« 毎日出版文化賞決まる、「双調 平家物語」など | トップページ | 同人誌「グループ桂」(小山市)」59号に関するエピソード(3) »

2008年11月 4日 (火)

同人誌「グループ桂」(小山市)」59号に関するエピソード(2)

作品は本来、縦書きにしている。
「寸編(すんぺん)小説から」
「秋もどき」    北一郎
 これを下さい、と指さして秋の花を買った。女店員からそれを受け取って、あっと思った。本物と思っていたのに、造花だった。やりつけないことをするからだ。自嘲の気持ちが湧いてきた。家に帰って妻にみせると「まあ、気が効くこと、トイレット用なのね」と屈託がない。いまでもトイレットには乾いた秋が閉じこめられている。

伊藤桂一師の論評概略
「これを小説とするのかね」、「うーん、よく昔、ラジオ放送で音楽を流す合間に短い語りを入れるのがあって、わたしも考えたことがあるが、向き不向きがあるらしく、結局やらなかったことがある」、「この花が造花だったというのは、ちょっとひっかかるかな。ドライフラワーのほうが形になるのではないのかな」
 ただし、これを小説として認めるような発言はなかった。
 
論評に対する。北一郎の反省=この話の裏には、真偽の見分けのつかない大衆が、うっかり本物だと決めてしまうことがある、しかしそれが嘘の情報によるものだと結局生活の場の中心に置けないでいることが多い、というムードがついている。そのためには、偽の造花でなければならない。ドライフラワーにすると、新鮮な花が加工され変化して固定化する現象ということになる。しかもトイレという特殊の場に置かれてしまう。先生の指摘のようにして、その寓話性に転換するのも、確かに意味があるかも知れない。

|

« 毎日出版文化賞決まる、「双調 平家物語」など | トップページ | 同人誌「グループ桂」(小山市)」59号に関するエピソード(3) »

コメント

はじめまして。
hiwakiさんの掲示板から飛んできました。
面白いお話だと思います。
こういうジャンルを作るのはいいことと素直に私は思いました。
ただし、この作品、主人公は造花をどこで買われたんでしょう。引っかかりました。
生花と造花は同じところでは売っていません。
造花はお部屋のアクセサリーを売るところにあって、生花店には普通置いてないはずです。
寸編小説というものに違和感ありませんでしたが、この件には違和感がありました。

投稿: なだゆう | 2008年11月 4日 (火) 23時35分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 毎日出版文化賞決まる、「双調 平家物語」など | トップページ | 同人誌「グループ桂」(小山市)」59号に関するエピソード(3) »