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2008年7月31日 (木)

村上春樹さんの「ノルウェイの森」、仏人監督が映画化へ

 村上春樹さん(59)が1960年代末の青春を描いた恋愛小説「ノルウェイの森」が、フランスのトラン・アン・ユン監督(45)によって映画化されることが決まった。
 アスミック・エース エンタテインメントとフジテレビの共同製作で、2010年公開を目指す。
 アスミックによると、フランス語版を読んだトラン監督が日本人俳優による日本での映画化を構想。04年に同社と共に映画化を申し入れた。村上さんは、「自分にとっても特別な作品であり、映像化は無条件でOKというわけにはいかない。でも、トラン監督の作品は好きで、とにかく会ってみようと思った」という。4年がかりで合意に至り、これから配役を決めて来年2月から撮影に入る予定だ。1987年に発表された同作品の国内での発行部数は878万部。36の言語に翻訳されている。
 トラン監督はベトナム出身。「青いパパイヤの香り」でデビュー後、「シクロ」で第52回ベネチア国際映画祭金獅子賞を獲得した。(08年7月31日 読売新聞)

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草思社、古内敏章社長(文芸社・取締役販売部長)に

草思社は7月30日、資本金3600万円について自社株式の100%減資を行い、同時に文芸社より100%出資を受けた。また同日、新役員4人を選出した。新役員は、代表取締役社長 古内敏章(文芸社・取締役販売部長)、専務取締役 若林孝文(同 第1.2編集部長)、取締役営業部長 渡辺直之(草思社 前取締役営業本部長)、取締役編集長 藤田博(同 前取締役編集長)。草思社の代表取締役会長・加瀬昌男、同社長・木谷東男の両氏は退任して顧問に就いた。

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2008年7月30日 (水)

フリーターからフリーライターへ赤木智弘氏

あかぎ・ともひろ=1975年、栃木県生まれ。専門学校を卒業後、会社勤務を経てフリーターに。親と同居しながら今年3月まで深夜のコンビニ店員として働いていた。
 月刊誌「論座」2007年1月号で「『丸山真男』をひっぱたきたいー31歳フリーター。希望は、戦争」を発表。論客からの反論や指摘に応える形で、同年6月号で「けっきょく、『自己責任』ですか?」を掲載。同年11月に論座掲載の文章などをまとめた「若者を見殺しにする国 私を戦争に向わせるものはなにか」(双風舎)を出版。ウェブサイト「深夜のシマネコ」を主宰している。近く、東京へ出てくるという。
 結局、社会の閉塞感からの脱出は、戦争でもなければ何とかなるのではないか。という論から執筆生活の糸口を掴んだようだ。ネットに書き込んでいたときから、論座からは連絡があったようだ。社会を観察し、その現象を自分なりに解釈することで、知らない人が読んでくれる。
 彼の論には、歴史的にもあてはまることがある。第2次世界大戦は、日本人と軍部の閉塞感から起きたと考えられるし、敗戦という破滅によって、社会の自分の利害にしがみつく人々も、一般人と共に死んでしまった。
 いわゆる現在の役人や官僚がみんな死んでしまったのと同じだ。その結果、役人からのおこぼれがなくなり、みな貧乏になり、格差がなくなった。そこから戦後の奇跡的な成長がはじまったのだ。だから戦争で破滅すれば、農民より多い農協の役員とか(農民にたかって生活するひと)、社会保険庁の職員とか(金を集めるのに、人などそんなにいらない)とか、変な仕組みがなくなる。
 現在でも、自殺者3万人、交通事故死者約1万人だから、若者が半分としても2万人の死ぬ戦争をしているのと同じである。イラクでもそれほどは死んでいないであろう。

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文芸時評・7月(読売新聞7月29日)

《対象作品》平野啓一郎「決壊」(上下・新潮社)/絲山秋子(41)「ばかもの」(新潮1月号~)/鹿島田真希(31)「女の庭」(文藝秋号)/墨谷渉(35)「ハオクゥ~」(すばる)/茅野裕城子(53)「北方交通」(群像)/吉村萬壱(47)「ヤイトスエット」(群像)/玄侑宗久(52)「地蔵小路」(文学界)。(山内則史記者)

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2008年7月29日 (火)

幻冬舎、教育関連新会社の事業を開始

(株)幻冬舎エデュケーション(中村晃一社長)は事業を開始。教育関連出版物の制作、知育玩具の商品開発・販売を行う。資本金は1000万円(幻冬舎100%出資)、従業員は2人。

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「ハリ・ポタ」第7巻、重版きまる

 「ハリ・ポタ」を出版する静山社は第7巻発売6日目の現在、取次会社ほかの調査によって市場消化率を70%ほどと予測。品切れの書店から追加注文の要請も多く、取り急ぎ5万部の重版を決めた。「8月2週目には出荷したい」と説明している。

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2008年7月28日 (月)

第15回「小学館ノンフィクション大賞」優秀賞に小川、田中氏

第15回「小学館ノンフィクション大賞」は、小川善照氏の「我思う、ゆえに我あり」と田中奈美氏の「北京陳情村」を優秀賞とした。大賞は該当作なし。田中奈美氏は、中国の出版状況を伝える連載「ぶっちゃけCHINA~北京発最新出版事情」を「新文化」に執筆している。

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第23回早稲田文学新人賞の選考委員は、東浩紀氏

文芸評論家東浩紀氏のネットサイトによると、第23回早稲田文学新人賞選考委員に東浩紀氏が決まった。東氏だけが選考委員ということになったという。募集対象は小説のみ、規定枚数は100枚前後、〆切は2008年12月。

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2008年7月27日 (日)

「警察小説」文庫本で活気!組織内での葛藤に共感

 ミステリーで今一番活気があるのが警察小説。その中でも文庫のラインアップで、書き下ろしや隠れた名作復刊などユニークな動きが目立っている。「文庫で読む警察小説」の魅力とは。(佐藤憲一記者)
 「組織の中にいる一人の人間がいかに原理原則を貫くかを、成長物語として描いてきた。でもこういう男とつきあうのは作者として少し疲れました」と笑うのは、新刊の『久遠(くおん)』(上下、中公文庫)で刑事・鳴沢了シリーズを完結させた堂場瞬一さんだ。
 生まれながらの刑事、鳴沢が新潟県警を振り出しに、警視庁の各署やアメリカを転々と移り、犯罪に立ち向かっていく。当初は単行本で出ていたが、2作目が文庫化された2005年から、「父親や上司と対立しながら信念を貫く主人公の不器用な生き方」(編集部)への共感が広がり、4作目からは年2冊ペースで文庫書き下ろしに。10話11冊で104万部に達した。
 ミステリーでは珍しい文庫書き下ろしの刊行方式を採ったのは、読者を待たせないため。値段も手ごろな文庫で短期間に冊数を増やしたのは、シリーズの登場人物に愛着を持つことが多い警察小説の特色に合っていたようだ。
 『果断 隠蔽(いんぺい)捜査2』(新潮社)で今年、山本周五郎賞、日本推理作家協会賞をダブル受賞した今野敏さんは、以前から警察小説を手がけてきたベテラン。角川春樹事務所のハルキ文庫では、その原点、安積班シリーズを中心に8月から警察小説フェアを実施する。
 シリーズ第1作の『二重標的』(1988年)は、発展前のお台場を舞台に、ベイエリア分署の安積警部補が個性豊かな部下を率いライブハウスの毒殺事件に挑む。同署員のチームワークとともに、強権的な警察の体質に反感を覚える安積の正義感が印象的だ。
 今野さんは、山本賞の記者会見で「バブル時代は一匹オオカミ的な警察官が好まれたが、今の時代は組織の中で個人がどう動くかへの読者の関心が高くなった」と話した。その意味では、組織人としての葛藤(かっとう)を抱える安積は、時代を先駆けていたのかもしれない。同文庫では、現実の不祥事に材をとった佐々木譲さんの道警シリーズも面白い。
 関西のファンにお薦めなのが、創元推理文庫の「黒川博行警察小説コレクション」。現在は犯罪小説に比重を移した作者が、80年代のデビュー当初発表していた『二度のお別れ』『海の稜線(りょうせん)』など謎解きを絡めた警察ものを復刊した。
 大阪府警の刑事コンビが、ぼけとつっこみの絶妙な会話を繰り広げ、担当者も「編集作業をしていると関西弁が移ってしまうほど」という。人間味あふれる大阪の町の描写も鮮やかだ。
 刑事たちと町を歩き、その成長を見守る楽しみにあふれた警察小説。文庫でまとめて読めば、寝不足が続くこと必至だろう。(08年7月23日 読売新聞)

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「第7回文学フリマ」でゼロアカ道場破りをそそのかす東浩紀氏の檄の分載(3)

東浩紀の「ゼロアカ道場破り」檄のあるHP
 昔のことだから、「あれはいつの時点のことだっけ」と混乱するのは確か。
訂正=上記の檄文に誤りがありました。
 文章中に、「そして、その直後の文学フリマに、西尾維新と佐藤友哉と舞城王太郎の3人が、『ファウスト』編集部公認のかたちで同人誌を出品します。」という一文があります。しかし、彼らが出品したのは2002年の第1回文学フリマであり、2003年の第2回文学フリマではありませんでした。つまりは、『ファウスト』の創刊よりも前のことでした。ここに訂正いたします。申しわけありません。
 それにしても、ぼく自身、彼らが売り子をしていたその現場にいたにもかかわらず、完全に記憶違いをしていました。また、この檄文は太田さんも読んでいたのですが、彼もまたこの誤りにまったく気がついていませんでした。なんとも間抜けな話です。ちなみに太田さんからは、「おれは前しか見てないんだ、5年前のことなんて覚えてられるか!」というアツいメッセージが届いています。
 いま記憶を掘り返してみるに、2003年の第2回文学フリマには、もしかしたらぼくはそもそも来場していないのかもしれません。確か、同日に東京都立大学(現・首都大学東京)の学園祭で宮台真司氏とのトークショーがあり、行こうにも行けなかったのです。主催者に文句を言った記憶があります(笑)。
 そして、そのかわりにぼくは、南大沢の宮台ゼミの懇親会に出席したあと、深夜の京王線で新宿までわざわざ移動し、文フリ系はてなダイアラーの飲み会に乱入したのでした。『波状言論』はむしろそこから生まれたのかもしれません。なんか、上記の檄文と較べてずいぶん美しくない、というかアルコール臭い話になってきましたが、現実なんてそんなものだったのかもしれないし、この記憶そのものもまた誤りかもしれません。すべてが混沌としています……。

まあ、とにもかくにも、なにかアツい時代だったことだけは確かです。この誤りを指摘してくれた、2ちゃんねるの東浩紀スレッド134への投稿者氏に感謝します。
(2008年7月24日 東浩紀)

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2008年7月26日 (土)

