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2008年11月30日 (日)

山田洋次・富岡多恵子・坂上弘・飯島耕一・入沢康夫・佐々木幸綱さん、芸術院新会員に

 日本芸術院(三浦朱門院長)は28日、今年度の新会員として15人を発表した。
 来月15日付で文部科学相が発令する。新会員の名前と推薦理由は次の通り。(敬称略)
 ▼清水達三(72)(日本画)=透明感のある絵の具を巧みに使い、自然の奥深さと優しさを表現した。和歌山県生まれ。/▼藤森兼明(73)(洋画)=キリスト教美術と現代の女性を同じ画面に描き込んで、独特の精神世界を展開した。富山県生まれ。/▼市村緑郎(72)(彫塑)=生命感にあふれた女性の裸体像や一部をデフォルメするなど個性ある作品を創出。茨城県生まれ。/▼山本真輔(69)(彫塑)=女性特有の優美な表情やしぐさにこだわった秀作を数多く作り、後進の育成にも尽力。愛知県生まれ。/▼中井貞次(76)(工芸)=藍(あい)染めを基調に透明度の高い色彩を生み出し、染織工芸を発展させた。京都府生まれ。/▼日比野光鳳(こうほう)(80)(本名・日比野尚、書)=かな書道の大家だった父五鳳に学び、独創性豊かな書風を確立。京都府生まれ。/▼谷口吉生(71)(建築)=東京国立博物館法隆寺宝物館など、環境に配慮した心安らぐ設計を手がけた。東京都生まれ。/▼坂上弘(72)(小説)=市井の人々の家庭や会社での喜びや悲哀を味わい深い文章でつづった。東京都生まれ。/▼富岡多恵子(73)(本名・菅多恵子、小説)=家族、男女のきずなの強さや葛藤(かっとう)を追求した作品を数多く発表した。大阪府生まれ。/▼飯島耕一(78)(詩歌)=シュールレアリスムに共鳴し、新鮮な感受性で数多くの秀作を生み出した。岡山県生まれ。/▼入沢康夫(77)(本名・入澤康夫、詩歌)=前衛的な作風の一方、故郷の出雲に伝わる神話を織り込んだ作品も発表。島根県生まれ。/▼佐佐木幸綱(70)(本名・佐々木幸綱、短歌)=荒々しさの中にも優しさを秘めた作風で現代短歌をけんいん。東京都生まれ。/▼六代 山勢松韻(やませしょういん)(75)(本名・木原司都子、箏曲)=山田流箏曲家の第一人者として、海外も含め演奏活動を展開。東京都生まれ。/▼畑中良輔(86)(声楽)=新国立劇場の初代オペラ担当芸術監督として、歌劇の発展に貢献。福岡県生まれ。/▼山田洋次(77)(映画)=48作続いた「男はつらいよ」シリーズなど、人情あふれる作品で国民的な人気を博した。大阪府生まれ。(08年11月29日 読売新聞)

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文芸同人誌論に行き着くまでに(4)

菊池寛の文学論のなかには、小説には「芸術的価値」のあるものと「内容的価値」があるものがある、とする考えがあったらしい。
 この分類は、わかりやすいが、深みに欠けるので、文芸評論にはあまり用いられないようだが、自分のような粗雑な頭には簡単でわかりやすいので、しばらくこの論を当てはめて文学を考えてみようと思う。

菊池寛は、小説「恩讐の彼方に」を書いた動機として、大分県の断崖の交通の難所に、生涯をかけて、ある禅僧が青の洞門をくりぬいた史実を知ったからだと述べている。
「この実話は、話を聞いただけで、誰もが感動するものがあり、自分はそれを小説にしただけだ」と語っている。彼は、この事実を素材に、小説ではその僧を了海とし、悪事をなした罪滅ぼしに、トンネルを掘り始める話にした。一方で、彼の過去に殺害した男の息子があだ討ちに来るが、彼のトンネルを掘る情熱に心を打たれ、トンネルを掘り終えてから、仇を討とうと、トンネル掘りに協力する、という創作に変えた。
このようなエピソードのように、話を聞いただけで感動するような小説を「内容的価値」のある小説と考えていたのではないか。
ほかに、例を挙げると、西洋では、映画「タイタニック」にも用いられた逸話もある。
それは、氷に閉ざされた北欧の国の昔の実話である。ある婚約した仲の若い男女がいた。ところが、婚約者の男が山で道に迷い、行方不明になってしまう。どこかで遭難死したらしい。残された女性は、毎年雪解けの時期になると、婚約者を必死でさがした。何年も、何年も探すが見つからない。そして、ある年に、彼女は見事、婚約者の遺体を探し当てた。
婚約者は、昔のままの若々しい姿で眠るようにそこにいた。しかし、長年の苦労の末に婚約者を探し当て、感激に涙を流す女性の婚約者は、老いさらばえて、しわにまみれた老婆であったのだ。
 この実話は欧米では、相当有名らしく、換骨奪胎した現代小説が、翻訳されたなかに多くある。これも「内容的価値」によって、誰が書いても感動する要素がある話の例ではないだろうか。

その一方で、「芸術的価値」の小説とは、読んで、作者が芸術的な特殊な才能をもって作ったと思わせる作品である。これは人によって感じ方が異なる。
とにかく、作家になるには、「芸術的価値」か「内容的価値」のある作品を書いて世に出ればよい。当時にあって、まさに作家になることは出世なのである。菊池寛は「内容的価値」のある作品を書くには、必ずしも芸術的な才能が必要とは限らない。人生体験から生み出せば良い」と考えていたようだ。
作家志望者のつくる同人雑誌には「芸術的価値」か「内容的価値」を盛り込んだ作品が集められている筈だ。そこから優れた新人を発掘しよう。こういう前提で同人雑誌を読んできたのが、雑誌「文学界」の同人雑誌評であろう。優秀賞という優秀とは、この2つの要件を満たしているということだ。たしかに、同人誌の多くは、そういう作品の発表の場になっている。

しかし、最近は「芸術的価値」を狙ったものでもなければ「内容的価値」を狙ったものでもない作品が多くなった。自分が、読んできた中にも、なんのために書いたのか、わからない作品が多くなっている。
雑誌「文学界」12月号の同人雑誌評の担当の評論家各氏の座談で、「いつからか作品のレベルが落ちてきた」という話が出ている。
これは、2つの価値観から外れた思考法から書かれている作品が増えたということであって、単にレベルが低くなったという感覚で、終わるものではないであろう、と自分は思う。
 要するに、小説を書くことを、出世の手段とは考えていないで、書くために書いたらできちゃった、というような作品のことである。それが偶然に秀作であることがあるので、一概に軽視はできない。

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2008年11月29日 (土)

文芸時評(毎日新聞)11月25日=川村湊(文芸評論家)

タイトル「小説の中の小説家」「描かれる“存在”の軽さ」「言葉の復活、逆説的にもくろみ」
《対象作品》清水博子「台所組」(群像)/鹿島田真希「酔いどれ四季」(すばる)/宮崎誉子「青瓢箪」(新潮)/上村渉「射手座」(文学界)/松波太郎「廃車」(文学界)。

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2008年11月28日 (金)

谷崎記念館の管理者に読売大阪本社など

 兵庫県芦屋市は25日、市谷崎潤一郎記念館の2009年4月からの指定管理者に、読売新聞大阪本社、武庫川学院、中央公論新社、大阪よみうり文化センターの4者でつくる事業連合を選んだと発表した。12月2日開会の定例議会に提案、可決されれば来年4月から5年間、運営にあたる。 選考理由について市は「事業内容、総合的な施設管理計画が優れている」としている。

 記念館は1988年、同市伊勢町に開館。「細雪」「春琴抄」などの作品で知られる作家・谷崎潤一郎(1886~1965)の直筆原稿や遺品など約1万1600点を収蔵・展示している。谷崎の京都市の居宅にあった庭園を模した庭もある。

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「死の棘」島尾敏雄の日記・習作など4編発見

 「死の棘(とげ)」などで知られる作家、島尾敏雄(1917~86)の大学生時代の日記や習作の断片など4編が、昨年亡くなったミホ夫人の遺品の中から見つかった。いずれも全集未収録の原稿で、島尾文学の成り立ちを考える上で、貴重な資料だ。

 この中の1編「地行日記」は、その内容から、島尾が魚雷艇の特攻隊長になる4年前、九州帝大に入学した40年の執筆とみられる。〈何でも未完成。恋愛も完成したら退屈〉など、青春時代ならではの心境がつづられる一方、〈私には未だ死の讃美が出来ない〉と、開戦が近づく時代の空気を反映したような記述もある。この日記は原稿用紙に書かれており、鈴木直子・青山学院女子短大准教授は「自立した作品としてどこかに掲載する意図があった可能性が少なくない」と指摘。島尾は77年、日記形式の作品「日の移ろい」で谷崎賞を受賞しており、島尾文学の原型としても注目されそうだ。
 さらに「憂愁の街」「無題」の2編は、36年から3年間の長崎高商時代に、白系ロシア人と交流した体験が元になったとみられる。これら未発表原稿は、来月6日発売の「新潮」新年号に掲載される。(08年11月26日20時53分 読売新聞)

