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2008年7月25日 (金)

同人誌「婦人文芸」85号(東京)作品紹介

【童話「かぶと虫が逃げちゃった」菅原治子】
 ルカはママとじいじとばあばと4人で、避暑のため長野県の野尻湖の山上の別荘にきている。ママがかぶと虫を捕まえてきた。その他、蜘蛛、蟻、蛾など昆虫類が沢山いる。かぶと虫にダンボールのフタをしておいたら、翌日そのダンボールを除けてかぶと虫が逃げ出してしまっていた。かぶと虫の力のすごさに驚く、という話。
 野尻湖畔は軽井沢と並んで、外国人に人気のあるリゾート地であった。マンモスの骨もでた場所で、幾度か訪れているので、雰囲気を思い出した。今号で一番印象に残ったので、最初に紹介した。本誌の記事によると、菅原治子さんの著書「チンチン電車が走ってた」が「読者感想画中央コンクール」(主催・毎日新聞社、全国学校図書館協議会)で中・高校生の部の課題図書に選ばれ、感想画を書いた生徒が「優秀賞」と「優良賞」を受賞している。
【「銀座の狐」中村翔】
 関東大震災前後から始まる、女性の人生の浮沈を、美貌と、金と愛情という世間の重視する視点で、親、娘、孫娘にいたるそれぞれの男運や浮沈、寿命、愛情に恵まれたかどうかの事情を描く。そこで幸不幸を表現する。価値観がはっきりとしていて、歯切れがよく、話に切れ味があるので、これも印象に残った。
【「小品「春と嵐」淘山竜子」
 康子という若い女性が、夕日に染まる桜を写真映像に残したいと、限られた休日の時をそれに費やす。そのため風邪を引いてしまう。出来上がった写真を見て、康子は「自分の無力さをこれでもかと指摘されているように感じた。」と、する。長編小説の一部なのかもしれないが、思い描いたビジョンに至らずに落胆するところに絞っているのがまとまっている。短編ならば、写真撮影の現場の情景(悪くはないが、もっと緻密でも良い)、その焦りのような無力感をもっと強く打ち出すことが必要のような気がする。一読者の勝手な思いではあるが。
【「夢の人」北村順子】
 半島の地域でスナック「岬」絹代は、美千代の元彼である二朗の叔母で、美千代は彼に連れられて絹代のところにくるが、二朗は出て行って姿を消している。説明しにくいややこしい設定で、その必要性に疑問を感じるものの細部にさえたところがある。雰囲気小説か。
【「赤い絆創膏」音森れん】
 出だしでは、何の話かと思えたが、結局ペットの心理喪失の話。その喪失感はよく表現されている。
【「赤い夏の砂」麻井さほ】
 思い出話であるが、出てくる町の名前が実在のものなので、そこに読者との接点を感じさせる。
【「ウミの向こう」秋本喜久子】
 海と産みの親をかけたので、題名を「ウミの向こう」としたものらしい。離婚した娘と母親の物語。
【「(早く元気になってください)」野中麻世】
 昔の結核患者の闘病記。現在も結核は猛威を振るう場合があるらしいので、時代によっては脚光をあびるかも。

 本誌の今号は、早くから目を通していたが、なんとなく書きにくく、後から読んだものが先になってしまった。
 その間、浮かんだ考えは、同人誌の一般論である。それぞれ自分の書きたいように書き、読者にたいする親切心はない。自由奔放である。同人誌は、他人に読ませることより、自分が書くことが重要で、作品は書くという行為に生まれた、副産物にすぎないものであろう、ということだった。書くということに、精神安定作用があることは間違いなく、その行為に没入している間の精神的充足感は、何物にも変えがたいということである。そういえば、昔の同人誌には陶酔と恍惚の産物が多く見られたものだった。
 小・中学生の作文は、先生を読者に想定しないと良い点数が望めない。同人誌は、まず自分の中の読者を想定し、それから同人仲間の視線を意識する、というのが普通なようだ。そこが、商業出版社へ持ち込むための、販売目的の作品と根本的に異なるところであろう。

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