同人誌「安藝文學」76号(広島市)作品紹介
【「衣服は燃えて」香口真作】
8月8日、広島に原爆が落とされた時に、三菱重工の広島造船所に勤務中であった体験記である。こうした記録は、何人でも幾度でも繰り返して読んでも、戦争の悲惨さが伝わってくる。作業中に突然の衝撃を受け、緊急用につくってある蛸壺に逃げ込む。その時点では、原爆などというものは想像だにできない事情がリアルに伝わってくる。
江波町の自宅から市の中央に向かう途中、「海から吹く冷たい風と市街から押し寄せる熱気がその場でぶつかり合い、巨大な煙の幕となって左右に拡がり中天高く昇る。上部は市の方向に大きく傾き、その壮大さに私は、声をあげる。紫の幕が空を二分している。幕の内側に一歩足を踏み入れると、熱くてとても耐えられない。私は慌てて幕の外に飛び出す。一種の巨大なエアカーテンが左右に拡がり行く手を阻む。腰を落とすと幕の下に肩幅程度の隙間があった。そこから内部が舟入町の交差点辺りまで見通せる。その先は炎が迫っていて、何も見えない」という被爆後の様子がある。また、熱線で肉体が崩れた市民のようすなど、目撃者の証言として迫力がある。
原爆投下は、半世紀も前のことであるが、現在の世界情勢をみると、各国の人民が感情的になって、実際に核兵器を使いそうな気運があちこちに見られる。彼は、広島や長崎のことなどは知らない。ただ、憎悪をもった敵対心だけを煽られ、戦争を肯定するような雰囲気を盛り上げる勢力が各国にあるようだ。ふたたびどこかで核兵器が使われたとき、これらの記録が再認識され脚光を浴びる可能性も無きにしも非ずだ。そんなことが、なければよいのだが。
一般的には、戦争というと、軍隊のすることだと思いがちだが、大量破壊兵器時代の現代の戦争は、女性や子どもを殺すことである。口では正義を振りかざしながら、平気で市民を殺害している偽善国家がふえつつある。核兵器の威力を実感しない指導者が駆け引きの道具に使う現代は、世界的な危機の時代といえる。
「安藝文学」発行所=〒732-0002広島市東区戸坂山根2-10-25、安藝文学同人会事務局。
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