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コミック2誌が異例の重版! 講談社、一迅社で

マンガ雑誌の重版が続いている。講談社はこのほど、11月7日に発売した隔月刊マンガ誌「good!アフタヌーン」(定価680円、B5判)創刊号の重版を決めた。
一迅社も、11月8日に発売した月刊マンガ誌「ComicREX」12月号を増刷する。両誌とも好調な売行きで、主要書店では品薄状態となっている。
マンガ雑誌の重版は極めて異例だが、昨年11月に集英社が創刊した「ジャンプスクエア」が、創刊号と創刊2号を立て続けに重版したのも記憶に新しい。
10万部で創刊された「good!アフタヌーン」は、11月22日出来で8000部を増刷。講談社広報室は「本当はもっと多く刷りたいが、石川雅之氏の新連載『純潔のマリア』の海洋堂製フィギュアを付録に付けており、フィギュアの制作が間に合う最大値が8000部だった」としている。
一迅社の「ComicREX」12月号は発行部数と重版部数ともに非公表だが、ローカル局やケーブルテレビなど12局でアニメ放映が始まった、連載中の「かんなぎ」の好調が要因。重版は22日出来となる。

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2008年11月27日 (木)

中村弦さんに賞金500万円…日本ファンタジーノベル大賞授賞式

 日本ファンタジーノベル大賞(読売新聞東京本社、清水建設主催、新潮社後援)の授賞式が25日、東京都千代田区のクラブ関東で行われた。

 同賞は、未発表のファンタジー小説を表彰するもので、今年で20回目。「天使の歩廊 ある建築家をめぐる物語」で大賞に輝いた中村弦さんに表彰状と賞金500万円、「彼女の知らない彼女」で優秀賞の里見蘭さんにも表彰状と賞金100万円が贈呈された。受賞作は新潮社から刊行されている。

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文芸同人誌「砂」第108号の作品を読んで(2)=中村治幸

【エッセイ「ヴェネチア慕情」望月雅子】
 望月さんの母親が「ベニスの舟歌」という歌を口ずさんでいた。それを幼いころ聴いていて、物哀しいロマンチックな街を夢に描いていた。成人してベニスを舞台にした映画を見たり、知人の娘さんがベニスの青年と恋をし結婚して、その国に行ったという話を聴くと急に身近な国に感じた。こうして望月さんにとってベニスが憧れの土地になっていく。だが残念なのは病床にあってゆきたくても行けない場所であることだ。だが夢みているだけでなく、NHKのBSで放映されているのを、繰り返し目を凝らして視聴し、街のさまざまなようすを瞼に焼き付けているというのが凄い。それがため、この作品を読んでいると、あたかもヴェネチアを旅しているかのような、臨場感にひたることができる。望月さんの想像力の素晴らしいところだ。ベニスを舞台にした映画を見たくなった。
【紀行文その二「佐渡北端を行く」木下 隆】
 気にいった箇所はP45上段五行から十一行目の、「欲張って、本など、あまり必要でないものまで詰め込んでしまった私のナップザックは、歩くに連れてその加重を増し──身体の方は嘘をつかない。腰骨がひどくいたむ」という場面だ。こういう本好きな木下さんにして、かつ文章を書き込むことができるからこそ、このような作品ができるのである。魅力的な作品だ。遠回りの道が内容に緊張感を与え、面白味を加え、旅行にひときわの印象を残したのではなかろうか、民宿よしや、に着くまでの行程がミステリアスだ。
 さてようやく民宿に着くと、そこのおかみが木下さんの母親に似た感じだったり、環境省の「日本の海水浴場百選」に選定されていたり、さいの河原にゆく道中、といったところに行ってみたい気がそそられる。ましてや日本海に沈む真っ赤な夕日や、真夜中に目覚めて見た満天の星の様子はその極めつけであろう。(「砂」会報より)

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2008年11月26日 (水)

野間文芸新人賞・津村記久子さん「受賞詐欺」かと…

 受賞決定の一報を受けた時、「“受賞さしてあげる詐欺”みたいのかな、と思った」。第30回野間文芸新人賞に『ミュージック・ブレス・ユー!!』(角川書店)が決まった作家の津村記久子さん(30)が、記者会見で戸惑いを見せたのには訳がある。
 受賞作は、音楽が大好きな高3の女の子アザミの生活を丁寧に描く青春小説。だが、本人いわく「女の子がダラダラしているだけの話」とも言えるからだ。「本になるとも通用するとも思っていなかったので、今ここにいることがとても不思議です。アザミは何にも達成しないし、ロマンスもなければ妊娠もしない。でも私は、何もしない、何も持っていないことを肯定する小説が書きたかった」
 選考委員の松浦理英子さんは「単なる青春小説ではない。日常を、社会を、もっと大きな視点で描いている」と高く評価した。
 太宰治賞で3年前にデビュー。会社勤めの傍ら、働く女性の生活感に根ざした小説を書き、最近2回の芥川賞で連続して候補になっている。
 『宿屋めぐり』(講談社)で野間文芸賞に決まった町田康さん(46)と同じ、大阪・今宮高校の卒業。会見場で、同新人賞の選考委員でもある大先輩と対面し、感激の面もちだった。(08年11月25日 読売新聞)

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2008年11月25日 (火)

文芸同人誌論に行き着くまでに(3)

読売新聞の23日に、井上ひさしが菊池寛について「作家の生き方」という講演を青山学院で行ったという記事があった。
そこで、古典的な同人雑誌の同人の精神的な葛藤を描いた「無名作家の日記」のことが記されていた。なんでも最近は岩波文庫になったそうだから、読めるらしい。
この作品は、菊池寛や芥川龍之介、久米正雄たちが作っていた「新思潮」という同人雑誌時代のことがモデルになっている、といわれている。
 当時、菊池寛は在京の芥川や久米たちとちがって京都にいた。そうした事情は作品のなかの設定に似ている。
 まず、日記を書く「俺」は、自分が文学芸術の才能がないのに、やってきたのではないかと、内心悩んでいる。青年時代に文学を語り、文壇に野心を持っていた男が、何時がきても世に出ないというのは寂しい、と無名に終わることの懸念を語る。そして、俺は今日偶然、同じクラスの佐竹という男と話をした。「僕は、実は昨日150枚ばかりの短編を、書き上げたのだが、どうも満足がいかなくてね」とかを語る。さらに「600枚ばかりの長編と1500枚ばかりの長編を書きかけているのだ」ともいう。俺は、この男の話に仰天する。自分は70枚の戯曲を書くのがやっとだったからだ。
 そこで、どうやってその大作を、一流の雑誌に載せてもらえるのか、ときくと先輩作家のコネがあるからだという。その非現実的な話で、おれもばかばかしくなる。そのほか、自信満々で、大言壮語し、作品のレベルが低いと「おれ」の作品をけなす男。競争相手の同人誌が出来上がると、駄作しか書けていませんようにと祈る。俺は、わずか7枚の戯曲を、教授の関係している文学部の教授にびくびくしながら差し出す。雑誌に掲載してほしいのだ。だが、それが言い出せない。教授は受け取るが読みもせずに、世間話をする。
 ところが、その7枚が「群集」という雑誌に載った。それをみた大作しか書かないという佐竹は、目の色を変えてこういう。
「何だ!こんな短編か!」と彼は吐き出すように言った。「この雑誌は一体誰が経営しているのだ!一人として碌な奴が書いていないじゃないか!」と雑誌を罵倒する。
俺は、俺の僅か7枚の短編が、これほど佐竹を激昂させたことに驚いた。
 
 こうして、いろいろな同人誌仲間の言動をつぶさに見て、自分は才能不足と知り作家になることをあきらめる。
菊池寛の人間観察のすごいのは、ここに描かれた作家志望者の人間像は典型として現在でも存在するところであろう。こういう人いるいる、と思えるので、一読を薦めたい。
 また、「入れ札」という短編があって、これは国定忠治が代官に追われ、山に逃げるときに、だれが同行するかを、子分たち同士で投票して決める。そこに自分の名を書いてはいけない決まりだ。しかし、冴えない子分の男は、見栄で、自分で自分を推薦する札をいれてしまう話。これは、文学賞の対象作品の選考のときの心理をモデルにしているとされている。
たたし、菊池寛は作家になるには、特別な才能は必要ないと、主張している。それは芸術的でなくても、内容のある小説が書ければ作家になれるという考えからきている。小説作品の芸術価値と内容的価値のものがある、という考えをもっていたらしい。

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2008年11月24日 (月)

同人誌「文芸中部」第79号(愛知県)作品紹介

【「老春ミステリー」濱中嘉行】
鬼島という定年退職者の男の銀行の資産運営アドバイスの関する話である。金融機関の合併が相次いだ後に、複雑化した口座整理に男は、ある金融機関にやってくる。ところが、フィナンシャル・プランナーという肩書きをもつ女性が現れ、口座をなくすどころか、「そでは私が困ります」とかいう変な論理を主張する。老人心理をたくみに突いた熟女的な女性職員の応対で、口座をそのままにして帰ることになる。
 なかで、鬼島がどのような日本の金融事情で、貯蓄をしてきたか具体的に語られる。金融機関の統廃合によって、取扱支店がなくなったり、移転したりして、遠方にいかなければ用事が果たせなくなった事情がわかる。
 鬼島は、一度は不便な都心銀行の預金の移転を思いとどまったものの、やはり預金を移して使い慣れた銀行にまとめようと、またその銀行に行く。すると、例のFPの女性職員が、いままでの金融債を解約して、別の投資信託を奨める。
 擬似恋愛的な気配と投資のコンサルタントの役目を巧みに活用する珠代というFPに、心を惑わされた鬼島は、彼女の奨めに乗る。公社債投信やリートなど金融商品の奨め方や手順がよく実態に即している。経験があるか、もと銀行関係者だったのであろう。
 そして、米国の債権市場のサブプライムローンの直撃を受け「損する為に投資を乗り換えたようなものだ」ということになる。損をしている鬼島の後悔と、それと反対のどうでいいではないか、と居直る気持が描かれていて、読みどころを作っている。
 そうした中で、あるバスツアーに参加すると、そこに偶然に珠代が参加していた。ホテルの部屋で、鬼島は「あなたのために投資信託を買ったのだ」と彼女に迫る。この辺は、フィクション的要素が加わるが、面白い。そうした幻想か妄想の世界を味わった後に、珠代から結婚退職することになったと知らされ、引継ぎの別の女性職員を紹介されるところで終わる。
 小説の技術的な面では、ともかく時代の記録的な内容のある作品。小説としてさらに充実させるには、鬼島の高齢者の冷めた視線と、男として現実に異性の色香を求める心、損得勘定の表現に触れたところをもっと詳しく描いたらよいのではないかと思った。

