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2008年9月20日 (土)

小出版社の挑戦(3)無明舎出版代表・安倍甲さん、秋田に生きる強み

(川村律文)(08年9月18日 読売新聞)
秋田市郊外の住宅街に、ニホンカモシカのマークを掲げた事務所がある。地元の秋田を中心に、東北の歴史や文化を発信し続けている地方出版社だ。
 
前身となる「無明舎」を起業したのは、秋田大学在学中の1972年。古本屋や学習塾、アングラ演劇の企画、プロモーションまで何でもやる中で、出版関係者と人脈ができた。そして76年、秋田の門付け芸人のことを「あんばい こう」名義で書いた「中島のてっちゃ」の出版を機に、「無明舎出版」として出版業に専念するようになった。
 カモシカの生態を追った本、地元出身のフォークシンガーの対談集……。頭の中にあったアイデアを、次々と本にしていった。「故郷の秋田で出版活動をして、生きていこうと思っていた。一番強みを持っている、自分だけが持っているテーマでやりたい」。流通のハンデを抱える地方にあって、逆に利点を最大限に生かした本を出し続けた。
 徐々に幅を広げ、北前船やブラジル移民についての本も出した。江戸時代後期の文人・菅江真澄をテーマにしたものなど、社で企画して本を出すことも多く、現在は、明治初期の女性旅行家・イザベラ・バードに関するプロジェクトが進行中だ。10月刊行の杉江由次著「『本の雑誌』炎の営業日誌」も東北とは直接関係ない本だが、「出会いがある中で、イメージが膨らんでいく。秋田や東北の本をベースにしながら、いい意味で逸脱していく」。
 出版界を取り巻く状況の厳しさは、地方にいて人一倍感じている。かつては大手出版社が扱ったような良書の企画が回ってくることもあり、うれしい反面、「読者も、編集者も、活字に対する誇りがなくなっている」とも感じる。「自分は70、80になっても本を出し続けたいと思うが、次の世代にバトンタッチする環境ではない。絵描きや音楽家と同じように、表現者として力尽きれば消えていく」。出版の中心地・東京から離れて眺めている分、出版界に対する見方は冷静そのものだ。
 それでも本を出し続けるのは、「この次に出す本が一番面白い」という信念が、若いころから変わらないからだ。最近は若い書き手と仕事をして、刺激を受けることも多い。「フレッシュな本にするために、自分の固定観念をどう壊すか。固くなった頭を揉(も)んでもらっています」と笑顔で語った。

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