九州地区の新聞が文芸同人グループを紹介

地域の新聞は同人誌の文芸活動の記事をよく取り上げている。
《参照: 「文芸同人誌案内掲示板」》
 東京地域では、同人誌を紹介する新聞はないが、通常の文芸時評を夕刊に掲載したものを朝刊に掲載するようになった新聞社が出てきた。これは、同人誌に興味を持つ人は新聞をよく読むので、重要な読者として重視するようになったためではないか。それだけ新聞を読む人が減ったということであろう。
 東京地区のマンション販売には、頭金なしで月に8万円程度のローンで購入できるようなものもある。マンションを販売すると新聞勧誘員がやってくるのは、昔の話で、今は、茶髪、ケイタイ、新聞読まずの若者が増えたため、新聞販売員がこないという噂だ。
 文芸時評のリストをまとめている自分には、迷惑な話で、分厚い朝刊を全部見て、どこに文芸時評があるかなどウォッチしていられないのは、困ったものだ。

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ゼロアカ道場の東浩紀氏のポータルサイト

 HIROKI AZUMA のサイト

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「第7回文学フリマ」でゼロアカ道場破りをそそのかす東浩紀氏の檄の分載(2)

東浩紀の「ゼロアカ道場破り」檄のあるHP
【ゼロアカ道場破りをそそのかす東浩紀氏の檄】(2)
 ちなみに、今回の関門は挑戦者が試されるだけではありません。ぼくと編集部が試される企画でもあります。11月9日は、道場の質が不特定多数の目に曝されます。それだけではありません。道場をあっけなく破られれば、むろん、ここまで選考を積み上げてきたぼくたちの面子も多少は潰れるはずです。それでもぼくたちはやります。そのほうが、結果的にいい才能を世に送り出せると確信しているからです。決して、ノリだけでやっているわけではないんですよ!

 あと最後に個人的な感慨を。
 この文章の読者のどれほどが覚えているかわかりませんが、いまから5年ほどまえ、2003年の秋に、新宿紀伊國屋のサザンシアターで「ファウストフェスティバル」というイベントがありました。まだ『ファウスト』が創刊したばかりのころです。
 2003年秋は、はてなダイアリーが流行し始めたころで、いま(サブカル系の)「ブログ論壇」と呼ばれているものの萌芽が見えてきたころです。初期のはてなでは「ファウスト」は有力キーワードのひとつで(まだそのころははてな自身が狭かったのです)、そのときぼくがイベント壇上から「このなかではてなIDもっているひと!」と呼びかけたところ、驚くほど多くのひとが手を上げたのをいまでも鮮明に覚えています。そして、その直後の文学フリマに、西尾維新と佐藤友哉と舞城王太郎の3人が、『ファウスト』編集部公認のかたちで同人誌を出品します。そこでも評論系のはてなダイアラーは会場を満たしており、ぼくもまた、そんな流れに刺激されて、年末にメルマガ『波状言論』を創刊することになります。


《東浩紀氏の文学フリマ観》
 つまりは、『ファウスト』の読者層と、文学フリマの参加者と、はてなダイアリーの利用者は、5年前にはかなりのていど重なり、いまだ名づけようがない、けれどもなにかの予感に駆られた独特の評論系読者共同体を作っていたのです。ぼくは(オヤジのノスタルジーと罵られそうな予感もしますが)、いまでもあのころの静かな熱気をよく思い出します。
 したがって、講談社BOXが主催し、文学フリマとはてなの協力を得て実施されるこの第4回関門は、ぼくにとって、なにかもういちど出発点に戻ってきたような感慨を与えてくれるのです。
 奇しくもこの8月には、『ファウスト』第7号が出版されます。それも含め、ぼくには、時代がひとめぐりをしたのだな、という感覚があります。5年前は、まだ『ファウスト』もブログもなにもかも、まだまだマイナーで混沌としていて、とても小さなものでした。そのあとの拡大を否定する必要はありません。しかし、ぼくたちはいま、そのころの空気を思い出し、歴史をまた一歩先に進めなければならない時期に入っているような気がします。ゼロアカ道場の関門通過者に求めるのは、そのような一歩を、ぼくたちとともに歩んでくれる覚悟とそれに伴う才能です。
 第4回関門は、上記のように前代未聞の企画です。前代未聞、ということは、ぼくたちの停滞を切りひらくなにかの可能性がそこから見えてくるかもしれない、ということでもあります。
 道場生のみなさん、そして道場外の読者のみなさん、みなでその現場に立ち会おうではありませんか!(2008年7月17日 東浩紀)

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2008年7月25日 (金)

「第7回文学フリマ」でゼロアカ道場破りをそそのかす東浩紀氏の檄の分載(1)

 文芸評論家の東浩紀氏の著作を読んでいない人でも、秋葉原無差別殺人事件について、ワイドショーなどに、若者のネット社会に詳しい評論家として、意見を求められていた丸顔のコメンテーターを見た人が、いるのではないだろうか。
 東氏の活動する舞台のひとつに講談社のゼロアカ道場がある。今年の秋の文学フリマでは、その道場破りの企画を引っさげて、文学フリマに乗り込むという。HPでは、その檄(まわしぶみ)を飛ばしている。これを読めば、よいのだが、檄であるから、ここで分載しておこう。PRの増幅版である。
 文学フリマは、第1回開催に発起人の大塚英志氏に東氏も協力しており、同時に講談社の異端?気鋭?の編集者太田氏も参加しており、東氏、太田氏とも文学フリマの精神を熟知した上での企画であることを念頭におくと、この理屈っぽさが理解できるかもしれない。
東浩紀の「ゼロアカ道場破り」檄のあるHP

【ゼロアカ道場破りをそそのかす東浩紀氏の檄】(1)
道場生のみなさん、そして道場外の読者のみなさん、こんにちは。
 東浩紀です。ゼロアカ道場、衝撃の第4回関門内容はもう読まれたでしょうか。
 ゼロアカ道場、いよいよ佳境に入ってきました。自画自賛になりますが、第4回関門は前代未聞の企画です。こんなバカげたこと、東浩紀と太田克史じゃなきゃ絶対にやりません! これから4ヶ月をかけて、挑戦者の制作風景をウェブで公開するなど、さまざまな仕掛けを凝らして盛り上げていくつもりです。

 いまだ呼びかけには早いかもしれませんが、観客として読者として、あるいは道場破り参加者として、ぜひ11月9日には文学フリマ会場に足をお運びください。こんなノリが評論家育成企画としてふさわしいかどうか、もはやぼく自身にもよくわかりませんが、とにかく、当日なにか盛り上がることだけは保証します。いや、まじで。

《ゼロアカ道場生と文学フリマ道場破りとの立場の違いについて》
 さて。少しは内容があることも書いておきます。
 第4回関門の発表会では、10人の参加者が5組に振り分けられました。組み分けは、関門内容発表後、各自に相談なしでその場でパートナー希望者の名前を提出させ、たがいの希望が一致した二人から組になって抜けていく、という方法で行いました。その様子はのちウェブで動画として配信されるはずですが、非モテーズ二人が一回目で無事抜け出して抱き合う場面など、微妙に感動的な光景も見られました。一回目で抜けたのは4人で、つまりは残りの6人は、本来の希望者とは組めないままで第4回関門に臨むことになります。

 別途発表の概要では道場破り参加者に不利な面ばかり強調しましたが、じつはここに、道場破りのほうが内部生より決定的に有利な点があります。道場破り参加者は、だれとでも好きなひとと組めます。しかし、じつは内部生の半分以上はそうではありません。わずか100ページの同人誌とはいえ、雑誌は雑誌。全体的なクオリティ管理が求められます。チームワークがうまくいかないままの雑誌作りは、必ず破綻するはずです。今回の関門は、個人プレーでは必ずしも抜け出せないことを、内部生も道場破り参加者も肝に銘じておいてください。

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ハリポタ」最終巻発売、早朝から書店に列

 総計4億部を超す世界的ベストセラーシリーズの完結編で7巻目となる「ハリー・ポッターと死の秘宝」(J・K・ローリング作、静山社)の日本版が23日、一斉に発売された。
 本の世界の常識を変えた革命的ファンタジーの最終巻を一刻も早く手に入れたいというファンに応え、全国約500の書店が開店時間を繰り上げ、解禁時間の午前5時からの発売も約100店にのぼった。
 午前8時から発売した東京の紀伊国屋書店新宿本店には、発売前から約20人のファンが列を作った。青いマントと帽子姿という魔女の格好で現れた翻訳者の松岡佑子さんはファンと握手をかわし、「ずっとハリー・ポッター漬けだったので、肩の荷が下りました」と笑顔で話した。
 シリーズは1997年に英国で発売。日本でも99年の第1巻「ハリー・ポッターと賢者の石」以降、携帯版を含めて計2247万部を発行。「――死の秘宝」は初版180万部(上下セット3990円)で、オンライン書店「アマゾンジャパン」には過去最高の9万を超す事前予約が寄せられている。(08年7月23日 読売新聞)

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同人誌「婦人文芸」85号(東京)作品紹介

【童話「かぶと虫が逃げちゃった」菅原治子】
 ルカはママとじいじとばあばと4人で、避暑のため長野県の野尻湖の山上の別荘にきている。ママがかぶと虫を捕まえてきた。その他、蜘蛛、蟻、蛾など昆虫類が沢山いる。かぶと虫にダンボールのフタをしておいたら、翌日そのダンボールを除けてかぶと虫が逃げ出してしまっていた。かぶと虫の力のすごさに驚く、という話。
 野尻湖畔は軽井沢と並んで、外国人に人気のあるリゾート地であった。マンモスの骨もでた場所で、幾度か訪れているので、雰囲気を思い出した。今号で一番印象に残ったので、最初に紹介した。本誌の記事によると、菅原治子さんの著書「チンチン電車が走ってた」が「読者感想画中央コンクール」(主催・毎日新聞社、全国学校図書館協議会)で中・高校生の部の課題図書に選ばれ、感想画を書いた生徒が「優秀賞」と「優良賞」を受賞している。
【「銀座の狐」中村翔】
 関東大震災前後から始まる、女性の人生の浮沈を、美貌と、金と愛情という世間の重視する視点で、親、娘、孫娘にいたるそれぞれの男運や浮沈、寿命、愛情に恵まれたかどうかの事情を描く。そこで幸不幸を表現する。価値観がはっきりとしていて、歯切れがよく、話に切れ味があるので、これも印象に残った。
【「小品「春と嵐」淘山竜子」
 康子という若い女性が、夕日に染まる桜を写真映像に残したいと、限られた休日の時をそれに費やす。そのため風邪を引いてしまう。出来上がった写真を見て、康子は「自分の無力さをこれでもかと指摘されているように感じた。」と、する。長編小説の一部なのかもしれないが、思い描いたビジョンに至らずに落胆するところに絞っているのがまとまっている。短編ならば、写真撮影の現場の情景(悪くはないが、もっと緻密でも良い)、その焦りのような無力感をもっと強く打ち出すことが必要のような気がする。一読者の勝手な思いではあるが。
【「夢の人」北村順子】
 半島の地域でスナック「岬」絹代は、美千代の元彼である二朗の叔母で、美千代は彼に連れられて絹代のところにくるが、二朗は出て行って姿を消している。説明しにくいややこしい設定で、その必要性に疑問を感じるものの細部にさえたところがある。雰囲気小説か。
【「赤い絆創膏」音森れん】
 出だしでは、何の話かと思えたが、結局ペットの心理喪失の話。その喪失感はよく表現されている。
【「赤い夏の砂」麻井さほ】
 思い出話であるが、出てくる町の名前が実在のものなので、そこに読者との接点を感じさせる。
【「ウミの向こう」秋本喜久子】
 海と産みの親をかけたので、題名を「ウミの向こう」としたものらしい。離婚した娘と母親の物語。
【「(早く元気になってください)」野中麻世】
 昔の結核患者の闘病記。現在も結核は猛威を振るう場合があるらしいので、時代によっては脚光をあびるかも。