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文芸同人誌「農民文学」№283・白秋号(群馬県)

【「土の舞(6回・最終回)」木村芳夫」
 農家の長男と長女が恋愛になったら、どうするのか? という、農家にかぎらず日本社会のあちこちに起きている現象をテーマに、この恋愛小説では、恋人たちが駆け落ちをするという選択をする。その後のさまざまな出来事で、日本農業の現実を描いてきたが、今回の最終回では物語のテーマが拡散し、そのまま物語を終わらすことを急いだ様子を感じる。再度、テーマ追求の整理が必要なのではないだろうか。

【随想「『北越雪譜』を読んで」農民文学会会長・木村芳夫】
 新潟県の越後の鈴木牧之の名作について、農業を行う筆者がその資料性の貴重さと、記録性の重要性について述べ、一読をすすめている。
 じつは自分も、同人雑誌を読むうちに、なぜ日本人は、ただ書き残すためにだけに、書くのか?という、疑問をもった。そのときに、この書を読んで、いまだに新潟の神社には、当時から奉納された何十万句という俳句が残っているのを知った。そこから、日本人が昔から何かを書くことによって、ある精神的な充足感と精神安定作用があることを知っていて、無意識のうちに精神修養の手段になっていたのではないか、と考えるヒントを得た。そこには、仏教思想における、自らの道は自らの心に聴け、という思想に合致したところがある。書いているうちに、自分がどういう境遇にあるかを悟るのである。当時の日本人の識字率は世界最高レベルで、その伝統がいまにも引継がれている。

【「OUR SWEET HOME AGANO 2004―POWER OF FAITH」五十嵐俊之】
 農村に住む人の生活者の視点で、その現状がユーモラスに、シビアに表現され、優れた生活レポートになっている。農民文学にふさわしいに読めた。

その他、飯塚静治「野良の昆虫記(二)」、詩作品では、大塚史朗「野を歩む」などが、田畑の土を払った手で、原稿用紙に向かう姿を感動的に髣髴とさせる。

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2008年11月23日 (日)

文芸同人誌「文芸同人・長崎の会」第3号(東京都)

あとがきによると、長崎の会は、第7回「文学フリマ」に申し込んだところ抽選で外れたそうである。ただ、来年5月の大田区産業プラザPIO(南蒲田)優先参加権を得ているという。

【「味蕾の行方」岸知宏】
ライトノベルの恋愛小説。読みやすくストーリーも自然で、ハッピーエンドへ運ぶ筆致も手馴れたもの。ライトノベルのその先に何があるかはよく知らないのだが、古典的な文芸との交差点にあることは確かなようだ。

秋田しんのすけ個人誌「SigloXX,numero3/小説・龍屋の鍋」
 「龍屋」というフードチェーン店で働く「俺」は新卒入社の正社員であるが、労働条件は、店長の横暴さによって悪化する傾向にある。それが、ひとつの社会人となったカルチャーショックとしてよく表現されている。恋人の由衣の比較的に恵まれた職場の様子との比較もあり、そうなのかと納得させられる。職場を描くことで、時代の表現としての成果が出ている。これらライトノベル系は読みやすさや物語性では、古典的文芸同人誌のレベルをはるかに超えている。この作品は内容の充実性もある。

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文芸同人誌「創」第3号(名古屋市)作品紹介

【「タイムリミット」丹羽京子】
 ビジネスに情熱を注いで、45歳になり未婚の不動産会社の支店長である「たまき」は、仕事が出来るのは当たり前、さらに人間として女として輝きたいと思っている。長年つきあっている長野という愛人がいるが、双方ともマンネリ、惰性的な関係に堕ちて進展がない。その女支店長が、23歳の新入社員と結婚するまでの、結果的にハッピーエンドな話。不動業ビジネスで働く社員の様子をいきいきと、非文学的なビジネスライクな筆致で描く。その勢いの良さで読ませる。文学らしさを追わず、物語を進める筆力に発展性のある個性を感じた。

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三国志 新刊や新装刊行相次ぐ

 三国志最大の山場・赤壁の戦い(208年)から今年で1800年――。その世界を描く映画「レッドクリフPart1」が公開されたのを機に、新刊本、新装本の刊行が相次いでいる。ストーリーさながらに、本の世界も群雄割拠の様相を呈し始めている。(鷲見一郎)
 まず筆頭にあがるのは、日本人の三国志観の基になり、ほかの作家にも大きな影響を与えている吉川英治『三国志』(講談社文庫)だ。全集の吉川英治歴史時代文庫(『三国志』は全8冊)とは別に、先月、新装本計5冊を刊行した。
 吉川文庫が1冊ずつ本の厚さをそろえるため、一定のところで区切っていたのに対し、新装本では、吉川英治自身の巻分けに従い、10巻の構成を2巻ずつまとめた。波乱に巻き込まれる劉備(りゅうび)の姿などを生き生きと描いているのが魅力だ。
 また、現在連載中の宮城谷昌光『三国志』(文芸春秋)も単行本に続き、10月から文庫化され始めた。宮城谷本では、動乱のきっかけとなった後漢末の黄巾(こうきん)の乱からでなく、後漢朝の乱れの原因となった宦官(かんがん)が重用される経緯から書き起こす。後漢書、資治通鑑(しじつがん)などの史書に基づきながら、宮城谷ワールドを築いている。
 一方、剣豪小説の名手・柴田錬三郎の『三国志 英雄ここにあり』(ランダムハウス講談社)も9月に新装刊行された。あまたの豪傑たちが縦横無尽に活躍する。ほかにも、陳舜臣、北方謙三、安能務(あのうつとむ)ら、多種多様な三国志がある。
 日本における三国志の特徴は、前半が曹操(そうそう)、後半が諸葛亮(しょかつりょう)の活躍を軸に描かれている点。曹操を悪役(ヒール)とし、劉備を中心とする中国とは一線を画している。明代の羅貫中(らかんちゅう)の書いた三国志演義を、江戸時代に日本語訳した湖南文山(2人によるペンネーム)の『通俗三国志』が大きく影響を与えており、吉川本もこの『通俗三国志』をベースにしているという。
 もともと三国志には、陳寿の書いた、正史としての三国志と、講談調の三国志演義とがある。一般に三国志という場合、だいたい演義のことを指している。
 80年代にNHKで人形劇が放映され、その後、ゲームやマンガでも扱われる。それらの効果で大人の読み物だった三国志の読者年齢層が下がり、小中学生にも幅広く親しまれるようになった。さらに今年は、4択で知識を問う三国志検定も行われる。
 内容をほとんど変えていない新装本でも、これだけ愛される三国志の秘密はどこにあるのだろうか。三国志を専門とする渡辺義浩・大東文化大教授は「判官びいきの日本では、結局、蜀が勝たないという滅びの美学がうけている。話の基本形がしっかりしているから、多メディアで応用が利く」と分析している。
 検定の申し込みは24日まで (ホームページhttp://www.3594kentei.com/)。(08年11月19日 読売新聞)

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2008年11月22日 (土)

文芸同人誌「砂」第108号の作品を読んで(1)=中村治幸

【エッセイ「成人男子のための〔赤毛のアン〕」山川浩介】
 テレビで子ども向けに放映されていたとは知らなかったので、女性のための、物語としか思わず、そのためいままで読まなかったのだが、このエッセイに説得され、いつかは読んでみたくなった。
 山川さんの語り口の誠実さと懸命さにひきこまれた。それはこの物語を実によく読み込んでいる熱心さによるものだろう。
 物語はたんにアンのビルドウングス・ロマンであるばかりでなく、少女を育てた老兄弟のマシュウとマリラのビルドウングス・ロマンでもあると山川さんは語り、だからこそ成人男子にも読める物語になっており、百年ものあいだ読み継がれてきたゆえんがそこにあると語る。
 そうしてマシュウとマリラがアンにかかわることでいかに人間的成長を遂げてゆくかを具体的に書き込んでゆくのを読むと、わたしは心の高まりを覚えずにいられなかった。

