詩の紹介 「地下通路を抜けると」矢野俊彦
(紹介者 江素瑛)
この空間に患者は遺体という「物体」になる。お墓に行く出発点に運ばれたのだ。医師の無力さ、能力の限界、家族の悲痛と絶望、放心状態の漂う空間。そこで働く葬儀社の人の生活を支える場でもあるのか。
「ストレッチャーを押す医師の手が さり気なく葬儀社の人に替わる」家族にとって、他者にゆだねる悲痛の瞬間を、保安電気係員は「かつて妻がそうだったように」と映像を重ねていたのだ。
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「地下通路を抜けると」 矢野俊彦
地下通路を抜け/鉄の扉を押すと/目の前に霊安室の表示/私は急いでエレベーターに向かう/エレベーターで降ろされるのは/心拍の停まった人/ストレッチャーを押す医師の手が/さり気なく葬儀社の人に替わる/かつて妻がそうだったように/この空間で患者は遺体になる/だからこそ照明は/煌々と照らさなくてはならない/電気係りの私は/交換ランプを破損しないように/硬く握る
矢野俊彦詩集 「本郷 坂の街」(東京都文京区 東銀座出版社08 8 20)
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