 本誌の今号は、早くから目を通していたが、なんとなく書きにくく、後から読んだものが先になってしまった。
 その間、浮かんだ考えは、同人誌の一般論である。それぞれ自分の書きたいように書き、読者にたいする親切心はない。自由奔放である。同人誌は、他人に読ませることより、自分が書くことが重要で、作品は書くという行為に生まれた、副産物にすぎないものであろう、ということだった。書くということに、精神安定作用があることは間違いなく、その行為に没入している間の精神的充足感は、何物にも変えがたいということである。そういえば、昔の同人誌には陶酔と恍惚の産物が多く見られたものだった。
 小・中学生の作文は、先生を読者に想定しないと良い点数が望めない。同人誌は、まず自分の中の読者を想定し、それから同人仲間の視線を意識する、というのが普通なようだ。そこが、商業出版社へ持ち込むための、販売目的の作品と根本的に異なるところであろう。

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2008年7月24日 (木)

日本ジャーナリスト会議(JCJ)出版部会/出版労連が口封じ高額訴訟で講演会

日本ジャーナリスト会議(JCJ)出版部会/出版労連は、7月定例会として、「『表現の自由』と高額訴訟-フリージャーナリストへの『口封じ』攻撃」をテーマに講演会を23日、東京・神田神保町の岩波セミナールームで開催した。
 講師と講演テーマは、1.「高額訴訟の特徴と問題点」田島泰彦氏(上智大学教授)、2.「オリコン訴訟の不当判決」烏賀陽弘道氏(ジャーナリスト)、3.「『押し紙』告発と読売訴訟」黒薮哲哉氏(同)、4.「週刊誌記事へのキヤノン訴訟」斎藤貴男氏(同であった)。
 それぞれの訴訟事件のいきさつが説明された。言論の自由というものが、あるようでないという現状については、対応策のなさが感じられた。 

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2008年7月23日 (水)

同人誌「砂」第107号の詩評(2)

 (評・矢野俊彦)
【「母の愚痴」江 素瑛】
 亡くなった母の愚痴、先に逝ったパパを恨み、会いに来ない子供達への恨みを言い暮らしていた母。その母さえ今はない。一つ二つの声音を甦らせる。母への思慕の思いを三者三様にうたっている作品群だ。
「命」 生命の終わりを見つめたものは、生きるということに敏感になり、生の根源を問う。生きるということは、まことに他の命を食べるということなのだ。そのことを悟ったから仏法者は粗食を旨としたのでしょう。イスラム教のラマダンの断食も、根拠はそうしたところから発しているのかも知れない。
【「居場所」たちばな・りゅう子】
 居場所を失った現代の疎外感。失ったのは自分の記憶なのか、他の人の記憶なのか、リアルに写されているので実に怖い。
【「ゆすら梅」北川加奈子】
 いつか唇は、ゆすら梅になる。若い女性のように羞恥かんでいる。美しい表現である。
 私が疎開した、母の実家の庭にもゆすら梅ノ木があった。先月訪ねた彼の地は、更地になっていた。九十歳の母もここにゆすら梅ノ木があったのだがと、喪失感をあらわしていた。

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2008年7月22日 (火)

開高健賞に「最後の冒険家 太平洋に消えた神田道夫」石川氏

 第6回開高健ノンフィクション賞(集英社主催)は19日、石川直樹さん(31)の『最後の冒険家 太平洋に消えた神田道夫』に決まった。副賞300万円。石川さんは、東京都在住の冒険家。

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同人誌「砂」第107号の詩評(1)

 (評・矢野俊彦)
 「砂」百七号の詩作品からは、中高年齢者のエレジーが聞こえてくる。
【「ちんけなおれの昼下がり」高橋義和】
 障害者年金しか収入のない金を借りて買い物をして、たこ焼きとポテトを食って、ねぎが少ないと文句言いたいが言えなくて、ちんけなおれの昼下がりと自嘲気味にうたう。
 不満は身近なところから生じる。幸も小さなところにあるのであろうが、幸いを感受するのには心に余裕が必要なのだが、現代は心の余裕を失わせることが多い。【「満ち干」高橋義和】 この作品だけではわからないが、以前の作品と、本編の喪中ハガキの一行で、介護していた母親を失ったのを推測し、その喪失感を思う。
【「季 節」國分 實】
 「8 涕」もまた母を亡くし七日目の息子の母を偲ぶ思いである。
 新しい 墓標の後ろに 虹は立ち 蒼穹も空に 貝殻の昼月白し と墓標の先の昼の月を美しくえがく。何歳になっても子供にとって母は絶対である。
 「9 柘榴」石榴の実を/存在をもてあまし/放射状に無償の をあける[二行略]/ギッシリト出生は並び立ちそれ自体でほとばしる酸味のわびしさ/(以下略)と見事に表現する。
 「10 音」単身赴任を命じられた男は、憤懣を飼い犬に向けて発散するしかない。その憤懣を受けた犬が夜更けまで鎖をならしている。作者は 第三者であろうが、中高年の悲哀、エレジーを心に受け止めて聞いている。

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2008年7月20日 (日)

「法政文芸」4号(2008)から

法政大学国文学会発行の「法政文芸4号」を読み始める。今回は内容が充実しているので、少しは売れるのではないか。前の第3号は、「印刷費57万円で、2000部刷り、1冊1000円で、年間で77冊しか売れなかったらしい」という噂もあるので。
 小池まさよ「ふさ」という詩があって、引力の万物への平等性に触れていて、おもしろい。
 巻頭エッセイ・粟津即雄「動機について」は、アンド・レジッドの描いた「無償の行為」と秋葉原無差別殺人について書いている。これを読んで、自分は、人間の持つ自由と不自由さについて考えてしまった。
 人間は社会的動物であるがゆえに、しがらみからストレスを持つ。人間をしがらみから解放し、自由にしたら、純粋人間としてどういう特性を発揮するのか。

 詩「新宿中央公園にて、ひかりを」小林レントは、詩を軽快に面白く読ませる、言葉の大道芸人ですね。

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辻井喬・堤清二回顧録「叙情と闘争」26を読む

 毎週土曜日には、読売新聞に「叙情と闘争」が連載されている。毎回、面白く読んでいる。81歳とは思えない若い感覚が面白い。この回は、連合赤軍事件の時期に、都学連の高沢寅男が神近市子に詫びを入れて欲しいと頼まれ、辻井氏が神近市子を訪ねたら、テレビのニュースの連合赤軍事件を見ていたという。どんな気持ちでみていたのか、と想像すると面白い。最近は若松監督の映画化で話題になった。
 ここで話題にしている「連合赤軍の浅間山荘事件」の社会的騒動としての概要は次のようなものだ。
それは昭和47年2月のことである。昭和46年結成された連合赤軍は、群馬県下の山岳アジトで軍事訓練を行っていたが、2月16日、17日にかけて赤軍派森恒夫(27)、京浜安保共闘永田洋子(27)が逮捕された。妙義山アジトから逃走した坂東国男(25)、坂口弘{25}、吉野雅邦(23)、加藤倫教(19)、少年(17)の五人は銃をもって、2月19日、軽井沢河合楽器健保組合保養所「浅間山荘」に侵入、管理人の妻を人質に立て籠もった。長野県公安委員会の要請で警視庁機動隊が出動、2月28日実力で突入、犯人五人を逮捕、人質を救出した。この救出で第二機動隊長、特科車輌隊警部の二人が殉職した。また、彼らの調べで、森、永田らは、山岳アジトの訓練中12人、永田は丹沢アジトで2人の計14人を「革命軍兵としての気概に欠ける」と総括して殺害したことを自白、14遺体が自供どおり発見された。

辻井喬氏の関連ニュース

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2008年7月19日 (土)

同人誌「季刊遠近」第34号(事務局・千葉県)作品紹介(2)

【「普通の子供達」逆井三三】
 私には、キヨという小学生時代からの友人がいて、キヨはガキ大将で、私はその子分という関係であった、いじめにもあう。その彼と大学でも一緒になり、キヨが交際している彼女とのことで、また痛めつけられる。その経過を描いたもの。冷めた筆致で、ちょっと虚無的な視線が、個性になっている。世間で問題視されているイジメ問題を、社会的な人間関係のひとつに過ぎない、という視点で描いたのかもしれない。ここに描かれたような事象と、現代のイジメ問題とは、質が異なるような気がする。時代の違いによるイジメ現象のちがい、と受け取ればよいのかもしれない。ただ、終わりの「私」が、彼らより善人だから友人から裏切られるのは、おかしいとしているように見えるのは、作者の考えなのか、「私」の事実認識がそうなのかが不明で、ニヒリズムで語った調子を乱しているような気がした。

【「バイキングが嫌いなわけ」難波田節子】
 都心のホテルで昼食にバイキングをとったら、そこでくしゃみをする人がいて、食べる気がしなくなった話。もっともである。

【「ボイスルーム」(パート2)都満州美】
 英会話学校が倒産さわぎで、閉鎖され、校外授業で続ける外国人教師や生徒のいきさつを、いきいきと語る。大変な事態なのがわかる。これまでも、現代の人間模様を活き活きと描いている作家だが、転居されるという。

【「円空仏の微笑み」の木よしみ】
 先祖のお墓の話と亡くなった親達の霊との交流を描く。子孫の現代人が住む場所が変わって、お墓を移転しなければならない。この世とあの世の境目をなくした話法が面白い。地震が多いので、お墓も動くのかもしれない。

