同人誌「砂」第107号の作品を読んで(3)
(評・中村冶幸)
【「封印されたスケッチブック」夢月ありさ】
雄司が父の書斎に入って、自分の希望を「一気にまくしたてた」というのはよい表現です。できれば「考えあぐんでいた雄司」のその顔が、どういうふうだったのか、身体の姿勢など描写があれば、もっと生きて見えてくるのではないかとおもいます。
前半の兄弟の会話について。小説は、いつどこでだれが、なにを、なぜという五つの法則が必要ということを念頭においてもらいたいとおもいます。会話を多く用いるのは、作品を生き生きとしてよいです。
【「遥かなる遠い道」行雲流水】
構成のうまさを感じた。輝子が多発性骨髄腫のため内科病棟に入院するところで今回は終わるが、その不幸なできごとを描くためか伏線があちこちに張られているように感じる。先ず冒頭に兄の大川正二郎が逝去するところからはじまる。春日先生との久し振りの出会いと奈良の秋篠寺に技芸天をみにいくのもそれだ。
技芸天をみたことで、隆の嫁とのいさかいを解消しようと輝子にいわせる。輝子の心の内でなにかが変わっていくさまを感じる。輝子は夫の正三郎と日本を旅行し、子供たちの家々をめぐる。のちに病気でベッドに縛りつけられるのを予期しているかのような、あわただしさだ。そして海外へも行きたいとおもうが、残念ながらそれは許されなくなってしまう。哀れでならない。長女清子が母の痩せかたがひどいのとヘルペスがでているのを気にし父に相談する。それで正三郎が輝子を病院に精密検査を受けさせに行くが、それからの正三郎の苦悩と輝子の不安が良く描けていて読者を惹きつける。ヘルペスがどのようなものか描写があるともっとよかったとおもう。P75下段の電灯がついているのに暗い部屋が印象的だ。P82上段後ろから二行目「病院の玄関が判決を下す法廷のように」とあるが、病気の宣告は不条理に受けとれ、それだけに重く深く胸に響くのであろう。
| 固定リンク
コメント