別物になり、それが作品世界に奥行きを生んだ。結末は、新しい始まりを予感させる終わりに改稿された。表記は柔らかくなっているが、作品の結晶度、純度はさらに高まっている。
デビューから10年ほどは、少年だけが登場する世界を繰り返し書いた。その世界を完結させるための「限定的な狭さ、ある種、閉じた感じにちょっと我慢できなくなって」世紀が変わるころから別の書き方を模索する。はっきり形になったのが2005年刊『箪笥のなか』(講談社)。「女性の一人称で書いてみたいという関心が出てきて、確信を持って書いたのがこの小説。最初のころは、女性を書くことすらしていません。自分でもまだ検証できていないのですが、年齢とも関係あるのでしょうか」
『アリス』の改造で「重たい荷物をおろした」と感じている。今後は、「より開かれた世界を書いていきたい。小説を書いているほかの人々からも、さらに離れていくと思います」。20年の気負いを感じさせないところが、この人らしい。(08年12月26日 読売新聞)
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