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文芸作品コンビニで、難解な名作は漫画で…活字回帰狙う

 若者が気軽に立ち寄るコンビニで、文芸作品にも手を伸ばしてほしい――。若い世代の活字離れに悩む出版界が、そんな思惑から人気作品をコンビニの店頭に置き始めた。ただし、直木賞作家の作品は表紙を人気漫画家に飾ってもらい、難解な名作は思い切って漫画化。ちょっと手を加えた「コンビニ小説」で、若者の活字回帰を狙っている。
 関東地方にある約4000店のセブン―イレブン全店に、大沢在昌さん、宮部みゆきさん、京極夏彦さんの作品が並び始めたのは5月中旬。どれも新作ではないが、表紙は若者に人気の売れっ子漫画家3人が描いており、イメージが一新された。京極さんの「薔薇十字探偵 I」の場合、漫画「DEATH NOTE(デスノート)」の作画担当で、昨年、太宰治の「人間失格」(集英社文庫)の表紙を描いてヒットに導いた小畑健さんのイラストだ。
 「ペーパーバックスK」と銘打ったこのシリーズは、セブン―イレブン・ジャパンと作家3人が所属する「大沢オフィス」の共同企画。講談社が4万部出版し、3人のホームページ「大極宮」でも積極的にPRしている。秋以降に全国展開での第2弾も考えているという。
 ◆名作を漫画化◆今話題の「蟹工船」や、「罪と罰」「破戒」といった重いタイトルの本を並べるコンビニも増えた。名作文学を漫画化したイースト・プレス(東京)の「まんがで読破」シリーズ。昨年7月、コンビニ中心に販売を始め、この1年で17タイトル90万部を売り上げた。「お堅いイメージの名作も、漫画化してコンビニに置けば読んでもらえるのではと思った」と担当の円尾公佑(まるおこうすけ)さん。これまで、雑誌やハウツー本が中心だったが、「コンビニ側からも、『こういうものを置きたかった』と歓迎されたし、読者から『小説も読みたくなった』との声もたくさん寄せられた」と話す。
 「サークルKサンクス」と「ファミリーマート」もPHP研究所と組んで先月から、歴史上の人物の評伝「戦国闘将伝」シリーズの販売を始めた。担当者は、「戦国時代を舞台にしたゲームが人気なので、若者にも受けると思う」と期待する。
 出版業界とコンビニの“コラボ”が活発化している背景には、出版業界の苦しい台所事情がある。出版科学研究所によると98年には2兆5415億円だった出版物の推定販売金額は昨年は2割減の2兆853億円まで落ち込んでいる。講談社の唐木厚・文庫出版部長は「若い人にはコンビニで気軽に買えることが重要。コンビニを入り口に、いずれは書店にも足を運んでほしい」と狙いを話す。
 状況はコンビニ側も同じ。日本フランチャイズチェーン協会によると、99年は9・6%増だったコンビニ売上高の前年比は低落傾向にあり、昨年は前年比1・3%増にとどまる。 セブン―イレブン・ジャパンの広報担当は「コンビニの主要客層である若者向けに、新しい魅力を拡大したい」と話している。(08年7月18日 読売新聞)

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2008年7月18日 (金)

芥川龍之介:妻子らにあてた幻の遺書4通見つかる

芥川龍之介の遺書=東京都目黒区の日本近代文学館で2008年7月18日、丸山博撮影 35歳で自殺した作家、芥川龍之介(1892~1927)が、妻子らにあてた遺書4通がこのほど、東京都内の遺族宅で見つかった。遺書全6通の中身は全集に掲載されているが、現存する2通をのぞき、遺言に従って焼却されたと考えられていた。複製が19日から、東京都目黒区駒場の日本近代文学館で公開される。
 遺書は、芥川が愛用した松屋製の200字詰め原稿用紙に黒インクで書かれている。丁寧な筆致で、随所に推敲(すいこう)のあとが残る。
 妻文子にあてたうちの1通で、作品の出版権について指示した書面では、全集収録分とは異なって芥川の署名があった。一方、全集にある最後の2行は書かれていなかった。
 「わが子等(ら)に」と題した遺書の一行目「人生は死に至る戦ひなることを忘るべからず」は「死に至る」を後から加えていた。
 芥川の研究者で都留文科大名誉教授の関口安義さんは「事務連絡のような一部の文章を除き、文言をしっかり考え抜き、遺書を準備していたことが分かる貴重な資料だ。全集収録分と異なる個所などは、今後の大事な研究材料となるだろう」と話している。
 遺書は今春、孫の芥川耿子(てるこ)さんが自宅を片づけている際に見つかったという。【岸桂子】(毎日新聞 08年7月18日)

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デジタルコミック配信事業会社を設立、講談社など5社

講談社、小学館、集英社、角川書店、トーセが出資して(株)リプリカ(資本金7000万円、本社=東京・渋谷)を設立した。任天堂の家庭ゲーム機「Wii」を使ってのデジタルコミック配信サービスを計画。WiiからニンテンドーDSへ持ち出す機能も検討する。トーセはゲームソフト開発を手がけ、東証・大証1部の上場会社。同社の出資比率は42.86%。新会社の社長にはトーセの森下英昭氏が就いた。

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「さわさわ」4号(大和高田市)作品紹介(2)

大体において、革命を計画するのが、ブルジョワジーで、実行するのがプロレタリアであろうという、考えが歴史から学んで自分にはあった。思想を持つ人間は、とくにプロレタリアートは、孤独であると、こっちも気取っていたので、女にもてなくても平気だった。
 いまの人間は思想など意味をもたないのかもしれない。思想をもっても、お金が儲かるわけではないから、廃れてしまうのかもしれない。秋葉原の事件も、思想性というものがない。その場、その場の感情だけだ。思想をもてないのは、政策によるのだから、その体制に反抗し、自分で勉強して、人間社会で何が問題なのかを考えればいいのに、それが出来なかった。彼だけでない。九州の教育委員会も、思想に無縁なところから起きている。思想を持つ人間は怖い、国民に考えさせるな、とする官僚が、そう仕向けた成果ではないだろうか。
 これについては、自分も意外であった。いくら考えないように仕向けても、人間はそれに気づいて、考えるようになる漠然と思っていた。それが、本当に考えるのを嫌がる人間が出てきた。そうなると、これから人間社会がどうなるか予想もつかない。マルクスだって、人間が考えて思想をもつ動物であることを前提として、論理を組み立てている筈だ。マルクスの理論を現代に向けて修正してしきた、自分の考えは時代を反映していないことにある。もう止めた方が良いのかもしれない。

【「あい、れい、キューバへ行く」大森れい】
 良い読み物だ。日本では、財政が赤字だから後期高齢者の治療費負担をしているが、キューバは、アメリカの経済制裁を受けて、まったく金がないにも関わらず、町に必ず診療所があり、無料だという。日本がなぜそれが出来ないか。メディアがその手法を書こうとしない。まるで、本当に仕方がないように思っているみたいだ。やろうと思えば、同じことが必ずできると思うのだが。日本が太平洋戦争に負けて、社会が変わったのは、古い体質の年寄りは皆死んだからだと思う。当時は、みな平等に貧乏であった。だから、お互いに信用しあえた。国の財政が赤字で大変なら、国民全部で貧乏になろう。カストロは福田総理や官僚の次官より、金持ちであるのか。公務員の給料を半分にすれば人件費が20兆円は余る。それを医療費にまわせばよい。民間企業では、赤字になれば社員の給料ボーナスを減らす。いやな人は辞めるであろう。そうすれば自然に社員が辞めて減る。なぜ官僚だけが特権階級であるのか。メディアはキューバ社会の優れたところを報道しない。理由は特権階級にとって、とんでもない話だからなのかも知れない。

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「さわさわ」4号(大和高田市)作品紹介(1)

 「重信房子さんを支える会(関西)会報」(発行者・森本忠紀)である。拘置所の重信氏の暑中見舞いが掲載されていて、元気なようだ。
【連載「私の京都・大阪物語」(4)重信房子】
 赤軍派時代に、大菩薩峠事件のあと、逮捕され釈放された。そのために、家族に迷惑をかけたことなどの経緯が書かれている。時の流れというものは、困ったもので、それを説明するのは、第3者としては手間がかかって面倒くさい。しかし、重信氏は当事者であるから、逐一詳細に書いているのは、事情確認のうえで有難い。部分を紹介すると、なかにこんなことが書かれている。

「社会全体から見たら、当時の学生層は、いわば『裕福』な家庭に属しており、社会全体を揺るがせたというわけではありませんでした。それでも、社会全体は、政治や社会問題を問う空気に満ちておりました。そこから、どう、人々とともに闘うのかという回路を私たちは持ちえませんでした。」

 重信氏は、M大文学部系であり、幹部としての道を歩き始める前の時点であろうか、理論的には、海外への展開はいくらか合理性があったので、国内にいなくてよかった、といえば良かったように思う。短歌の秀作も、むこうでの体験が生きている。世界で類のない短詩作家になっている。
自分はH大の経済系なので、重信氏とは、また現状把握が異なっていた。が、たしか同級生たちは、商店の息子や上・中産階級の出身が多かった。こちらは、プロレタリアートで、いつも金欠なので、彼らに食事をおごってもらってばかりいた。ある時、M大出身の男の人に会ったが、それも貧乏人。重信さんにおごってもらったことがあるそうだ。彼女を、女王様のように語るので面白かった。自分は、重信氏の短歌を読んで、文芸家として見直してしまった。

 あの頃、自分は同級生の女子と帰りに一緒になったことがある。なにかの拍子に、財布に一円もなくて、それを知った彼女が驚愕していた。「よく、それで外があるけますね」というから、「どうして、定期券があるから、家には帰れるよ」といったら、「恐ろしい人」と敬遠された。それでも、「なにをいうか。プチブル女が」と、おもったが、嫌われて当然と思っていたので、「かわいいお嬢さん」という印象を捨てることはなかった。ちょっと気取って飯田橋のホームにたつ彼女は素敵だった。

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同人誌「頌(オード)」第29号(武蔵野市)作品紹介

【詩「再出発のうた」安藤俊雄】
詩というものは、行を変えるとそれらしくなる。なかには、つなげて散文にしても問題のないものを見かける。この詩は、詩人としての自覚に満ちた覚悟が感じられ、好感をもって読めた。

【映画批評「アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ(メキシコ)監督作品論」小原優】
名前からして、韻律が詩人のような、巨匠のようなイメージがある。映画監督であるが、知らないし、作品も観たことがない。それでも、緻密な解説と製作意図の分析は、ずば抜けて鋭く、優れている。たとえ自分が映画館でこの監督の作品を観たとしても、このような深い解釈はできなくて、ぼんやりと観すごすだけであろうと思う。
 作品「アモーレス・ペロス」(1999年)、「21グラム」(2003年)、「バベル」(2006年)の3篇の意図と手法があり、すこしでも創作的な小説を書こうと思うひとなら、映画の手法を学びながら、小説の書き方を考えることができる。朝起きて、顔をあらって、歯を磨き、という日常的小説を書くことから脱皮したい人には、ぜひ読んで欲しい評論である。菊池寛が生きていたら、作家志望者の必読の書にするかもしれない、というのはジョークだが、自分は大変参考になり、むさぼるように読みふけった。

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同人誌「砂」第107号の作品を読んで(3)