【小説「花冷えの日に」矢野俊彦】
 主人公の時彦と娘のあずさとの父子のあいだ、そして時彦とあずさの夫である丸川との関わり、さらに娘あずさと夫の丸川との夫婦間の、といった人間関係のあたたかな心の交流が、読者に快い読後の余韻を与えてくれるのが、殺伐とした出来事の多い世の中にあって、なんともよい好短編になっている。
 風景描写が巧みで、情景が目前に浮かんでくる。表現が的確にして深みがある。
 葡萄棚の畑、野菜畑「ジブリの森」さらに青森ヒバで建てられた木の香の強く匂う住宅と、道具が揃っている。こういう家、まさに贅沢というものだ。またそれを感性豊かに描写してゆくので、よけいに惹かれる。
 ただP19下段一、二行の「三歳の時に母親を病気で亡くし、祖父母の家に預けたままの娘」とあるが、それで時彦はどのように娘と関わり、そして時彦はいかに生きて来、小説の時点で時彦はいかに生きているのか、さらに時彦と娘とのあいだの歳月に、時彦はいかなる感慨をもっているのか、を描いてもらえられたら、作品に深みが増すとおもうのだが。映画の感想を時彦と丸川が話し合い、時彦が若さを感じる場面が生き生きと描かれている。P21の下段一行から十行がいい。
 そうして結末の〔見送りに出たあずさに、「冷えるぞ」と丸川が、さり気なく、カーデガンを着せ掛ける〕というところが、心憎い。目頭が熱くなってしまった。(「砂」会報より)

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2008年11月21日 (金)

中小企業庁「緊急保証制度」、出版業 指定外れで書協が経済産業省と話合い

  中小企業庁が10月31日から開始した「原材料価格高騰対応等緊急保証」(以下、「緊急保証制度」)の対象指定545業種(その後、追加があり618業種)に出版業が入っていなかったことから、書協が急きょ、経済産業省と話合いを始めている。「緊急保証制度」は、原材料の仕入れ価格の高騰などから経営を圧迫されている中小企業の支援策として打ち出されたもので、一定の条件を満たす中小企業であれば、国の中小企業支援策に基づいて運営される信用保証協会の保証のもと、銀行から無担保保証で8000万円、普通保証で2億円までを借りられるというもの。出版業が各行政機関のいずれの所管でもなかったことが、指定にもれた要因とされる。




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2008年11月20日 (木)

文芸同人誌論に行き着くまでに(2)

 文芸情報のうち、ベストセラーなどプロの作品は新聞・TVで話題になるので、そこからセレクションすればいいが、一般民衆に浸透している文芸同人誌の動向を、記録しなければ日本全体の文芸文化の現状分析に資料不足となる。
 そこで、雑誌「季刊文科」に広告を掲載している同人誌から、手がかりを得て、読んでみたいから、送って欲しいという手紙を出した。それが「季刊遠近」や「全作家協会」などを知るきっかけであった。
 ほかにも、全国の幾つかの同人雑誌に同様の手紙を送り、会員にならないかと勧誘したが、郵便代がかかるわりには効果がなかった。なかには、どこの馬の骨ともわからぬ者に読んでもらっても仕方がない、という正直な返事もあった。もっともな話である。現在も文芸同人誌を紹介しているが、同人誌に関する分析は済んでおり、すでにそれらを読む必要性は感じていない。しかし、折角、郵送費をかけて送ってくれているのに、無視するのは申し訳ないという気持から継続している。また、毎年それなりに時代との関係を反映した作品も多く見受けられるので、意義はあると感じることが多い。ただ、悩みは読んでから、それを紹介文にするには時間がかかるので、遅々として進まないことである。また、「寸編小説」のジャンルを書き進める必要があり、多くの時間がとれないのが現状である。
 これから、紹介予定で積んである同人誌の名を挙げると「文芸同人・長崎の会」第3号(岸知宏「味蕾の行方」)、単行本・秋田しんのすけ「龍屋の鍋」、「文芸中部」79号(濱中嘉行「老春ミステリー」)、「農民文学」(木村芳夫「土の舞」)、「創」3号(丹羽京子「タイムリミット」)などで、作品名のあるのは、読了済の分である。単行本・有森信二氏の2作も読んでいるが、作風ができあがっていて、いまさらなにか言うことがあるのだろうか、という感じである。

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2008年11月17日 (月)

指定した本の「書評コンテスト」

「ロング&ベストセラー」の書評コンテスト

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文芸同人誌論に行き着くまでに(1)

文芸同志会は、「書く人のための文芸情報交流会」という主旨で、当初は月400円の会員で、「文芸研究月報」の会報を発行していた。とくに同人雑誌のために発行されたものでなく、晩年を迎えた主宰者が、社会と文芸というテーマで、論文でも書いて見ようか?という気持からそのデータを集めることが、目的であった。その担当者として鶴樹という筆名を使っている。
だから、同人誌に関してどこまで、書き進められるかわからないので、こんなタイトルにした。
 現在でも、このブログに集めたデータでもって、「日本社会と文芸文化の動向」というタイトルで大学生が卒論を書けるははず、と思っている。
 その主旨からして、同人雑誌というのは、日本の文芸文化のひとつの分野としてしか扱っていない。ではあるが、今年の雑誌「文学界」の12月号に同人雑誌の名簿リストが掲載されている。が、そのタイトルが、「書きたい人のための同人雑誌名簿」とかなんとかなっているのには苦笑した。結構、これを、読んでいるんでないの? と思わせるところがある。
文芸同志会の設立は2000年11月3日、文化の日である。今年で設立9年目になるということだろうか。
当初は、日本の文芸界の現状をよく知らないことから、出来るだけその文化的活動の資料を作成することであった。それには、まずジャーナリズム情報を収集し、現状を把握することである。文芸情報の収集のため、新聞や雑誌、TV番組の文芸情報をワープロに書き留めていた。
 その年の同人誌「砂」の12月発行号に「文芸時事月報」として、掲載した。大学専攻がマルクス経済学であるから、それが自分なりの社会観察のフィールドノートになっているのではないか、と思ったのである。三年間ほど、継続して手作りの情報をつくり、それを根拠に社会現象の研究分析論が書けるかも知れない、と感じていた。

 ちなみにこの「砂」に、同時掲載で、伊藤鶴樹「電話は夜明けに二度鳴る」という短編を発表していた。これは「砂」同人のために実作研究の材料として書いたものであった。
 すると文学界の「同人雑誌評」で、松本徹氏がそのあらすじを紹介して取り上げていた。それはいいのだが、鶴樹の作品の出来そのものより、論者の松本氏の紹介する粗筋のほうが優れていたのであった。そのため、その評を読んだ同志会員から、作品を読みたいという申し入れがかなりあった。郵送料がかかって仕方がない。「作品より粗筋の紹介のほうが優れているから、読んでも仕方がないよ」と断るのに苦労したものだ。

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2008年11月16日 (日)

同人誌「グループ桂」(小山市)」59号に関するエピソード(6)

だらだらとしたコーナーになってしまったが、「寸編小説」の話はここでひとまず終わりにしよう。結論的にいうと、「グループ桂」の教師の伊藤桂一先生は、北一郎の独断的な「寸編小説」を吟味した結果、「(小説がどうかの判別は、別にして)なかなか面白い試みだな。もう少し続けてみたらどうなの?」と、今後もこの形式で掲載することを認めてくれたのである。小説かどうかは、態度不明にされたことが大きい。なにか、結論がでるようなものだったら、自分もやらないだろうから。掲載作品は、まだあるのだが、次の作品には、評価に象徴的なものあったので、これを最後にしよう。
作品は本来、縦書きである。
「寸編(すんぺん)小説から」
「夜の潮」
 ビールでも飲もうと思った。蒲田の駅ビルのレストランだった。久し振りの家族そろっての外食だった。私の眼には、妻と二人の娘たちの瞳が満足げに輝いているのが、映っていた。私は小さな世界を支配する父親だった。それなりに微かな仕合わせを演出できたらしい。その時、ゴオーッという低い音が響いた。何かしら? 妻が呟いた。娘たちの眸も私に向かって揺れた。何でもない、一時止まっていた空調機が動き出したのさ。私の言葉で娘たちは再び静かに食事をはじめた。私はゆっくりとビールを飲んだ。窓から外をみると、何時の間にか雨が滝のように降っていた。街のネオンが雨滴に流れてかすんで見えた。私達は海底に棲む深海魚のようにそこにいた。


伊藤桂一師の論評
「ま、幼稚な作品だね」。
それ以外の論評なし。

北一郎の反省=この作品は、会員に一番評判がよく、自分も書きたいと思う、という意見が多く出たし、実際にスタイルを追随して、発表している人もいる。それが時代というものではないのだろうか。じつは、これまで事例に挙げてきた「寸編小説」は、すべて作者が30歳になる前に創作したものである。新聞の印刷所の校正室で、ゲラがであがるのを待っている時間を利用して、書いておいたもの。そのときから、今はこれが理解されることはない、としまっておいたものだ。その印刷所では、田中角栄の後援会の発行する越山会の会報も印刷していた。そこには、大手新聞社の記者がやってきていて、その会報のゲラを読んで本社に記事を送っていたものだった。そのとき、自分は、「ゲラは最終校了でないかぎり、情報源として確定していないのではないか」と、疑問に思ったことを記憶している。

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2008年11月15日 (土)

「good!アフタヌーン」(講談社)創刊号が重版

  「good!アフタヌーン」は、11月7日に10万部で創刊し、その後の売行きも好調でマンガ雑誌としては異例の重版を決定。21日出来で8000部を増刷する。同社広報室は「本来はもっと重版をかけるところだが、新連載『純潔のマリア』(石川雅之氏)のフィギュアを付録につけているため、フィギュアの制作が間に合う最大値が8000部だった」と説明している。同誌は、「アフタヌーン」「イブニング」「モーニング」の3誌の編集部が手がける隔月刊のマンガ誌。青年誌、少年誌、少女マンガなど、これまでのマンガ誌の枠組みを超え、「面白ければなんだったよくないですか?」という発想で誌面構成。「もやしもん」の石川氏の新連載のほか、「スカイハイ」の高橋ツトム氏の「地雷震 diablo」、「ああっ女神さまっ」の藤島康介氏の「パラダイスレジデンス」など各誌のエース級から新鋭作家など多様で重厚なラインアップを取り揃えている。

