同人誌作品紹介「季刊遠近」第35号(東京都)(2)
【「暮れ時の客」藤野秀樹】
暮れ時の客というのは、亡くなったハル叔母がユーレイで、なって訪問してきたことなのである。庶民の思い出や過去の生活ぶりは、普通に書くと退屈で、年寄りの苦労話になってしまうのだが、このような設定をしたことで、作者の筆はのびのびとした表現力を発揮する。ハル叔母が語り手の故郷である広島の叔父(ハルの夫)を話題にしたので、電話をかけてみるとハル叔母が、向こうにも訪れているという。そこで、母親が病気で入院するところだと知って、慌てて駆けつける。そのほか味のある設定が活きていて、普通の人の暮らしを面白く感じるように描く。この作者の個性は、すでに固まっているようなイメージを持っていたが、構成の工夫で軽快な人情話として、別のタイプの才気を引き出した事例に感じられ、興味深かった。
【「くたばれ忠臣蔵」逆井三三】
忠臣蔵の大石内蔵助を、作者の独自の視点で描いて、成功している。語り口が現代的講談のような自然体であるのが効果的で、説得力をもって最後まで緩みがない。市販されている作家の本も多いが、いずれも長いのが欠点といえば欠点。短編では芥川龍之介のものより面白く、自分にはそれを超えているように思える。あの忠臣蔵の物語は「本当はこうだったのだよ」といって若者に読ませてみたいようなまとめ振りである。
【「幻想交響曲-あるサラリーマンの生涯の挿話」安西昌原】
参考文献にゲーテの「悲劇ファースト」が上げられていて、その手法を取り入れて面白い読み物となっている。身辺雑記に近い人間関係をこうした古典的な作品と照応させることで、浮き彫りにして強い表現力をもたせている。章を別にして幻想世界と現実的なリアルなサラリーマンとを対比させているのは、こうしたまとめ方であれば成功している。ただ、提示されたテーマに突っ込み浅いので、大衆小説と古典的ロマンとの併合のようになっている。
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