(評・中村冶幸)
【「封印されたスケッチブック」夢月ありさ】
 雄司が父の書斎に入って、自分の希望を「一気にまくしたてた」というのはよい表現です。できれば「考えあぐんでいた雄司」のその顔が、どういうふうだったのか、身体の姿勢など描写があれば、もっと生きて見えてくるのではないかとおもいます。
 前半の兄弟の会話について。小説は、いつどこでだれが、なにを、なぜという五つの法則が必要ということを念頭においてもらいたいとおもいます。会話を多く用いるのは、作品を生き生きとしてよいです。
【「遥かなる遠い道」行雲流水】
 構成のうまさを感じた。輝子が多発性骨髄腫のため内科病棟に入院するところで今回は終わるが、その不幸なできごとを描くためか伏線があちこちに張られているように感じる。先ず冒頭に兄の大川正二郎が逝去するところからはじまる。春日先生との久し振りの出会いと奈良の秋篠寺に技芸天をみにいくのもそれだ。
 技芸天をみたことで、隆の嫁とのいさかいを解消しようと輝子にいわせる。輝子の心の内でなにかが変わっていくさまを感じる。輝子は夫の正三郎と日本を旅行し、子供たちの家々をめぐる。のちに病気でベッドに縛りつけられるのを予期しているかのような、あわただしさだ。そして海外へも行きたいとおもうが、残念ながらそれは許されなくなってしまう。哀れでならない。長女清子が母の痩せかたがひどいのとヘルペスがでているのを気にし父に相談する。それで正三郎が輝子を病院に精密検査を受けさせに行くが、それからの正三郎の苦悩と輝子の不安が良く描けていて読者を惹きつける。ヘルペスがどのようなものか描写があるともっとよかったとおもう。P75下段の電灯がついているのに暗い部屋が印象的だ。P82上段後ろから二行目「病院の玄関が判決を下す法廷のように」とあるが、病気の宣告は不条理に受けとれ、それだけに重く深く胸に響くのであろう。

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2008年7月17日 (木)

08年上半期ベスト本(アンケート結果追補)

(講談社『BOOK倶楽部メール』08年7月15日号より)
6/15号アンケート書き込みから <30代以上の方>
★『深海のYrr』=読み応え十分な量に見合った内容の緻密さに大いに嵌りました。未知の深海が宇宙と同じくらい神秘の世界だとなんだか夢見心地。変にエコとか環境問題に警鐘を鳴らすといった説教臭さがなく、同時に、(以下不明)(鹿児島県 I様 30代)
★道尾秀介さんの『ラットマン』。=ミステリーとしてのトリッキーな仕掛けだけでなく、この本では特に人間の原罪にまで踏み込んで書かれたような印象(以下不明)(神奈川県 M様 30代)
★「あなたの職場のイヤな奴」です。=とても、ためになりました。「自分は正しいという前提に立って戦い、自分は間違っているという前提に立って相手の話を聞け」はなるほど~と実践しています。効果絶大!!! (石川県 M様 40代)
★貴志祐介『新世界より』=これは、すごい! 人の邪悪な部分と神の力とともかく貴志祐介のストーリーテーラーとしての才能が満を期して、炸裂したようなものすごいお話でした。なんというか、賛否両論に分かれるかもしれ(以下不明)(神奈川県 S様 40代)
★柴田よしき「小袖日記」=源氏物語のサイドストーリーとでも言いたいものながら、この作者らしく現代の問題もスライドさせつつ、生き生きとした人物の描き方に54巻分読みたいと思わせるミステリの仕掛けも気に入(以下不明) (青森県 N様 50代)
★BlueBacks『理系のための口頭発表術』=自分でも発表は下手な方ではないと思っていたが、数々の「目から鱗」を教えてもらった。他の人にも"MUST"だと言って奨めている。(島根県 O様 50代)
★「怖いくらい通じるカタカナ英語の法則」=英語で意を通じようと、口を捻り舌を丸めていた苦労を忘れさせてくれた。(兵庫県 N様 60代)
★「心理経済学」大前研一。= 既成の経済学者やアナリストの及ばぬ視点に感心。(東京都 N様 70歳~)
★「月光に書を読む」=本を読む醍醐味を味合えるから (東京都 M様 70歳~)
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 【参考】2008年上半期 見本プレゼント希望 BEST5
1位)新世界より (貴志祐介)。2位)ICO (宮部みゆき)。3位)パンドラVol.1 SIDE-A (講談社/編)。4位)傷物語 (西尾維新)。5位)零崎曲識の人間人間 (西尾維新)。

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2008年7月16日 (水)

同人誌「季刊遠近」第34号(事務局・千葉県)作品紹介

【「花の寺」安西昌原】
 娘のいる未亡人と中年の男の交際を描く。男と未亡人の娘の関係、亡き夫の愛した江戸彼岸桜をみて涙する未亡人。その後、男との関係は、どうなるのか、という想像をさせておわる。

【「密葬」柚かおり】
集合住宅から一戸建て住宅に引っ越した夫婦。同じような家が3軒並んでいる。同じく、転居してきた隣の家の様子が気になる。そのうちに、ご主人らしき男が外に出なくなり、やがて葬式の気配がして、密葬のようである。ちらちらとうかがい知る隣人の様子を描いて、ちょっとミステリー小説風の味のある作品。

【「高齢者は剛いぞ」北大井卓午】
 スキー場で再開した、大学生時代の友人。名刺交換をし、彼のホームページをみたりして、その半生をたどると、世界を股かけて活動する経営コンサルタントであった。ビジネスの成功者である。そして、ガンと戦いながら、「六甲のガンマン」と自称し、社会活動をする姿を追う。語り手は、その姿に圧倒されながら、なにか感動の不足を感じると記す。友人でなければ、読みようによっては、ただの自慢話のようにも取れてしまう。そこで終わる。自伝と小説とは、おのずと異なるところがあるので、そこを読者に考えさせようとしたのかもしれない。

 自伝とか聞き書きというのは、微妙なところがあって、以前、日本経済新聞の「私の履歴書」に宮城まりこが取り上げられていて、感動して読んだ。本人が書いたものだとばかり思い込んでいたら、記者の聞き書きらしいとわかり、その担当記者の表現力の見事さに驚いた記憶がある。また、古山高麗雄が小説の売れない時代に、中小企業の社長に頼まれて自伝本を代筆していたそうで、その自伝は読むと感動的なのだという。事実を書いても、表現の仕方で印象が変わるとなると、その事実というものの本当の姿は、解釈が不変ではないということになる。

【「繭ごもり」藤野秀樹】
 中国地方出身の男が、頭痛に悩まされ、故郷の甘露の実を食べると、治ると思い故郷に帰る。なにやら都会の生活に疲れて、ふるさとに身をおきたくなった男の心のイメージ小説のようである。 

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同人誌「砂」第107号の作品を読んで(2)

(評・中村冶幸=「砂」の会会員・文芸同志会員)

【ブログ「文芸同志会通信」日誌(一)伊藤鶴樹】
 以前「文芸研究月報」紙を毎月愛読していたので、その裏話として楽しく読めた。パソコンを持っていないので、ブログの情報を読めないのが残念におもう。ペンネームの由来には書く姿勢の懸命さを感じることができた。文芸情報を集めることに「社会観察のフィールドノート」になっているという考えは卓見だとおもう。ブログのアクセス数や情報の原稿枚数などの数字を出しているのが具体的で判りやすい。情報の入手先を探す方法も直ちに判明するよう工夫がしてあるのがよいシステムとして感心した。末長く続けてもらいたく期待します。

【紀行文「佐渡紀行 その一」木下 隆】
 読んでいて臨場感がある。それは観察が行き届いているからに違いない。大野亀が高さ百七十メートルほどのおむすび型大岩といった具体的な表現。尖閣湾で強風に遭い「前より凄みがある。強風のおかげで」という浅井さんの言葉が真に迫っている。
 作者が小学一年のとき疎開にきたことで、佐渡により親しみがあることが随所にあらわれている。
 それゆえ「鬼太鼓」や「佐渡おけさ」をみたとき、ほんらいは精霊を慰める儀式のはずのものが、ショウ化してしまうことを憂えていることでわかる気がする。
 ただ漢字が多いので、もうすこし(ひらがな)で表現してみてはいかがだろうか。
 文章は品格があって読みやすいです。

【小説「タイムリミット」牧野 誠】
 主人公の男性が自殺を遂げようとする話だが、その理由が、末期ガンを苦にしてでなく、先立たれた妻を追ってでもない。四十二年まえ、心中をしたが生き残ってしまったので、その完結のためというのがロマンチックだ。
 死ぬ場所は、月光をあびた桜の満開のもとで、その情景はあたかも西行の和歌をおもわせる。ただ惜しむらくは月と桜の描写が弱い。「桜の木を見上げるとまだ散ってはいなかった。──今を盛りと月光に映えていた。だけでは物足りない。もっと描写してもらいたかった。P44下段前より三行目「判決を待つ犯罪者の気持ち」という表現がうまい。
 P45上段一行目「痩せた白衣の」の箇所にその医師が女性であることを記してもらうと、下段七行目──九行目の表現がよくわかるとおもう。

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2008年7月15日 (火)

女の官能美赤裸々に 宮木(みやぎ)あや子さん(31)

(佐藤憲一記者08年7月14日 読売新聞)
「変にぼかすより、ずばり表現してエロいねって言われるほうがいい」。可愛(かわい)らしい笑顔から飛び出した発言にドキリとした。悲恋に身を焦がす江戸や昭和の女性たちを、濃密な官能美の中に描き出す才能で注目されている。
 システムエンジニアをしていたが、女性限定でエロチックな小説を募る「女による女のためのR―18文学賞」を2年前受賞しデビュー。「10代で小説を書き始めたころから『エロ』だった。この賞を知ったとき私を受賞させるための賞だと思った」と笑う。
 受賞作を含む短編集『花宵道中』(新潮社)では、江戸・吉原を主舞台に、苦界に生きる遊女たちを浮かび上がらせたが、執筆中体調を崩し、救急車で二度も運ばれた。「私はのめりこんでしまうたち。もう登場人物に同調するのはやめないと……」
 最新作の『白蝶花』(同)では、禁断の恋愛に囚(とら)われていく名家の女中や芸者の運命が大正末から戦後にかけての激動の世相を背景に絡み合う。リアルな時代の空気は87歳の祖母に取材。「昔は障害があったからこそ恋愛にも燃えたのだと思う」という。
 自身もさぞかし豊かな恋愛経験が? 「ドラマチックな恋愛は面倒くさいし、私はいいです」

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同人誌「砂」第107号の作品を読んで(1)