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同人誌「グループ桂」(小山市)」59号に関するエピソード(5)

ちょっと、時間が空いてしまって、師の論評の記憶が定かでなくないっているが、骨子だけでも記録しておこうと思う。「寸編小説」という名称が当会から発祥したものであることの記しにもなるし。
作品は本来、縦書きである。
「寸編(すんぺん)小説から」

「棘と犬」
 家に戻ってから、薬指の外側が痛むのに気がついた。見ると棘である。蒸し暑い宵に、散歩というより、路地をさまよい歩いてきた。私は畳に胡坐を組み、歯で棘を抜こうとする。普段は女々しい細い指だと思っていたが、歯をあててみると、それでもなかなか骨張っている。ふと、もっと優しくて細い女の指の棘を抜いたことがあったのを思い出した。あれは二十代の前半の頃だ。ある女性と交際していた。恋愛だったのだろうか。いや、人は欲望が先で、それを蔽うためのもっともらしい理屈をつける存在だ。彼女はそれを知っていた。知らないでも感じていたろう。私が強引にホテルに誘ったとき、彼女は抵抗し、路地の生け垣にしがみついてしまった。声をあげずに顔だけが泣いていた。私はあきらめて、謝らなければならなかった。仲直りをしたが、その時彼女の指に棘が入ったのである。私たちは帰りの駅まできて、ホームのベンチに座った。彼女の指を吸い、時間をかけて棘を抜いてやった。ところが、それからすぐに彼女が、さっきのホテルに行ってもいいわ、と言いだしたのである。私は不可解に思って、それを受けつけなかった。ずっと後になって私は彼女に、あれはどうしたっていうの? ときいた。だってあの時、私たちの前を背中の丸まった老婆が、ゆっくりと歩いていったの。目が宙を見つめていた。地上を歩いているようではなかった。通ってきた時間の道を見つめていたわ。それに気がついたら、急に怖くなって、もうどうなってもいいと思ったの。そんな彼女は、間もなく私から去って行った。彼女はぴんと張った弦のように生きていた。しかし、私は飼い犬のように愚鈍であった。そんなことを思い出しながら今、独りで指の棘を抜こうとしている。


伊藤桂一師の論評
「恋愛と欲望にからめて、読ませるところがある。声を出さずに顔だけ泣いているところは、効いているよ。ただ、女性は気が変わった理由のところ以下は、むだではないかね。要らない気がするなあ。いらないよ」

 北一郎の反省=伊藤先生の含蓄と明晰さを求める感覚からすると、たしかに、女性の気が変わった理由以降は、書いていても俗に流れていると感じるのであろう。含蓄を消し、雑物がはいる。工夫がないというか、だれている。それも仕方がないと俗的な要素を確信的にいれた。自分の自然な発露はこの程度のものという居直りがある。同時に「寸編小説」は詩そのものでないので、もっと気楽に書くことを楽しむ遊びと甘さがあっても良いと考えている結果でもある。
 また、犬に関しては、自分は若い頃、性格的な問題や家庭の事情、自律神経失調症という当時はハイカラな持病などにより、会社を首になったり業界追放など「バガボンド」的に10種以上の職を転々とした。その失業中の自分を「野良犬」という自意識で自由な部分を楽しんだ。そうしたことから、首輪のついた犬をみると、どんなに着飾っていても、可哀想で惨めに見えて仕方がない。また、行きたくない面接に行って、えばった人事担当者をみると、そのネクタイが太い首輪に見え、吼えているように、リアルな妄想にとらわれて仕方がなかった。笑いそうになるのを必死でこらえた経験からきている。すると、面接官はそれがなんとなく、わかるらしく、不採用をほのめかすのである。それじゃまずいのに、面接を終えて、まだしばらく野良犬だなあ、と内心で喜んでしまうことの繰り返しであった。いまでも、首輪のついた犬を見ると、気の毒に思う。

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2008年11月14日 (金)

文芸時評(讀賣新聞・西日本地域版11月7日夕刊)松本常彦氏

《対象作品》渡邉弘子「漬物石」(「南風」24号)・野見山潔子「ここにおる。」(「季刊午前」39号)。由比和子の歴史小説集『月兎慕情』(花書院)。今村元市『北九州文芸あれこれ』(せいうん)について、北九州の文芸を知るには不可欠必備の一書。(「文芸同人誌案内」掲示板・日和貴さんまとめ)。

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2008年11月12日 (水)

季刊「三田文学」が「文学界」から引き継ぎ「同人雑誌評」を来年から掲載。

 文芸同人誌の存在としては、下記のような情勢の傾向を示す見解がメディアに多い。そのなかで、事実関係から見ると、文芸同人誌の数がが減っているというニュアンスはあっていない。ただ雑誌「文学界」に同人誌を送ることを知らない人や、送り忘れしまうことが多くなったためと思われる。現実には、同人誌専門印刷産業といえるほどの分野ができつつあるのである。
 同人誌から文学賞受賞作がでていない、というのは同人誌発表済み作品を対象としない企画が多いからである。下記の記事では傾向を書いているだけなので、おおむねでかまわないが、文芸同志会としては、現状分析と傾向と対策を、近いうちに発表してみたい。
(08年11月11日、朝日新聞・小山内伸記者)
「岐路に立つ「同人誌」 「文学界」で「評」打ち切りに」
 半世紀以上にわたり、全国の同人誌に掲載された小説を取り上げてきた「文学界」(文芸春秋)の名物欄「同人雑誌評」が、7日発売の12月号で打ち切りとなった。同人の高齢化が進み、寄せられる同人誌が激減したためという。文芸誌の中で同人誌を定期的に紹介していたのは「文学界」が唯一で、かつては多くの作家が輩出した同人誌の役割が岐路に立たされている。
 「文学界」の「同人雑誌評」は1951年に始まり、無名の新人や地方の作家の作品を紹介してきた。55年には「太陽の季節」に先駆けて石原慎太郎氏が「一橋文芸」に発表した「灰色の教室」を〈今月第一の力作〉と激賞。60年には柴田翔氏が同人誌「象」に発表した「ロクタル管の話」を高く評価するなど新進作家を発掘してきた。
 執筆は4人の評論家が交代でつとめ、年2回、同人雑誌優秀作を選んで「文学界」に転載した。近年では98年に玄月氏が「舞台役者の孤独」で優秀作に選ばれて注目され、2000年に「蔭(かげ)の棲(す)みか」で芥川賞を受賞している。
 かつては、作家志望者は同人誌で修練するのが本道とされた。丹羽文雄が主宰した同人誌「文学者」からは河野多恵子、瀬戸内寂聴、吉村昭の各氏らが輩出。保高徳蔵主宰の「文芸首都」からは北杜夫、佐藤愛子、なだいなだ、田辺聖子、中上健次、津島佑子の各氏らが巣立った。
 60年代には、同人誌から芥川賞が相次ぎ生まれた。63年度の後藤紀一氏「少年の橋」は「山形文学」、田辺聖子氏「感傷旅行(センチメンタル・ジャーニイ)」は「航路」、64年度の柴田翔氏「されど、われらが日々」は「象」、65年度の高井有一氏「北の河」は「犀」が初出だ。だが、67年に大城立裕氏が「新沖縄文学」に発表した「カクテル・パーティー」を最後に、同人誌から芥川賞は出ていない。
 一方、76年に村上龍氏が「限りなく透明に近いブルー」で、79年に村上春樹氏が「風の歌を聴け」で群像新人文学賞を受けて人気作家となり、作家志望者の多くは文芸誌の新人賞に応募するようになった。
 現在、「文学界」のリストにある同人誌の数は320。最盛期には月に200誌以上が寄せられていたが、現在は50誌ほどに減っていた。同人の高齢化も進み、亡くなった同人への追悼文が巻頭に置かれるものも少なくないという。
 「文学界」の船山幹雄編集長は「同人誌の作風が固定化し、新人賞応募作と比べて活気が薄い。『同人雑誌評』は歴史的役割を終えた」と苦渋の決断を語る。
 評者を28年間つとめた文芸評論家・大河内昭爾氏は「同人の方からは、『文学界』で取り上げられるのが張り合いだったので終了は残念、という手紙をもらった。かつての同人には身銭を切ってでもやる熱意があったが、若い世代にはその心意気が継承されておらず、さびしいが仕方ない」と話す。
 一方で、季刊「三田文学」(発売元・慶応義塾大学出版会)が「文学界」から引き継ぐかたちで「同人雑誌評」を来年から掲載するという。月刊の商業文芸誌から季刊の大学刊行文芸誌へと舞台が移るが、「同人雑誌評」はかろうじて継続されることになった。
 「三田文学」の加藤宗哉編集長は「同人誌の文化を大切にしたい。かつては鍛錬の場として実力ある作家を育てたし、昔ほどではないにせよ今も地方に良質の作品が残っていると思う」と語る。今後は、両編集部の合意により、「三田文学」が優秀作を選び、それを「文学界」が掲載することになる。(小山内伸)

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2008年11月11日 (火)

<仏ゴンクール賞>アティク・ライミ氏の「忍耐の石」

(08年11月11日:毎日新聞)
 フランスで最高の文学賞とされるゴンクール賞の選考委員会は10日、今年の受賞作をアティク・ライミ氏(46)の「忍耐の石」に決めたと発表した。ライミ氏はアフガニスタンのカブール生まれで、80年代に戦火の続くアフガンを逃れフランスに亡命した移民。受賞作は仏語で書いた最初の小説だという。

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2008年11月10日 (月)

第7回文学フリマの盛況ぶりに驚く!

