桐野夏生さん「東京島」に4年の歳月
「逆ハーレムって、男の人も困るでしょうね」桐野夏生さんが、無人島に漂着した人々のサバイバル劇を生々しく描き出した小説『東京島』(新潮社)を発表した。「どこまで自由に無から有を生み出せるか」試みた意欲作だ。(佐藤憲一記者)
自身最長の4年の歳月をかけ、初めての文芸誌掲載作にもなる。締め切りなど制約も多い小説誌や週刊誌での創作に比べ、「『新潮』の編集者から何をやってもいいといわれ、締め切りも縛られなかったので、自由で楽しい仕事だった」と振り返る。
物語のヒントは、太平洋戦争末期、孤島に流れ着いた約30人の男性と一人の女性が7年間暮らし、「南島の女王蜂」などとスキャンダラスに報道されたアナタハン島事件だ。桐野さんが現代のフィリピン沖に創造した無人島には、日本人夫婦に23人のフリーター集団、11人の中国人が次々と流れ着く。
救援の船をひたすら待つ人々が島に名づけたのはトウキョウ。日本の若者たちは、仲のいい人同士で、ブクロ(池袋)、ジュク(新宿)などの集落に分かれて、生きがい探しに走る。
「ロビンソン・クルーソーのように何かが欠乏したり、収容所もののように閉じられた空間で人が変わっていく話が好きなんです。自分がそんな耐乏生活するのは嫌ですけど」と笑う。
たくましく自活の道を見いだす中国人グループに比べ、強いリーダーを見いだせない日本の若者たち……。島の中にはオダイバや危険な廃棄物の捨てられたトーカイムラまである。「今時の人たちが、無人島暮らしをしたらエセ東京を作りそうだと思っただけ」というが、トウキョウは、現代の縮図のようにも見える。
40代の一人の女性に対して30人余の若い男という逆ハーレムの状況に置かれる清子は、男たちの寵愛(ちょうあい)を受ける絶頂期と異端として排除される凋落(ちょうらく)期の間を浮遊し、やがて島と同化する。
「力はなくても、サバイバルの本能を全開にし生き抜いていく清子のしたたかさや荒々しさを描きたかった。図らずも妊娠してしまう女という体のうっとうしさも含めて」
実はこの1年ほど、「小説の書き方を忘れたようなスランプ」だったという。妻の壮絶な嫉妬(しっと)に苦しむ夫を実体験を元に描いた島尾敏雄の『死の棘』を別の雑誌連載の関連で再読、その「毒にあたった」からだ。「現実の怖さに比べフィクションがどれだけ強いか、虚構の中のリアリティーは何かと考え込んでしまって……」空間的に閉ざされた『東京島』の場合、深く深く掘って鍾乳洞を発見するような収穫があった」と語る。つまり、限定された舞台でも自在に物語を深める手段を得たということだ。「不自由の中の自由を知って、変われるような気がする」という作家は、楽園のような島に飽きたらず、漂流を続ける。(08年6月3日 読売新聞)
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