(評・中村冶幸=「砂」の会会員)
 このところ表紙に矢野さんの絵が飾られていますが、今号は艶っぽい女性が読書をしていて表紙をみるだけでも楽しくなります。
【随筆・エッセイ「出水平野の鶴」渡辺千葉】
 簡潔で的確な表現をして読ませます。P3上段、後ろから五行目から四行目にわたって「人間社会の……見守っている」という文章に描かれている。近ごろの社会のありさまにたいし、おなじ段の真ん中あたりの鶴の身内に対する思いやりを描くことで、人権批判をしている。このような思いを抱く人がいることが心強い。世の中、見捨てたものではない。
 ただそのおなじ段の最終行の「観光地のーーガラス窓」はなんの建物をさしているのかを書かれると、もっとわかりやすくなると思います。
【「寂しい遠足」望月雅子】
 作者が65年前の小学二年の遠足のことを思い出し、客観的に少女の心中をみつめそのようすを描いているのがよいです。昭和18年の戦争中に遠足があったというのが発見だが、節約一点張りだったのが、いかにも戦中を物語っているようです。乾燥卵というのが珍しい。茹で玉子が潰れて寂しい思いをするのが象徴的に描かれていて、内省の深さををおもいます。少女が弁当や服装について、いろいろ葛藤してますが、いまの豊かになった社会でも考えられることで、その普遍性を通して、戦争の悲惨さ、平和のありがたさを訴えているのが見事です。

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2008年7月14日 (月)

法大生が選ぶ家族小説ベスト11(「法政文芸」第4号から)

「法政文芸」第4号が発行された。特集が「家族小説の現在」で、作家・長嶋有氏へのインタビュー記事「家族について書いてるわけじゃない」がある。
そのほか、巻末にアンケート「法大生が選ぶ家族小説」ベスト11がある。
1位「重力ピエロ」(伊坂幸太郎)、2位「東京タワー」(リリー・フランキー)、3位「カラフル」(森絵都)、4位「ハッピー・バースデー」(青木和夫)、4位「流しのしたの骨」(江国香織)、4位「ナイフ」(重松清)、4位「流星ワゴン」(同)、4位「幸福な食卓」(瀬尾まいこ)、4位「カラマーゾフの兄弟」(ドストエフスキー)、4位「手紙」(東野圭吾)、11位「フライ、ダディ、フライ」(金城一紀)、11位「ビタミンF」(重松清)、11位「家族八景」(筒井康隆)、11位「西の魔女が死んだ」(梨木香歩)、11位「キッチン」(よしもとばなな)。
 また「法大教員が選ぶ家族小説」アンケートがある。サンプル数は少ないが、こうしたものは、回答数が多くたって、どうせばらばらのはずだから、これで充分。なるほど、なつほどと、大変面白く考えさせられる。良い企画だと思った。

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2008年7月13日 (日)

辻井喬・堤清二回顧録「叙情と闘争」26を読む

 毎週土曜日には、読売新聞に「叙情と闘争」が連載されている。毎回、面白く読んでいる。81歳とは思えない若い感覚が面白い。この回は、】連合赤軍事件の時期に、都学連の高沢寅男が神近市子に詫びを入れて欲しいと頼まれ、辻井氏が神近市子を訪ねたら、テレビのニュースの連合赤軍事件を見ていたという。どんな気持ちでみていたのか、と想像すると面白い。最近は若松監督の映画化で話題になった。
 ここで話題にしている「連合赤軍の浅間山荘事件」の社会的騒動としての概要は次のようなものだ。
それは昭和47年2月のことである。昭和46年結成され連合赤軍は、群馬県下の山岳アジトで軍事訓練を行っていたが、2月16日、17日にかけて赤軍派森恒夫(27)、京浜安保共闘永田洋子(27)が逮捕された。妙義山アジトから逃走した坂東国男(25)、坂口弘{25}、吉野雅邦(23)、加藤倫教(19)、少年(17)の五人は銃をもって、2月19日、軽井沢河合楽器健保組合保養所「浅間山荘」に侵入、管理人の妻を人質に立て籠もった。長野県公安委員会の要請で警視庁機動隊が出動、2月28日実力で突入、犯人五人を逮捕、人質を救出した。この救出で第二機動隊長、特科車輌隊警部の二人が殉職した。また、彼らの調べで、森、永田らは、山岳アジトの訓練中12人、永田は丹沢アジトで2人の計14人を「革命軍兵としての気概に欠ける」と総括して殺害したことを自白、14遺体が自供どおり発見された。

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伊藤桂一氏、文芸同人誌に見る世相を憂うことなど(C)

 言及が遅れたが、「グループ桂」58号の巻頭にある伊藤桂一師の特別寄稿詩「短章」は、稀代の傑作である。人間の孤独な心の奥を、ここまで奥深く追求するものなか、と沈黙するしかない。その奥にまだ思想があったかと思わせる見事な表現である。他の凡百の詩人とレベルが違うとは、このことだ。

 それはともかく帰りに、みんなが師とお茶を飲もうということになって、秋葉原トリムの2階に行った。師は好奇心が強く、「先生、事件だけでなく、秋葉は店舗の構成も様変わりしているのですよ」と、ざっと概略を説明すると「ほう、ほう」と面白がって聞いている。
 そこで、自分が、
「文学界の同人雑誌の評論というのは、良ければ雑誌に載るという前提があるので、全国から集まるわけで、それに評論家先生への報酬費用も負担しているでしょ。もし、そういう権威のある人がタダでその作業をやってくれるというのなら、それだけで発行物ができるけど、そんな人がいますか」と訊くと、
「それはいないだろうね。大変な作業だからね」という。
 ひとしきり時間を過ごすと伊藤先生は「秋葉原を散歩してから帰るから、先に失礼するよ」といって、一人で杖をついて帰られた。自分の思うに、伊藤先生は、現在も文学賞や詩の賞の選者をしているので、世間の動きに対してはアンテナが鋭い。
 東京新聞の大河内昭爾氏のインタビューで、「季刊文科」も活用して、文芸同人雑誌のネットワークを作りたい意向を示している。たしかに、そうすれば雑誌が売れるかもしれない。ただ、同人誌を集めたり、整理する事務手続きの大変さを計算に入れてのことであるなら頼もしい。
 記事のなかで、大河内氏は文芸同人誌について「いまは合評会もやらずに、集まった作品を全部載せたり、なかには到着順に掲載するといった雑誌あって、それを見たときにはカルチャーショックだったなあ。こうなると同人誌というより、単なる発表誌であり、教室文芸と呼ぶべきですね」という。

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2008年7月12日 (土)

伊藤桂一氏、文芸同人誌に見る世相を憂うことなど(B)

 この日は、伊藤桂一師は元気そうで、杖をついてひとりで会場にやってこられた。自分は、遅刻して会場に着いたときは、会員が集まり、師が文学界の同人雑誌評が今年でなくなることを、話題にしていた。
 前日の5日、東京新聞に大河内昭爾氏が後藤喜一記者のインタビュー記事が「同人雑誌評 35年~新鮮な作品との出会いを夢見て」載っているという記事を読んだといっていた。ちなみに、伊藤桂一師は91歳、大河内氏はそれより10歳下の81歳のはずである。これは自分が感じ方だが、作家を育てることに熱心な師ではあるが、基本的には、文学賞がたくさんあるのだから、良い作品であれば賞を取れるはず、そのために修業が必要と考えているように思う。
 「同人雑誌評なら『全作家』でもよくやっているよ。会長の豊田一郎氏もなかなか、まじめに取り組んでいるようではないの」などという。
 合評会では、前号より、振幅が少ないということはなかったらしく、作品の長所短所を指摘し、無難に終わった。そのなかで、佐田さんの「夜のベランダ」と花島さんの「春の日に」は、身内の家庭内引きこもりを、母親や叔母の立場で書いている。評論のなかで師は「しかし、こういう問題は、最近増えたね」という。何でも、詩人の夫人のところに送られてくる同人誌にも、同じ題材のものが2,3あるそうだ。
「こんなんで、日本はどうなるのかなあ。政府はなんとかしなくいいのかなあ」と、師は心配そうに言った。
 困難な環境で生きることには、百戦練磨の師の言葉に、自分は、なんとなくおかしくなって「先生、いいですね。“作家・伊藤桂一氏、文芸同人誌を読んで世相を憂う”という見出しでネットニュースにしましょう」というと、苦笑していた。ついでに、師が選者をしている農民文学賞に関するネットニュースが、他の同人誌グループから、転載したいという申込が来ていたことを伝えた。「ほう、いいことだねえ」と喜んでいた。
 鶴樹の小説は、長編の一部であるにも関わらず、批評メモをとっていて、読み上げてくれて、珍しく、おおむね良い評価だった。なかに書かれた、振込み詐欺の事件と分析について「ここは良くかけている。文芸家協会の作家たちも被害があるようだよ。会報に転載したいくらいだね」とも言っていた。

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伊藤桂一氏、文芸同人誌に見る世相を憂うことなど(A)

7月6日に同人誌「グループ桂」58号の合評会が秋葉原で行われた。
伊藤桂一師を迎えて、論評を聴く集まりである。前号の3月発行の57号には、花島真樹子「村にて」と桂城和子「黒髪」が、雑誌「文学界」同人雑誌評に取り上げられていた。それに対し、師の評価は、まだ進化の過程という程度のものであった。会員の多くはそれなりの成果とおもっていたようだった。
 その後、連絡係の佐田さんから、伊藤桂一師の意向として、近年の会員の作風が、振幅が小さくなっている傾向にあるという、指摘があったということが伝えられた。
 要するに、作品の傾向に不満ということだろう。師はよく、作品の評をしながら、「同人雑誌評ではどういう評価をするかは、わからないがね」といっている。観点が少し異なるのであろう。

 58号は、宇多本次郎「河畔の家」という時代小説。佐田尚子「夜のベランダ」、花島真樹子「春の日に」、伊藤鶴樹「川のある下町の人々の一日」の4編であった。
鶴樹は、作品数が不足しているので、提出して欲しい、というので一度下書きを提出した。内容は、現代の世相とかつての学生運動や革命論、社会経済論などを中心にして、登場人物がそれぞれの議論するものであった。それを読んだ編集員が、これではつまらないので、面白くして欲しいという。自分はそれが面白いのだと、思っているが、仕方がないので、女性の井戸端会議の話題になるようなものを中心にして書き直し提出したものだ。

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2008年7月11日 (金)

