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2008年11月24日 (月)

同人誌「文芸中部」第79号(愛知県)作品紹介

【「老春ミステリー」濱中嘉行】
鬼島という定年退職者の男の銀行の資産運営アドバイスの関する話である。金融機関の合併が相次いだ後に、複雑化した口座整理に男は、ある金融機関にやってくる。ところが、フィナンシャル・プランナーという肩書きをもつ女性が現れ、口座をなくすどころか、「そでは私が困ります」とかいう変な論理を主張する。老人心理をたくみに突いた熟女的な女性職員の応対で、口座をそのままにして帰ることになる。
 なかで、鬼島がどのような日本の金融事情で、貯蓄をしてきたか具体的に語られる。金融機関の統廃合によって、取扱支店がなくなったり、移転したりして、遠方にいかなければ用事が果たせなくなった事情がわかる。
 鬼島は、一度は不便な都心銀行の預金の移転を思いとどまったものの、やはり預金を移して使い慣れた銀行にまとめようと、またその銀行に行く。すると、例のFPの女性職員が、いままでの金融債を解約して、別の投資信託を奨める。
 擬似恋愛的な気配と投資のコンサルタントの役目を巧みに活用する珠代というFPに、心を惑わされた鬼島は、彼女の奨めに乗る。公社債投信やリートなど金融商品の奨め方や手順がよく実態に即している。経験があるか、もと銀行関係者だったのであろう。
 そして、米国の債権市場のサブプライムローンの直撃を受け「損する為に投資を乗り換えたようなものだ」ということになる。損をしている鬼島の後悔と、それと反対のどうでいいではないか、と居直る気持が描かれていて、読みどころを作っている。
 そうした中で、あるバスツアーに参加すると、そこに偶然に珠代が参加していた。ホテルの部屋で、鬼島は「あなたのために投資信託を買ったのだ」と彼女に迫る。この辺は、フィクション的要素が加わるが、面白い。そうした幻想か妄想の世界を味わった後に、珠代から結婚退職することになったと知らされ、引継ぎの別の女性職員を紹介されるところで終わる。
 小説の技術的な面では、ともかく時代の記録的な内容のある作品。小説としてさらに充実させるには、鬼島の高齢者の冷めた視線と、男として現実に異性の色香を求める心、損得勘定の表現に触れたところをもっと詳しく描いたらよいのではないかと思った。

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