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雨模様の空ではあるが、共同開催の企画「東浩紀のゼロアカ道場×文学フリマ」ということで、少しは賑わっているかなという感じで、午後早くに会場にいってみた。
 すると、なんとカタログがもう品切れという張り紙。「えっ」と驚いた。望月代表は「例年より多く用意したのに、もうないんですよ」というし、2階に上がったら道場主の東浩紀氏がいらした。向こうはこっちを知らないであろうが、こちらは知ってる。「すごいですね」と挨拶をし名刺を渡したら、「いや、私もびっくりです」という話。ついでに「”キャラクターズ”の舞台の場所はじつは私は土地勘があって、すべてスチール写真でストーリが追えるので、追跡版を考えています」と、伝える。すると「いいですね。やってください」ということなので、次回のフリマの出店企画の入れておこう。”キャラクターズ”は、いわゆる擬似私小説というか、パロディなので、読者のパロディということで、ちょっと面白い気がする。
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 会場は、大混雑ではあるが運営スタッフが手際よく、流れをスムーズにしていて混乱がなかった。おそらく過去最大の盛り上がりだろうと感じられた。
 2階で開催のゼロアカ道場の経過は、それぞれのブログなどで、発表されるであろうが、未確認情報によると、500部完売組がでたとかで、3500部は出たのでないかと推測が出ていた。
 ただ、同じ会で出店した一般同人誌組は、本の実売では、その影響をうけてしまったところが多かったろうと推測する。
 鶴樹は、同人誌情報でお世話になっている「文芸同人誌案内」の日和貴さんの「九州隊(タイ)」と、フリマ参加仲間であった「零文学」の那住史郎さんのブースには寄れた。

こういう現場に立ち会えたというのも、活動の歴史なので、お疲れ様というしかない部分はある。文芸同志会も第一回のときに、今回の企画の講談社の太田編集長の佐藤友哉、西尾維新、舞城王太郎のグループ「タンデムロータの方法論」のブースと同じフロアだったために、ブースの前に行列ができて、人の壁。「なんだいこの行列は? ちょっと誰か並んで買ってみてくれ」とか、いって会員に頼んだ記憶がある。
あとで、「じつは、あの伝説のグループと同じフロアでね。どうにもならなかったのさ」。と、自慢にならないのに、話ネタにするしかなかった。それにしても、部外者ながら太田編集長のセンス勘にはまたも驚かされた。
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2008年11月 9日 (日)

「同人雑誌評」「文學界」2008年12月号、担当・松本道介氏

《対象作品》「うさぎ」井藤藍(「法螺」59号/交野市)、清水信(「火涼」59号/鈴鹿市)、「JUST」ひわきゆりこ(「胡壷」7号/福岡市)、「暗い部屋にたどり着くまで」須崎隆志(「札幌文学」72号/札幌市)、「たまゆれ」青木創(「蠍」48号/諏訪市)、「幻の鳥」中津川良一(「ん」第10集/広島市)、「風景―山の家―」山口馨(「渤海」56号/富山市)、「坂の町の家族」難波田節子(「遠近」35号/東京都)、「存在価値」フランクリン水脈子(「北門文学」10号、秋田市)、「会津の女(後編)」宮原敏博、「川の匂い」河合愀三(以上「龍舌蘭」174号/宮崎市)、「ママの細道」鷹宮さより(「りりっく」18号/川口市)、「恋ひめやも」山名恒子、「戦時の作品を顧みるということ」石垣貴千代(以上「游」19号/東京都)、「ベルタ・フォン・サイコンハイム」岩崎芳秋(「文芸事始」26号/所沢市)、「猫の耳」藍崎道子(「こみゅにてぃ」79号/和光市)、「明日もまた」葉山弥世、「『放浪記』を創る 放浪の女(ひと) 林芙美子」、「戯曲 軍縮の人」天瀬裕康(以上「広島文藝派」23号/廿日市市)、「夏の修羅」服部進(「北狄」344号/青森市)
ベスト5=「うさぎ」井藤藍、「坂の町の家族」難波田節子、「暗い部屋にたどり着くまで」須崎隆志、「川の匂い」河合愀三、「存在価値」フランクリン水脈子。
2008年下半期同人雑誌優秀作
「イエスよ涙をぬぐいたまえ」江口宣(「九州文学」)
奨励作
「香花」米沢朝子(「高知文学」)、「教室はやり唄」亜木康子(「湧水」)
他候補作
「ミゼット」吉田典子(「サボテン通り」)、「JUST」ひわきゆりこ(「胡壷」)、「うさぎ」井藤藍(「法螺」)

ひわきさん作品は、またしても、快挙ですね。ベスト5に入らずに、優秀作候補に入っています。
なお、みなさんご承知のとおり、今号をもって、「文學界」での「同人雑誌評」は最終回だったので、評者4名による座談会「同人雑誌よ永遠に」が組まれ、「書きたい人のための全国同人雑誌リスト320」が掲載されています。320誌とは、意外に少ない気がしますね。「文芸同人誌案内」掲示板・よこいさんまとめ)。

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「文芸同人誌評」「週刊 読書人」08年11月14日、白川正芳氏

《対象作品》「ありがとう、ランディ」中山和江(「コスモス文学」354号)、「家」水島弥生(「翻」4号)、「俳句はパスポート」山本悦夫(「四人」82号)、「ことの尽くる限もなく」加地慶子(「まくた」261号)、「ホセイン」村瀬巷宇(「朝」26号)、「グランマにあらず」斉木ユカル(「R&W」5号)、「江差で」安永稔和(「ぱさーじゅ」20号)、「これからの文学」山中光一(「青稲」81号)。「文芸同人誌案内」掲示板・よこいさんまとめ)。

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2008年11月 8日 (土)

詩の紹介   「わが思うがままに」江 素瑛

(紹介者 北一郎)
 台湾系日本人の作品である。母親は台湾人時代から日本の短歌、和歌を愛読し、訓話や断片を書き残しているそうだ。江氏も、近年は日本語で詩文を書き始めた。
 昭和時代、台湾人でありながら日本人を強制され、日本語で詩を書き、詩集も出している詩人・陳千武氏とも交流がある。台湾には先住民がいる。陳氏は、先祖が中国大陸からの渡来人でありながら、日本人にされ、戦後は台湾で詩人活動をしている。
 青春時代に、日本人となった時に、西欧中心の文化・思想から解放し、大東亜文化圏をつくるのだというビジョンに感激し、戦友と共に理想に燃えた日本人精神時代があった。だが、その日本には、裏切られた。中国大陸文化に理屈を超えた郷愁を抱きながら、現在の中国を批判し、かつての日本人時代にビジョンをもつことの意義と、その言葉の優麗さに心酔し、落ちた偶像となってしまった日本を複雑な思いでながめているようだ。そして、それが現在の台湾人精神となって形にあらわれようとしている。
 江 素瑛氏の作品には、台湾人系日本人としての自己存在の意識が反映されている。
             ☆
「わが思うがままに」           江 素瑛

昔ながら中国では、朝顔のことを「牛飼いの花」という。
「牽牛花」と称し、田や山の雑草であった。歴史の変遷とともに、遣唐使が日本に持ってきた薬用の朝顔が観賞用になった。いまは日本の風物にはか欠かせない。品種も多い。元祖の朝顔を日本で育ててみた。一年目に咲いた花は中国朝顔と同じであった。その種を播いたら、風土のちがいだろうか、やや小ぶりになり、容姿に違いが出てきた。二年目は、風情が日本の朝顔になってきた。純粋種の花の栽培は思うようにならならい。きっと生まれた里の顔に戻ることはないのだろう。

思うおするようにならないこの世
台湾人がねがうように
「萬事如意」を願うこころ
我が思うがごとくに

思うようにならないと思いながら
今年こそうまく行くように
「萬事如意」を願うこころ
台湾人の年賀状の常套語
「萬事如意」には
悲しみがにじむ
                   「詩と思想・詩人集2008」(土曜美術社出版販売)より。
               ☆

 台湾の現在は、中国との一体化の流れがある。しかし、台湾人としての文化と自覚をもってしまった民衆は、「いつでも何があっても中国共産党は常に正しい」と反省することを知らない中国政府との同化に反発している。

 ちなみに朝鮮半島人も反省をしない。都合が悪くなった時に、いつも悪いのは他国である。それは中国と朝鮮半島に精神の同化があること示しているのだが、気がつく人は少ないようだ。国際的な思想の流れが、いつもそれを認めていくとは限らない。どの国も、その国際的な意識の情勢に左右される。

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町田康さんの「宿屋めぐり」が野間文芸賞!新人賞は、津村記久子さん、児童文芸賞は、工藤直子さん(73)

 第61回野間文芸賞(野間文化財団主催)は7日、町田康さん(46)の「宿屋めぐり」(講談社)に決定した。副賞300万円。
 また、第30回野間文芸新人賞は、津村記久子さん(30)の「ミュージック・ブレス・ユー!!」(角川書店)に決まった。副賞100万円。
 第46回野間児童文芸賞は、工藤直子さん(73)の「のはらうたV」(童話屋)で、副賞200万円。

