文芸同人誌「砂」第108号の作品を読んで(3)=中村治幸
【小説「角田家の兄弟」関根悠平】
長編を書こうとする意気込みがいい。それも関根さんの得意とする趣味などを、兄弟に割り振っており、いかにも楽しそうに書いているのが見られる。ただ女性を憧れだけで見ているようで、扱いかねているところがあり、それも関根さんらしいなとほほえましく読めた。泰一郎は母の実家で見合いをし、その女性から振られたため自転車で旅行にゆくが、しかし理由はむしろ放浪癖にあるのではないかと思えてしまう。それは勤務に出掛けて、ふと旅にゆきたくなり九州に飛んでしまうというところから、推察できる。だが、女性に捨てられて旅にゆくという泰一郎の繊細な神経も関根さんの描く人物らしくていいと思う。正二の恋愛そして泰一郎がこれからどういう生きかたをするのか、次回に興味が待たれる。冒頭のことばが意味深長だ。
【小説「遙かなる遠い道」行雲 流水】
輝子の入院生活で、夫の正三郎はもとより他家に嫁いだ娘の清子や加代子の献身的な看護が偉いと思う。それに清子が彦根市立病院の院長に頼んで、多発性骨髄腫の治療では第一人者といわれるM大学の第一内科教授に診てもらうようお願いし、病人をじかに診てもらうのはかなわなかったが、エックス線写真や処方箋でも診てもらったということに、愛情の深さを感じだ。
輝子の臨終にあたり家族がそろう。その場面の描写には胸の熱くなるのを感じた。輝子なきあとの正三郎の気持ちの流れがよく描かれていて納得できる。長男の隆が同居をすすめてくれるのはありがたいが、正三郎としては一人暮らしをしたいのだ。その心中がていねいに描かれていてよく分かる気がする。
そして晩秋の十一月半ばに春日先生に会いに行く。そこでの先生の話がいい。先生の話をききそしてわかれるときの「山の端に沈もうとしている夕日を背に受け、茜色に染まった夕もやの中で、山門で見送ってくれている春日先生の姿が影絵のように浮かび上がって見えた」という描写が美しく、締めくくりとして見事だ。
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