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2008年10月 7日 (火)

詩の紹介     「蝉の話」二編 作者・関 中子

(紹介者・江素瑛)
人の目にはゴミであるかもしれないが、自然の摂生として肥料である蝉の死骸は、後祭りの「埋葬に来る蝉はいない」。野垂れ死にする人間の場合は、どうなるのか?鬼籍に入るには、早く生者の世界から身を引き、灰になれ、墓の一隅に静かに入ろうと。「人の死は片づけられるもの」「そのまま夜を迎えるなどあってはならないこと」。それはそうだ、と言いたくなるが、重い話です。
                  ☆
その1 「埋葬に来る蝉はいない」  関 中子  
埋葬に来る蝉はいない/ 彼が行きたがったところをお前は知っているか/ 生前の彼を知るも
のがどこかにいてもーー 埋葬に来る蝉はいない
夕暮れは物の姿をおぼろにするが/ 自分の身の安全をはかれるとしても/ 埋葬に来る蝉はいない
待っても 待っても 意味はない/ 蝉の死骸を見る/ 埋葬に来る蝉はいない/ 「これが現実だ」/ 埋葬に来る蝉はいない
なのに 夕暮まで/ そうしてもう少し夕暮れが深まるまでと時を延ばし/ 蝉の死を見つづける/やがて蝉の姿は闇に包まれるだろう/ わたしはそこに決断を曖昧にする口実を探し求めるのか
あわれ そうしたいのか

その2 「あってはならぬこと」    関 中子

蝉のように腹を見せて人が死んでいる/ その死体を見捨てて人が彼の坂道をのぼるなどあってはならぬこと/おう/ 人が蝉のように路上に転がって死んでいる/ そのまま夜を迎えるなどあってはならぬこと   
都会での日常的な死は人目に長く晒されない/ 人の死は片づけられるもの   
彼が死者になるために彼を速やかに時から離籍せよ/ 多くの人の眼が彼の肉体に注がれ続けるなどあってはならないこと   
きょう わたしは見知らぬ人の葬儀にであった   
それが都会での最初のできごと
それはまた珍しいこと/ 都会の多くの死のひとつに遇うこと
人よ/ もし いつまでも憧れとして残りたいのなら/ その身を早くかくしたまえ     
そして 永遠を飾りにできるように物語に身をひそめよ

  2008年秋「岩礁」136号(静岡市三島)「蝉の話」より抜粋 
  (「詩人回廊」 関 中子の庭サイト)

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