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2008年11月 7日 (金)

同人誌「日田文学」来年4月で休刊

休刊が決まった「日田文学」を手にする江川さん 日田市の同人誌「日田文学」が、来年4月発行予定の57号を最後に休刊する。投稿する作家の人数と売り上げの減少で、経費負担が増大しているためで、編集人の江川義人さん(74)(日田市竹田新町)は「日田の文化の発信者という自負があったが、残念」と話している。
 日田文学は1954年、小説「銀杏物語」で芥川賞候補(55年)になった作家・岡田徳次郎さん(故人)ら19人が創刊し、小説、随筆、詩などを掲載してきた。88年から約5年間休刊したものの、江川さんら9人が93年2月に復刊し、年2回発行していた。
 掲載された作品からは、約40作が文芸雑誌「文学界」の全国同人誌評で取り上げられ、文壇からの評価も高かったという。
 現在は1号当たり600部(1部800円)を発行し、同市内の書店に置いているが、売り上げは最盛期の半分の30部前後にとどまっている。発行経費は同人作家で賄っており、高齢化に伴う作家の減少とともに1人当たりの負担が増えたため、休刊を決めた。
 発行人の医師、河津武俊さん(69)(同市石井町)は「作家は高齢化し、創作意欲も減退していた。日田から文学の火が消えるのはつらい。いつの日か、若い人が志を引き継いでくれればうれしい」と話している。(2008年10月30日 読売新聞)

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2008年11月 6日 (木)

雑誌「季刊文科(鳥影社)が「同人雑誌季評」を開始し、同人誌を募集

「季刊文科」は、第43号より、「同人雑誌季評」欄を開設する。そこで、同人誌を募集している。2冊を送る。送付先は、〒392-0012長野県諏訪市四賀229-1、鳥影社「季刊文科」編集部宛。
 なお、雑誌「文学界」(文芸春秋)においても、新しい形態を考慮中なので、それを尊重し、協調してゆくことに変わりはないとしている。(「季刊文科」42号・編集後記より)

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同人誌「グループ桂」(小山市)」59号に関するエピソード(4)

作品は本来、縦書きである。
「寸編(すんぺん)小説から」
「或る夏 (池上本門寺にて)」 北一郎
太陽が音をたてて大地を灼いているように思ったが、それは蝉の声だった。本堂の屋根瓦や石畳にとろとろとした空気がゆれている。一匹のトカゲが叢から顔を出した。無表情なガラス玉のような眼。錦色の腹部が、かすかに規則的な動きをしている。突然、残酷な感情が私の内部に広がる。踏みつぶしてやろうか。その刹那、とかげは一直線に走り、なまぬるい泥水の向こうにすべり込んだ。つかの間、私の悪意に満ちた気配に、蝉の声も鳴り止んだように思ったが、それは三十代の男の空虚な錯覚だったにちがいない。いつしか季節は、拒絶しはじめた時間の指標となり、私の生のかけらを奪い去るようだった。


伊藤桂一師の論評
「これはねえ。『太陽が音をたてて大地を灼いているように思ったが、それは蝉の声だった。』で決まってしまっているわけだよ。だけど、作者には、まだ書かないといけないという考えがあるのだろうね」「たしかに、蜥蜴は周囲の空気を鋭く察知するからね。そんなところだね」。
それ以上の論評なし。

北一郎の反省=まさに、指摘された通りで、一行書いてから、その閃きを消さないで、もっと高みにもっていこうと悪戦苦闘したものだった。伊藤先生は、自分の頭を見抜いていた。それというもの、文章には構造のという宿命があるからだ。先生が、それ以上の指摘をしなかったのは、高みにもっていけていないが、失敗もしているとも言えない、どうでもいいところで蛇足に終わっているからであろう。文章にも「みえないけれど、道があるのだよ。みえない道があるんだよ」ということだと思う。北一郎としては、「寸編小説」というものを、この見えない文章論理に沿っていることを条件としたいわけである。これが、感覚的な「超短編」と基本的に異なるところになる。もっともまだ、伊藤桂一師は、答えをくれていないが。それでも、早くも「寸編小説」のパターンをのみこんだらしく、以後の作品には手厳しい指摘が待っていた。

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オバマで、アメリカは戦争をやめられるのか?

 家に帰ったら、家のものが、オバマ大統領に決まった、と教えてくれた。なんでもTVニュースでは、これで日本はアメリカにパッシングされるので、大変だと言っていたとも。
 小泉以来、アメリカと付き合ってなにかいいことがあったのだろうか?アメリカはブッシュによって、北朝鮮と同じならず者国家になってしまった。失業者の増えるアメリカ人の不満をごまかすには、国外に敵をつくって戦争をおこし、目をそらすしかない。戦争をするぞするぞといって、日本に金を」せびる脅し国家とは距離を置いたほうが良い。中国と北朝鮮の似たもの同士で親しくして、結構。日本にこれ以上接近しないでほしい。
 アメリカは、紙くずを金にしてきたが、物をつくって売らなければ経済は立て直せない。自動車は売れない。売れるのは、戦闘機とミサイルと爆弾だ。あと、兵隊になれば月給40万円がもらえる兵隊志望者も増えるであろう。すると、どこかでまた戦場をつくらなければならい。しかし、何兆円も浪費するのだから、国は滅びの道を歩む。ベトナム戦争のあと、アメリカはすかんぴんになって、日本の外貨でアメリカ全土が買えるとまで、いわれたことを忘れているのだろう。
 オバマ大統領は、打ち出の小槌をもってるのか。ブッシュが行ったミスを軌道修正するのは、容易ではない。アメリカは小室哲也と同じことをしてきたのだ。日本はどれだけ迷惑をうければいいのか、それが恐ろしい。日本パッシングをするなんて脅しになると思ってるTV局は、アメリカ人と同じ腹黒い人間かもしれないから、気をつけよう。

《参照》
米大統領選:人種超え「変革」選択 オバマ氏当選
(毎日新聞) 【ワシントン大治朋子】4日投票の米大統領選で民主党のオバマ上院議員が勝利したことで、米国民は「ブッシュ政権8年間」に明確な決別を告げた。イラク戦争の長期化や経済の先行き不安などで閉塞(へいそく)感を強める米国民は、「変革」を掲げたオバマ氏に米国の再生を託した。歴史的な人種の壁を乗り越えた初の黒人大統領の選出により、米国は新たな時代に一歩を踏み出す。

 選挙戦の流れを決定づけたのは経済問題だった。8月に米国の失業率は6.1%と過去5年で最悪を記録。9月中旬からの金融危機の深刻化とウォール街の株価大暴落で有権者の「変革」への期待に火がつき、オバマ氏が支持を伸ばした。

 オバマ氏は危機に際し、「(1929年の)大恐慌以来、最も深刻な金融危機」とする声明を発表し、事態の深刻さを強調した。一方のマケイン氏は、「米経済のファンダメンタルズ(基礎的諸条件)は依然強い」と主張。有権者の将来への不安を前に「経済オンチ」ぶりを露呈した。

 国民の不安と不満が高まるなか、オバマ氏は有権者の「反ブッシュ」感情を効果的に支持拡大につなげた。9月下旬のテレビ討論会で、金融危機は「ブッシュ大統領の8年間の失政の結果」と批判し、マケイン氏をブッシュ大統領と一体化する戦術で攻めた。

 選挙戦では米国民の求める変化の「度合い」も問われた。オバマ氏は経済における「政府の役割」や福祉政策の充実を打ち出した。目指すのは米国の「抜本的な変革」だ。

 これをマケイン氏は「大きな政府」「危険なリベラル(左派)」と批判し、自らは共和党の基本路線を踏襲する「小ぶりな改革」をアピールした。だが米メディアの出口調査によると、候補者選びで重視することに「変化」を選んだ人は35%で、そのうち9割がオバマ氏を支持。米国民は、より大きな変化を求めたといえる。

 マケイン氏は共和党初の女性副大統領候補としてアラスカ州のサラ・ペイリン知事を起用。話題を集めて一時は支持率でオバマ氏を上回ったが、「資質」に疑問が集まり、効果は持続しなかった。

 選挙戦を通して、米国自身の「変化」も試された。オバマ氏は黒人と白人の両親を持ち「人種を超えた(ポストレイシャル)候補」とも呼ばれる。白人を敵視する旧来の黒人指導者らとは一線を画すからだ。

 オバマ氏は黒人奴隷の子孫ではない。しかし、米国民がオバマ氏を最高権力者に選んだことは、奴隷制度という歴史の「負の遺産」を引きずる米国にとって歴史的な大転換と言える。

 出口調査によると、今後数年間で人種問題が「改善される」と予測した人は約半数。その7割がオバマ氏の支持者だった。だが残る半数は「同じ」か「悪くなる」と回答。人種問題をめぐる認識の格差を浮き彫りにした。

 選挙前の各種世論調査によると、オバマ氏の主な支持基盤は若者や大卒以上の高学歴層、黒人だった。実際の投票では、社会的価値観において保守的で人種の違いに敏感だといわれる労働層も、政策面での期待感からオバマ氏を支持した。米国そのものが「変化」を起こした選挙だった。

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2008年11月 5日 (水)

同人誌「グループ桂」(小山市)」59号に関するエピソード(3)

