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2008年11月22日 (土)

文芸同人誌「砂」第108号の作品を読んで(1)=中村治幸

【エッセイ「成人男子のための〔赤毛のアン〕」山川浩介】
 テレビで子ども向けに放映されていたとは知らなかったので、女性のための、物語としか思わず、そのためいままで読まなかったのだが、このエッセイに説得され、いつかは読んでみたくなった。
 山川さんの語り口の誠実さと懸命さにひきこまれた。それはこの物語を実によく読み込んでいる熱心さによるものだろう。
 物語はたんにアンのビルドウングス・ロマンであるばかりでなく、少女を育てた老兄弟のマシュウとマリラのビルドウングス・ロマンでもあると山川さんは語り、だからこそ成人男子にも読める物語になっており、百年ものあいだ読み継がれてきたゆえんがそこにあると語る。
 そうしてマシュウとマリラがアンにかかわることでいかに人間的成長を遂げてゆくかを具体的に書き込んでゆくのを読むと、わたしは心の高まりを覚えずにいられなかった。

【小説「花冷えの日に」矢野俊彦】
 主人公の時彦と娘のあずさとの父子のあいだ、そして時彦とあずさの夫である丸川との関わり、さらに娘あずさと夫の丸川との夫婦間の、といった人間関係のあたたかな心の交流が、読者に快い読後の余韻を与えてくれるのが、殺伐とした出来事の多い世の中にあって、なんともよい好短編になっている。
 風景描写が巧みで、情景が目前に浮かんでくる。表現が的確にして深みがある。
 葡萄棚の畑、野菜畑「ジブリの森」さらに青森ヒバで建てられた木の香の強く匂う住宅と、道具が揃っている。こういう家、まさに贅沢というものだ。またそれを感性豊かに描写してゆくので、よけいに惹かれる。
 ただP19下段一、二行の「三歳の時に母親を病気で亡くし、祖父母の家に預けたままの娘」とあるが、それで時彦はどのように娘と関わり、そして時彦はいかに生きて来、小説の時点で時彦はいかに生きているのか、さらに時彦と娘とのあいだの歳月に、時彦はいかなる感慨をもっているのか、を描いてもらえられたら、作品に深みが増すとおもうのだが。映画の感想を時彦と丸川が話し合い、時彦が若さを感じる場面が生き生きと描かれている。P21の下段一行から十行がいい。
 そうして結末の〔見送りに出たあずさに、「冷えるぞ」と丸川が、さり気なく、カーデガンを着せ掛ける〕というところが、心憎い。目頭が熱くなってしまった。(「砂」会報より)

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