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2008年7月20日 (日)

辻井喬・堤清二回顧録「叙情と闘争」26を読む

 毎週土曜日には、読売新聞に「叙情と闘争」が連載されている。毎回、面白く読んでいる。81歳とは思えない若い感覚が面白い。この回は、連合赤軍事件の時期に、都学連の高沢寅男が神近市子に詫びを入れて欲しいと頼まれ、辻井氏が神近市子を訪ねたら、テレビのニュースの連合赤軍事件を見ていたという。どんな気持ちでみていたのか、と想像すると面白い。最近は若松監督の映画化で話題になった。
 ここで話題にしている「連合赤軍の浅間山荘事件」の社会的騒動としての概要は次のようなものだ。
それは昭和47年2月のことである。昭和46年結成された連合赤軍は、群馬県下の山岳アジトで軍事訓練を行っていたが、2月16日、17日にかけて赤軍派森恒夫(27)、京浜安保共闘永田洋子(27)が逮捕された。妙義山アジトから逃走した坂東国男(25)、坂口弘{25}、吉野雅邦(23)、加藤倫教(19)、少年(17)の五人は銃をもって、2月19日、軽井沢河合楽器健保組合保養所「浅間山荘」に侵入、管理人の妻を人質に立て籠もった。長野県公安委員会の要請で警視庁機動隊が出動、2月28日実力で突入、犯人五人を逮捕、人質を救出した。この救出で第二機動隊長、特科車輌隊警部の二人が殉職した。また、彼らの調べで、森、永田らは、山岳アジトの訓練中12人、永田は丹沢アジトで2人の計14人を「革命軍兵としての気概に欠ける」と総括して殺害したことを自白、14遺体が自供どおり発見された。

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