豆本の赤井都さんの作品を含む『超短編の世界』と『未来妖怪 異形コレクション』の2冊出る

(赤井都さんの所属する「言壷」メールマガジンより)
『超短編の世界』創英社 ISBN : 978-4-434-11992-7、『未来妖怪 異形コレクション』光文社文庫 ISBN:978-4-334-74452-6なんと、2冊もこの一ヶ月の間に出てしまいました。もし本屋さんの店頭になくても、ISBNを伝えて取り寄せてもらえます。
『超短編の世界』は、薄手のソフトカバーの本。タカスギシンタロ監修。数年前に赤坂で呑んだ時から、そんな企画の話をしていましたっけかねえ。形になって、本当におめでとう・ありがとうです。サイト「500文字の心臓」の名作がメインで、超短編でまるまる一冊。とはいえ、「500文字の心臓」メンバー以外でも、歌鳥さんは旧知だし武田若千さんはガチャマメなどでもしょっちゅう会う仲で、皆さんもご存知。
『超短編の世界』は狭いのか広いのか?!私の超短編は、『生』『午後の林』2編が収録されています。収録作では私は今は、『むすびめ』『シベリアの猫』『象を捨てる』『神様』などが好きですねえ。「今は」と限定がつくのは、音楽や絵や舞踏などと同じで次第に好みが変わることも考えられるので。…超短編とは、そうしたもの?他にも好きな作品はたくさんあり、いちいちあげていると大変なのでこのへんで。『未来妖怪 異形コレクション』は、光文社の文庫の棚のほうに行くとだいたいにおいてけっこうな幅を占めている、あの黒っぽい怖そうなアンソロジーです。今号がなんと40巻目。カバーやイラストが怖くてためらってしまうかもしれませんが、テキストは普通にちょっとぞくっとおもしろくてエンタメです。なにしろ、朝松健や草上仁など、上手い歴史やSFの作家たちが一編ずつ書いていますので。『ラス・マンチャス通信』の平山瑞穂も今回入っています。私の作品はといえば、『超短編団』19人集の中、『都市式牛鬼』が収録されました。寄稿を頼まれたのが今をさかのぼること一ヶ月半ぐらい前でしたかねえ。それがもう書店に並んでいるのですから、それでこそ機械生産本! 速い速い!!ちょうど半分まで読みましたが、SF怪談、懐かしくて新しくて、夏にぴったりの読み物です。超短編の中では、『壁舐めベロベロン・ビルダー』『のうげろり』『夜とマクガフィン』『夜の歌』が忘れがたい。いやそのほかのもどれもいいんだなあ。

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2008年7月 9日 (水)

同人雑誌評「文學界」08年8月号勝又浩氏

《対象作品》河林満追悼特集(「文芸思潮」23号/東京都)、八幡政男追悼特集、「懐中のベレー帽ー八幡政男とその周辺」上坂高生(以上「碑」90号/横浜市)、「虫のこと、学問のこと、絵のこと」石崎宏矩、「日々に新たなり」田中貞夫(以上「零」17号/奈良市)、「最後のホームワーク」堀川佳、「『ポンパ』考」大森捷二(以上「四国作家」40号/琴平町)、「青空の嘘」浅田厚美、「栃錦が飛んだ、あの九月」森岡久元(以上「別冊關學文藝」36号/西宮市)、「出口のない部屋」安田ちかよ(「あしたば」48号/津市)、「フラミンゴグレイ」池田純子、「鬼火」立石富生(以上「火山地帯」154号/鹿屋市)、「知覧ー六月三日の邂逅ー」西山慶尚(「海峡」20号/今治市)、「慎ましやかな虫たち」梶川洋一郎、「満開の桜の下で」十八鳴浜鴎(以上「新松柏」21号/柏市)、「私は忘れない」柳原忠行、「乱雲」 山川文(以上「佐賀文学」25号/神埼市)、「クリスマスの記憶」松原栄、「父の自画像」下地芳子(以上「南涛文学」23号/浦添市)、「ブラジル・ジョーク」ナカムラマゼランタロウ、「金色の虹」塩崎勝彦(以上「樹林」520号/大阪市)、「いつか金色の馬車に乗って」三澤章子(「橡」9号/伊勢崎市)、「香花」米沢朝子(「高知文学」34号/高知市)、「父の居た街」谷沢信熹(「風」79号/岡谷市)、「まくらのとが」ほりきせいこ(「河108」24号/江別市)、「雪」新村苑子(「文芸驢馬」55号/東京都)、「贋夢譚 百夜」稲葉祥子、「ボンと歩けば」南奈乃(以上「てくる」9号/大阪市)、「三毛猫三毛子」北川佑、「冬女夏草」よこい隆、「転落」十河順一郎(以上「木曜日」24号/東京都)、「ゆうどうえんぼく」渡辺光昭、「髷」佐佐木邦子(以上「仙台文学」72号/仙台市)、「移ろうとき」野沢薫子(「長崎文学」57号/長崎市)、「師弟」高木國雄(「海」77号/四日市市)、「心をこめて賽を振れ」青海静雄(「午前」83号/福岡市)、「遅い雪」K・ドリー(「原点」96号/松山市)
ベスト5は、「香花」米沢朝子、「青空の嘘」浅田厚美、「フラミンゴグレイ」池田純子、「出口のない部屋」安田ちかよ、「贋夢譚 百夜」稲葉祥子

すくなくともひとつ誤字があります。見付からなかったんです。「熹」は下が「心」です。申し訳ありません。
(「文芸同人誌案内」掲示板・よこいさんまとめ)

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2008年7月 8日 (火)

女性誌「付録合戦」バッグに髪飾り、夏物の扇子、ビーチサンダルも

ビーチサンダルや折りたたみ傘など、付録花盛りの女性誌 書店に並ぶ女性誌が最近、やけに分厚くなった。有名ブランドの様々な生活グッズが付録についてくるからだ。バッグに髪飾り、夏物の扇子、ビーチサンダルもある。雑誌離れが進む中、生き残りをかけた出版社の戦略だが、はたして特効薬となれるか。
 米国デザイナーが手がけるミニバッグをつけたのは、「MORE」(集英社)の7月号。通常より1万~2万部多い56万部が売れた。「sweet」(宝島社)7月号は、国内有名ブランドの化粧ポーチを2個セットにし、46万部を販売。「セブンティーン」(集英社)は9月号から隔週を月刊化する代わりに、「回し読み解消のためにも不可欠」(越崎義治編集長)として、毎号に付録をつける。
 “付録合戦”が起きたのは、各社が相次いで、ブランドメーカーなどとの共同企画を実現させたためだ。大半はオリジナル商品。付録をメーンにして小誌をつけたムック本には、厚さが5センチ以上の折りたたみ傘やキャミソールなどもある。
 昨春、公正取引委員会が景品基準を緩和したことも追い風になった。景品の限度額は1000円未満の雑誌で100円から200円に上がっただけだが、オリジナル商品のため、海外などに発注して製造コストも安く抑えられるという。
 昨年から全雑誌に付録をつけた宝島社は、「In Red」を10万部台から30万部台に、「sweet」を20万部台から40万部台に押し上げた。桜田圭子広報課長は「部数増のための先行投資」と位置づける。「mina」「Ray」などを発売する主婦の友社第2事業部の佐藤一彦編集部長も「読者に実物が届くというメリットを生かしたい」と意欲的だ。
 豪華付録は、日本雑誌協会が材質や大きさなどを緩和した2001年にもブームになった。しかし付録がつかない号が売れず、休廃刊する雑誌もあった。それだけに各社とも共同企画に望みをかけるが、「時間も手間もかかる」(主婦の友社の佐藤部長)、「やはり記事を読んで共感してほしい」(「MORE」の杉野潤子編集長)との声も。
 同協会によると、女性誌の昨年の売上高は、10年前のピーク時の約3割減にまで落ち込んだ。高橋憲治・協会主管は「雑誌低迷時代にあって、付録は売れ行きを左右する有力ツール。でも本来は、編集内容の延長上にあるのが理想的だ」と話している。(西田朋子)(08年7月8日 読売新聞)

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2008年7月 7日 (月)

詩の紹介  「言語派」 坂本梧朗

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(紹介者・江素瑛)
 詩は言葉、詩は無音の音。作詩ということは、言葉と無音に駆使され、詩人は働き格闘する。御主人と奴隷の剣闘士の関係である。芸術性が高いほど、そういう関係が厳しくなる。詩人は、読者の眺めるその剣闘士の場内にいて、高みの見物をする帝王でもあるのかも知れない。

                    ☆
       「言語派」    坂本梧朗

何と言っても/詩はコトバだ/排列されたコトバ/それが詩だ

詩人とは/コトバに仕える召使

召使に思想は不要だ/人生などもいらん/そんな陳腐なものは/御主人様と上手に戯れ/その新たな魅力を引出す技倆/それが全てだ

<新しさ>だ/何と言っても/大切なのは

"コラッ ちゃんと並べ/もっと面白い顔をしろ/ちくしょう!/これでは喝采は受けられんぞ"
 
召使も/裏舞台では/やっぱり御主人様

              岩礁135号より ( 平成20年6月1日)

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2008年7月 6日 (日)

小泉今日子の書評=変愛小説集(岸本佐知子編訳/講談社)

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 久しぶりに小泉今日子の書評が載った(読売新聞7月6日)。
見出しが「恋と変は似たもの同士」で、「恋愛小説集なのだと思ってなにげなく手に取った。よく見たら変愛だったので少し笑ってしまった。でもその瞬間、この本のページを開くことが一気に楽しみになった」と書く。訳された11編の変愛物語は、現代英米文学の作家たちが書いたもので、大好きな彼女から貰った手編みのセーターを着ようとして、頭が抜けなくなってセーターの“世界”から出られなくなってしまう男の話。若いボーイフレンドをまる呑みして、自分の身体の中で胎児のように育てる主婦の話などがあるという。

「どれをとっても確かに変で、残酷さや軽い狂気のようなものを感じるけれど、人が人を想う切実さや純粋な気持もまた確かなのだ。
 私が一番好きだったのは、この本の最初に収められている『五月』という物語だった。近所の家の庭の木に恋をしてしまう女性の話なのだが、彼女が木に恋をした瞬間や、焦がれてゆく過程の心情がとても美しい言葉で書かれていて、私までうっとりと、その木のことを想ってしまう……。

「恋をしているときはきっと誰だって変なのだと思う。それまでの日常とは完全に世界が変わってしまうのが恋というものだ。他人からみたらバカらしい囁きも、恥ずかしい行動も、恋する2人にとってはすごく切実で純粋な想いなのだ。
 明日から、近所を歩くときに人の家の庭を覗いては私の木を探してしまいそうで怖い。私はすっかり変愛に侵されてしまったようだ。」
                 ☆
 ここでの小泉今日子的「恋愛論」には、作家的観察眼があるし、まとめ方にはエッセイストとしての手腕が発揮されている。芸能人の生活というのは、よくわからないが、自分が大衆にどのようなイメージされるかを、常に意識して生活をするのは、大変で、変な状態である。変人感覚になるのでは。そこから感受性を鈍化させる芸風の人と、逆に磨き上げることのできる人とがいるようだ。

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2008年7月 5日 (土)