作品は本来、縦書きである。
「寸編(すんぺん)小説から」

「帰途」 北一郎
電車は春の黄昏を走っていた。日曜日を利用して親戚の寄り合いに行ったのだ。そこで私は生活の有り様について批判を聞かなければならなかった。茜に染まった西空を車窓に眺め、うろたえた私の想念は、結局そのことに引き戻されてしまう。真面目でないわけではない。すべては自分の器量の小ささにあるのだ。その恥は、しかし自分らしい生き様の当然の帰結ではないのか。「ねえ、パパ。きょうは遠くまで行ったわね。山や田んぼがたくさん見えてさ、ほんとうにパパについて来てよかったわ」と、連れていた小学一年の娘が言った。「うん、そうだな。よかったな」私は娘の手を握り返した。電車は恥辱から、逃げるように薄闇のなかを疾走していた。しかしそれでも恥辱は振り切られることなく、嫌らしく身体にこびりついて来ている。一生忘れさせないぞ、眠らさないぞ、というように。


伊藤桂一師の論評
「まあ、これはこれだけのことなんだけれどねえ」。「そうねえ?子供は無関心だからね。 なにしろ作者は、普段はまともな小説を書くのだから・・・」。
それ以上の論評なし。

北一郎の反省=自分でも、それだけのこと、と思う。おそらく、作者のひ弱な神経というのは、伊藤先生のおおらかな生活感覚とは、ずれがあるのだろうと思う。しかし、小説のかけらがあるのではないか?と自分では思える。まだ工夫は必要なのかもしれない。

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2008年11月 4日 (火)

同人誌「グループ桂」(小山市)」59号に関するエピソード(2)

作品は本来、縦書きにしている。
「寸編(すんぺん)小説から」
「秋もどき」    北一郎
 これを下さい、と指さして秋の花を買った。女店員からそれを受け取って、あっと思った。本物と思っていたのに、造花だった。やりつけないことをするからだ。自嘲の気持ちが湧いてきた。家に帰って妻にみせると「まあ、気が効くこと、トイレット用なのね」と屈託がない。いまでもトイレットには乾いた秋が閉じこめられている。

伊藤桂一師の論評概略
「これを小説とするのかね」、「うーん、よく昔、ラジオ放送で音楽を流す合間に短い語りを入れるのがあって、わたしも考えたことがあるが、向き不向きがあるらしく、結局やらなかったことがある」、「この花が造花だったというのは、ちょっとひっかかるかな。ドライフラワーのほうが形になるのではないのかな」
 ただし、これを小説として認めるような発言はなかった。
 
論評に対する。北一郎の反省=この話の裏には、真偽の見分けのつかない大衆が、うっかり本物だと決めてしまうことがある、しかしそれが嘘の情報によるものだと結局生活の場の中心に置けないでいることが多い、というムードがついている。そのためには、偽の造花でなければならない。ドライフラワーにすると、新鮮な花が加工され変化して固定化する現象ということになる。しかもトイレという特殊の場に置かれてしまう。先生の指摘のようにして、その寓話性に転換するのも、確かに意味があるかも知れない。

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毎日出版文化賞決まる、「双調 平家物語」など

 第62回毎日出版文化賞(毎日新聞社主催)が決まった。
 ▽文学・芸術部門=橋本治著「双調 平家物語」全15巻(中央公論新社)
 ▽人文・社会部門=東野治之著「遣唐使」(岩波書店)
 ▽自然科学部門=福嶌義宏著「黄河断流──中国巨大河川をめぐる水と環境問題」(昭和堂)
 ▽企画部門=植木雅俊訳「梵漢和対照・現代語訳 法華経(上・下)」(岩波書店)
 ▽特別賞=「哲学の歴史」編集委員会編「哲学の歴史」全12巻・別巻1(中央公論新社)。
 本賞の賞金は各100万円、特別賞は記念品など。表彰式は25日午後3時半、東京・紀尾井町のグランドプリンスホテル赤坂。(08年11月3日 読売新聞)

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同人誌「グループ桂」(小山市)」59号に関するエピソード(1)

文芸同人誌「グループ桂」59号の合評会が11月2日に都内で開催された。 批評指導が師である伊藤桂一氏によって行われた。編集や掲載に関しては伊藤先生は関与されていない。できた作品を論評するのみである。
59号には、巻頭に伊藤桂一・特別寄稿「短唱集より」、創作・長島公栄「昭和・イセザキストリート」(350枚)、「寸編小説より」北一郎(鶴樹の筆名)「夜の一頁ほか」、創作・佐田尚子「煤色のファンタイジー」により成立している。
 
 この59号は、元来は年末近くに発行される予定であった。しかし、かつて「新日本文学」の終刊に近いころ、入賞した経歴をもつ同人の長島公栄氏が、雑誌「文学界」の同人雑誌評が9月で受付が終わるので、それに間に合わせて自作を発表したいという。それが350枚の力作だという。
 それはいいとしても、350枚が同人誌に一挙掲載となると、ほかの作品は短いものにしないと、厚くなりすぎるということになった。そこで佐田尚子氏が30枚程度の短い作品を書くという。ほかに提出する人がいないというので、鶴樹が北一郎の名前で、原稿用紙1枚から3枚未満の「寸編小説」を書こう、費用も安いし、自分なりに寸編小説というジャンルを作り上げたいので、それなら何篇か提出していいと申し出た。
 すると編集担当者たちは、「グループ桂」同人は、伊藤桂一先生の意向により、エッセイや評論、詩は掲載せず、小説作品だけで文壇に評価を問うことになっている。そんな短い断片なんて小説になるはずがない、やるなら説得性のある理由書解説を提出してからにしてほしい、と待ったがかかった。
 鶴樹・及び北の発想はよほど、ほかの同人との乖離があるらしい。要するに、鶴樹が文芸同志会で、文学の展開の場を「文学フリマ」のような自力開拓することに主眼をおいているのに、編集部では「文学界」などの同人雑誌評的な登竜門を主眼しているということなのであろう。だから、作風が異なる。
 そこで、北は作品の前に、現代における「超短編」や「極短小説」の登場して来た世相を解説し、これら傾向とまったく異なる思想で、短い小説「寸編小説」というジャンルを世に問いそれを世に広める必要性を書いて、作品を提出したのである。
 すると、編集者たちは、この断片ならなんとか掲載してもいいが、小説であると伊藤桂一師が認定するかどうかわからない、という。
 それなら、北はこれは寸編小説であると断定して、掲載し、伊藤桂一師の判断を仰ごうということになって掲載が決まった。
 そして、そのいくつかの寸編小説に、伊藤桂一師の論評を受けた。次回では、その作品と掲載と伊藤先生の論評を記すことにしよう。

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2008年11月 1日 (土)

第2回日経小説大賞に萩耿介 氏、日経中編小説賞に野崎雅人氏が受賞

第2回日経小説大賞と日経中編小説賞(両賞とも日本経済新聞社・日本経済新聞出版社共催)の受賞作が決まった。
  第2回日経小説大賞は津本陽、阿刀田高、川村湊、縄田一男の選考委員6氏による審査の結果、萩耿介 氏(46、東京都)の「松林図屏風」が受賞した。
 新たに設けられた日経中編小説賞は高橋源一郎、唯川恵、茂木健一郎の選考委員3氏による審査の結果、野崎雅人氏(38、兵庫県)の「フロンティア、ナウ」が受賞した。
 大賞受賞作には賞金1000万円と賞状、記念品が、中編小説賞受賞作には賞金100万円と賞状、記念品が贈られます。
 両作品は2008年12月に日本経済新聞出版社から単行本として出版される。第2回「日経小説大賞」は物語性が豊かで、時代性、社会性、娯楽性を兼ね備えた300枚以上600枚以下の作品の応募を2007年12月から2008年1月に募り、249篇の応募があった。
 「日経中編小説賞」は若々しくフレッシュな感覚にあふれた150枚以上200枚以下の作品の応募を2007年12月から2008年1月に募り、169篇の応募があった。

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印税支払いの「アドバンス制」を全単行本に導入へ! 太田出版

太田出版は、来年1月から、完成原稿であることを合意した段階で出版契約を交わし、価格や予定初版部数、アドバンス料などを確定。刊行に先立って支払いを行う。印税は原稿完成からタイムラグを生じる刊行後に支払われるのが一般的で、これを解決する。著者の執筆環境の向上、販売促進やコンテンツの二次的展開への早期の取組みが目的。

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文芸時評10月(東京新聞10月30日)沼野充義(東大文学部教授)

《対象作品》黒井千次、津島佑子との座談会「『蟹工船』では文学は復活しない」(「文学界」)すばる文学賞・天埜裕文「灰色猫のフィルム」(すばる)/文藝賞・喜多ふあり「けちゃっぷ」(「文藝」)/津村記久子「ポストスライムの舟」(「群像」)/柴崎友香「宇宙の日」(「文藝」/角田光代「闇の梯子」(「文学界」)/磯崎憲一郎「世紀の発見」(「文藝」/詩人・野村喜和夫「まぜまぜ」(「すばる」8月号・11月号に掲載)。

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西日本文学展望「西日本新聞」10月31日朝刊・長野秀樹氏

《対象作品》古木信子さん「去りて果てなん」(「季刊午前」39号、福岡市)、渡邉弘子さん「漬物石」(「南風」24号、福岡市)
有森信二さん(福岡県太宰府市)『火の音』(花書院)
「周炎」40号(北九州市)暮安翠さん「ラマダンの星」、「文芸山口」281号(山口市)浜崎勢津子さん「女の城 1章 館長矢島充子」。(「文芸同人誌案内」掲示板・日和貴さんまとめ)。

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