文芸時評「讀賣新聞」西日本版・夕刊7月4日・松本常彦氏

《対象作品》小笠原瑛次『三角形の鍵』(文芸社)/相加八重「還暦」(「21世紀」8号)/都筑均「愛玩」(「城」94号)。
「文學界」の同人雑誌評の消滅は、地方の書き手にとって衝撃的なニュースだった。二十七年間も評者をした大河内昭爾は、特集「地方の文学」を組んだ「国文学」(7月号)に「地方の同人雑誌」という一文を寄せ、「日田文学」、「えとわす」、「龍舌蘭」、「火山地帯」など九州の同人誌にもふれつつ、かつて中央の文壇を志向した同人雑誌が、文壇そのものの喪失とともに、方向性を見失っている現状を指摘している。
(略)しかし、この危機は、誰に向けて何を伝えるのかという問いを受けとめ直す絶好の機会でもある。こういう時だからこそ、活字の力について再考しよう。活字に力があるならば、それは地域を超え、世代を超えることを信じよう。(「文芸同人誌案内」掲示板・日和貴さんまとめ)

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2008年7月 4日 (金)

文芸同人誌評「週刊 読書人」08年7月11日白川正芳氏

《対象作品》「針桐の道―篆刻家 歌人 瀧波善雅―」興津喜四郎(「丁卯(ていぼう)」23号)、「彼岸獅子舞の村」前田新(「農民文学」二八一号・第51回農民文学賞受賞作)、「駄目主婦日日」成瀬露子(「四人」81号)、「岸田劉生のコレクター・浜松の山本貞次郎の研究」寺田行健、表紙絵「南瓜」小川国夫(以上「秦」16号)、「過激な暇つぶし」坪内稔典(「船団」77号)、「猫が来た」渡辺美知穂(「女人随筆」一一四号)、「がんきゃあさんが通る」坂本紀美子(「佐賀文学」25号)、「銀聲」創刊号。(「文芸同人誌案内」掲示板・よこいさんまとめ)

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2008年7月 3日 (木)

第139回芥川・直木賞:芥川賞候補、そろう

 第139回芥川・直木賞(日本文学振興会主催)の候補作が2日発表された。選考委員会は15日午後5時から、東京都内で開かれる。芥川賞は7人のうち3人が初候補。前回に続いてノミネートされた楊逸(ヤンイー)さんは中国ハルビン市生まれの中国人女性。受賞すれば中国人としては初めて。一方、初候補の羽田(はだ)圭介さんは22歳と今回の両賞の候補者の最年少。受賞すれば2003年の綿矢りささん(当時19歳)、金原ひとみさん(同20歳)に続き史上3番目の若さとなる。男性では史上最年少。今回の平均年齢は35・2歳。前回は34・1歳だった。直木賞の候補は6作。3回目の荻原浩さん、三崎亜記さん、初候補の新野剛志さん、和田竜(りょう)さんなどの顔ぶれ。候補2回目の井上荒野さんは戦後の個性派作家、故井上光晴さんの長女。今回の平均年齢は44・6歳。前回は46歳だった。【斉藤希史子、内藤麻里子】

<芥川賞>年齢・候補作・補回数の順。=磯崎憲一郎(43)「眼と太陽」(文芸夏号)初/岡崎祥久(39)「ctの深い川の町」(群像6月号)3/小野正嗣(37)「マイクロバス」(新潮4月号)2/木村紅美(32)「月食の日」(文学界5月号)初/津村記久子(30)「婚礼、葬礼、その他」(文学界3月号)2/羽田圭介(22)「走ル」(文芸春号)初/楊逸(44)「時が滲(にじ)む朝」(文学界6月号)2。

<直木賞>同=井上荒野(47)「切羽(きりは)へ」(新潮社)2/荻原浩(52)「愛しの座敷わらし」(朝日新聞出版)3/新野剛志(43)「あぽやん」(文芸春秋)初/三崎亜記(37)「鼓笛隊の襲来」(光文社)3/山本兼一(51)「千両花嫁 とびきり屋見立て帖」(文芸春秋)2/和田竜(38)「のぼうの城」(小学館)初。(毎日新聞08年7月3日)

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出版の自由が危ない連続セミナー5「講談社『僕パパ』問題」を開催

出版流通対策協議会(流対協)は、7月2日、東京・春日の文京区民センターで、ノンフィクション作家で講談社調査委員会メンバーの吉岡忍氏を講師に迎えた。吉岡氏は、講談社の「ぼくはパパを殺すことに決めた」(著者・草薙厚子)の刊行で、奈良家庭裁判所の精神鑑定医の崎濱盛三氏が秘密漏示罪で逮捕起訴された経過を語った。
関連ニュース「言論が危ない!少年は殺人者ではなかった」

著者の草薙氏は4月に「いったい誰を幸せにする捜査なのですか、検察との50日闘争」(光文社)を刊行している。

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2008年7月 2日 (水)

小学館、10月に新書に参入

「小学館101新書」シリーズを10月1日に統一装丁、6~8点で創刊。価格帯は700~800円。以降、隔月刊、毎回3~4点ペースで刊行。新書編集部は設けず、各編集部からのボトムアップ型で発刊する。シリーズ名の101は「ミリオンの上を目指す」「多くの社員が関わる」という。

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2008年7月 1日 (火)

同人誌作品紹介「文芸中部」78号(下)

【随筆「マーラー交響曲第十八番」堀井清】
 マーラーの音楽と芥川賞受賞の川上未映子「乳と卵」の読後感想。オーディオのブランドに詳しい様子。私は約40年前に日本コロムビアが、高級オーディオ製品のセカンドブランド「DENON」を立ち上げるのを支援していた。「デノン」というのは、当時はレコードのレーベル名であった。「デンオン」というのは、電気音響という会社からきたもので、NHKの放送装置のメーカーであった。NHKの技術開発に協力していたので、プロ用として進んでいた。いまデジタル再生の時代になったが、ローマオリンピックをTV中継するのに、画質を保てるデジタルで放送を導入し成功したのが始まりであったと記憶する、それをPCM(パルスコードモジュレーション)といっていた。当時のPCM装置は、箪笥ほどの大きさであった。このデジタルは転写であって、再生ではない。アナログのレコードは、オーディオ再生装置であるが、デジタルはオーディオ転写装置である。実際とはニュアンスの異なる音になっている筈。私は耳鳴りがして、難聴にちかいが、デジタルで音楽を楽しめる人たちも、相当聴力が麻痺しているようだ。

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同人誌作品紹介「文芸中部」78号(中)

【「ペンクラブ」井上武彦】
 中部ペンクラブの活動のことであろうか。ペンクラブで文学賞をつくる話や、ベトナム戦争反対の宣言をしようとする人と、文学は個人の作業であるから、わざわざそのようなことをする必要がないという意見が交わされた時期のこと。杉浦明平氏を文学賞の選者にしたことから、左翼文学と通常の文学との関係。また、ペンクラブをまとめようと苦心していた会長が亡くなるまで、その時代の活動状況を描く。当時のことや現代にも起こりそうなテーマで、興味深く読めた。文学、社会、政治の活動についての見解があると、もっと意義が深まるような気がする。
 ちなみに乱暴な仕分けをすれば、労働、活動、運動という見方をすれば、労働はただちに経済的代償が得られるもの。活動は将来をみて代償が得られたり、得られなかったりする。運動には経済的な代償は、直接にはついてこない、という分類ができるのでは。ペンクラブが戦争反対宣言をするのは自由。環境保護宣言も、新型インフルエンザワクチン準備要求宣言も自由。どれも運動であって、それで戦争が止むことはない。
 それを現実に反映させるには、政治活動という活動に切り替えなければならない。しかし、そこでjは政治家という存在がある。政治家は政治専門の労働をして報酬を得ているので、専念できる。市民は選挙に行くしかない。そうした守備範囲のエリアを考えれば、揉めるほどのことでもないような気がする。
【「牛マンダラ」堀江光雄】
 退職した農大の教授が牛になっていて、その面倒をかつての教え子が見ている。牛に関する薀蓄が沢山あって、抽象画的エッセイと小説の中間。
【「猫島診療所」朝岡明美】
結婚するはずだった恋人を交通事故で失った看護師が、島の診療所にゆく、島民の半数以上が60歳以上という島の住民の話が描かれている。出産があるのは何十年ぶりで、大騒ぎになる。まだ続きがありそう。
【「いつくしみ深き」藤澤美子】
父親の話だが、信仰の話でもある。理屈につきすぎているようでもある。理屈を超えないと、研究にはなるが、信仰から離れるのでは。
【「エルサレルムへの旅」西澤しのぶ】
コレは異国人の信仰者の話。
【「吉備大臣変異譚」蒲生一三】
平城京の時代?遣唐使が見た唐国の西洋幻術師の話が、面白かった。
…………………… ☆ ……………………
テレビが新聞を読み上げる時代になりました。情報ルートが単純化しすぎています。情報の多様化に参加のため「暮らしのノートPJ・ITO」ニュースサイトを起動させました。運営する団体・企業の存在感を高めるため、ホームページへのアクセスアップのためにこのサイトの「カテゴリー」スペースを掲示しませんか。文芸同志会年会費4800円、同人誌表紙写真、編集後記掲載料800円(同人雑誌のみ、個人で作品発表をしたい方は詩人回廊に発表の庭を作れます。)。企業は別途取材費が必要です。検索の事例
連携サイト穂高健一ワールド

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同人誌作品紹介「文芸中部」第78号(上)

【「春の試み」堀井清】
定年退職した男の視点で、市井の出来事が語られる。妻と二人暮らしで、老夫婦となると、妻と夫は別行動をとるようになる。作者の設定が世相を見越していることで、読者としては安心して読めるし、これまで、しばしば読んで来て、作風を知っているので、わくわくしながら、こんどはどんな風に作者の世界に案内してくれるのだろうと楽しみになるのである。いつも贔屓的に読んでしまう作風の作品である。
 今回は、地域活動に参加するなかで、鉄道自殺した老人のことを新聞で知って、その見知らぬ老人の葬儀に出る。図書館の写真展にいって、興味ある作品の女性の作者と出会い写真制作の事情を聞く。40年来の友人でオーディオマニアの男の家にゆく。音楽を聴くことが生きる事という説を生み出す。ウオーキングで知り合った女性とデートし、「強盗でもしましょうか」と話し合い、地下鉄では、若者の出した足に躓いて転び、家に帰って妻に女性とデートしたことを語り、妻との愛の泉も、歳月によって枯れた滝のようになっていて、それでも泉は泉の形があり、滝は滝の形が残る。私小説的に書かれているが、その内容は創作そのもの。登場する人はみな作者の息吹のかかった人間像と思われる。しみじみとして、しかも面白く、精神の自由が感じられる文学作品。

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「西日本新聞」西日本文学展望6月30日朝刊・長野秀樹氏

有森信二「波の歌」(「海」66号・福岡市)、木下恵美子「母型」(「詩と真実」708号・熊本市)。「西九州文学」(長崎市)から、山本思外里「歯の話」、宮崎栖吾郎「ふたりで歩いて」
織坂幸治「新ぼんくら談義『現代カタカナ考』」(「海」前出)。出版:小笠原瑛次『三角形の鍵』(文芸社)(「文芸同人誌案内」掲示板・日和貴さんまとめ)

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